カテゴリーアーカイブズ: 世界のコトバ事情

Created 2017 06 15

「専門性のある」翻訳者になろう!

DrMatsuhira翻訳をする際に、翻訳者に求められることは何ですか?」――。
この話題になると、必ずと言っていいほど挙がるのが、「翻訳する言語と翻訳する先の言語双方にネイティブレベルの流暢さがあること」、「双方の言語を使用する国の文化をよく理解していること」ではないでしょうか。しかし、翻訳する文書が専門性の高いものである場合、これだけでは足りません。もう一つ求められるのが「該当する分野の専門性を有していること」です。今回は、これがなぜ必須だと言われるのかに迫ります。

■ 「専門性がある」ってどういうこと?

そもそも「専門性がある」というのは、どういう意味でしょう。これは、翻訳者が、翻訳する文書の内容に関する専門知識を持っている、という意味です。例えば、英語で書かれたアメリカの法律文書を日本語に翻訳する際、アメリカの法制度と日本の法制度の知識を持っていなければ翻訳できません。あるいは、心臓疾患に関する医学論文を翻訳する際には、心臓学・循環器学の専門知識が必要です。分野ならではの用語を理解し、的確に翻訳できる能力は非常に重宝されます。その理由は後から見ていきましょう。

では翻訳者は、こうした専門性をいかにして手に入れることができるのでしょう。そのバックグラウンドから、大きく3パターンに分類することができます。ひとつは、該当する分野の修士号・博士号などを取得し、学問としての専門知識を習得している場合です。もうひとつは、該当する分野での実務経験があり、定年などの理由で実務から退いた後、翻訳に携わっている場合。そして最後は、該当する専門分野で実務を行いながら、その傍らで翻訳を手がける場合です。特に、3つ目にあげた翻訳者は、専門分野に関して強みを持っていると言えるでしょう。まさにその専門分野の現場で働いているため、その分野を取り巻く環境や最新の技術、トレンドなどを最も身近に感じているはずです。

■ 専門知識はなぜ重要なのか

では、なぜ専門分野の知識が必要で、またどのような点で翻訳に生かすことができるのでしょうか。

まず、専門分野の知識があると、専門用語を正しく翻訳することができます。専門性の高い学術論文などは、極めて高度な専門用語を使って書かれています。これを平易な単語に置き換えて訳してしまった場合、そもそも論文の著者の意図を的確に伝えることができなくなってしまうだけでなく、そもそも著者の専門性が低いようにも捉えられてしまう危険があります。

また、専門分野の知識があれば、記号や略語も正しく翻訳することができます。専門分野にはその分野固有の用語体系や略語、記号などがあります。これらは分野が異なれば、使い方も異なります。したがって、該当する分野を専門としていない翻訳者が訳した場合、まったく意味が異なった訳文になってしまう恐れがあります。著者や読者と同じレベルの専門知識を有していない翻訳者が翻訳を行った場合、専門性の高い文書は得てして正確に翻訳されず、高い確率で読者が意味をはき違えてしまうことになりかねません。これは、法律文書や医学論文などに限りません。ビジネスにおける契約書も、商慣習の違いから国によって解釈が異なることが多く、翻訳者には深い理解と知識が求められます。

■ どうやって専門性を高めるか?

原文の意図を正確に把握できなかった結果、翻訳の修正を繰り返す……。こうしたケースは、決して珍しくありません。翻訳者が専門性を有していないということは、依頼者の時間を奪うばかりか、プロジェクトやビジネスの妨げにすらなりかねません。どの分野においても、その分野を取り巻く環境や技術は日々進化し、新たな発見によって常識とされていたことが覆ることもあります。情報収集を怠れば、文書の意図やニュアンスを正確にくみ取った翻訳をすることは難しくなるでしょう。該当する分野で実務を行っていない翻訳者であればなおさらです。翻訳者には、日々専門性を高める努力、最新情報に常にキャッチアップしていく姿勢が求められるのです。

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オープンアクセスはフェイクニュースを打ち破れるか?

おそらく、誰もが一度は、フェイクニュース(偽りのニュース)の犠牲になったことがあるのではないでしょうか。たとえば、米大統領選挙戦の終盤3ヶ月、フェイスブックは、ニューヨークタイムズ、ハフィントンポスト、ワシントンポストなど他のニュースソースと比べて、かなり多くのフェイクニュース情報源となっていたといいます。この選挙の行方を決する重要な時期に、デマ情報サイトの選挙に関わる話が、8,711,000回もシェアされていたのです。

研究者にとっても、フェイクニュースは無関係ではありません。今、フェイクニュースは収束に向かうどころか、さらに読者の注目を集める方法を探ろうとしています。フェイクニュースは、たとえば新薬の開発や気候変動など、学術的な研究課題をも標的にし始め、すでに、膨大な回数、クリックされ、シェアされているのです。

また、偽りの情報を出版する捕食出版(著者から掲載費用を得る目的で、適正な査読を行わずに論文を掲載すること)が、近年増加しており、2016年の時点で学術ジャーナルの25%が捕食出版であったとみなされています。捕食ジャーナルも、一種のフェイクニュースです。

フェイクニュースとの戦い

フェイクニュースは単に厄介なだけでなく、科学に対する公共の信頼そのものを低下させます。これは、教育や科学リテラシーがいまだ低い発展途上国で、とくに顕著です。デジタル時代となり、ソーシャルメディアのプラットフォームを経て、ほとんどのニュースにアクセスできる今日、科学教育とメディアリテラシーが強く求められているといえます。

ツイッター、インスタグラム、フェイスブックなどの主要なソーシャルメディアにとって、フェイクニュースの蔓延に対処することは容易なことではありません。これらのプラットフォームを使ってニュースにアクセスする人は、とくに格別の注意を払い、情報の信憑性を疑ってかかる必要があります。

Inoculating the Public against Misinformation about Climate Change(仮訳:気候変動に関する誤情報に対する予防対策)」と題された研究では、フェイクニュースや誤情報の広がりが、ウイルスにたとえられました。この研究においては、2つの現象が強調されています。参加者に、フェイクニュースと科学的情報を提示した場合、参加者はフェイクニュースの方を信じる傾向があること。次に、そのフェイクニュースに警告を付した場合、こちらを信じる確率が大きく減少したことです。

