論文の考察をクリエイティブに書くには?(後編)

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)准教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。インガー准教授が論文の考察(Discussion)の部分をクリエイティブに書くためのコツを紹介します。前編に続きアイデアの取捨選択から、発想の転換、ライティングの練習などについて解説します。

前編をご覧になられていない方は、ぜひ前編からご覧ください。


建築学科では、自分が作るものはほとんどゴミだと思えと言われます。ゴミでないと確信できるまで、一つのアイデアに固執して労力を注ぎすぎてはいけないということです。建築を教える人々が「プロセス」 を重視するのはそのためです。浴室のタイルのレイアウトまで完成させた図面をクラスに持っていくと、白紙に戻せと言われます。教師たちは、何度も描き直されたスケッチを見たがるのです。最終的な設計が出来上がる前に、多くの可能性を検討したことの証拠だからです。何カ月もかけて設計案を吟味した後でなければ、浴室の細部は仕上げられないのです。これが 「アイデアを練る」プロセスです。

建築家のスケッチが書籍として出版されることがありますが、そのほとんどは念入りに作り上げられたフィクションと言えます。なぜなら実際にアイデアを練りながら描かれたスケッチはずっと汚く、捨てられてしまうからです。私はこの建築設計のやり方で、研究結果を書くという創造的な行為に取り組んできましたが、生産性は決して低くないでしょう。この6年間で執筆・共同執筆・編集した本は7冊に上り、10年間毎週ブログを書いてきています。しかし、私は自分の書いた文章の少なくとも半分、あるいはもっと多くを捨てています。

たくさん沸いたアイデアに固執しないことで気も楽になります。論文の考察の部分について、私ができるアドバイスは、何を書くべきかについて悩み過ぎてはいけないということです。まずは、すべてのアイデア、特に馬鹿げて見えるアイデアを「紙」に書き出し、吟味してから本当に要らないものを捨てていきましょう。「紙に書き出す」 というのは整った文章でしっかりと書くのではなく、粗削りの「塊」のまま、書きなぐるということです。「塊(chunks)」という語は、カムラー(Barbara Kamler)とトーマス(Pat Thomson)による「Helping doctoral students write」からの借用です。この中でも、文章ではなく粗削りの塊で書き出すことが推奨されています。

建築家がペンを替えたり、コピー機を操ったりするように、 研究者も「ツールの切り替え」や、図表や例題などの使用で、固まっていないアイデアの実効性を確認できます。同僚のVictoria Firth-Smithは、語りのジャンルを決めてポストイットに書かせるというライティングの練習方法を発案しました。これは、考察のセクション全体の流れを見出す上で非常に役立ちます。

例えば、本のジャンルを想像すれば、語りのジャンルも見つかるでしょう。サスペンス、恋愛、純文学、自己啓発、歴史、犯罪小説などの中から、ふさわしいものを探します。もしくは、悲劇、喜劇、ミステリー、宣言文などの形式です。テレビの番組表を参考にするのもよいでしょう。

次に、選んだ語りの形式・ジャンルを使い、自分の研究を他人に説明するためのちょっとしたストーリーを書いていきます。物語の主人公は誰か、主な筋書きは何か、語り手である自分の立ち位置はどこにあるのか、などを決めていきます。

私自身の研究を例にして練習をしてみましょう。私たちが開発したPostAcという機械学習を活用したアプリは、博士課程修了者が研究職以外の仕事を見つけるためのものです。アプリ開発のための調査では、高度な研究能力を持つ人材を求める雇用主の80%が、求人広告に「PhD」という語を使っていないということが分かりました。博士課程修了者のスキルを持つ人材を求める企業が、それに気付いていないのです。なぜ「PhD」と記載しないのか。いろいろな理由が明らかになりましたが、そのいくつかについては、以前投稿したPhDに対する拒絶感についての記事WHAT IS THIS ‘ANTI-PHD’ ATTITUDE ABOUT?」の中で書きました。

記事掲載後、多くの人からメッセージを受け取りました。企業から「能力が高すぎる」 とか 「文化的に合わない」 などと言われ続けてきたという体験談です。これらは別の研究課題を提示します。雇用する側の姿勢の問題なのか、それとも博士課程の学生の自己PRのやり方に問題があるのか、あるいはその両方か。この研究を複数の語りの形式で紹介しましょう。

語りの形式:警察調書

博士課程修了者が、企業の採用面接を受けた後心的外傷を訴えている。当該の博士課程修了者は、面接後、学術界以外の労働市場に居場所を見出せないと感じるようになったと供述。本署では、当事者への聞き取りを行い、犯罪行為の有無について捜査を行っている。具体的にどのようなトラウマを抱えているのか、また企業側のどの行為が犯罪に当たると考えているのか。一方の企業側は、自分たちの行為を犯罪と認識しているのか、そうでなければ自分たちの行為をどう説明するのか。双方の言い分を聴取する。

語りの形式:ウィザードで実行(難しい内容をかみ砕いて進めていく形式)

企業側が博士号取得者の能力を無視し続けているのは、博士号取得者とは、どのような人間であるかを理解していないため、というのが表向きの理由。だが本当のところは、企業側は博士課程の教育の欠点を十分に認識しており、実務経験をもつ人材を意図的に採用している。これは私たちが 「学術で培い、ビジネスにも転用可能なスキル」 と考えているものが、結局のところはそれほど転用可能ではないため。

こうした練習を行うことで色々なことが明確になります。語りのモードに切り替えることで、思考を巡らせ、それまで気づくことのなかったデータについての考察を行うことができるのです。奇妙な方法に思われるかもしれませんが、一度試して、あなた自身に合うか確かめてみてください。

論文の考察のセクションは、クリエイティブな側面が強く、それについて私たちが習うということはあまりありません。ここで提案した方法で上手くいかない場合は、指導教官や先輩に、どのように考察を書いているか尋ねてください。私が知る限り、研究者たちは研究についてのひらめきを得るため、ありとあらゆる裏技を駆使しています。建築家と同様、研究者も自分の裏技を人に教えるような価値のないものだと思い込んでいるのではないでしょうか。だから、こちらから教えてくださいと頼んでみるのもおすすめです

最後に、お知らせを2つ。

2020’s Whisperfest からPodcastの音声配信を始めました。Buzzsproutで最初のエピソードを公開しており、各種オーディオプレイヤーでお聴きいただけます。3週間ごとに1本公開していく予定です。

『Level Up Your Essays』という私の新刊(共著)がNew South Pressより刊行されました。これは、「学術ライティングの問題解決」といったテーマのフォローアップで、厳密な意味で博士課程レベルを対象としたものではありませんが、お知り合いの学部生や修士課程の学生にぜひ、おすすめください!

来月も記事を投稿しますが、その前に、Dr. Jason DownsのPodcastにも出演します。購入方法は、「登録」 ページに記載されています。

原文を読む:https://thesiswhisperer.com/2021/03/03/telling-compelling-research-stories/

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