PhDの研究を学術書として出版するには

オーストラリア国立大学のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)准教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回は、PhDの研究を学術書として執筆して出版するには何から手を付ければ良いかという話です。最初は、本当に出版すべき?という入口からの3つのステップを紹介します。


多くの学術分野、特に人文科学では、PhDで行った研究を学術書としてまとめることが研究者としての成功の第一歩になるので、学術研究のキャリア戦略の一環としてPhD取得後早々に書籍の執筆にとりかかる人が多いようです。私は、PhD取得時点で既に仕事をしていたのと、他の分野で研究者としての評価を築きたかったので、学術書の執筆には手を付けませんでした。その代わりにブログは書き始めましたが。

学術書の執筆経験が無いのにこの題目でブログを書くのは、やや気が引けていたのですが、私のPhD学生のひとりであるグエン(Nguyen)の旦那さんのトン(Thong)が、私が既に出版された5冊の学術書やこれから出版される2冊の作成に関わってきていることを指摘し、背中を押してくれました。トンは、私が学術出版プロセスについて有用なアドバイスを与えられると自信を持たせてくれたのです。そこで、それならと書き始めました。

1つのブログで学術出版に関するすべてを話すことはできないので、3つに分けてお話しようと思います。これは、1つ目。私のお勧めは、質問や分からないことを書き出して、考えていくことです。定評のある研究者の中にもブログを読んでくれている人がたくさんいることを知っているので、より役立つコメントを追加してくれるのは大歓迎です!

ステップ1:学術書にするか、他の媒体にするか?慎重に検討する

最初の質問は、本当に学術書として出版するのが良いかどうかです。確かに学術書として出版すればCV(職務経歴書)に追加できるのですが、書籍を執筆するとなれば、既に書き上げた論文から抜粋するとしても大変な時間がかかります。しかも、それだけ時間と労力をかけても本が売れるとは期待できません。もし本が売れてお金になればラッキーですが、期待していなければ、がっかりすることもありません。その程度です。研究実績として目に見えるようなインパクトが得られるとも期待しないでおくのが賢明です。被引用数を増やすことにもつながらない小ロットで出版費用の高い本を出すことになるのが関の山です。

あなたの研究を多くの人に活用してもらえるようにしたいのであれば、いろいろなブログに紹介記事を書いたり、e-book(電子書籍)を個人出版/自費出版したり、ドキュメンタリーフィルムのような公開方法を検討するほうが理にかなっているかもしれません。あるいは、無料でダウンロードできる大学図書館に原稿を登録しておくことも一案です。多くの大学の論文レポジトリの中でも、博士論文は最もダウンロード数の多い文書なので、ただ論文をアーカイブしておく、つまり手のかかる書籍の執筆なんてやらないという選択もありでしょう。書籍化しなかったとしても、あなたの研究が興味を持ってくれる他の研究者の目に止まる機会はあるのです。

書籍出版の目的が学術関係者以外の人に本を読んでもらいたいというのであれば、まったく別の話です。歴史のような分野の成果は商業的な(売れる)可能性を秘めていることもあります。そのような可能性がある場合には、追求することをお勧めします。大衆向けの一般書は、学術出版よりは俗物であるとされていますが、本が売れて高額な著作権料が得られればいいじゃないですか。売れれば大成功です!

ステップ 2:出版してくれそうな出版社と連絡を取る

実は、学術出版社を選ぶのは、多くの人が考えているよりははるかに簡単です。本の背部分を見てGoogle検索してみてください。代理店に依存している一般書市場とは異なり、学術書出版業界では、出版社に直接問い合わせをすることができます。ウェブサイトの著者向けの情報を見て、連絡先/問い合わせ先が書かれていれば連絡してみてください。

やや間接的な別のアプローチ方法もあり、私はこの方法も有効だと思っています。それは、学会や会議に参加した際、そこに出展している出版社のブースを訪ねてみるという、簡単ながらあまりあからさまではない方法です。ブースにいる人と軽い会話をしてみてください(会議のセッションを抜け出してブース訪問してみると、人がいないので話しやすいことでしょう)。出版社ブースにいる人たちは、研究者からのアプローチに慣れているので、躊躇せずチャレンジしてみてください。書籍を販売している人が著者捜し(著者をスカウト)する役割も担っているか、その役割を担っている人とつなげてくれるのが一般的です。話ができそうなら、どのような研究を出版することに関心があるか聞いてみましょう。そして、彼らの関心とあなたの考えが一致しているように見えるのであれば、本のアイデアを短く(せいぜい2つの文章ぐらいで)伝えてみて、面白いと思ってくれるか探ってみるとよいでしょう。昨年、私はある会議場でブースを訪問して名刺をもらい、連絡先(eメール)をゲットすることに成功しています。