オープンアクセスはフェイク対策の解決策

問題の1つの解決策は、真の科学へのオープンアクセスを普及させることです。たとえば、2016年8月、NASAは、NASA PubSpaceと呼ばれる一般人のための論文ライブラリーを開設すると発表しました。このデータベースを利用すれば、第三者の介入なく、研究論文にアクセスすることが可能です。

ScienceMattersという出版社も、一般の人々が研究論文にアクセスするためのプラットフォームを構築しています。また、大手出版社Natureは、ほぼすべてのテーマをカバーし、各分野の専門家が主催するニュースセクションを運営しています。

オープンアクセスをポリシーとするビル&メリンダ・ゲイツ財団も、オープンアクセス運動を支援しています。オープンアクセス運動は、科学的知識は誰でもアクセス可能なものであるべきという信念に基づき、人々が、コストをかけず、できる限り多く真の研究論文にアクセスできることを目指すものです。

科学とジャーナリズムは、事実とフィクションを区別するという、同じゴールを目指しています。世界各国が推進している開かれた科学研究、すなわち「オープンサイエンス」は、フェイクニュース問題の有力な解決策となる可能性があります。

研究者にできること

さらに、研究成果がオープンアクセスによってより広く公開されることを支援したいと望むなら、研究者個人としても、以下のようなことができます。

1.会話に積極的に参加し、オープンサイエンスを広める。
2.研究の再現性について基礎を固める。
実験データを公開することにより、科学への理解が広がり、信頼できる情報の普及が、より現実的なものとなる。
3.小さなことでもシェアする。
オープンアクセスは、大量のデータを公開することだけでなく、ツールや技術を共有することも含んでいる。
4.創造を促進する意識を持つ。
研究データは、人々や科学界に恩恵をもたらすはずであり、公費を投じて行われた研究結果であれば、一般の人に伝える必要がある。
5.常に最新の情報をキャッチアップしておく。
オープンデータの共有ツールとプラットフォームは日々進化しているので、常に最新情報を入手するよう努める。

フェイクニュースは、明らかに望ましくないものです。とはいえ、人々がフェイクニュースのわなに陥らないようにするのは、実際には容易ではありません。研究者も「私は大丈夫。だまされない」と思って何も行動しないでいるのではなく、オープンサイエンスの普及に積極的に関わり、一般の人が真の情報にアクセスしやすい環境づくりに貢献していきたいものです。

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参考記事
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Future Society: Free Science Could Be the Answer to Our “Fake News” Epidemic
naturejobs: Five things you can do today to make tomorrow’s research open

オープンアクセス・メガジャーナルの魅力とリスク

インターネットを介してだれもが自由にアクセスすることのできる学術誌(ジャーナル)であるオープンアクセスジャーナルは、伝統的な購読型の学術ジャーナルに比較して、読み手には無料で研究成果にアクセスできるというメリットがあります。また、著者側にも、幅広い読者に研究成果に触れてもらうことができるというメリットがあることから、オープンアクセスジャーナルの果たす役割は大きいと考えられています。

このオープンアクセスジャーナルは、オンラインという特徴から、掲載論文数や刊行頻度に決まりがなく、掲載論文数が増大した結果、大量の論文を掲載する「オープンアクセス・メガジャーナル」の出現につながりました。このメガジャーナルとは、論文掲載においてどのような特徴があるのでしょうか。

■ オープンアクセス・メガジャーナルの特徴

メガジャーナルの特徴としては、主に以下の4点があげられます。
・査読の対象範囲が限定的
多くの場合、メガジャーナルでは科学的な妥当性の確認など最低限の査読を行います。研究内容が新しいか、重要か、といった評価は行いません。
・扱う分野が広範囲
メガジャーナルでは、伝統的な学術ジャーナルと異なり、特定の学問分野や領域に特化せず、広く掲載します。
・比較的安価なAPC
伝統的な学術雑誌と比べて、大量の論文を扱うため、論文掲載料(Article Processing Charges:APC)を低く抑えることができます。
・短期間での出版
査読範囲が限定的であることから、掲載までに必要な時間が短いとされています。

メガジャーナルに掲載されることは、著者にとって投稿してから短期間で掲載でき、かつ、多数の幅広い読者に見てもらえる可能性が広がるという点で魅力的といえるでしょう。

■ 投稿する前に留意すべき点

Nature社によるScientific Reports、BMJ社によるBMJ Open、米国化学会(American Chemical Society: ACS)によるJournal of the American Chemical Societyなど、特段の問題なく運営されているメガジャーナルはもちろんあります。一方で、メガジャーナルの元祖とされるPLOS ONEは、論文の多さからその質が玉石混交になり、徐々にインパクトファクターが下落し、投稿論文数自体も減少しつつあります。さらに、中には要件を満たさずにメガジャーナルを名乗っているだけの捕食ジャーナルもあるため、投稿する際には、投稿を検討しているメガジャーナルが実際どのようなものなのか、内部的な問題を抱えていないか、ねつ造されたデータを利用した論文を掲載後に取り消しているといった問題を起こしていないか、自身の論文の領域を専門としている査読者がいるかなどを確認する必要があります。

メガジャーナルに投稿することは、魅力もある反面、信頼性の低い学術雑誌に誤って投稿してしまうリスクもあります。詳しく知らない学術雑誌への投稿を検討している場合には、自身で十分に調べることが重要です。

最後に、補足になりますが、自身の論文に合ったオープンアクセスジャーナルを探す手段として、英文校正・校閲エナゴでは、「オープンアクセス・ジャーナルファインダー」という無料のツールを提供しています。このツールを利用すると、論文のアブストラクトをもとに、信頼性の高い、学術論文のオープンアクセスジャーナル・ディレクトリ(Directory of Open Access Journals: DOAJ)が提供する学術雑誌のリストから、最適なオンラインジャーナルの候補を選出することができます。候補として表示される学術雑誌の信頼度や論文掲載料を確認することも可能です。

