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Created 2017 06 15

「学術起業」という選択を考える 

大学発ベンチャーの活躍が話題となることが増えきました。産学連携や大学による起業支援などが後押しとなっているようですが、それでも日本の学生のほとんどは、大学あるいは大学院を卒業後に一般企業に就職しているのが現実です。在学中にビジネスの着想を得たら、どうやって起業につなげればよいのでしょうか?学術研究を上手に事業化することはできるのでしょうか?研究者が学術起業を目指す上でチェックすべきポイントを挙げてみます。

■ 学術研究と起業の共通点

実は、博士号を取得するまで研究に従事した学生は、起業に必要な考え方を既に学んでいると言えます。研究デザインを起草してから実験を行い、論文にまとめて発表するまで、限られた予算内でいかに自分の研究を進め、成果を出すかを自発的に考えるプロセスは、ビジネスでも同様に求められるからです。スペインのアリカンテ大学の教授であるJavier Garcia-Martinez氏が「私は、学問と起業活動が両立しないと思ったことはない。実際、それらは密接に関連している」と述べているように、学術研究と起業活動にはつながりがあります。もう少し具体的に共通点を見てみましょう。

・リサーチクエスチョン(研究課題):既存の知識と解決すべき問題の間のギャップを特定することは、研究でもビジネスでも必要な作業です。

・文献調査:ビジネスにおける市場調査に当たります。問題を解決する、あるいは知識のギャップを埋めるための方法を調査することは、研究・ビジネスいずれの最終目的でもある社会貢献につながります。

・研究提案:問題の解決策を提案し、統計や関連する調査で裏付けをしていきます。事業の達成に向けて包括的なビジネスプランを作成するのと同じです。

・講演/会議参加:ビジネスで言うネットワーク作りです。会議に参加して研究を公表し、同じ分野の研究者とのネットワークを構築するのが自身のキャリア形成に役立つのは、学術研究でもビジネスでも同じです。

・資金調達:研究を成功させるためには、助成金を申請して資金援助を求めなければなりません。起業で言うスタートアップ資金の調達です。自身のアイデアを売り込む力は、研究でもビジネスでも求められます。

・時間、エネルギー、情熱:学位(博士号)を取得するのに不可欠なこれらの要素は、ビジネス(起業)においても重要です。研究も事業も、成功と失敗は表裏一体。限られたチャンスをつかむには情熱と覚悟、そしてそれなりの時間とエネルギーが必要です。

■ 学術起業を目指す時にチェックすべきポイント

面白いアイデアが浮かんでも、実務的な行動ができなければ起業は困難です。学術起業を目指す上で欠かせないポイントをチェックしましょう。

1 製品またはサービスを特定する:起業するに当たっての大前提です。

2 アイデアを守る:必要に応じて特許(知的財産権)を申請し、自分のアイデアを守ります。所属機関で特許申請(研究成果の技術移転など)を担当する部署に相談するとよいでしょう。

3 的確な状況判断を行う:自身のアイデアに起業する価値があるかを慎重に判断するため、必要な情報を収集します。例えば市場調査を行うことや、起業する上で不足している知識やスキルを理解することは、判断材料として有用です。

4 信念を持って臨む:起業当初は市場調査やウェブデザイン、広報やコンテンツ制作などあらゆる作業を1人でやらなければならないかもしれません。事業に否定的な意見が出てくるかもしれません。必ずビジネスを成功させるという強い信念を持って取り組むことが大切です。

5 徹底的にテストする:製品またはサービスのテストを十分に重ね、品質を保証しましょう。

6 失敗から学ぶ:信念を持って臨むのと同様、失敗しても挫けないことが肝心です。失敗を失敗のままにするか、新たな気づきを得る機会とするかは、あなた次第。根気よく取り組みましょう。

7 サポートシステムを築く:指導者(メンター)をはじめ、起業に賛同してサポートしてくれる人とのつながりを密接にしておくとよいでしょう。

8 広報する:ウェブサイト、ソーシャルメディア、ニュースリリース……。さまざまなプラットフォームを利用して、自身のビジネスについて広報活動を行いましょう。学術界には「発表しないなら去れ(Publish or Perish)」という風潮がありますが、ビジネスにおいても同じです。成果を周知することが重要です。

9 スピード:学術研究においては、類似の研究に先を越されないように発表を急ぐことがありますが、ビジネスにおいても同じことが言えます。競合に負けないためには、製品やサービスをスピーディーかつタイムリーに送り出すための策が必要です。

10 PDCA:ビジネスプランを立案し(Plan)、それに従って実行(Do)し、見直しと修正を行い(Check)、さらによい案を練り上げて(Action)成功を目指していきましょう。

カナダのバイオテクノロジー企業Encycle Therapeutics, Inc.の最高経営責任者(CEO)であるDr. Coullは「実際に起業家になってみる以上の起業家トレーニングはない。そして、今こそ始める時なのだ」と発言していますが、多様な分野で数多くの研究者が、自身の学術研究を生かしたビジネスを起業し、成功を収めています。そもそも大学とは、社会に役立つ人材を育成する場所です。起業家予備軍も多数存在するのです。

近年では日本でも、新しい事業に挑戦する学生・院生や卒業生を積極的に支援する大学も出てきています。起業が卒業後の進路の選択肢として普通になる日は、そう遠くないのかもしれません。

助成金申請を成功させる20のポイント

学術研究を続けるには資金(研究費)が必要です。特に、高価な実験設備や消耗品が必要となる研究室は、その確保が研究の実施内容に大きく影響します。そのため、多くの研究者は研究助成金を申請して資金援助を求めることになりますが、助成金の獲得はそう簡単にはいきません。研究資金の提供者は、受け取ったすべての申請に資金を提供することはできないので、選別を行います。申請者である研究者は、自分の研究がいかに魅力的かを売り込む必要があるのです。

