履歴書に博士課程修了と書くのは不利なのか(後編)

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)准教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。本記事の前編は学術界の外で就職活動をする際に採用担当者が履歴書・職務経歴書をどのような感覚で読むのか、学術界とビジネス界の常識の違いを認識した上でどう履歴書・職務経歴書を書くべきかのアドバイスでした。後編は、採用担当者が感じている「仕事のスピードへの不安」と「すぐに退職してしまうのではないかという不安」を払拭するための履歴書の書き方アドバイスです。


前編はこちら

仕事のスピードへの不安

ビジネスの世界ではスピードが重要です。最近、4大コンサルティング会社の1つに勤める友人と昼食を共にしたのですが、その際、友人は次のような不満を漏らしていました。研究委託をするための資金は十分にあるが、合理的な期間内に研究を実施できる研究者を見つけることができない。連絡を取った研究者は9ヶ月の研究プロジェクトを提案してきたのだが、委託側としては6週間で結果が欲しかった、ということです。私はこの話の研究者に同情してしまいました。6週間、研究以外に何もしないで良いのであれば、おそらく期限内に結果を提出できたでしょうから。私は友人に、9ヶ月というのは、授業やその他の業務を考えると、実際にはかなり短い納期だと説明しましたが、彼の共感は得られませんでした。学術界とビジネス界では明らかに「スピーディー」の意味するスピードが異なっているのです。

採用担当者とのコミュニケーションでは、スピードに対する考え方の違いを考慮する必要があります。研究畑以外の人は、研究者たちの「普通」を知らないのです。博士課程で他の学生と比べて論文をたくさん書いたというのであれば、同じ分野の平均的な人より「〇〇%生産性が高い」と伝えましょう。博士号を、期間を延長することなく取得できたのであれば、その偉業を成し遂げられるのは20%のみであることを伝えましょう。

フルタイム学生をしていたのに博士号取得に3年以上かかったのであれば、採用担当者は何をしていたのかとあなたの能力に疑問を持つかもしれません。指導教官に問題があったり、実験結果が思わしくなかったりなど、外的要因で博士研究に時間がかかった場合はお気の毒にとしか言えませんが、落ち込んでばかりはいられません。たとえ事実であったとしても、失敗を誰かの所為にするような人とは一緒に働きたくないものです。どうにか博士号取得に時間を要したことを説明しなければなりません。例えば、資金的な問題は予定より長く研究に時間がかかった理由として十分でしょう。生活費を稼ぐための仕事をしていたのであれば、仕事と研究を両立させることで、時間の管理能力が磨かれたということを強調してもよいでしょう。

仕事に飽きたりチャンスがあれば退職して研究に戻ってしまうのではという不安

私たちの研究で採用担当者は、博士課程修了者はチャンスがあれば研究職に戻ってしまうのではないかと不安を感じていることが分かっています。彼らは、研究職以外の仕事を格下と考えている博士課程修了者もいることを知っています。はたして、これは誤った認識でしょうか?

学術界は、もうたくさんと自分を納得させているかもしれません。確かに気に入らないことがたくさんあるかもしれませんが、もし理想的な研究ポストに空きが出て、それに応募し、奇跡的に採用されたとしたら、その職を断ったりするでしょうか?正直に断れるという人は、心の準備ができているのでしょう。しかし、答えるのに迷うのなら、研究職に就くという夢をもう少し追い続けた方が良いかもしれません。多くの採用担当者は、採用選考を専門としている人たちであり、そうした応募者の迷いを敏感に嗅ぎ取るものなのです。

学術界への未練はまったくないと言い切れる人でも、学術以外の業界の採用担当者に納得してもらうのは、簡単ではありません。言うは易く行うは難しです。なぜその仕事に応募したかを正直に伝えるのが一番良い方法だと思います。それを具体的に前向きな言い回しで書くのです。例えば、「博士課程でインタビュー調査を数多く実施してきましたので、このような調査結果がどのように製品やサービスの改善に役立つのか興味があります」、または「チームで働くのが好きな自分にとって、この仕事には学問の世界にはないチャンスがあります」といった応募理由は「学界にチャンスがなかったので」というよりも前向きで良い印象を与えることができます。

知識が専門に偏っていることについての不安

私の博士論文は、建築の授業におけるハンドジェスチャーについてで、今やっていることとは程遠い内容です。同僚の一人は有袋類の繁殖についての論文で博士号を取りましたが、今では本当に素晴らしい事業開発マネージャーとなっています。博士号は運命的なものだという考えは、私たちにとってとても時代遅れだとされますが、それは本当でしょうか?この考え方に目を向けて、博士課程のプロセスが私たちの視野を狭める可能性について考えてみましょう。

履歴書を見る限り、研究スキルを有していながら専門性が高すぎないという理由で、学位は博士より修士が好ましいという採用担当者たちの話を聞いたことがあります。これはある程度、的を得ています。私は、数量分析のスキルがなく、数字に対して恐怖心さえ抱く人類学や社会科学の研究者と話をすることがよくありますし、ある特的の、非常に複雑な確立的解析においては驚きの妙技を発揮するのに、データを示したり、データについて話をしたりするスキルが欠如している科学者と話をすることもあります。博士課程では、自分の分野において必要なスキルに特化することが余儀なくされます。幅広いスキルと共に専門的なスキルを磨くのでも良いのですが、多くの人はそれができる状況にありません。