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言語の消滅危機―日本語も他人事じゃない

消滅危機言語

非営利のキリスト教系の少数言語研究団体である国際SILが公開しているウェブサイト Ethnologue (エスノローグ)の『Ethnologue, 21st edition(第21版)』によると、現在使われていることが確認されているのは世界で7097言語。これほど多くの数の言語が存在していることは驚きですが、グローバル化や少数民族の人口減などのさまざまな理由によって話者がいなくなって、失われつつある言語もあるとの事実にも驚かされます。実際、Ethnologue, 21st editionでは、昨年発行の20th edition(第20版)から2言語が減っていました。世界で話者数が100-999人しかいない言語は1000を超え、10-99人しかいない言語は300を超え、話者数が9人もしくは9人より少ない状況となっている言語が114もあるのです。言語とは人が使うものである以上、話者の途絶えた言語、人に使われなくなった言語が失われていくのは止められません。

■ 止まらない言語の消滅

世界で20億を超える人が3言語(中国語、スペイン語、英語)のいずれかを使っている一方で、使う人が途絶えた言語が想像を超える勢いで失われていると言われています。言語学に特化した学術団体であるアメリカ言語学会(Linguistic Society of America: LSA)によれば、消滅危機言語とは将来的に話者がいなくなる、その言語を理解できる人がいなくなることと定義しており、消滅する主な理由としては、侵略などによる虐殺で話者が消滅するため、多くの話者が影響力の強い言語を使うことで言語の置き換えが起こるため、文化的抑圧などにより言語の使用が断たれるため、の3つを挙げています。グリーンランドにおけるカラーリット語(Kalaallisut)はひとつの例です。1700年代にデンマークがグリーンランドを植民地化して以降、当初は原住民の言語であるカラーリット語とデンマーク語の両方が使われていましたが、教育と公的職務をデンマーク語で行うとの言語政策に押され、カラーリット語の利用が断念されてしまいました。その結果、言語と共に民族性と文化も失われてしまったのです。また、学校教育の中で政策的に言語の利用が制限されることで、特定の言語が廃れてしまうこともあります。

言語は人が使ってこそ生きるものなので、話者がいなくなってしまえば消滅してしまいます。たとえば、話者が複数名いても、次世代がまったくその言語を使わなくなれば一世代という短い時間枠で失われることになります。逆に、少人数ながらでも細々とその言語を使い続ける話者が存在し続けていれば、言語の消滅は緩やかなものとなります。

このように、言語の消滅の理由、タイミングはさまざまです。そもそも世界中の言語の数とそれらの実態(話者の数、使われ方など)を把握することは大変難しく、言語学者によって世界の言語数と消滅危機にある言語数が異なることもあります。しかし、世界中で多くの言語が消滅の危機にあるという点では言語学者の意見は一致しています。世界の言語の80%が来世紀のうちに消えてしまうという予測すらあるのです。

■ 日本語は大丈夫?

近代以降も、都市への人口集中や社会的あるいは経済的理由で特定の言語の話者が失われることや、災害や紛争で難民となり母国を追われることで使用する言語が変わってしまうことが起こっています。日本は少子高齢化が進行しているとはいえ極端に急激な人口減少が起こっているわけでも、侵略されているわけでもないので言語の消滅とは関係ない――と思うのは早計です。国際連合教育科学文化機関(UNESCO)が2009年に発表したAtlas of the World’s Languages in Danger(消滅危機言語、最新版は2010年発表)の消滅危機言語2500の中に、日本で話されている8つの言語が含まれています。先に述べたように世界のすべての言語を把握することが困難な理由のひとつは、言語をどのように定義してカウントするかが難しいからです。言語学者は主に文献などを参考に言語数を数えていると言われますが、日本人は概ね「日本は単一言語の国」と思っているので、日本の中に消滅する言語があると言われると不思議な感じがするかもしれません。しかし、UNESCOの発表では、アイヌ語、八丈語、奄美語、国頭(くにがみ)語、沖縄語、宮古語、八重山語、与那国語の8言語が消滅の危機にあると掲載しています。これに対し、日本の文化庁は、UNESCOが地域固有の「方言」も「言語」としていると注釈をつけつつも、それぞれの危険度を3つに分類し、これら8言語の実態把握や保存・継承の取組状況に関する調査研究に着手しています。このように「言語」と「方言」の線引きが難しいことも言語数の把握を難しくしている一因です。国立国語研究所(National Institute for Japanese Language and Linguistics; NINJAL)は文化庁と連携し、「日本の消滅危機言語・方言」データ公開のページを設置。それぞれの言語の基礎語彙を含めた情報を公表することで、言語の記録を作成しています。

にもかかわらず、日本国内にも消滅危機言語・方言があるということが広く認識されているとは言い難い状況です。言語の多様性が失われつつある背景には、日本が近代化する中で、標準語教育が浸透したのと同時に、かつて地域のコミュニケーションに使われてきた方言の大切さを認識し、それを育んだ地域の伝統や文化と共に守ろうという意識が薄かったことがあげられるのではないでしょうか。アイヌ語以外は島の言葉であり、そもそもの話者数が限定的な上、多くの島で若い人は島外に出てしまい、残った話者が高齢化しているなど社会的な変化も鑑みると、失われつつある言語の調査研究・保存は急務です。

■ 世界の言語の状況

このUNESCOの発表では、消滅の危機にさらされている2500の言語を、最も危険なものから「極めて深刻」、「重大な危険」、「危険」、「脆弱」の4つに分類しています。先述の8つの日本語の中ではアイヌ語が「極めて深刻」と評価されています。すでに、1950年以降に消滅した言語は230語(2018年時点に公式ページに掲載の数字)にのぼっていると聞けば、危機感が募ります。言語とは、地域の自然や生活、歴史、文化、人々の考え方などを通して培われてきたものです。言語を形作るにはとても長い時間がかかるのに、消滅にはそれほどの時間を要しません。しかも、言語の消失はそれを使用してきた人々の知識や文化の消失も伴います。