■ 研究助成金申請、ここに注意

研究助成金とは、公的機関や財団等が行う公募などに採択された研究に対して提供される資金です。日本学術振興会が実施する「科研費(学術研究助成基金助成金/科学研究費補助金)」が有名ですが、他にもさまざまな研究助成金があります。最近では、公的機関だけでなく民間(企業や財団など)からも提供されており、国際共同研究が増えるに従って、国外の公的機関・民間からの助成金を受けることもできるようになっています。では、申請を検討している助成金が自分の研究に合ったものなのか、どうすれば確認することができるのでしょう。以下に注意すべき主な事項を挙げます。

・用途の自由度と負担対象(大学経費や人件費が含まれるか含まれないかなど)
・金額規模
・期間(1年間というものが多いが、年と年度には要注意)
・採択率(概ね数パーセントの狭き門)

研究者はこれらの点を考慮し、さらに助成金提供者がどのような研究・提案を求めているのかを理解した上で、申請書を作成する必要があります。次は、採択される申請書を書くための具体的なポイントです。

■ 採択される助成金申請のポイント

1.助成金の公募情報を探す
まず、自分の研究分野に関連する公的機関、民間、財団などが研究助成金の公募を行っているかを確認しましょう。同僚や上司からも情報を収集し、どこに資金援助を求めたらよいのかを把握します。

2.助成金の申請先が適正かを確認する
自分の研究が、申請しようとしている研究助成金に適格な内容かどうかを確認しましょう。

3.募集要項を読み込む
慎重に申請の計画を立てると共に、募集要項を読み込みます。助成金申請用のテンプレートが用意されていることが多いので、それを確認しましょう。そして、所定の書面にすべて必要事項を記入したか、要求されている書類は揃っているかを確認し、期限を守って提出します。

4.読み手を想定して申請書を書く
研究の内容をよく知らない資金提供者が読んでも理解できるように、申請書を記す必要があります。わかりやすい見出しに図表、内容を箇条書きにするなどの工夫をしましょう。

5.研究デザインを書く
明快な研究デザインは、申請先が研究の全体像を把握できるようになるのを助けます。研究目的に到達するための方法を記す際、予期せぬ出来事や問題が生じたとしても的確に対応できるよう、代替策も提示しておくとよいでしょう。

6.要旨は簡潔に
目的や方法などを簡潔にまとめます。

7.序論で研究の意義をアピールする
研究の意義やリサーチ・クエスチョン(研究課題)、そして研究がどのように課題解決に貢献するかを簡単に説明します。

8.研究分野の現況への理解を促す
自身の研究分野の現状(研究の進展具合、不足している知見や研究課題など)を資金提供者に理解してもらうための情報を提供しましょう。同分野の最近の研究などを参照することや、それらの研究結果を示すことで自身の研究課題の裏付けとすることも一案です。

9.研究の重要性をアピール
自分の研究の重要性と、いかに研究分野に貢献するかをしっかり訴えましょう。

10.経験の豊かさを示す
自分や上司、共同研究者が、研究を成功させるために十分な専門知識を有していることを書きましょう。同僚などに推薦状を書いてもらうのも役立ちます。

11.斬新なアプローチを強調する
研究がこれまでにない斬新なアプローチのもとで行われていることを強調します。

12.設備の充実も記載する
研究を遂行・成功させるために必要な設備と支援を有していることを示します。研究の立ち上げ資金の援助を受けたことがある場合には、それも詳述しましょう。

13.適切な予算申請
研究実施に必要な費用について、適切な予算を立て、記述します。

14.現実的なスケジュール立て
研究実施における現実的なスケジュールを立て、期限までに目的を達成できることを示します。

15.倫理的要件も記す
必要があれば、倫理的要件(例えば、バイオハザード物質<生物災害物質>の取り扱いなど)について、詳細に説明しましょう。

16.キャリア目標を書く
当該の研究が、自身のキャリア形成においてどのような貢献をするかを概説します。

17.エンドユーザーとの関わり
研究に関して、エンドユーザーに見解を聞く機会を持てたのであれば、その証明も提出するとよいでしょう。

18.キャリア中断に関する説明
キャリアが中断したことがある場合は、詳述します(例:子育てのため、いつ、どの程度の期間、研究者としてのキャリアを中断した)。

19.自分自身と研究を売り込む
研究論文のインパクトファクターや自分の貢献度、論文が研究分野にどのように貢献したかを示す証明などを示して、自分自身と研究を売り込みます。研究チームにどのように貢献したかを示すのに、チームでの役割や教職歴、地域社会との関わりなども詳述するとよいでしょう。

20.専門分野の説明
研究キャリアの途中で専門分野を変更した場合には、そのことが今回の研究でどのように役に立ったかを説明します。

申請できるチャンスが増え、選択肢は広がりつつあれども、競争を勝ち抜かなければ得ることはできない。それが研究助成金です。応募する助成金が決まったら、ぜひ上述のポイントを押さえて、申請書を作成してみてください。書き方一つで、受け取る相手が抱く印象は大きく変わります。「この研究者を支援したい」と思わせられるかは、あなた次第です。

「再現性の危機」解決への新アプローチ

科学研究において「再現性」は、基本中の基本です。誰がその研究を試みても同様の結果を導くことができなければ、成果を信頼してもらうことは難しいでしょう。2014年に話題になったSTAP細胞。「STAP細胞はあります」との発言が記憶に新しいですが、他の研究者が論文に書かれた通りの方法で実験を行っても、STAP細胞の存在を確かめることはできず、最終的にnatureに投稿された論文も撤回された――。このように、再現性がない研究は認められないのです。

実は、別の研究者あるいは論文の著作者本人が、論文に書いてある通りの方法で実験をしても同じ結果が出ないことは、しばしば問題となり、この「再現性の危機」が、科学界の信頼性を脅かしています。

研究者自身が失敗を認めた 

研究にとって重要な再現性を担保するためには、研究計画や方法の透明性、データの収集・分析・保存が不可欠です。当然、研究者は細心の注意を払って実験計画を作り、方法を熟考し、データを処理します。それでも再現できない場合があるとは、どういうことなのでしょう? 

