論文が審査員に却下されたとき、どうしますか?

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン教授のコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回は、審査員に論文を却下された学生からの助けを求めるメッセージを受信されたようです。さて、ミューバーン教授からこの学生に向けた返信メッセージはどのようなものだったのでしょうか。


『Thesis Whisperer』というブログを書いているので、学生から論文執筆に関連する個人的な助けを求めるメールが来ても驚きませんが、動揺したり、困惑したり、あるいはただ単に腹を立てているといったメールをくれる学生が多いことには驚かされます。

そのほとんどは、指導教官に対する不満です。

こうした不満のメールをもらう頻度ははっきりとは言えませんが、平均すると1週間に4通ぐらいでしょうか。それも、私が所属する組織からだけでなく、世界中から届くのです。男女比で言うと、男性からのメッセージの方が女性からのものより多いと思います。それは、私のフェイスブックやスレッドから察するに、女性の方が人前で自分の弱さを認めやすいからではないかと思います。

そうした不満のメールを読むと、私は学生に共感して、自分の事ではないのに苛立ちを感じてしまいます。私は有能で優秀な指導教官をたくさん知っていますが、経験の浅い指導教官や、人との接し方に問題があることに気づいていない指導教官も知っています。役に立たない指導が習慣化している人の話を聞いたこともあります。そのような指導教官は(めったにいませんよ)、自分の行動を変えることができないか、もしくは変えようという気がないのです。

最近、パット・トムソン(Pat Thomson)が指摘していましたが、人を指導監督することは簡単ではありません。私は、すべての指導教官が大学の提供する能力開発活動に参加すべきだと考えていますが、なかなか浸透するには至っていません。大学内に能力開発のようなサービスがあることを知らない人もいれば、もっと悪いことに、能力開発は役に立たないと思い込んでいる人もいます。一概に否定はできませんが、退屈な「能力開発」ワークショップで、すでに知っているようなことを延々と聞かされ、まるで自分がバカであるかのように扱われた経験がある人もいるでしょう。私の経験では、それほどひどいワークショップはあまり見かけませんが、一度でも経験したら二度と参加したくないと思ってしまうでしょう。

問題のある指導教官の中には、長い間、自分たちのやり方でいいと思っていて、それに従わない学生は足手まといだから辞めればいいと思っている人間がいるのではないかと疑いたくなります。もちろん、そのような指導教官は間違っています。博士課程に入れたのなら、博士課程を卒業できるはずです。

話がそれてしまったので、メールに戻しましょう。

 

私はメールに書かれてくる内容に腹を立てているのではありません。博士課程での経験に対するユニークで貴重な洞察であり、私の糧となっています。送られてきたメールに対し、配慮のある、思慮深い返事をしようと最善を尽くしているのですが、時間がかかるのです。今回取り上げたような助けを求めるメールに、きちんと返信する時間が取れるまで、受信トレイの底に眠らせてしまうことが多々あり、メールをくれた当事者にとっては返事が遅くなって問題の状況が長引けば長引くほど、その人が時間と労力を費やすこと、そしてどれほど苦しんでいるかということに罪悪感を持つことになります。その挙句に、キャサリン・ファース(Katherine Firth)が言うところの「電子メール内の羞恥的散策(the electronic walk of shame)」をして、受信ボックスの底に沈んだメールをすべて消去する羽目に陥るのです。

まったく我ながら腹がたってきます。

そして今ふと気づくと、私は基本的に同じような内容のメールを10通ほど書いていました。学生と指導教官の関係に関する問題は、それぞれ異なる部分もありますが、いくつかの傾向があるように見受けられます。

パット・トムソン教授(Pat Thomson)と私が書いた‘Why do academics blog?’と題する論文に対する最近の投稿の中で、ジョン・カニング(John Canning)は、自分はブログを書いているが、それはある意味で補助的な備忘録のようなものだと述べています。確かに、彼の考えは私がやっていることを説明するのに有効です。私のブログの多くは、特定の問題についての私の考えを記録しているので、ワークショップの配布資料にもなっていますし、私のメールでの回答は、個人的なものではありますが、共通の問題を取り上げています。ということで、これからはできる限り、指導教官についてもらった手紙への返事をブログに書いて、返事の一部として学生に関連記事を紹介できるようにしようと思っています。そうすれば、他の多くの人の考え(頭脳)をこの問題に集中させることができるというメリットもありますから。

