ゾンビ化したやりかけの仕事と研究者としての「永遠に続く宿題」

オーストラリア国立大学(ANU)のミューバーン教授のコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回は、放置(ネグレクト)したままにしている仕事を含む自分のプロジェクトの優先順位の付け方について考えます。


多くの研究者がそうであるように、私も多くの仕事を抱えています。「多くの仕事」というのは、例えば、「ニューロダイバーシティ(脳の特性による個性の多様性)と博士号に関する本を書く」といったものから「大学のウェブサイトの論文執筆ブートキャンプのページを修正する」まで、ありとあらゆる形や大きさのプロジェクトです。

具体例A: 私は5月から8月まで英国でサバティカル(研究休暇)を取ります。チームへの混乱を最小限に抑えるため、前期の講義を2カ月間に集中して行いました。愚かなことに、同じ時期に妹と一緒にApple TVのドラマシリーズ『セヴェランス』についてのポッドキャストシリーズを始めました。

(これ、面白くなりそうです!こちらから予告編を聴いて、お気に入りのプラットフォームでフォローしてください)。

この「小さな」サイドプロジェクトを始めるにあたり、同シリーズを(もう一度)観てメモを取るのに約10時間、ポッドキャストを録音するのに約20時間、そして音声を編集するのに少なくとも40時間以上かかりました。ちなみに、この作業は夜と週末に行いました(悲しいかな、テレビ番組についての振り返りポッドキャストは、「ANUの研究開発ディレクター」という私の肩書の仕事にはなりません。私がメディア学者であれば、仕事にできたのですが。残念!)。

このポッドキャストの制作はとても楽しかったのですが、冷静に見ると、ものすごく時間がかかってしまいました。このようなサイドプロジェクトがあると、どんなに迅速に一生懸命働いても、やりたいことをすべてやり遂げるのには時間が十分でないと感じてしまいます。そして、本来は手を付けることを減らすべき時に、逆にいろいろと背負いこんでしまうことで、私はいつも事態を悪化させてしまうのです。

このやってもやっても「し足りない」という感覚は、アカデミックな仕事と切り離せない感覚で、決して「よくなる」ものではないということを認識しなければなりません。

「進行中の事柄が多すぎる」という状況は、研究人生の早い段階で始まる傾向があります。博士号取得は、「永遠に続く宿題」のような人生との契約の始まりです。自分のやるべき事、やりたい事が常に自分のキャパシティを超えてしまうような人生です。知識を作るという仕事が無限なのに対し、私たちは限りある生き物なのです。私たちにできることは、仕事と自分の関係を管理すること、そして仕事に対する自分の気持ちを管理することです。そしてそれは、新しいことを始めるべき時と、何かを手放すべき時を学ぶことを意味します。

もちろん、自分の意識をどこに向けるかは、いつも自分で決められるわけではありません。億万長者や親ガチャを引き当てた人を除いて、私たちのほとんどは、完全に自由に探求し創造することを、雇用主からの賃金と引き換えにあきらめなければなりません。しかし、選択肢の中で、何が価値あるプロジェクトで何がそうでないのか、自分なりの考えを持つことは大切です。

ロリーン・バーダール(Loleen Berdahl)は新しいアイデアを評価するためのマトリックスで、目の前のプロジェクトを「時間の無駄」「甘い蜜」「魂を吸い取る深淵」「戦略的投資」の4つに分類する方法を提案していますが、私はこの分類を気に入っています。(彼女の素晴らしいSubstackをまだ購読していない方は、ぜひ購読してください。)

ロリーンの分類は100%正しいと思いますが、私の問題は、魂が吸い込まれるような奈落の底に自分が陥る前にそれを認識することができないことです。そしてもちろん、気持ちは変わるものです。やっているときは魂が吸い込まれそうな奈落の底でも、結局は戦略的な投資になることもありますし、その逆もまたしかりです。

具体例B:私は、同僚のナレル・レモン(Narelle Lemon)およびResearch Whisperer のスタッフとともにWhisperCollectiveというウェブサイトを構想し、構築することに大きな喜びを感じていました。しかし、このサイトは技術的に複雑すぎて維持することが難しく、レビューページをきちんと作り上げる時間もありません。最近、私たちはこのサイトをもっとシンプルなものに変えて、魂を吸い取る深淵のようなものにならないようにしようと話し始めました。

具体例C:BMJ(『イギリス医師会雑誌』)のクリスマス号に、エイドリアン・バーネット(Adrian Barnett)と共著で論文を掲載することを私は承諾しました。面白そうだったからです。しかし、ちょうどPostAcの立ち上げの時期に重なっていたので、ストレスに押しつぶされそうでした。子供が水泳教室に通っている間、プールサイドで文献レビューを書いていたのを覚えています。しかしその論文は、私の全キャリアの中で、圧倒的にダウンロード数が多く評価された論文になりました。この論文が、プロとしての道を開き(例えば、最近ではNatureから記事を依頼されるなど)、教授への昇進に一役買ったことは間違いないでしょう。この論文を書いて本当によかったと思いますが、何度もくじけそうになりました。