学術雑誌(ジャーナル)Natureのある調査が、驚きの結果を示しました。53の主要な癌(がん)研究のうち、再現可能であったものは6に過ぎなかったのです。要因の一つとして、情報共有の不足が考えられます。どの論文の著者も、自身の研究計画や方法、データ処理・分析の仕方であれば熟知していますが、それらの詳細情報が他の研究者や学会と共有されていない限り、他者が研究成果の価値を客観的に評価し、あるいはそれをうまく再現することは困難です。研究者が自ら好んで再現研究に関わることは稀なので、結果として再現できないという事態が生じてしまうのでしょう。

もし、自身の論文に対して誰かが疑問を呈したら、どうすべきでしょうか。自己弁護をする、というのが一般的な回答かもしれませんが、中には意外な反応を示す研究者もいます。

2010年、わざと自信があるような姿勢(パワーポーズ)をとることでなぜか自信がわくという心理現象の研究が行われました。不安な時でも自信のあるパワーポーズを2分間とるだけで、勇気を捻出するホルモン「テストステロン」が増加する、という彼女たちの研究。論文著者であるAmy Cuddy博士が、この研究の心理テクニックを『〈パワーポーズ〉が最高の自分を創る』という書籍としても出版したので話題となりましたが、2015年の追試では、同じ現象がほとんど再現されなかったため、パワーポーズの効果が疑問視されるようになりました。Cuddy博士は反論しましたが、2016年、オリジナル論文の共同研究者であったDana Carney博士が、自分たちの研究結果に対して自信が持てないことを表明。パワーポーズの信頼性は地に落ちたのです。

Loss of Confidence Project(自信喪失プロジェクト)

Carney博士が勇気を出して自身の研究の不完全さを公表したことは、学術界に衝撃を与えたと同時に、新たな示唆を投げかけました。誤りや再現性のなさを隠すのではなく、公にすることが、逆に研究の透明性を確保することになるのではないか、と。

Carney博士による表明をきっかけにして、Loss of Confidence Projectと呼ばれる新しい取り組みが始まりました。このプロジェクトは、失敗や再現性のなさをあえて公表しようというもので、著者らが自身の研究に再現性がないこと、あるいは失敗に終わった研究を学術界に共有する、という取り組みです。他の研究者が失敗の内容を踏まえて新たな研究を推進したり、研究内容の透明性を確保したりすることを狙いとした、これまでにないアプローチです。

とはいえ、自身の研究に誤りがあった、または再現ができない、といったことをすすんで公表したい研究者など、ほとんどいません。Carney博士は、実験の統計処理に問題があったことを指摘していますが、実験内容を冷静に分析し、問題を探るのは容易なことではありません。さらに、失敗や再現性への疑問を表明することは、自らの研究の信頼性を低め、自身のキャリアに傷をつけかねない行為です。誰も率先してやりたいとは思わないでしょう。実際のところ、こうした取り組みが学術界に根付くかは不透明と言わざるを得ません。

しかし、こうした取り組みが、学術界の発展に貢献しようとする志の上に成り立っていることは評価されるべきでしょう。研究の透明性の確保・向上に一石を投じる可能性は十分にあります。

STAP細胞をはじめ、科学論文の透明性や再現性の低さが話題に上がることが増えている昨今。学術界は、再現性の危機への対策を迫られています。その一貫として、すべての実験データをオープンにするなどの「オープンサイエンス」に向けた新しい取り組みも進んでいますが、再現性の危機の解決に向けた学術出版社、研究者らの奔走は続きそうです。

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エナゴ学術英語アカデミー「学術ウォッチャーが斬る!」:「研究 再現性 の危機」 – nature、1500人を調査

「アンペイウォール」でオープンサイエンスが実現!?

本誌で何度も伝えているように、ジャーナル(学術雑誌)の購読費が値上がりしていることによって、論文を入手しにくくなっていることに多くの研究者らが不満を抱いています。そのため、誰でも論文を無料で簡単に入手できる“海賊版”論文サイト「サイハブ(Sci-Hub)」が歓迎されてきました。その一方、当然ながら激怒した学術出版社がサイハブを訴え、アメリカの裁判所がウェブサイトの閉鎖や賠償金の支払いなどを命令したものの、サイハブはアメリカの司法の力がおよばない国にサーバーを置くなどの対抗処置を講じており、依然として利用可能です。

日本人がサイハブを利用して論文を入手することは違法でも何でもありません。しかしながら、アメリカの司法で著作権侵害だとみなされたサービスを使うことに抵抗がある人もいるでしょう。そんな人のために登場したサービスの1つが「 アンペイウォール (Unpaywall)」です。

アンペイウォールとは、ウェブ上に合法的にアーカイブされた論文PDFを見つけるためのツールで、ウェブブラウザの拡張機能(アドオン)として普及しています。

インストールも使い方もとても簡単です。たとえばファイアフォックス(Firefox)であれば、右上のメニュー(横線3本)から「アドオン」、「アドオンをもっと見る」と進み、「アドオンを見つけよう」と書いてある検索窓に「Unpaywall」と入力すると、アンペイロールのページがすぐに見つかりますので、「Firefoxへ追加」をクリックすれば、インストール終了です。

あとは普通に論文を検索してみてください。右上に、緑色の鍵マークが出ていたら、そのページで全文を入手できなくても、ほかのページで入手できることを意味します。一方、灰色の鍵マークが出ていたら、残念ながら全文を無料で読めるページはないということです。

ネイチャー・ニュース』は、このアンペイウォールの歴史は2011年に遡り、「オープンサイエンス」についてのワークショップに参加したコンピュータ科学者3人のアイディアによるものだったことを伝えています。

そのうち2人、ヘザー・ピウォワー(Heather Piwowar)、ジェイソン・プリム(Jason Priem)は非営利組織「インパクトストーリー(Impactstory)」を設立して、2017年3月10日にアンペイウォールをプレリリースし、4月4日、正式にスタートさせました。すでに1万人以上がインストールしたことを、『ネイチャー・ニュース』が伝えています。

世界中の研究機関がジャーナル購読費の高騰に直面し、大手学術出版社との契約を中止するケースも伝えられていますが、アンペイウォールの存在を多くの研究者が認識するようになれば、研究機関が購読すべきジャーナルを選ぶ判断に役立つことなども指摘されました。