世界は刻々と変わり、言語ごとの話者数や言語の使われ方、言語自体および付随する文化も常に変化し続けています。それは言語が日と共に生きているからです。だからこそ、言語は難しくも面白いのだと思いませんか。


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知らないと痛い目に?アジアと欧米の文化ギャップ

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翻訳をする際には、翻訳する元の言語と翻訳する先の言語を理解しているだけでなく、その背景にある双方の文化を理解することも重要だ、と言われます。例えば、慣用句や比喩を単に翻訳しても、翻訳する先の言語ではまったく意味をなさず、理解されないことがあります。また、ある程度婉曲な表現が好まれる文化圏がある一方で、直接的な表現が好まれる文化圏もあります。コミュニケーションスタイルを間違うと、本質的な理解が得られる前に悪い印象を持たれてしまうことがあり得ます。これこそ、翻訳する先の文化を理解することが求められる所以です。

■ 文化のギャップはビジネスにも影響する

この言わば言語ギャップならびに文化ギャップは、当然ビジネスの世界にも存在します。企業がグローバル展開を図る際には、参入予定国の言語だけでなく、文化も十分に理解しておかなければ、事業の成功は得られません。近年、中国を筆頭とした経済的ポテンシャルの高いアジア地域に、欧米諸国の企業が続々と参入していますが、苦労も多いようです。

まず、アジアの多くの国々では、自分の意見をストレートに主張することは好まれません。相手の立場に配慮することが大切とされ、直接的な物言いで相手の面子をつぶすことは非常に嫌がられます。また、信頼関係を築くために時間を費やす傾向があります。例えば、中国人のビジネスマンが取引相手に「今回の取引によって自分たちには儲けがないとしても、あなた方とは特別な価格で取引しますよ」と言ったら、その真意は、中国でのビジネスはお金よりも信頼関係に重きを置く、という点にあります。実際には儲けが出ないような取引はしませんが、こうした含意をつかめない欧米人は、中国人の言葉を鵜呑みにしてしまい、中国人の言動に不信感を抱くかもしれません。そして、彼らとはビジネスできない、と考える可能性もあるのです。

一方、欧米では、本題になかなか入らずその周辺の話をすることは、自信がないからと思われる傾向があります。相手との距離感や面子を考えて婉曲的な表現で時間を費やすより、直接的な表現で単刀直入に話を進めることを好みます。時間とコストをつなげて考え、効率的に物事を進めようとするわけです。欧米人はコストパフォーマンスを重視する、と考えたほうがよいでしょう。

■ 文化ギャップで撤退した企業も

文化ギャップでビジネスの撤退に追い込まれてしまった企業もあります。インターネットオークションを展開する米国企業eBayは、アジアに進出する際、アジア3か国(日本、韓国、シンガポール)に同じビジネスモデルを適用しようとしました。ところが、この3か国のうち日本では、手痛い教訓を得ることになりました。というのは、オークションサイトでは、通常、落札者のほうが出品者よりも立場が強いのですが、日本では立場が逆で、出品者のほうが落札者よりも立場が強いという特徴があります。実際、日本では、出品者がオークション期間中にいつでも入札を中止することができ、それに対するペナルティは特にありません。eBayは日本にこうした慣習があることを知りながらも、出品者が期間中に入札を中止した場合にペナルティを課そうとしました。慣習と異なるルールは日本で許容されることはなく、先行する他のオークションサイトとの競合もあって、eBayは出品者を増やすことができませんでした。業績低迷の結果、進出から3年の2002年3月末に、撤退を余儀なくされました。

eBayの撤退は、アジアだからといって同じビジネスモデルが同じように受け入れられるとは限らないという事例になりました。国によって顧客は異なるニーズを持っています。複数の国でビジネスをするには、それぞれの国の文化や慣習を学び、理解し、それらに柔軟に適応する努力が必要になります。

■ コミュニケーションの秘訣

このように、東西では言語だけでなく、言葉の表現の仕方はもちろん、文化がまったく違います。文化ギャップが起こる理由の一つは、言語と非言語に重きを置く割合(コミュニケーションスタイル)が異なるからです(日本は非言語を重視する傾向があり、阿吽の呼吸や暗黙の領域などが、それに当たるでしょう)。歴史や宗教などが育んできたその国固有の文化を理解して初めて、対等なコミュニケーションが成り立つと言っても過言ではありません。

言語は、それを使用する集団の文化に深い関わりを持っているため、誤解のない意思伝達を行うためには言語と文化は切り離せません。よい翻訳をするためには言語能力に加えて、異文化に対する知識と教養を備えていることが必要とされるのです。

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最も「使える言語」を探ってみた

翻訳会社

大手商社の伊藤忠商事が、2015年度から中国語人材の育成強化に取り組み、独自基準で認定した「中国語人材」が1000人に到達したことを祝う式典を開催したとニュースになりました。同社CEOは中国語人材を育成することで、中国でのコミュニケーションを円滑にし、中国ビジネスの拡大を狙うと語っています。

2010年に楽天が社内公用語の英語化を宣言したのを皮切りに、多くの企業が英語を社内公用語または半公用語として推進するようになりましたが、ビジネスの世界では英語に加え中国語の需要も増えてきたため、伊藤忠のように中国語の習得を推奨する会社も増えているようです。

面白いのは、このような習得が実益につながる特定の言語、「使える言語」が、古くは中国語、明治維新後はイギリス英語やドイツ語、戦後はアメリカ英語(米語)、と時代とともに変わってきていることです。英語が世界共通語となっている現代では、英語の強さが圧倒的ですが、他の言語はどうでしょう。「使える言語」について考えてみました。

■ 言語の役割と言語の必要性

本来、言語の役割は人と人とのコミュニケーションであり、文化をつなぐためのものです。グローバル化が進んだことにより、人と人、あるいは多国間、多文化間で情報を共有するためのツールとして言語を習得する必要性が増すこととなりました。多くの日本人にとって外国語を学ぶ理由は、その言葉を話す人とコミュニケーションをとりたい、その言葉を使う国に行ってみたい、など強い動機や好奇心に後押しされてのことだったはずです。しかし今では、学校の外国語教育ですら「グローバルな人材育成のため」と大義名分を掲げるように、必要性に迫られている感が強くなっています。外国語の使い方も、この10年で大きく様変わりしてきました。ウェブサイトは、より多くの人に同じ情報を届けるため、母国語に加えて英語、あるいは英語を含む複数の言語で表示されるようになっています。企業は事業を国外に拡張する際、ウェブサイトを多言語化するだけでなく、円滑かつ効果的に事業を展開するべく、社員に外国語の学習を推奨するようになりました。また、世界中の研究者は国を超えて共同研究を行い、結果の論文を英語で公開しています。それぞれの事情に差異はあるものの、使い方が広がるのに伴い、言語の必要性も高まっているのです。

■ 最も話されている言語は?

