PhDの研究を学術書として出版するには Part3

オーストラリア国立大学のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)准教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。PhDの研究を学術書として執筆し出版する方法について述べた「PhDの研究を学術書として出版するには」のPart3です。この記事に先立つPart1では出版する媒体と出版社との連絡、アイデアの売り込みについてPart2では契約の交渉方法についてお伝えしてきました。Part3では、編集・校正プロセスからマーケティングまでのステップを紹介します。


このシリーズは、PhD、あるいは研究者としてのキャリアの早い段階で自分の研究を学術書にするプロセスをお伝えするために書いたものですが、すべての学術分野が書籍の出版に関心を示すわけではなく、学会発表やジャーナルへの論文掲載、もしくは展示発表などが重視される分野もあることにも留意しておきましょう。

まだお読みでない場合は、こちらからPart1Part2をどうぞ。

Part1では、書籍にしないという選択肢も含めて、機会を見極めて出版社に連絡しアイデアを売り込むことについてお話し、Part2では、出版社に興味を持ってもらい、契約にこぎつける方法について紹介しました。

Part3では、実際的な課題に焦点を当て、書籍の執筆と編集・校正のプロセスで起こり得ることについてお伝えしたいと思います。

ステップ6:売り込みが奏功して無事に書籍化が決定!今こそ”Be careful what you wish for because you just might get it.(願い事には気をつけろ) “という表現の意味を考えよう

研究論文というものは、性質上、読みやすいものではありません。ですから、ほとんどの出版社は書籍化にあたって、文章を大幅に短くするといった変更を要求してきます。例えば、人文学で平均的な論文の単語数は80,000~100,000語ですが、ほとんどの出版社は60,000語程度に納めることを求めてくるでしょう。

文献レビューのように、語数削減が容易な部分もありますが、ある段階を過ぎると短くするのが非常に難しくなります。言葉を削ることで、論理に穴が空いたり矛盾が生じたりしてしまい、それを整えなければならなくなります。また、専門用語を解説し、シンプルな文にすることも求められますが、これらは非常に手間と時間のかかる作業です。論文提出の後に別の仕事に着手してしまった場合は、こうした修正を行うのが夜になる可能性もあり、論文を一から書くのとさして変わらない面倒な作業となるでしょう。

この編集作業の段階で、私は幾度となく、夫に向かって書籍の出版を決めた自分の愚かさを嘆いてきました。チョコレートを食べ続け、「ハグして」と要求し、ジェームス・ブラントのアルバムを繰り返しかけていた私は、彼にとってやっかいな同居人と化していたことでしょう。私が新しい本の契約をしたと誇らしげに告げると、彼は諦めの表情を浮かべるようになってしまったほどです(彼は賢いので「今度は大丈夫」などと言いくるめることはできません)。

原稿執筆の最初の部分は、オンラインゲームになぞらえて言えばレベルアップのための単調なポイント獲得作業で、なかなか思うようには進みません。ある段階になってようやく、独自性がある研究内容をまとめられるだけの準備ができたと確信できるのです。しかし、これで終わりではありません。ここが大体中間地点で、この後に校正作業が待っているのです。

私が一番嫌いな作業です。

ステップ7:完璧を追求する

書籍の準備の最終ステップは、私個人の意見を言わせてもらえれば「最悪」です。私は、「微に入り細を穿つ」ということが苦手で、95%程度の完成度で良しとする性分なので、原稿を完璧に仕上げる作業をしていると、本当に気が滅入ります。出版社によっては手伝ってくれるところもありますが、そのためには費用がかかり、ただでさえ少ない印税から手数料を差し引かれてしまいます。私が『How to be an Academic』を執筆したときのように、プロの校正者が手を貸してくれたとしても(トリシア、ありがとう!)、細部に関しては著者自らがチェックして修正しなければなりません。

プロの校正者のサポートがなければ、原稿を形にするのにさらに時間を要します。『How to fix your academic writing trouble』の校正作業は、グループで行いましたが(ショーン、キャサリンありがとう!)、それでも気が狂うのではないかと思うほど大変でした。結局、私たちはGrammarlyというオンラインの英文校正ツールに頼ることにしました。これは、たくさんの小さなミスを見つけるだけでなく、3人の文体に統一感を持たせる上でも役立ちました。こうした努力の甲斐もあり、出版社からは「今まで見た中で最も完璧な原稿」と言われましたが、時間的にはかなりの負担でした。トラッキングアプリ「Timing」を使って所要時間を計っていたのですが、Grammarlyでの原稿修正には約40時間もかかっていました。最終的な仕上げだけにこれだけの時間がかかったんですよ。心して取りかかってください。

結果として、すべての校正作業にかかった時間は約120時間。ただでさえ過密なスケジュールの中で、これだけの時間が必要だったので、私は去年の週末を、ほとんどをこの本に費やすこととなりました。40代後半に無理をしすぎるとろくな事になりません。9月に精神的に燃え尽きた後、セラピーやジム通い、マインドフルネスのアプリを聴いたりして、半年たってようやく回復にこぎつけました。

このステップで覚えておいて欲しいのは、フルタイムで仕事をしている場合には、最終的な仕上げ作業には6ヶ月程度かかるということです。元の論文に大幅な変更を求められた場合には、校了までに12ヶ月以上の期間が必要になるかもしれません。現実的なスケジュールを組むことも、プロとしての仕事です。早めの納品を約束して遅れるより、余裕をもった期日で納期を設定しておきつつ早く納品したほうが良いと思いませんか。

ステップ8:マーケティングを行う

入稿から出版まで、長ければ9ヶ月もの間、原稿は手元から完全に離れてしまいます。その間に、自分自身でマーケティングを行っておくと良いでしょう。これは、厳しい利益構造の中で出版社に専門スタッフを雇う余裕がないという理由もありますが、読者層がどのような人で、どうアプローチすればよいかを一番知っているのは著者だからでもあります。ここでは、マーケティングのアイデアをいくつか紹介します。

本の進行状況を公開して人々の注目を集める上で有効なメーリングリストやFacebookグループ、その他のオンラインスペースを特定し、書籍情報を共有して期待を持たせる。

独自のメーリングリストを作成する。『How to be an academic』を出版した際、私はGoogleフォームを使ってリストを作成し、早期購入で利用できるクーポンを配信しました(口コミを増やすのに良い方法です)。『How to fix your Academic Writing Trouble』でも同じことをしました。

肯定的な書評を待つのではなく、刊行前に、書籍のテーマに関するブログ記事や新聞記事を書き、メーリングリストに誘導する。評判の良いサイトの多くは良質なコンテンツを求めています。

地元の書店で出版記念イベントを開催する。私自身は出版社の協力を得て比較的簡単にできました。キャンパス内の無料会場を使用し、かかった費用は軽食(寿司代200ドル)と飲み物(オープンバー代100ドル)のみ。苦労した後のお祝いは感激ものです。

さて、このシリーズを読み進めてくれたあなたはPhDの研究を学術書として出版することを検討していますか?それとも、すでに出版を成功させましたか?私とは違った経験をしたという方は、ぜひコメントをお寄せください。

原文を読む:https://thesiswhisperer.com/2018/10/17/how-to-turn-your-phd-into-a-book-part-three/

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