実をいえば、グーグル・スカラー(Google Scholar)で論文を検索すれば、たとえジャーナルのウェブサイトでペイウォール(閲覧制限)がかかっていても、「PDF」という表示が現れるものであれば、それをクリックすることで全文を読めるPDFファイルを入手することができます。ただし、プリムらによれば、グーグル・スカラーは無料で入手可能な論文すべてを検知できるわけではない、とのこと。アンペイウォールは、各研究機関がその成果を公開する「機関リポジトリ」に入れられている論文だけでなく、まだ査読中のプレプリント(原稿)を公開する「プレプリントサーバー」にある論文原稿の存在も検知するので、その便利さや能力はグーグル・スカラー以上かもしれません。

また、ピウォワーやプリムらがアンペイウォールのデータを分析したところ、現在、人々がアクセスしようと試みた論文のうち、約半数は無料で合法的に読むことができる、ということもわかりました。その結果は2017年8月にプレプリントとして公開され、査読を経て今年2月にオープンアクセスジャーナル『ピアーJ(PeerJ)』に掲載されました。当然のことながら、この論文はどのデータベースからアクセスしても、認証されたサイトであり、安全に閲覧できることを示すアイコン(緑色の鍵マーク)が記されます。

そして最近、ウェブ・オブ・サイエンス(Web of Science)スコーパス(Scopus)といった論文データベースも、アンペイウォールとの連携を開始しました。『ネイチャー・ニュース』によれば、アンペイウォールとの統合以降には、無料で読める論文の数は、ウェブ・オブ・サイエンスでは210万件から1200万件に、スコーパスでは150万件から700万件に増加する、と試算されています。スコーパスを運営するのは、オープサイエンスを推進する研究者たちには評判の悪いエルゼビア社です。同社はいうまでもなく、サイハブを訴えた大手学術出版社です。

アンペイウォールのデータベースには、1960万件もの論文が収録されている一方、「DOI(インターネット上の論文などに付与される識別子)」が付けられた論文は7350万件あるとも推測されています。アンペイウォールが登場してもなお、誰もがすべての論文を無料で読めるユートピアは、まだ到来していない、ということです。

そして残念ながら、サイハブもまだまだ必要とされ続けるでしょう。


ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『ゲノム編集と細胞政治の誕生』(青土社)、『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。

アジアの科学研究が熱い!

アジア の大学が注目されています。中国は、論文発表数で米国を抜いたことなどが話題になっていますが、他のアジア各国の大学も各種の世界大学ランキングの上位にランクインするなど、負けていません。アジアの中でも特に東アジアの5つの国・地域(シンガポール、香港、マレーシア、韓国、台湾)は、アジア地域における科学研究の拠点として存在感を増しています。これらの国・地域、世界が注目する地域には、どんな特徴があるのでしょうか。

■ 研究開発費の増加と比例するように伸びる論文発表数

いきなり現実的な話ですが、研究開発には資金が不可欠です。アジア各国で科学研究への投資が幅広い研究活動を後押しするとともに、成長の原動力となっています。中でも科学技術研究への投資の増加率が突出しているのは、韓国。なんと2016年にはGDPの4.24%にまで達しています。数年前から下降線をたどる日本が3.14%。米国は横ばいの2.74%、増加中の中国が2.12%となっているのと比較すると、その増加ぶりが際立っています。続いて目立っているのが台湾(3.16%)。こちらも順調に増加しており、中国だけでなく米国、日本、EU(1.94%)も抜かれています。

韓国が潤沢な研究資金のもとで進める研究の成果は、論文発表数の増加となって表れており、2018年6月のNature (Volume 558 Number 7711)の特集によると、世界最大級の引用文献データベースScopusの2017年のデータから見る韓国の論文発表数は、65,000本。中国(同年の論文発表数414,000本)にはおよびませんが、数年で日本(89,000本)に追いつきそうな勢いです。少なくともこの10年間、韓国の論文発表数はずっと右肩上がりに伸びています。発表数だけではありません。世界平均を大幅に上回る引用数を正視化した公開論文の引用インパクト(Citation Impact)を見ても、シンガポールと香港の平均値はイギリスおよびアメリカの数値を上回っており、韓国はほぼ世界平均と同等。台湾も若干ですが世界平均を上回っています。これらの研究拠点では、研究への投資とさまざまな強化策のもと、幅広い分野の研究が行われていることがうかがえます。

■ アジア大学ランキングのトップ20

2018年2月に発表されたイギリスの教育専門誌タイムズ・ハイアー・エデュケーション(THE)が発表した「THEアジア大学ランキング」のトップはシンガポール国立大学でした。トップ20に入っている国・地域は、中国7大学、韓国5大学、香港5大学、シンガポール2大学、日本2大学(同位タイがあるので21校)。中国の大学が急速に台頭する中、韓国の大学もその地位を高めています。シンガポールと日本の数は同じですが、シンガポールの大学の順位が1位と5位なのに対し、日本は東大の8位、京大の11位となっています。シンガポール国立大学は3年連続のトップ。一方の東大の8位は、昨年から一つ順位を落としており、2013年の発表開始以来最低の順位。2013年から3年は連続首位だったのに、直近3年間は7位から8位と低迷しており、躍進する他のアジアの大学にポジションを奪われたままです。2018年のランキングは、アジア25ヶ国、上位350大学を得点付けした結果となっており、最も多くの大学がランクインしたのは日本(89校)ですが、中国(63校)も着実に数を増やしています。中国および他の国・地域の大学が順位を上げてくる中、日本の大学はアジアの競争を勝ち抜くための策が必要です。文部科学省が2014年から実施している「スーパーグローバル大学創成支援事業」や指定国立大学法人制度などの施策が、日本の大学の評価回復・向上に役立つことが期待されます。このスーパーグローバル大学には、37校が採択されていますが、この中の27校が「THEアジア大学ランキング2018」にランクインしていることからも、それぞれの大学が特徴を生かした独自の取り組みを行っていることの効果が出ていると察せられます。