やはり一番学習する必要性が高い「使える言語」は英語か――と結論に急ぐ前に、世界でどのぐらい英語を使っている人がいるのかを見てみましょう。実は、「最も話されている言語」を見る時、気をつけなければいけない落とし穴があります。特定の言語を話す人の数だけ見ても、母国語話者数だけ見る場合と、公用語あるいは第二言語としてその言語を使用している人の数を含める場合とで、その数は大きく変わってくるのです。世界最大の統計ポータルである「Statista 」によると、2017年に世界で最も話されている言語は中国語(12.84億)、2位がスペイン語(4.37億)、3位が英語(3.72億)となっています。総人口数の多い中国語が1位、中南米のほとんどの国で使用されているスペイン語が2位なのはわかりますが、英語を母国語とする人数の少なさは意外かもしれません。しかし、これは該当言語を母国語とする人の数なので、実際に使用している人の数(母語話者・第二言語話者・言語習得者を含めた数)を2018年にWorldAtrass.comがまとめた別の統計 で見ると、1位が英語(13.9億)、2位が中国語(11.5億)、3位がスペイン語(6.61億)と納得の順位になります。使われている国の数をみても、英語は106か国、中国語は37か国、スペイン語は31か国となっているので、なるほどと思える数字です。

■ インターネットで最も使われている言語

次に、世界に普及しているインターネットでどの言語が最も使われているかを見比べてみましょう。前述のStatistaの「ウェブサイトで利用されている言語の割合」 によると、1位は英語(54.4%)、2位がロシア語(5.9%)、3位ドイツ語(5.7%)と英語が突出しています。意外にも日本語が4位(5.0%)に入っています。英語の占める割合が圧倒的な一方、話者数でトップの中国語はわずか2.2%とその差は明らかです。同様に、5億人以上の人が母語として使っているヒンディー語、アラビア語またはベンガル語は、3言語を合わせても11.4%にしかなりません。このようにウェブサイトで利用されている言語の多様性の少なさは、情報へのアクセスの障壁となるだけでなく、言語の衰退に拍車をかけると指摘する活動家や科学者もいます。

■ 最も「使える言語」は?

世界がグローバル化するのに伴い、多言語化が広がる中、最も「使える言語」はどの言語なのか?この答を探すのに2016年にWorld Economic Forumが発表した「The most powerful languages in the world 」という指標データが参考になります。これは言語ごとに1) 地理力(Geography)2) 経済力(Economy)3) コミュケーション力(Communication)4) 知識力・メディア力(Knowledge and Media)5) 外交力(Diplomacy)の5つの項目を数値化してランキングしたものです。これによると、最もスコアの高かったのは英語、2位は中国語(標準中国語)、3位はフランス語、4位がスペイン語、5位がアラビア語、6位がロシア語、7位がドイツ語、8位が日本語、9位がポルトガル語、10位がヒンディー語となっていました。ヒンディー語の方言をまとめてヒンディー語に含めて数えた場合、8位となり後半の順位が入れ替わると注釈が付いていたものの、上位の順位は不動のようです。ここでも予想以上に日本語が健闘していますが、日本語のネックは、苦労して習得しても日本以外で使える機会がほとんどないというのが他の言語とは異なる点でしょうか。

■ 2050年の言語勢力図は?

もうひとつ面白いことに、上と同じ5つの項目で2050年 の「使える言語」ランキングが出ていたので、これも見てみました。結果は、1位が英語、2位が中国語(標準中国語)、3位がスペイン語、4位がフランス語、5位がアラビア語、6位がロシア語、7位がドイツ語、8位がポルトガル語、9位がヒンディー語、10位が日本語となっています。若干の入れ替わりはあるものの、大きくは変わってはいません。日本語はコミュニケーション力以外のスコアが下がった結果、順位を下げています。

とはいえ、ほとんど日本でしか使えない日本語が「使える言語」トップ10に入っているだけでも喜ぶべきかもしれません。その一方で、トップに輝く英語を話せるようになれば、現在の世界人口76億のうちの約14億、約20%の人と話ができると考えるとすごいと思いませんか。

日本語と英語のコミュニケーションスタイルの違い

DSC00301_rev「ハイコンテクスト文化」と「ローコンテクスト文化」という概念をご存じでしょうか。これは、1970年代に文化人類学者であるエドワード・T・ホール氏によって提唱された概念で、国や地域におけるコミュニケーションスタイルの特徴を表すものです。コミュニケーションの中で、言葉に重きを置く(ローコンテクスト)か、言葉以外の意味に重きを置く(ハイコンテクスト)か、というスタイルの違いを意味します。言語の翻訳や通訳は、言葉の置き換えだけでも大変な作業ですが、言葉にならない所作や合図まで配慮するとなると、さらに難易度が上がります。しかしそれぞれの特徴を知ると、翻訳や通訳を行う際に気を付けるべき点がわかるようになります。早速見ていきましょう。

■ 「ハイコンテクスト文化」と「ローコンテクスト文化」

まず、ハイコンテクスト文化とは、コミュニケーションが価値観、感覚といったコンテクスト(文脈、背景)に大きく依存する文化を指します。コンテクストには、話されている言葉や書かれている言葉そのものには含まれないボディランゲージや声のトーン、時には話者や著者の地位や立場までも含まれます。日本語は、その代表例と言えるでしょう。ホール氏によれば、中東、アジア、アフリカ、南米がハイコンテクスト文化を持つ地域とされています。これらの国では、直接的でなく持って回った表現が好まれます。

