論文執筆テクニック―主張に対するリスクヘッジ

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回は、執筆した論文の添削でよく指摘される「独自の主張のなさ」に対する対処法を解説します。


このブログ記事は、オーストラリア国立大学(ANU)の同僚であるショーン・レーマン(Shaun Lehmann)とブログResearch Voodooキャサリン・ファース(Katherine Firth)との新しい共著書のアイデアを発掘するためのシリーズの1記事です。

この共著書「How to Fix Your Academic Writing Trouble (アカデミック・ライティングのトラブル解決法)」の生まれた背景は、指導教員が論文の草稿に書く奇妙なコメントを読んだ時のフラストレーションでした。論文のフィードバックは、原文よりも意味不明な時があります。本書では、解釈の難しい指導教員のコメントから遡って、添削者がどのような不満を持ったのか、それをどのように解消すればいいのかを解説します。「良いけれども、まだ素晴らしいとは言えない」アカデミック・ライティングを修正するためのあらゆる戦略や戦術を含む、まさに「スイスアーミーナイフ」のような一冊になるでしょう。

出版社が執筆中の内容をブログで共有することに寛容なため、ブログにこうして書くことが、本の内容を改善するのにとても役立っています。この記事の一部は、第6章「Uncritical! How to make writing that persuades(仮訳:批判なし!説得力のある文章の作り方)」に掲載される予定です。今は終盤のちょっと退屈な編集の最終段階です。下記は、少し前に書いたラフな第一稿です。現在、キャサリンが内容を広げて推敲している最中ですので、ぜひご意見をお寄せください。出版前にこの本についてもっと知りたいという方は、メーリングリストにご登録ください。(訳者注:この記事は2018年に書かれたもので、本は既に出版済です。)

また、わかりにくいフィードバック例も募集しています。ご自身の受けたフィードバックを共有したい場合は、こちらで募集しています。投稿してくださった方には、購入割引を適用できるようにしたいと考えています。(訳者注:募集は締め切られました。)

ときどき論文に対して「主張がわからない」「あなたの意見は?」など、もっと自身の意見を述べるように促すフィードバックを受けることがあります。このようなフィードバックがある時、添削者はあなたが文章で「立場を取っていない」ことに不満を感じています。立場を取るとは、何かに対する主張を明言することを意味します。

論文執筆者は論文内で立場を明らかにする必要がありますが、特に、考察を述べるための理論を提唱する場合は、主張しすぎないように注意する必要があります。自分が知っていることと知らないことを正確に把握し、添削者に自分の確信の度合いを理解してもらえるような書き方をすることは、学者の基本であり、だからこそ、巧みな学者たちは「リスクヘッジ用語」の使い方を心得ているのです。正確であることは、学問の価値観の中でも最も重要なものの1つであり、不確実性についても正確でなければならないのです。リスクヘッジ言語とは、might、maybe、sort of、I think、possibly などの言葉やフレーズで、暫定的であることを表す言葉です。これらの言葉は、細かいニュアンスを失うことなく、強い主張を修正するのに役立ちます。

リスクヘッジ用語を使ったどっちつかずな表現を避けるようにと指導されることもありますが、覚えていてください。文章を書くことは、中流階級のつまらないディナーパーティーに参加しているようなものです。「意見を主張する」ことと「強引な書きぶり」を混同しないことが肝要です。

日曜のディナーで家族と喧嘩になったときに大きな声で叫んでも勝てないのと同じように、自信ありげに見せるために回りくどい言い方を排除しても、学術的な読者に好感を持たれるわけではありません。学術的思考の訓練を受けていない人は、回りくどい表現をすると、読んでいて非常にイライラします。しかし、私たちはここで、真実や確実性といった核心に迫る概念を扱っているのですから、注意しなければなりません。数学(特に数学の証明)を除いて、すべての研究はある程度、暫定的なものです。リスクヘッジ言語は、読者に決定的なメッセージを送ることを避けるために、意図的に曖昧さを導入するものです。