■ 科学研究が地域のニーズに対する取り組みをサポート

アジアの大学ランキング20位までにはランクインしませんでしたが、マレーシアには専門分野に特化した技術大学が多くあり、その技術は世界の中でも高く評価されています。マレーシアの大学としては最高位となったマラヤ大学は、1949年にマレーシア初の国立大学として誕生しました。東南アジア研究、メディア研究、イスラム教やマレー文化の専門学部といった、国立大学ならではの専攻分野があり、授業が英語、マレー語、中国語で受けられるということで、留学生の割合が多いようです。「THEアジア大学ランキング2018」のランキングでは、前年59位から13ランク上げて46位。マレーシアは、タイとインドネシアに挟まれた半島と島々から成る国ですが、1970年代に、国の経済基盤を安価な製品(ブリキ、ゴムなど)の生産から価値の高い消費財(天然ガス、パーム油など)の生産に切り替え始めました。それにともなう産業の発展に応用科学が用いられたのです。今日、マレーシアの主要な輸出品は、電子部品、石油製品、石油化学製品、機械製品、食材などとなっており、科学技術が国の経済成長戦略の中心となっています。マレーシアの場合、経済の変動が科学研究を促進することになったのです。もうひとつ、マレーシアで特徴的なのは女性研究者の割合です。ほぼ半分の研究者が女性だというのですから驚きです。その上、マレーシアの研究者にはイスラム教徒が多く、ハラル認証(イスラム教徒のための製品に付けられる認証)のとれる食材や医薬品、化粧品などの開発に貢献しています。世界のハラル市場は2016年、2兆USドル規模となっているので、マレーシアでは地域の特性に関連する科学研究の発展が経済成長につながっていると言えます。

同様のことがシンガポールや韓国、台湾でも見られ、電気事業、物理、材料科学などの応用科学研究における長期戦略がGDPを押し上げるのに一役を担っています。例えば、シンガポール政府は、ヘルスケア、医学生物科学のような国が優先させる政策に関連する研究に対する投資を行っています。香港では、アジアで発生する鳥インフルエンザやSARS(重症急性呼吸器症候群)などの新興感染症の研究が進んでいます。感染症への対策が必須であることはもちろんですが、香港がアジアから世界に広がる感染症の”交差路“であることが、研究を行う”地の利“となっているのです。

このように、経済活動あるいは地域社会のニーズに取り組む研究が成功を収めていることも、大学ランク(研究力)の底上げにつながっていると考えられます。国・地域の特色に根ざした研究が活性化すれば、自国の研究者の活動を促進するだけでなく、他国から優秀な研究者を呼び込むこともできます。これら東アジアの5つの国・地域は、どこも大国ではありません。科学研究の発展につながった社会的背景や歴史、取り組み方は異なりますが、その国または地域が、そのコンパクトさを生かして経済的需要や社会的な特性に適合する科学研究に集中し、積極的な投資および研究活動の支援を行うことが、結果として科学研究レベルを押し上げ、研究を実践する大学の地位および評価が高まる結果につながっているのです。経済成長だけではなく、科学研究に関してもアジアから目が離せません。

翻訳スキルを向上させる5つのヒント

言語は常に進化しています。毎年発表される流行語を見てもわかる通り、新たな言葉が表れては消え、また表れます。言葉は時々に応じて、状況により適合した言葉へと変化してもいきます。翻訳も、常に変化していく言語に対応していくことを求められる繊細な仕事です。翻訳者もまた、プロとして生き残るには、言葉とともに「成長」していかなければならないのです。

今回は、フリーランスや企業専属の翻訳者が実際に行っている、翻訳スキルを向上させるための5つのヒントを紹介しましょう。

1 対象となる外国語を読む

最新の情報や表現を取り入れ、文脈や意味を確実に伝える訳文を作成するために最も重要なことは、対象となる言語の文章をできる限り多く読むことです。辞書は拠り所であり、頼れる友人である、くらいの気構えが大切でしょう。可能な限り眺めて、語彙を増やすことが重要です。
ただし、辞書だけでは最新の知見を取り入れることはできません。新聞や雑誌、書籍などを読んで、対象言語や翻訳対象の分野における流行や出来事、文化や専門用語を一語でも多く吸収しましょう。既存の翻訳記事を原文と読み比べて、巧みな表現を習得するという翻訳者も数多く存在します。

2 ネイティブスピーカーと話す

対象となる言語のネイティブスピーカーと、できる限り多くの会話の機会を持ちましょう。実際に口にし、耳にすることで、言語への理解度はぐんと深まります。口語表現やスラング、言語独自の言い回しやタブーとされる表現、各単語に含まれる細かなニュアンスまでつかむには、その言語の「専門家」とも言えるネイティブと対話する以上によい方法はないでしょう。

3 専門分野を持つ

翻訳の仕事を長く続ける上で重要なのが、得意な分野を持つことです。医学系の翻訳に長けている、自動車関連の文書なら誰よりも詳しい、といった具合に(それを証明する学位や認定資格があればなおよし)。特定の専門分野を持っておけば、企業における複雑な文書や、専門家による論文といった内容でも対処することができ、仕事の幅がぐんと広がります。機械翻訳の進化が著しい今日においては、単純な内容の翻訳であればコスト削減のためにニューラル機械翻訳を利用した翻訳で補う、という選択が主流になってくるでしょう。機械が上手く翻訳できない専門知識を必要とする翻訳こそ、翻訳者に今後求められることと言えるかもしれません。

4 逆方向の翻訳にも挑戦する

例えば英語を日本語にする翻訳(英文和訳)に慣れている方は、日本語を英語にする翻訳(和文英訳)にも挑戦してみるとよいでしょう。二言語間の文法や構造、さらには各場面で好まれる単語や表現などを、より深く知ることができます。最近は、機械翻訳などで翻訳された文章の言語検証や、訳文の等価性の確認を目的とした逆翻訳(バックトランスレーション)の需要が増えています。日英・英日の双方向の翻訳ができるようになれば、仕事の数を増やすこともできるのです。