逆に、ローコンテクスト文化とは、コミュニケーションがほぼ言語を通じて行われ、文法も明快かつ曖昧さがない文化を指します。北米、西欧がローコンテクスト文化であり、英語はその筆頭であるとされています。これらの地域では、形式的な言葉や飾り立てた表現は必要なく、問題とその解決策を端的に言語で表現することが好まれます。また、受け手は言語で表現された内容だけを文字通りに理解する傾向があります。

このように、国や言語によってハイコンテクストかローコンテクストか傾向が分かれます。ハイコンテクスト文化圏の日本人がローコンテクスト文化圏のアメリカ人と仕事をすると、「日本人同士なら1を聞いて10を知るのが当たり前なのに、アメリカ人に対しては10言っても1しか理解してくれない」というようなぼやきが聞かれることがありますが、これはコミュニケーションのスタイルそのものが異なることに起因しているのです。

■ 文書に表れる両者の特徴

では、文章上、両者の違いはどのように表れるのでしょうか。ハイコンテクスト文化圏では、読者はすでに背景や前後関係を理解しているだろうという前提で文書が作成され、詳細には触れません。したがって、まったく初めてその文書を読んだ人は、前提となっている内容を理解するのに苦労する可能性があります。

一方、ローコンテクスト文化圏では、異なる文化の読者は異なる解釈をするのではないか、など余計なことは考えず、読者は文書の中に書かれていることを文字通りに解釈すると考える傾向があります。例えるなら「行間を読め」などとローコンテクスト文化圏で言ったら「どこに書いてあるの?」となってしまうかもしれないということです。2つの文化の差が大きな問題となる恐れがあるのは、ビジネス文書でしょう。特に契約書のような文書の場合、ハイコンテクスト文化の人間によって作成された文書は、これくらいのことは言わなくても当然わかるだろうという考えから記載が省かれていることがあるため、ローコンテクスト文化の人間は、異なる前提条件の上で契約内容を理解することとなってしまい、問題になる可能性があります。逆に、ローコンテクスト文化の人間が作成した文書をハイコンテクスト文化の人間が読むと、過度に端的な言葉やストレートな表現で記載されているため、配慮にかけた失礼な文書だと捉える可能性もあります。

■ 誤解のない翻訳文書を作成するために

このようなコミュニケーションスタイルの違いを踏まえ、双方に誤解なく受け入れられる翻訳文書を作成するためには何が必要なのでしょうか。大切なのは、翻訳する先の言語の文化や読み手の特徴を前もって把握しておくことです。そのためのアプローチの一つとして、過去に書かれた文章から、読み手にとって自然な表現となっている文章を探し、もしあれば、それをテンプレートとして流用することです。そしてもう一つ、対象言語の文化に精通している人に文書を見てもらい、フィードバックをもらうことも有用です。

グローバルな環境でさまざまな言語を扱う以上、ハイコンテクスト/ローコンテクストの違いを認識しておく必要があります。翻訳者であれば、言葉の意味だけでなく、コミュニケーションスタイルと文化的背景について調べることは、翻訳の下準備として欠かせません。翻訳者は、言語および専門分野に精通しているだけでは十分とは言えない時代です。

とはいえ、ハイコンテクスト/ローコンテクストを意識したコミュニケーションが必要なのは、違う国や文化圏の言葉を扱う時だけではありません。母国語の日本語で話していても、世代や地域の差によって、ハイコンテクスト/ローコンテクストな違いを感じることがあるはずです。言葉では表されないコミュニケーションスタイルに、日ごろから気をつけておくべきなのかもしれません。

実務翻訳の特徴とは?

DSC00301_revグローバルビジネスが拡大しています。海外でビジネスを展開または成功させるために欠かせないものの一つが、契約書の翻訳です。関係者の利害を定義する契約書は、その解釈によって後々まで甚大な影響を及ぼす可能性があります。このきわめて重要な文書を翻訳するために求められる正確性は、他では見られないほど厳しいものがあります。

歴史上では、公文書の誤訳が争いにまで発展したこともあります。有名な話として、ニュージーランドの先住民マオリ族とイギリス政府の間で1840年に締結されたワイタンギ条約があります。この条約は、経験の浅い翻訳者が翻訳したことから、マオリ語で記された条約文(翻訳文)には、英語のそれと大きな違いが生じていました。イギリスは、マオリ族が英国君主に対して主権を放棄すると理解した一方、マオリ族は、双方で権力を共有すると理解したのです。この解釈の違いによって引き起こされた係争は長きにわたり続き、最近ようやく和解に向かいつつあります。

このように、契約関連の翻訳が国レベルでの争いにつながることはまれですが、現代においても、関係者間(国間)で締結される条約や公文書を正確に翻訳することは必須です。

■ 実務翻訳のエッセンス

グローバル化が進み、ビジネスが一国内にとどまることのほうがむしろ少なくなった現代では、契約書をはじめとしたビジネス文書を関係各国の言語に翻訳するニーズが増しています。かつ、その対象となる文書には、特許関連文書、証言録取書、契約書、申込書、出生証明書、戦略ガイド、マーケティング文書、広告、財務諸表など複雑かつ専門的な文書が多く含まれます。
こうしたビジネス文書の翻訳は一般的に実務翻訳と呼ばれますが、ではこの実務翻訳に求められるスキルや要素とは、どのようなものでしょうか。詳しく見ていきましょう。

・専門用語
例えば法的な文書なら、日ごろ使い慣れている言葉とはまったく異なる法律用語であふれています。そして、それぞれの用語は各国の法律解釈にもとづき固有の意味を持っているため、それらをよく理解しておく必要があります。似たような言葉だからといって安易に置き換えれば、重大な誤解を招く文書になってしまいます。例を挙げてみましょう。中国語の“bixu”は、英語でいうmust(強調された義務)、shall(義務)、may(権利)、should(法的拘束力のない提案)といった複数の意味を持っています。このことを知らずに訳してしまうと、まったく意味の異なる文章になってしまう恐れがあるのです。これは法律用語に限りません。分野ごとにさまざまな専門用語や表現があるので、注意する必要があります。