早速ですが、ここで紹介するのは、指導教官の監督不行き届きとプロセスの失敗に関するもので、その結果、学生は論文の再提出を求められることになってしまいました。創造的芸術(クリエイティブ・アート)の分野の学生からの訴えですが、他の学生にも監督者にも教訓としてもらえると思います。学生が特定できないように少し編集してはありますが、その点はご了承を。

インガー博士へ

以前、[オーストラリアのある大学]であなたの講義に参加させていただきました。私は、私の学科では数少ない、実践に基づいて論文を書いている博士課程の学生です。展覧会のために作品を作り、それについて文章を書く。それは楽しいはずなのですが、率直に言って、楽しい旅ではありませんでした。

半年前に提出した論文の結果が4週間前に届きました。審査員のうち一人の報告は肯定的でしたが、もう一人はまったく反対で、論文の再提出を求められたのです。

さらに悪いことに、当初の指導教官は大学を去っており、現在の指導教官は実践に基づく論文の経験がありません。創作的芸術活動と論文をどのように組み合わせれば、2つの要素が一緒になっているように見えるでしょうか?

どちらとも言えない部分がたくさんあり、どのように論文を進め、完成させるかについて、文書であれ何であれ、アドバイスを得るのは難しいと感じています。本当に混乱していて、無力感に苛まれています。

助けていただけますか?

悲しい学生

ここからは私からの返答です。

悲しい学生さんへ、

お気持ちをお察しします。経験上、実践に基づいた論文を書くのは信じられないほど難しいことです。あなたの質問に対する答えは、あなたがやってきた作業によるので、私が本当に手助けできるかは分かりませんが、考えるべきことをいくつか挙げてみます。

  1. 学位論文は、同じ分野の専門家のための文書であると考えましょう。あなたが行ってきたことから、他の人が何を学ぶことができるかを示すのです。これは、実践内容そのものでも、素材や文化など、何でもよいでしょう。
  2. 自分の文章をよく見ましょう。どれくらい明確に書かれていますか?私の経験では、クリエイティブな分野で教わる書き方の多くは間違っています。(もしあなたが私のように教えられたとしたら)あなたの文章は単純すぎるか、不明瞭すぎるかもしれません。もしかしたら両方かも。そうだとしても、あなたのせいではありません。学術的な文章にその場しのぎの方法でアプローチする文化にどっぷり浸かってしまっているだけです。修復は可能ですが、多少の努力が必要です。学術ライティングの助けとなるサポートを探してください。私は、カルマ―(Kamler)とトムソン(Thomson)による‘Helping doctoral students write’(Pat Thomsonは素晴らしいブログ「Patter」を運営しています)やジョセフ・ウィリアムズ(Joseph Williams)の’Style: 10 lessons in clarity and grace’などの本から多くを学びました。他にも、Explorations in StyleやResearch Degree Voodoo、Lit Review HQ、Doctoral writing SIGなど、素晴らしいブログがあるので、是非それらも参照してみてください。
  3. 所属学科から適切な指導を受けられるよう強く求めましょう。あなたの場合、実践に基づく論文を「理解していない」指導教官がついているだけでは不十分です。もしあなたが所属学科の言うことに満足できないなら、次の段階に進みましょう。大学院があれば、そちらに苦情を提出します。必要であれば、他の大学の指導教官を手配してくれるでしょう。ことわざ「The squeaking wheel gets the grease.(きしむ車輪は、油を差してもらえる。)」にもあるように、声を上げなければ変わりません。プロセスが適切に機能していれば、このような状況に陥ることはなかったはずです。学位論文の問題は最終プレゼンテーションの際に指摘されるべきであり、審査員は細心の注意を払って選ばれるべきです。
  4. 創造的な研究の試験で問題が起こるのは、創造的な学問分野における知識創造の本質について、学生が適切な指導を受けなかったことが原因であることがあります。この分野では、問題が絶えません。参考までにリンダ・キャンディ(Linda Candy)による‘Practice based research: a guide(実践に基づく研究:ガイド)’を読んでみてください。あなたの頭の中で問題を整理するのに役立つかもしれません。他にも様々な本があり、様々な視点があるので、それらの本を参考にするのも良いでしょう。幸運を祈ります

 

さて、私の回答はいかがでしょうか。読者の中に優秀な指導教官がいると思いますが、あなただったらどのようなアドバイスをしますか?

 

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