5 CATツールを使いこなす

翻訳の質を担保するのはもちろん人間ですが、訳の抜け・漏れやスペルミスなど、ヒューマンエラーも残念ながらつきものです。そうした細かなミスを防ぐ上で役に立つのが、CATツール(Computer Assisted Translation Tools、翻訳支援ツール)です。CATツールでは、原文と訳文を対比させながら、節ごとに翻訳を行うことができます。機械が単語ごとに翻訳の内容を記憶し、抜け・漏れの防止や訳語の一貫性の維持を助けてくれるのです。
さらにCATツールの優れている点として、プロジェクトごとに内容を保存しておくことができるため、翻訳原稿の改訂の際には、該当箇所だけの翻訳に留めることができ、結果的に時間とコストの大幅な短縮につながります。一つのプロジェクトに複数の翻訳者が携わる場合でも、基準となる用語および語彙セットを参照しながら翻訳できるため、品質の維持にも有用です。翻訳のスピードを早め、質を維持・向上させる優れたツールと言えます。MemsourceやSDL TradosMemoQなど、さまざまなCATツールが商品化されています。無料体験を提供しているツールもありますので、試してみるのもありです。翻訳会社によっては、翻訳の際に使用するツールを指定してくることもあるので、翻訳ツールに関してもアンテナを張っておくとよいでしょう。

翻訳スキル向上のためのヒントを紹介しましたが、最も重要なのは、できるだけ多くの翻訳を手がけることです。有償・無償に関わらず、自身の能力を向上させる機会を活用しておけば、実際に仕事が発生した時、あなたの能力をいかんなく発揮することができるでしょう。備えあれば憂いなしです。

 

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翻訳業界の黒船 ニューラル機械翻訳

Neural-Machine-Translationグローバル化が進み、多言語への翻訳、しかもタイムリーでコストパフォーマンスのよい翻訳のニーズが高まる中、どうしたら品質を保ちつつ短時間でコストを抑えた翻訳ができるのか、といった点が課題となってきました。これを解決すべく登場したのが、IT技術を活用した機械翻訳です。翻訳者による翻訳はもちろん高品質ですが、どうしてもそれなりの時間と費用を要してしまいます。一方で機械翻訳だけに頼れば、作業スピードは上がりコストを抑えることができますが、品質面では懸念が残ります。
そこで、今注目されているのがニューラル機械翻訳です。ニューラル機械翻訳を用いると文書を素早く翻訳することができるだけでなく、その訳文も内容によっては翻訳者が翻訳したかのような出来栄えと言われています。グローバル社会にインパクトを与えつつある、このニューラル機械翻訳(NMT)とはどのようなものかご紹介します。

■ 機械翻訳の歴史とニューラル翻訳

まず、機械翻訳の歴史を振り返っておきたいと思います。機械翻訳の概念が初めて提唱されたのは17世紀にまでさかのぼると言われています。ただし、本格的な研究は1950年代に入ってから米国政府によって始められました。1970年代になると、翻訳元、翻訳先の言語の文法規則にもとづくルールベース翻訳が登場し、さらに統計的機械翻訳が生み出されました。統計的機械翻訳は、あらかじめ用意された学習用のテキストデータから統計モデルを構築し、翻訳を行うものです。そして、2014年にまったく新しい手法として登場したのが、ニューラル機械翻訳です。

ニューラル機械翻訳とは、人間の脳神経回路が情報伝達を行う仕組みをまねたもので、人工的なニューラルネットワークが情報を収集して自ら学習しながら、単語の意味として正しい可能性の高い訳語を当てはめていくものです。ひとつひとつの単語を訳していくのではなく、原文全体をひとつの固まりとして捉えて訳していくため、より自然な訳文を生成することができます。

ニューラル機械翻訳は翻訳のプロセスにおいて、エンコードとデコードと呼ばれる2種類の分析を行っています。エンコードの段階では、原文を取り込み、実数値であるベクトルに変換していきます。その際、文脈上の意味が似ていると判断した単語を、同じベクトルに分類します。次にデコードの段階では、変換されたベクトルに応じた翻訳先の言語に変換していきます。つまり、ニューラル機械翻訳は単語やフレーズを単純に翻訳先の単語に置き換えていくのではなく、文脈や文意を翻訳しているのです。

■ ニューラル機械翻訳の特長

ニューラル機械翻訳の特長には以下のようなものがあります。
・統計的機械翻訳から生成された言語規則を人工的なニューラルネットワークが自律的に学習するアルゴリズムを採用している
・フレーズにとどまらず、文章全体を考慮する
・言語の持つニュアンス、語尾変化や敬語、男性/女性名詞を学習する

これらの特長を有することにより、統計的機械翻訳と比較して、語順、構文エラーといった問題が発生しにくく、また、韓国語や日本語、アラビア語といった文法が難解だとされる言語にも適切に対応できるとされています。

■ ニューラル機械翻訳の活用

ニューラル機械翻訳の利用は、今後ますます多くの業界に広がることが予測されます。それにより、例えば、eラーニングプログラムでの学習をスムーズにすることや、国際会議でのプレゼンテーションやテレビ会議でのコミュニケーションにおいて言語の障壁を取り除くことが可能になります。また、旅行業界やECサイトであれば、世界中の顧客からの問い合わせに効率よく対応することができるようになるでしょう。翻訳業界でも、高品質の翻訳を迅速に提供する手法のひとつとして検討することができます。

非常に有用なニューラル機械翻訳ですが、その翻訳プロセスの構造上、訳抜けが起きることがあり、訳文が自然であることから、統計的機械翻訳に比べて訳抜けに気づくことが難しいという難点もあるようです。とはいえ、グローバルでのコミュニケーションにおける機械翻訳のニーズは高まるばかりです。ニューラル機械翻訳の今後のさらなる精度向上が期待されます。

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ローカライズは内製すべき?外注すべき?