・メタファー(隠喩、暗喩)
文化的背景が違う相手に話を伝える場合、比喩表現を使うと伝わらないことがあります。例えば“a snowball’s chance in hell”は、実現可能性がほぼゼロであることを指します。これは、炎が燃え上がる灼熱の地獄(hell)に雪玉(snowball)が存在する可能性(chance)はない、という発想にもとづいた慣用句ですが、もしも相手が雪の存在を知らない、または地獄に対するイメージがまったく違う場合、意図は伝わりません。「実現の可能性がない」というメッセージを伝えるには、各国の文化に合わせた表現に置き換える必要があります。

・納期
タイミングを逃せば商機を逃すことも多いビジネスの世界。使用する文書は多くの場合、必要に迫られており、翻訳にかけることができる時間も限られています。

・守秘義務
ビジネス文書の中で語られる内容は、多くが秘密性の高いものです。当然、翻訳者や翻訳サービスを提供する会社は情報を厳重に管理することをクライアントから求められます。万が一、翻訳者が特許や新製品の発売に関する情報を漏洩したとなれば、訴訟問題にも発展しかねません。

・法律
どの国も固有の法律を有しています。アメリカやカナダ、イギリスのように英語を話す国だとしても、法律に書かれている用語の意味や慣習は異なるため、十分な配慮が求められます。また、定義が比較的に厳格ではない法律を有している国で契約書を締結する場合は、解釈があいまいになる可能性があるため、きっちりと細部にわたり文書化する必要が出てきます。言うまでもなく、翻訳者が、翻訳文書が用いられる法的管轄区域における最新の判例や慣習に精通していることが必須でしょう。

■ 信頼される翻訳者になるために

いかがでしたか。実務翻訳者は、翻訳する言語についてネイティブレベルの言語力だけでなく、文化的背景および該当する文書に関連する専門用語や法律、事例(判例)などさまざまな観点での知識を備えている必要があります。能力と知識、さらには、厳しい納期や情報管理といった実務遂行上のマナーを兼ね備えることができれば、信頼できる実務翻訳者となることができるでしょう。

日英・英日翻訳はどうして大変なのか

Japanese_to_English_translation英語で苦労している方は必見です。私たち日本人が英語を習得するのに苦労しているのと同様に、英語圏の人たちも日本語の習得に苦労しています。彼らは日本語を、世界でも有数の難解な言語として捉えているようです。それは双方の言語の文法の構造も違えば、文字も違うからです。

翻訳者の立場からすれば、原文の意図をきっちり反映すべく、一語一語もしくはフレーズごとに正確に置き換えたくなるものですが、日本語と英語の場合、このやり方でうまくいくことはまずなく、無理にしようとすれば、あまりにもぎこちない文章ができあがってしまいます。私たちが当たり前に使う日本語は、なぜ難しいのか。その理由に迫ります。

■ 日本語が難しい理由は日本語の特徴にあり

英語話者が「日本語は難しい」と口々に言う理由として、根本的な文法の違いに加え、以下があげられます。

・冠詞、不定冠詞がない(a, theなど)
・複数形がない
・未来形がない
・必ずしも主語は必要ない
・動詞が文章の最後にくる
・対象によって数え方だけでなく、形容詞や代名詞までも変化する
・英語では人称・数・性・格などにより語形変化しない品詞(副詞、接置詞、接続詞、間投詞、前置詞に相当する品詞)である不変化詞は意味を持たずニュアンスを伝えるが、日本語で不変化詞にあたる助詞は大きな意味を持ち、前置詞の代わりに動詞の意味を修飾する
・敬語が存在する
・文字(漢字)そのものが意味を持ち、音読み、訓読みといった複数の読み方を持つ漢字が存在する
・文字通りに翻訳することのできない単語やフレーズが多数あり、抽象的な概念を訳すことは非常に困難(「おつかれさま」「よろしくお願いいたします」など)

日本語の特徴を見直すと、この言語の複雑さがあらためて見えてきます。

■ 手間隙かかる日英・英日翻訳

こうした文法の違いから、日英・英日翻訳をする場合、翻訳者はより正確に意味を捉え、自然な訳文を作成するため、原文の意味を解析し、構文を転換するといった下準備が必要になります。この作業は言語構造が比較的に似ているインド・ヨーロッパ言語、例えばフランス語とドイツ語などの翻訳では必要とされないものです。

また、単語と単語が区切られていないという形態的な特徴も、日本語が難しいと思われる一因です。文章全体は句読点で区切られますが、ひらがなやカタカナで文字を並べた場合、区切る場所によって意味が変わってしまいます。一つひとつ意味のある漢字を組み合わせた熟語など、たった数文字の日本語が英語にすると長文になってしまうこともあります。

このように構造的、形態的にもまったく異なる日本語と英語の翻訳を行う翻訳者は、内容を捉えた上で、主語によって受動態・能動態を使い分けたりして、できるだけわかりやすくかつ簡潔な表現を心がけ、スムーズに読めるよう工夫することが求められています。

翻訳を行うために、翻訳者が双方の言語に精通していなければならないことは言うまでもありませんが、文法的な違いまで考慮した上で、より自然な文章に仕上げるのは並大抵の努力ではありません。類似性のある言語間の翻訳より圧倒的に時間をかけながら、正確な翻訳を実現する日英・英日翻訳者の仕事に着目してみるのもよいかもしれません。

機械翻訳は言葉の壁を崩せるか

翻訳会社

2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向け、ホテルの増築やWiFi網の整備などが進む中、外国人訪問客との言葉の壁をなくそうとAI(人工知能)を活用した機械翻訳・通訳技術の開発と普及が進められています。以前、英語が通じない国に旅行をした時、予想以上の不便さに遭遇したことがありましたが、日本で同じ思いをしている訪日外国人は少なくないようです。観光庁の調べでは、外国人旅行客の困り事の第1位はコミュニケーションが取れないことでした。その対策として外国人観光客向けの機械翻訳・通訳サービスの開発・展開が進められていますが、現在どのような状況なのか。言葉の壁を崩すに至っているのかを調べてみました。

