なぜPhDを辞めるの?

オーストラリア国立大学のインガー・ミューバーン(INGER MEWBURN)准教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。研究者の能力開発も担うミューバーン氏にとって、試練に満ちたPhD生活の中でどうしたら研究者がモチベーションを保ち続けることができるのかは大きな課題の一つです。今回は、がん患者の思考分析方法を、PhDを辞めるべきか悩んでいる学生の思考分析に置き換えてみたりしながら、揺れ動くPhDの気持ちを紐解くコラムです。辞めるか悩んでいる研究者の気持ちの整理や、悩んでいそうな同僚とどう接するべきか・・・に一つの答えはありませんが、考える一助になるかもしれません。

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私は、Quality in Post graduate Research conference (QPR)というオーストラリアの研究教育関係者が集まる会合に参加し、2012年にBJエプスタイン(BJ Epstein)によって書かれた『PhDを辞めるべきか?(原題:Should you quit your PhD?)』というブログへのコメントを分析して発表する予定です。このブログは、3万回以上閲覧されている人気コンテンツで、書かれた時点では183件もコメントが付きました。そして掲載から2年たっても1日に約100回も検索されているのです。

その内容とは、PhDを辞めることに関する経験や意見を大量に集めたデータです。

まず、既知の情報と比較するために、質的データ分析ソフトNVivoにコメントを入力して論題を特定することから始めました。この作業でPhDを辞めると言っている学生は全員本当にPhDの学生なのかどうやって見分けるか?」という方法論的に大きな問題を解消することができました。私のコンテンツ分析の結果が過去の調査結果とほとんど一致すれば、コメントを書き込んだ人の多くが本当にPhD(博士課程)の経験者であると確信することができます。

実のところ、このような分析をしなくても学生がPhDを辞めてしまう理由は既によく知られています。2006年、マーゴット・ピアソン(Margot Pearson)は、主に米国で行われた先行研究をまとめた『変わりつつあるオーストラリアの博士課程教育の環境(原題:The Changing Environment for Doctoral Education in Australia)』の中で、以下のような関連し合う要素を挙げています。

  • 研究者の契約形態(フルタイム/パートタイム、もしくはその間の契約形態)
  • 研究プログラムの構成
  • 学位論文の位置づけ
  • 指導
  • 所属部署の状態(風潮)
  • 研究費
  • 金銭的研究支援のタイプ
  • 学内施設
  • 雇用の機会

2001年に出版されたバーバラ・ロビット(Barbara Lovitt)の書籍『象牙の塔からの脱出(原題:Leaving the Ivory Tower )』でもPhDを辞めてしまう学生の問題を取り上げています。ここでは、数ある興味深い知見の中から、PhDを辞める理由として重要な2つの理由を挙げてみます。

  • 多元的無知:自分が経験している問題が、他の人が直面している問題と類似であることを認識せず、彼らこそ問題と誤解して、問題を共有することなく辞めてしまうのです。(このブログは、多元的無知に対抗し、世界中のPhDの学生群(コホート)に共通する問題や感情がどの程度あるかを示すことに注力しています)
  • 学問分野における疎外感:選択している分野が自分に合っていないと感じたり、または該当分野で「普通」とされる行動を「普通」と感じられなかったりするのかもしれません。(ロビットはこの現象を、デュルケーム(Durkheim)の「anomie(アノミー、疎外感)」という言葉で表現しています。)

PhDの学生が減少している理由は、意外なことに時代を経ても変わることはないようです。1978 年にPhDを辞めた学生、あるいは長い年数をかけて学業を修了させた学生にインタビューを行ったアーネスト・ラッド(Ernest Rudd)は、著書『院生の失敗談(原題:A new look at post graduate failure)』の中で、次の要因について記しています。

  • 退屈感、幻滅、怠惰といったモチベーションの問題
  • 怪我や病気
  • 婚姻関係の破綻など家族の問題
  • 孤独
  • 大学での仕事(就業先)/求人の不足
  • テーマ選択の問題
  • 分野を横断した研究の問題(これについては別コラム “Is your PhD a Monster?” をご覧ください)
  • 実験の失敗
  • 論文執筆に関する問題
  • 指導の問題(無視、無能力、対人問題)

コメントを見た最初の印象と既存の文献に記された内容がほぼ一致したことになります。そして、私のデータからは次の課題も見えてきました。(言及が多かった順)

  • 指導者によるいじめや無関心
  • 研究意欲の喪失/モチベーション不足(本質的な変化)
  • 学術に関わりたいという意思の喪失にともなう継続意欲の衰退、PhD を取得しても職に就けないかもしれないという将来の不安、外の社会に対する「良いチャンスがある」との期待

逆に言及が少なかったのは以下です:

  • 研究プロジェクトを「提出」できるようにするための追加業務の依頼(良く評価されることもあるが、常にそうとは限らない)
  • 負債の増加(面白いことに、私が勤務していた2か所の研究機関では、この最も非個性的な理由が最も頻繁に聞かれる研究職を去る理由だった)
  • 家族、親族、介護者の反対
  • 専門分野/研究題材の変更希望が通りにくい実態
  • 実験の失敗
  • ストレス/疲労/メンタルヘルスの問題(鬱など)

さらに言及が少なかったことは以下です

  • 指導者の不在/適切な指導の不足
  • 知識の孤立化
  • 閉塞感あるいは無気力感
  • 悪意のある競争社会としての研究環境
  • 自分の仕事以外の作業を行わなければならない環境-他者の世話、他者の実験の手伝い、忙しい指導者の作業

これらの理由を見ると、逆にPhDであり続ける人の意見も聞いてみたくなります。コメントの中に3つの要素を見つけました。

  • サンクコスト(埋没費用)(これまでの研究にかけてしまった回収不能な費用、ここまでやったのだから研究全体をやってしまわなければという意識)
  • 家族や支えてくれる指導者などからのプレッシャーまたは期待
  • 辞めた場合の恥じる気持ち

ここまでで、私の分析は文献とほぼ一致し、データが十分に有意であると示す結果が得られたわけですが、既に分かっていたことを確認した以上に新しいことは分かったのでしょうか?コメントには、恥じる気持ちや、責める気持ち、言葉にならない葛藤などがあふれていました。博士になるという目的をあきらめた人たちの多くは、そのことを口に出したがらないようです。その上、不満を抱いた学生は社会的に孤立してしまいがちです。そうなると、どうやってPhDの経験に関する貴重な話を拾い出せばよいのでしょうか。

アーサー・フランク(Arthur W. Frank )は著書『傷ついた物語の語り手―身体・病い・倫理(原題:The wounded story teller)』の中で、がん患者が自らの病歴についてどのように話をするかを探っています。彼は、会話の中から3つのカギとなるキーワード群(原文では「ナラティブ(語られる話)」)を特定し、「リスニングデバイス(listening devices)」と呼んでいます。これらのキーワード群は、治療中の患者の経験を深く理解し、対処することに役立つものであり、よく話を聞くことの最終的な目的は、よりよい治療と患者の心に寄り添うケアを提供することだと彼は述べています。

苦労の多いPhD学生も指導者や家族、友人からの配慮を必要としています。彼らにもリスニングデバイスは効果があるでしょうか?その答えを見つけるために、データをもう一度見直してみることにしました。寄せられたコメントには、どのような話が語られていたのでしょうか。

人々が語るすべての話にはたくさんの脈絡が複雑に絡みあっています。そのことを踏まえ、私はフランクに習って3つの最も一般的なキーワード群に絞り込んで見てみます。まず、細切れのキーワードをたくさん寄せ集め、左の図のように書き出してみました。次に、これらの断片的な書き込みを知り合いがどう思うかを調べるために、書き込んでみました。そして、@katemfd(彼女自身が集中的ながん治療を受けることになっていたのに、そのことを美しい文章で書き表していた)の助けを借り、これらの内容について彼女と慎重に話し合いを進めたのです。

彼女との会話の後にまとめた暫定的なキーワード群のリストを以下に記します。

回復力(レジリエンス)の源となり得るキーワード群

人々がPhDを取得するまでの長旅や獲得するための試練について話すのは、勤勉な個人の努力によってそれらを克服できるとなったときか、実際に克服したときです。

これはフランクが「好ましいキーワード群」と呼んでいるもので、その多くは回復力の源となり得る話し、あるいは何らかの形で対応/拒絶した話しにつながっています。「好ましいキーワード群」は、辞めたい気持ちをなだめる「自制心」となります。これらのキーワード群が自発的に頭に浮かぶようになってしまえば、PhDの学生でいることが彼らにとって最良の選択であるか否かに関わらず、PhDを継続しようとします。

これに分類されるコメントを読むと、PhDを取得できた人の多くが「自分を追い込む」ことを止めたことが良かったと話していることに気づくでしょう。多くのコメントは、人々がまさに辞めようとしたとき、自らの内にある回復力(レジリエンス)の源となり得るキーワード群、言葉の力がポジティブに働くようになり、嫌いなことであっても継続することにしたと語っています。