In-HouseOrOutsourcedいざ海外展開をしようと決めたら、自社製品やサービス、ウェブサイトなどマーケティングに利用する資材や広報用ツールを、展開先の言語に合わせて翻訳する「ローカライズ」が必要になります。このローカライズを社内で行うべきか、翻訳会社に依頼すべきか、は悩ましいところです。判断を迫られた時、社内にローカライズのナレッジや品質管理をするための人・ツールが整っていなければ、外注したほうがよいのではないかと考える方も多いでしょう。実際、どちらを選択するかは組織の環境や目指すところによって変わってきます。具体的にどのような観点で検討すべきなのか見ていきましょう。

■ 品質管理

社内でローカライズに取り組もうとすると、当然ながら、限られた人員でローカライズに対応することになります。内製の場合のメリットは、ローカライズを行うのが社内の人員であるため、自社製品や業界用語、社内用語などについて深い知識を持っており、翻訳を行う際に適切な用語の選択ができる点です。ただし翻訳する際には、対象となる言語の文法や言い回し、あるいは媒体によって表現を変える必要もあります。例えば、ウェブサイトなのかアプリなのか、オンラインヘルプなのか技術マニュアルなのかといった違いに対応していく必要があるということです。

デメリットとしては、よほどローカライズに慣れている担当者でない限り、言語ごとに対応することが難しい点です。まして、多言語となったら……。対応できるにしても多大な時間がかかる可能性もあります。翻訳会社であれば、ローカライズのナレッジを有する翻訳者が対応するため、適切な翻訳を短納期でできる可能性が高いと言えるでしょう。

■ プロジェクトマネジメント

内製の場合、ローカライズに関わる翻訳者は、その企業・組織の方針や戦略をよく理解しています。企業・組織の方針をローカライズ・プロジェクトに反映しながら、工程をコントロールする権限も与えられています。ただし、権限があったとしてもプロジェクト管理に長けているかどうかは別の話です。また、展開先が複数の地域にまたがる場合、数々の言語に対応することが難しい場合もあります。

一方、翻訳会社に外注するのであれば、多くのローカライズ案件を手がけているプロジェクトマネージャーが専用の工程管理ツールや翻訳支援(CAT)ツールを使って管理するため、確実な進行ができ、言語が複数になっても各言語に対応する翻訳者を起用することができます。

■ コスト

内製の場合には、社内のリソースで対応するため、外部に支払うコストは発生しません。たとえスケジュール通りに進まず作業期間が延長したとしても、翻訳テキストに変更が生じたとしても、内製であれば、調整すれば済むことです。これは大きなメリットと言えるでしょう。とはいえ、ローカライズの業務量は一定ではなく、常に変動します。大量の作業が必要な時もあれば、少ないタイミングもあるので、作業に投入する人員の調整は必要でしょう。人件費を適切な額に抑えるべきだからです。逆に、業務量が急増して社内の翻訳者では対応できない場合や、内部処理できない言語へのローカライズが必要となった場合には、外注もやむを得ません。

また、社内でローカライズする場合、翻訳のナレッジは社内で蓄積していくことができる一方で、ローカライズのためのツールを導入する必要があります。需要に応じて外注すれば、人の調整やツールへの投資は必要ありません。

■ どちらがよいかを判断するには……

社内でローカライズに対応する内製には、適切な社内用語や業界用語をもって翻訳ができる、社内の方針に応じてプロジェクトを進行できる、外部委託費を支払う必要がない、ナレッジを社内に蓄積できる、といったメリットがあります。一方で、多言語および多種多様な書式や用途に対応するために時間がかかる、閑散期でも人件費が固定費として発生し続ける、内製でまかなえない場合が生じる可能性もある、翻訳のためのツールへの投資が必要、というデメリットが考えられます。

例えば、ローカライズのプロジェクトマネジメントに長けている人材が社内にいる、適量のローカライズ作業が継続的に発生する、といった状況であれば、内製で対応することは、外部とのコミュニケーションの手間も省け、効率がよいと言えるでしょう。しかし、内製だけで対応できるかどうかは、事業計画や業務量などの分析に基づく冷静な判断が必要です。
一方の外注をする場合でも、信頼できる翻訳会社を慎重に選択し、自社製品またはサービスの内容をきちんと翻訳してもらうためのコミュニケーションをとることは不可欠です。

どちらの手段を採用するかは、社内の状況やローカライズが必要な量、レベルなどを踏まえ、両者のメリットデメリットをよく比較・検討することが重要です。

翻訳の質の数値化は可能か?~比較ポイント解説~

translation-numbers翻訳を依頼する際、翻訳の質を数値化して横並び比較できたらわかりやすいのにと思ったことはないでしょうか。一見、便利そうですが、本当に可能なのでしょうか。以前にも取り上げたこの話題ですが、何が数値化できて、何が数値化できないのか、再度整理してみます。

■ 数値化できること

「単純な話、納品された訳文の中で間違っている箇所をカウントすれば、質の数値化になるのでは?」と考える方は少なくないかもしれません。間違いの少ない訳文=質の高い訳文である、と。もちろん、間違える頻度には程度の差がありますが、すべてをただカウントしたのでは質の数値化とはなりません。頻度と合わせて、間違いのレベル(重大度)も考慮する必要があります。例えば、

高: 完全に意味を取り違えている誤訳で、誤訳によって読み手の文章の理解を著しく妨げ、ひいては発注者が損害を被るリスクが高いもの
中: 発注者の評判を損ねる、もしくは読者が理解しづらいと感じる可能性があるもの
低: 間違ってはいるものの、「高」や「中」に分類されるほどの影響はないもの(スペルミスなど)

といった具合です。間違いレベルが高いもののほうが、翻訳の質が低くなるわけです。レベルに応じて「高」の場合は「10」、「中」の場合は「5」、「低」の場合は「1」というように点数の重みづけをし、訳文に含まれる間違いに点数を付け、すべてを合計すれば、訳文の「ダメ度」を点数化することができます。もちろん、文章が長ければ長いほど、間違いが起きる頻度は高くなりますから、訳文全体の単語数を分母として間違いの点数の割合を出せば、ボリュームの異なる訳文でも公平に比較できるようになります。