 関西のコールセンター実証実験

2017年10月、関西観光本部が、音声自動翻訳技術を使った「KANSAI SOS多言語コールセンター」の実証実験を始めました。対象地域は、関西2府8県(京都、大阪、福井、三重、滋賀、兵庫、奈良、和歌山、鳥取、徳島)。対象言語は、英語、中国語、韓国語、タイ語、インドネシア語の5か国語です。24時間、365日、専用のダイヤルに電話すれば選択した言語に自動翻訳してくれるだけでなく、機械翻訳では対応が困難な会話の場合には、オペレーター(通訳)につながります。2018年2月末まで実証実験を行い、実験期間終了後もシステムの検証等の事業を継続する予定となっているので、結果が気になるところです。

■ 実用化されている機械翻訳サービス

既に実用化されている技術もあります。大型ショッピングモールなど多くの外国人観光客が訪れる場所では、スマートフォンを使ったリアルタイム翻訳・通訳サービスが導入されています。ある言語を音声や文字で入力すると、別の言語で出力されます。日本語と複数言語の双方向の変換が可能となっており、その性能や対応スピードは格段に進歩しています。例えば、東芝が自社で培ってきたメディアインテリジェンス技術を融合した音声翻訳サービス「RECAIUS (リカイアス)音声トランスレータ/同時通訳サービス」。対話型音声通訳サービスで、日本語、米語、英語、北京語、広東語、韓国語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、カナダ・フランス語、アメリカ・スペイン語の11言語に対応しています。また、パナソニックはスマホアプリではなくタブレット型多言語翻訳サービス「対面ホンヤク」を展開。対面ホンヤクは、ネット経由で翻訳サーバーにアクセスし、話された日本語を英語、中国語(簡体/繁体)、韓国語、タイ語に翻訳して表示します。

■ 医療施設にも

外国人が訪問するのは観光施設だけではありません。不本意ながら医療施設に行かなければならないことも起こります。実際、医療機関では外国人の救急搬送者数が増加傾向にあることが懸案材料となっており、総務省は訪日外国人のための救急車利用ガイドや熱中症予防普及啓発リーフレットを作成しています。真夏のオリンピック開催地となる東京では、東京消防庁が英語対応救急隊員の育成を急いでいますが、搬送先の医療機関でもコミュニケーションが問題になるのは確実です。富士通研究所は、ウェアラブル型のハンズフリー音声翻訳端末を開発し、富士通、東大病院、情報通信研究機構(NICT: National Institute of Information and Communications Technology)が共同で行っている多言語音声翻訳の実証実験に2017年11月からこの新しい音声翻訳端末を適用しています。実験には東大病院を含む全国の医療機関が参加。日本語、英語、中国語に対応しています。研究開発を進める富士通研究所は、この技術を活用した音声翻訳システムを医療施設から観光施設などにも広げることを検討しており、2018年度中の実用化を目指しています。

■ ニューラル翻訳の登場で機械翻訳は激変

近年、AIの技術とスマホやコンピューターの処理速度が急速に進化したことにともない、機械翻訳は劇的に変わりました。GoogleやマイクロソフトなどがAIに脳神経回路をモデルにしたニューラルネットワークを使った機械学習手法のディープラーニング(深層学習)を導入し、翻訳の世界に衝撃を与えたのです。ニューラルネットワークによる処理は、計算量が膨大になるのが課題でしたが、IT技術の進化がこれを可能にしました。さらに、深層学習機能を活用するためには可能な限り多くの翻訳データを学習させることが不可欠ですが、Googleは2016年にニューラルネットワークを応用した技術Neural Machine Translation(NMT)を発表して以来、大量の翻訳例文をAIに学習させることで翻訳精度を向上させてきました。今後も、機械翻訳の利用が拡大すればするほど精度が良くなることが期待できます。大量の情報を瞬時に処理できるネットワークシステムを有し、膨大なクラウドデータを扱ってきたGoogleなどのIT企業は、開発力だけでなくデータ集積力においても強みを生かしていると言えるでしょう。

では、日本の機械翻訳の状況はどうなっているのでしょう?ニューラル翻訳では追随する立場にあるように見える日本ですが、国立研究開発法人 情報通信研究機構(NICT)は、東芝やパナソニック、富士通などの日本企業と共同で機械翻訳の研究を進めてきました。そして現在は、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向け、観光分野での機械翻訳の実用化を急いでいます。

■ 情報通信研究機構(NICT)のVoiceTra

国立研究開発法人であるNICTは、総務省所管の情報通信分野を専門とする唯一の公的研究機関です。総務省は、「グローバルコミュニケーション計画」として2020年までに訪日外国人が言葉の壁で困らない社会の実現を目指し、研究開発を加速させてきました。その一環として、NICTはGoogleのようなクラウドサービスを使わない独自の多言語音声翻訳アプリ「VoiceTra(ボイストラ)」を開発。2017年にはVoiceTraのニューラルネットワーク化により更なる高精度化を実現しました。NICTがこの翻訳エンジンの技術を積極的に民間に開放してきたことから、前出の関西コールセンターの実証実験やパナソニックの対面ホンヤク、富士通の実証実験にはVoiceTraの技術が採用されていますし、成田国際空港で無料提供されていた多言語音声翻訳アプリ「NariTra」にも利用されていました(NariTraサービスは2018年3月31日をもって終了)。VoiceTraの最新バージョンは、31言語の文字翻訳と、23言語は音声入力、そのうち17言語の音声出力に対応しており、NICTは言葉の壁を崩すためのグローバルコミュニケーション計画の実現に向け、更なる精度向上のための研究開発と実証を進めています。

 

子供の頃、「ドラえもん」のポケットから取り出される「ほんやくコンニャク」を欲しいと思っていました。ニューラル翻訳による機械翻訳は、基本的な日常会話程度であれば実用レベルでの翻訳を可能にしていますし、既に日本人の平均的な語学力を超えているとも言われています。「ほんやくコンニャク」のような魔法のツールが実際に利用できる時代になっているようです。2020年までに、言葉の壁崩しがどこまで進むか楽しみです。


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