「でも、本の最初の方では、曖昧さを避けるべきだと書いてあるのに、今度は意図的に曖昧さを導入しろって?どっちなんだ!」と思うかもしれません。矛盾しているように聞こえるかもしれませんが、学術的な文章を書くときは、自分が発見したことを伝えるだけでなく、学問という文脈で俯瞰で書くということを念頭に置かなければなりません。アカデミックライティングはフェンシング、あるいは中流階級の退屈なディナーパーティーだと考えましょう。データの解釈を表す方法には(隠された)ルールが存在するのです。

ヘッジ言語を使って表現を意図的に曖昧にすることで読者に「行間を読ませ」、自分たちがデータについてどう考えているかを伝えるのです。ヘッジ表現を使うときは、題材となるデータから見えるものと、データを抽出した世界の全体像との間でバランスを取る必要があります。ハイランド(Hyland/1998)によれば、これを行う動機の一つは、「誤った判断によるネガティブな結果から自己防衛を図る」ことです。

ちょっとおかしな例えですが、夜空の写真を撮っていると、いつもより星が多くあることに気づいたとします。あなたは、その星はUFOだという説を主張するとします。もしあなたが学問の世界で真剣に受け取られたいなら、この説をどのように説くか、とても気をつけたいものです。不用心な学生は、次のようなことを書くでしょう。

“The extra stars shown in the table and images above are UFOs”(訳:上の表および画像にある余分な星はUFOである。)

この「are」という単語は、データと理論の間に直接的な関係があることを示すものです。学術的な読者は、この文章を「くだらない」と判断してしまう可能性が高いです。読者を自分の理論に引き込みつつ、嘲笑から身を守りたいのであれば、次のように書けばよいでしょう。

“One possible interpretation of the data shown in the tables and images above is the existence of UFOs or other, unexpected stellar artifact”(訳:上の表および画像に示されたデータの解釈として考えられるのは、UFOまたはその他の未知の星状の構造物の存在である)

この文章の、リスクヘッジは上出来です。UFOが存在するという馬鹿げたことを言いつつ、読者にはその発言を筆者自身が信じているのかわからないままにしてあります。文頭に古典的なヘッジワード(possible)を入れ、最後に修飾語(or)を入れているのです。

UFOの例では、主張が完全に「自分のもの」にならないように、ヘッジ言語が命題から自分自身の距離を取る機能を果してくれています。これは、ある物について自分の手に持って話すのではなく、それを一旦テーブルの上に置き、そこから離れ、それについて読者がどう思うか尋ねるようなものです。ヘッジは文脈に強く依存し、読者は主観的に解釈します。面白いことに、ヘッジをかけることによって、読者と私たちが協力して集合的な意味を見出すことができるのです。

ヘッジ言語の使用は、コミュニティーの中でどのように知識が構築されるかということと関係があります。他の誰かの理論や解釈、根拠に反論したいときには、学問の世界はヒエラルキーが根強く存在することを念頭に置いておくことが重要です。私たちは、自分が変人ではなく、その分野の通説や理論を重んじる慎重な研究者であることを読者に示すために、ヘッジ用語を用います。論文が対立的な書き方であることはめったになく、賢い書き手は、誰かの意見に反対するときでも謙虚さを醸し出すよう努めます。

研究者としてちょうどいい塩梅の謙虚さを加えるには、ヘッジ言語を含む、慎重な言葉の選択が必要です。こういう物言いが学術文章が難解であると非難される理由の一つですが、学生で自分の研究を誰かに認めてもらう必要がある場合には、悲しいかな避けられないことなのです。そのため、ヘッジ表現は研究者にとって不可欠な執筆技の一つとなっています。それは、発見や事実、アイデアについて、どの程度の不確実性を著者が感じているかを正確に示すのに役立ちます。

出版される著書には、かっこよくヘッジをかける方法の表と例が掲載される予定です。質問はありませんか?ご意見をお聞かせください。

インガーより

原文を読む:The Thesis Whisperer

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