博士課程の間に、短期講座を受講して視野を広げることもできますが、ほとんどの人はこうした選択肢を探ることすらしません。私も例外ではありませんでした。博士課程の同期の一人は、履修する必要のない統計学を補習科目として苦労して受講していましたが、当時の私は傍から見ていて時間の無駄だと思っていました。しかし今となっては、彼女は賢かったと思っています。私が大学で行ったすべての作業には、この種のデータ処理についての基礎知識が必要で、後になって統計を学ぶのに苦労したのです。軽んじていた統計学の講座をポーラと一緒に取っておけばよかったと思うことがよくあります。

履歴書・職務経歴書を見て自分自身に厳しい質問をしてみてください。あなたの経歴は専門的になりすぎていませんか?もしそう思うなら、今すぐ何かすべきです。在学中であれば、専門以外の授業も受講してみましょう。卒業後に同じ内容を学ぶよりずっと安く習得できます。経歴が専門的すぎることはないという場合は、どのような仕事や経験によって、自分の幅広いスキルを実証することができますか?志望する企業・組織に、博士課程の成果しか出せない場合、あなたは本当の自分よりもずっと限られた印象しか与えることができません。チームワークで重要とされるスキルをどのように示せるかを考えておくことも大切です。私たちの研究では、これが採用担当者にとって最優先事項の1つであることが示されています。博士課程の研究は個人作業の典型ですから、大学院での実績でチームワークを示せるものはないかもしれません。場合によっては、その前に遡ることも必要でしょう。博士課程以前も含めて、何か提示できる経験を積んできましたか?

採用選考においては、すべての経験が潜在的な価値を持ちます。現在のANUの仕事の面接で、面接官は私に、管理職の経歴が履歴書に書かれていないがどうやって管理職になるつもりかと尋ねてきました。そこで私は、1990年代に休学していたときに勤めていた本屋とレコード屋での管理業務を職務経歴書に書きそびれていたことに気づきました。そこで、面接官たちにそれぞれの店舗で私が管理していたチームの規模や、パソコンの登場によって私が導入した業務プロセス、ドラッグの密売をしていたスタッフを管理することの難しさなどについて話すと、面接官たちは博士課程の実績より、むしろ店舗勤務での経験に興味を持ちました。今でも、私が採用されたのは、この体験談のおかげだったのではないかと思っています。

高給を求めてくるのではないかという不安

ほとんどの博士課程の学生は、雇用者は心からこのことを不安に思っていると言うと、声を立てて笑います。皆さんは、しかるべき給与をもらえると思っていることでしょう。しかし、仕事を探す際、自分を過大評価しないようにしてください。新しい世界で心機一転、再スタートを切る訳ですから、低めのところから高みを目指すのも一つです。ここでは、ゴルディロックスの原理(訳者注:松竹梅効果とも呼ばれるが、平均的なものを選ぶ人が多いことを示す)、つまりちょうど良い程度の見極めも必要になります。給与が低すぎると自分自身が「オーバースペック」 に見えてしまいますし、高すぎると自分自身が未熟に見えるからです。ここ数週間、博士課程の卒業生たちと議論してきたことから判断すると、これについては「何を言ったって始まらないさ」となるようです。高い給与を要求されることも心配だけど、低い給与を払っても(採用した人材が)すぐに仕事に飽きてしまうことを心配する。どっちに転んでも心配ということでしょう。

このようなジレンマを「Catch22」と表現します(語源については調べてみてください)。矛盾している状態のことですが、ここから抜け出す唯一の方法は、働き続けなければならないと表明することでしょう。ここで私は再び、ボランティア活動や人脈作りの価値を強調したいと思います。自由な仕事をするということは、自分がチャンスを与えられるべき輝かしい人間であると見い出してくれる人を自分の足で探し出すことです。私にとって自由な仕事をすることは価値のあることであり、この戦略は私にはうまく機能してきました。私は一度も求人に応募して仕事についたことがありません。建築家として、そして学者として得られた私のキャリアは、すべて私が一緒に仕事をしたいと思っていることを相手に示した結果です。職に就くのに苦労したとしても、私の仕事のやり方は好感を得られるようで、組織内での昇進に関する苦労はあまりありません。このことについては、別の記事で書くこととしましょう。既に通常の語数の3倍も書いてしまっているのに、まだまだ言いたいことが本当にたくさんあります。本を執筆すべきかもしれませんね。

この記事をきっかけに、自分の立ち位置、そして自分の履歴書について考えてもらえれば幸いです。

今回の記事では、履歴書の中で自分の博士号について隠すことに関するアドバイスの中に、ブログやFacebook、Twitterでの博士号取得者との対話を通じて学んだことを織り込みました。私は通常、アドバイスが誰のものであるかを明記していますが、今回は個人名の明記は避けています。「主流でない」人々の邪魔をしたくないからです。貴重なヒントをくれた皆様に心から感謝しています。ありがとうございました。このブログが、非常に知的で寛大なコミュニティに支えられていることを幸せに思います。

原文を読む:https://thesiswhisperer.com/2019/04/10/should-you-leave-your-phd-off-your-cv/ 

返信を残す

あなたのメールアドレスは公開されません。

X

今すぐメールニュースに登録して無制限のアクセスを

ユレイタス学術英語アカデミーのコンテンツに無制限でアクセスできます。

* ご入力いただくメールアドレスは個人情報保護方針に則り厳重に取り扱い、お客様の同意がない限り第三者に開示いたしません。