つまり、訳文の間違いについては数値化による比較が可能と言えるでしょう。

■ 数値化できないこと

次に数値化できないことを見てみます。注意すべきは、「ダメ度」の数値が同じ訳文=同じ品質、と言えないということです。例えば、複数の翻訳会社を比較するために、共通の原稿の翻訳を依頼したとしましょう。間違いの数とレベルに順じたスコアを見てみると同等だったとしても、内容を見てみると、A社は同じ単語で軽微な翻訳ミスを繰り返し、B社は一か所のみ、重大な誤訳をしていた……。スコアは同じであるものの、両社の翻訳の質が同じだと判断できるかは、賛否が分かれるところでしょう。もう一つ、別の例を紹介します。仕上がった訳文を比較してみると、A社は比喩の多い読みごたえのある文章で、B社はいたって平易でわかりやすい文章だった……。この場合はどうでしょうか。こうなるともはや、発注者の好みによって判断されるとしか言いようがありません。

もちろん誤訳は許されませんが、許容される「間違い」レベルは、大まかに内容をつかみたい文書であれば大目に見ることができるでしょうし、場合によって異なります。原文の内容や訳文の使用方法(目的)、対象となる読者によって、考慮すべき要素は変わってきます。判断基準そのものが確定していない要素については、数値化することができません。

このように見ていくと、翻訳の質を数値化することは難しいようですが、押さえておくべきポイントはあります。

文法のミス・スペルミス/誤記
訳文における文法のミスやスペルミス/誤記は、翻訳の質を測る上で有意義な指標になるでしょう。こうしたミスは訳文の理解に重大な影響を与えるものではない場合が多く、数値化できたとしても目立つことはありません。しかし、これらのミスはチェックをすれば簡単に発見し、修正できる初歩的なミスです。よって、このようなミスが頻出する訳文は、やはり品質が低いと見なすべきでしょう。

用語の使い方
単語の意味や専門用語の使い方についての事前の確認も、質を左右します。特殊な単語の使い方や専門用語は、発注者にあらかじめ用語集を用意してもらえれば問題になることはありません。この一手間の有無で、翻訳の質が大きく変わるのです。ミスを減らし、最終的な訳文の質を比較する上で、用語の事前確認とそれらの実際の使われ方も、チェックポイントの一つです。

結局、「翻訳の質」のすべてを数値化して評価することはできないと言えそうです。とはいえ、数値化できない部分も含めて評価されるのが翻訳者。「質のよい」翻訳者となるには、数値化できる部分とできない部分の両方を押さえて依頼者の期待に応えること――に尽きるのではないでしょうか。

世界でビジネスを成功させるにはローカライズが不可欠

ローカライズ世界中で40億人がインターネットを利用しているといわれる今日。ビジネスに関する情報を世界に効果的に届ける方法を考えてみましょう。

■ ローカライズはなぜ必要?

各国にはそれぞれの文化があり、使っている言語も異なります。例えばあなたが、インターネットで新たな家電製品を探しているとします。仮にある製品に興味を持ったとしても、そのウェブサイトやバナー広告が母国語ではない言語で書かれていたら、クリックして詳しく内容を見たいと思うでしょうか。そこにはまず、言語の壁が立ちはだかります。

文字情報だけではありません。国によって、デザインや色調、イラストなどの視覚情報の好みが大きく異なることも、消費者の興味を削ぐ原因となりえます。普段見慣れているデザインや色使いが全く異なるウェブサイトやバナー広告を見つけた場合、なんとなく違和感を持って敬遠してしまうことも多いのではないでしょうか。

母国でヒットしたものが他の国でそのまま受け入れられることは、実は多くありません。海外進出に成功しているビジネスは、その土地に合わせてローカライズした製品やサービスを提供することで、市場への浸透を図っています。その際、ローカライズするのは製品やサービスだけでなく、マーケティングのための広告なども、その地域に合うコンテンツを用意しています。実際、モバイルで広告出稿をする際、閲覧者の居住地域に応じて異なるコンテンツを配信するジオターゲティング広告の出稿費は確実に増えており、2016年の330億ドル(約3兆6,300億円)から、2021年には720億ドル(約7兆9,200億円)にまで増大するという予測もあるほどです。

■ ローカライズの対象は?

ビジネスを海外に展開する際に欠かせないローカライズ。では、ローカライズすべきデジタル媒体とは、どのようなものでしょうか。

・ウェブサイト
EC(electronic commerce、電子商取引)サイトの場合、ウェブサイトが母国語になっているほうが購買しやすいというデータがあります。実際、インターネットユーザーのうち、72%は母国語のウェブサイトの利用を好むというデータもあります。ローカライズをする際には、コンテンツを正しく翻訳することはもちろんですが、対象地域に合わせたデザインや色使い、イメージ画像、よく使われる表現への置き換えなどを通じ、現地のユーザーに親近感を持ってもらうことが重要です。

・アプリ
2017年時点でAndroid、iOSで利用できるアプリの数は570万にものぼります。数あるアプリの中からダウンロードし、利用してもらうためには、現地のユーザーから見た時にアプリのネーミング、アプリの紹介文、ユーザーインターフェースがわかりやすいことが重要です。ちなみに、世界全体でのアプリ経由での売上は、2015年に697億ドル(約7兆6,700億円)だったものが、2020年には1,889億ドル(約20兆7,800億円)にまで増大するという予測があります。アプリのローカライズは、マーケティングの中でも重要な要素と言えます。

・ソフトウェア
CMS(content management system、コンテンツ管理システム)やeラーニングの教材といったソフトウェアを提供する場合、製品そのもののローカライズも欠かせません。ソフトウェアの市場規模は5,000億ドル(約55兆円)に迫ると言われていますので、こちらも重要な要素と言えます。

・デジタルマーケティング
ローカライズした製品やサービスを広めていくために、マーケティング手段、すなわち広告掲載やSEO(Search Engine Optimization、検索エンジン最適化)対策もローカライズが必要です。現地のユーザーが検索するであろうキーワードを調査し、それらのキーワードで検索した時に見つけてもらいやすくすることができれば、その地域でのビジネスも順調に展開できることでしょう。広告での表現も、その言語のネイティブスピーカーが見た時に違和感なくインパクトを与えられるよう、よく練る必要があります。

デジタル媒体のローカリゼーションの需要は増加の一途です。多国籍企業の94%が、2018年のローカライズにかける予算を増額するという調査結果も出ています。どのようにローカライズを進めていくかで、ビジネスの業績が左右されると言っても過言ではないでしょう。

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