回復力の源となり得るキーワード群が生まれる思考はお金で買えるものではありません。これを手に入れられない人には、疎外されている兆候が見られることがあり、その兆候は時として強く表れます。「期待に応えられない」、そして立ち直る強さを十分に有していないことに対する罪悪感や自己非難に満ちたコメントも見受けられました。一方で、PhDへの道を断念したことで開放感を感じていると話す人は、期待に対して反抗的な言葉で応酬します。余談ですが個人的には、このような期待に対する反応の違いは、他人の無邪気な「あなたならできるよ」という励ましに疲れ果てた経験について書いた別コラム「The Valley of Shit」が共感を得られた理由のひとつだと思っています。

回復力の源となり得るキーワード群を聞いた、あるいは自分自身が繰り返していることに気づいたとき、逆に私たちは一瞬立ち止まるべきかもしれません。その人が学位を取得するのに問題になることがあるか?実際、彼らが必要としていない余計なプレッシャーをかけているだけということはないか?一見前向きに聞こえるようでも、問題を抱えているサインなので、振り返ってみるべきでしょう。

混乱(カオス)を表すキーワード群

まるで該当者が自らの経験を言葉では言い表せないかのように、混乱し、非線形的な方法で出来事を語るコメントがあります。このような混乱(カオス)を表すキーワード群は、怒り、恐れ、無力感、苦悩、無関心によって特徴付けられています。混乱を表すキーワード群という考えは、フランクの著書から拝借しました。フランクの著書に記された例文の中に、このような気質を示すコメントと一致しているものが多数見受けられたからです。フランクは、混乱を表すキーワード群は構成あるいは明確なプロット(構想)もないという意味で、「本当の話」ではないと指摘しています。

また、フランクは混乱を表すキーワード群は、聞き手も簡単に「飲み込まれる」可能性があるため、「聞くのも怖い」ものとも指摘しています。私たちが混乱を表すキーワード群を聞く際には、思考をより前向きな方向に向けるために、回復の源となり得るキーワード群を思い出そうとする気持ちが強くなるかもしれません。しかし、大切なのは、フランクが主張するように、むしろ私たち自身が混乱を表すキーワード群を「経験」し、あせったり、当事者に問題を解決する方法を提案したりする必要はないと考えることです。これは何もしないということと同じではありません。

アンビバレンス(両面性)を持つキーワード群

アンビバレンス(両面性)とは、相反(正と負)する感情が同時に生じることで引き起こされる葛藤のことです。アンビバレンス持つキーワード群は、未来に希望を持てなくなっていたり、あるいは先行きが見えない不確実性によって特徴付けられています。一般的には、このキーワード群は、「何のために?」という心の動揺を示すものです。

人によっては「次に何をすべきか分からない」と率直に話し、流れに身を任せるだけになる場合もあります。経験を重ねるために、経てきたことをより実際的な言葉で語る人もいます。また、無関心、うつ病、あるいは、さまざまな倦怠感に捕らわれる人もいます。学術界に身を置いていたくないとの考えを示した多くの学生が、こうしたアンビバレンス(相反する感情)を持っていたことに気づかされました。

アンビバレンスを持つキーワード群の観点から状況を考え始めて以降、PhD学生との会話、ブログの文中、彼らとのインタビューの中でこの話題がいかに頻繁に登場していたかに気づいたのです。もしかするとアンビバレンスを持つキーワード群こそ学生の間で関心が高いのではないかと思い始めたほどです。

おそらく、アンビバレンスを持つキーワード群は、学術界における不安定な就業環境に対する反応ではないかと思われます。自分がPhDの学生だった頃、このアンビバレンスを持つキーワード群を良く言葉にしていたことを確かに覚えています。自分の研究計画がうまくいくか確信が持てなかったとき、研究生活の終了後にフルタイムの仕事に就くことによって、自分の学業を正当化したいと思ったことがあります。自分のキャリアにどんな選択肢や独自性が利用できるか問いかけてみるために、アンビバレンスを持つキーワード群口にしていたのだと思います。

アンビバレンスを持つキーワード群を私たちはどう受け止めるできなのでしょうか?この問いに対する確かな答えを持っているわけではありませんが、人がどう考えているかには興味があります。

いかがでしたでしょうか。これらのキーワード群に共感できるものはありましたか?他の人に何か提案できるものはありましたか?もしくは、これらの考え方はPhDを辞めたいと考えている人に役立つと思いますか?

後日談:友人でPhDの学生であるミーガン・マクファーソンが、「回復力」の源となる話題を見つけるまでの間、いかにイライラしたかを話してくれていたことを思いだしました。きっと、その話を無意識に拾い上げてこの記事につなげたのかも。ミーガンに感謝しなくては。もうひとつの後日談:@tammoisが掲載した「So long, & thanks for all the theory!」という記事も、上に挙げたようなキーワード群を取り上げており、PhDを取得すること、PhDを途中でやめることも良い経験になると記しているのでお勧めです。

原文を読む: https://thesiswhisperer.com/2014/03/26/why-do-people-quit-the-phd/

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