賢明な出版社は、常に新しい情報(研究)を探しているので、彼らからアプローチしてくる可能性もあります。そうなれば素晴らしいじゃないですか!ただし、ちゃんとした出版社であることの確認は必須です。怪しい出版社に引っかからないように注意してください。きちんとした出版社であれば、適切な提案書を書くように言うはずです。何も変更せずに博士論文を出版すると約束するするような出版社は疑いましょう。アドバイスをくれる人の中には、論文を研究機関のリポジトリに登録しないように指示する人がいるかもしれませんが、学術論文リポジトリを書籍化の可能性のある原稿を探すのに利用している出版社もあるので、アプローチにつながる可能性も捨てきれません。また、ブログを始めるのもひとつの策です。読者を広げることができれば、あなたの研究に目をとめてくれる人につながる可能性も高まります。私の言うことを信じて、やってみてください。

ステップ3:アイデアを売りこむ

人の関心をつかめたら、次はあなたのアイデアを「買って」くれるかです。これが難しいところです。

書籍出版、特に学術出版は利益の少ない事業です。従業員が3名しかいないような小規模学術出版社でも、慈善事業ではありません。何をおいても出版社が興味を持つのは書籍を売ることです。非営利な学術環境に属している研究者は本質的に何が利益となるか見落としがちですが、出版社はしっかりと考えています。

そのため、あなたと出版社では出版の目的が異なることになるでしょう。しかし、私は常に、提案全体をまとめるのに苦労する前に、出版社が企画の段階から関わっている方が良いと思います。どこかの出版社が興味を示してくれる前に、何度も挫折を味わうかもしれません。積み重ねてきた研究を示す提案書の雛形を作っておけば、必要な箇所だけ更新すればよいので、提案書作成ごとに書き直す手間を省けます。連絡先に対するカバーレターか、問い合わせページに記載されているメールアドレス宛てのメールに、本の売り込みとともに、対象とする読者に伝えたいことを明確にし、その本を書くのに自分がなぜ適材なのかも記します。既に論文を出版しているか、ブログを公開している場合には、それらの読者が書籍を買ってくれる可能性を示唆するために発行部数/フォロワー数を書き入れておくこともできます。以下に私が最近、小さいながらも名の知られた出版社宛てに書いた売り込みレターをお見せしますので参考にしてみてください。

ここで私たちの研究について、すべてを語ることはできませんが、私たちの研究手法に学術コミュニティから強い関心が寄せられていることは確かです。「社会科学の仕事をロボットに取って代わられる」と懸念している人が多くいますが、私たちは全く異なる、「human in the loop(仮訳:つながりの中に人がいる)」という考え(これについてはAre the robots coming for our (research) jobs?というタイトルの別のブログにも書いています)を持っています。そこで私は、今こそこのアイデアを市場に投入するため、貴社のシリーズで取り上げていただくのが最適なタイミングではないかと考えています。

 この売り込みレターでのポイントは、私たちの研究に寄せられた関心を踏まえて、売れる素地はあると示したことです。ここで、私が商業的な表現として「市場」ということばを明示的に使い、利益についても理解していることを示唆していることが重要です。私は、自分の研究が本質的に興味深く重要なものであることは、それが主として私が主張したい内容であるにも関わらず一言も書きませんでした。買いたいと思ってくれる人がたくさんいるかどうかに、本の重要性は関係ありません。もちろん、研究者は非商業的な内容の本も出版すべきですから、非商業的な研究発表の場として、学術雑誌(ジャーナル)や学会の存在を活用します。

売り込みレターで必要なのは、私のアイデアを市場に出すべきと出版社に納得させることです。ブログでの成功は、ここでも大きな力となりますが、今回は共同執筆した本の売り込みです。出版社は、執筆者らが途中でバラバラにならないこと願っています。それで何度も出版社が苦労しているのを知っているので、彼らが神経質になっているのは理解できます。自分達は大丈夫と証明する最良の方法は、過去の執筆経験です。出版社の心配を和らげるために、以下を付け加えます。

研究プロジェクトについて心から誇れることは、研究者間で強い絆を築けたことです。ハンナ(Hanna)は、コンピューターサイエンスの分野で15年の経験を活かすことができました。ウィル(Will)は科学コミュニケーションを担当するだけでなく、執筆者としても優秀ですし、研究分野を股にかけて作業することに慣れています。

この売り込みレターは、ほとんど直球でこちらからの提案を受け入れてくれるように求めるものです。「ほとんど」という部分が鍵で、ここが次のステップにつながる部分です。既に長くなっているので、ここからはまたの機会にお話ししたいと思います。ここまで読んでくれた時点で、あなたは論文を本にして出版したいと思っていますか?頭に質問は浮かんでいますか?または、出版プロセスについて共有しておきたい経験談などありますか?ご意見いただければ嬉しいです。

では、また続きで。

原文を読む: https://thesiswhisperer.com/2018/09/19/how-to-turn-your-phd-into-a-book/

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