私のような経験を積んだ人間でさえ、どこにエネルギーを注ぐ価値があるのかがわからないのです。できる限り、優秀な人たちと一緒に面白い問題に取り組み、それがうまくいくと信じる、というのが私の信条です。自分が優秀なプロジェクトマネジャーになることで、時には戦略的に1つ2つのプロジェクトを断念するのです。

どのプロジェクトを断念し、どのプロジェクトを継続するかを、どう判断すればよいのでしょうか?ドミニカ・デグランディス(Dominica DeGrandis)は、進行中の作業が多すぎる人は、「Neglected Work(放置された仕事)」も抱えていると指摘しています。放置された仕事は、「ゾンビ化」する可能性があります。彼女は、『Making work visible』という本の中で、放置された仕事について、とても素晴らしい説明をしています。

「放置された仕事は腐りやすい。それは古くなる。そして、腐った果実のように無駄になる。果物は高価でカウンターのスペースを占拠するが、古くなり、カビが生え、悪臭を放つ。誰がそんなものを欲しがるだろうか。」

放置された仕事の明確化は、進行中の作業量を把握し、どのプロジェクトがゾンビ化する可能性があるかを把握する上で役立ちます。放置された仕事を明確にするには、プロジェクト監査を行うことから始めるとよいでしょう。ここでは1段階前のステップから解説します。多くの人は、自分の仕事を一連のプロジェクトとして捉える方法を知らず、タスクとプロジェクトを混同してしまいます。

プロジェクトとは、『Getting Things Done』の中でデイヴィッド・アレン(David Allen)が述べているように、完成までに複数のステップを要し、他の人の作業が絡む場合もある成果物のことです。タスクとは、プロジェクトを進めるための個別の行為、ステップのことです。アレンの定義のプロジェクトでいえば、あなたの人生には思っている以上に多くのプロジェクトが存在することになります。

プロジェクト監査とは、どのプロジェクトが愛され、どのプロジェクトが軽視されているかを特定するやり方です。今、私のデスクにある仕事を分解して説明しましょう。今後6カ月間に完成させたい成果物のリストです。

 

休暇へ出発する前にやっておかなければならない重要な仕事が3つ:

  • PRES(Postgraduate Research Experience Survey)のデータ解析を終えて、論文を書く(4月初旬まで)
  • ANUの高等研究者招聘週間(HDR induction week)(4月1日~4日)を充実させる
  • 4月末までに、PostAcの博士号取得者向けレポートを作成する

 

その他にも考えていること:

– 3ヶ月間ジェイソンに1人でポッドをやってもらう前に、On The Regのポッドキャストを2本ほど作りたい

– 妹と『セヴェランス』のポッドキャストを完成させる

 

サバティカルの間に、したいこと:

  • 『The bullet journal for Academics』という書籍の一部を完成させる
  • 月に1度のペースでブログを更新(ただし、ポッドキャストは中断)
  • イギリスとその他欧州で人を訪ねたり、楽しいことをしたりする
  • 「研究室の荒波にもまれて(Thesiswhisperer)」のサイトをWordPressから移行し始める
  • ニューロダイバーシティと博士号に関する本の執筆を開始する

 

これらの成果は、それぞれ複数のプロジェクトと多くの個別タスクで構成されます。例えば、「ニューロダイバーシティと博士号に関する本の執筆を開始する」には、少なくとも6つのサブプロジェクトがあります。この本はそれ自体が博士号規模のプロジェクトです。その概要を説明すると…

  • 教育におけるニューロダイバーシティ関連の既存文献を読みこなすため、リーディングリストを作成する
  • 選択した論文をMaxQDAに取り込み、コーディング戦略を設定する(これが私の文献レビューのやり方です)
  • Obsidianで論文とメモをコーディングし、執筆のための素材を大量に作る
  • 本の企画書のアウトラインを書き、信頼する人々に意見を聞く
  • 出版社を見つけて連絡を取り、世の中にどう送り出すかを話し合う
  • (必要であれば)知識のギャップを埋めるために、博士課程の学生を含む研究プロジェクトを設計する

上記を書き出してみたことは、自分のためにもなりました。さて、ここからは、私が現在放置してしまっているプロジェクトです:

  • サイモン・クリューズとの共著『Be visible or Vanish』のプロモーション(サイモン、ごめんなさい!)
  • 自作のロマンス小説は、4章まで書いたままで停滞中

私は自分の放置された仕事を特定しましたが、それらを成し遂げるか、リストから消すかを決めることになります。『Be Visible or vanish』はすでに世に出るので、今さらゾンビ化させるわけにはいきません。放置された状態だと言葉にしたことで、何が必要か考えざるを得なくなりました(イギリスにいる間に本の刊行記念企画をしてみようと思います)。

悲しいことに、私のロマンス小説は、すでにゾンビになってしまったのでしょう。でも、蘇生しないとも限りません。(ゾンビだけに!)おそらく引退後になるでしょう。

この記事が、プロジェクト単位のマインドセットで考えるきっかけとなれば幸いです。プロジェクトについて、もっと言いたいことがあるような気がしますが、今はこれくらいにしておきます。

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