研究不正を起こした研究者にリハビリを

2013年1月、『ネイチャー・ニュース』は、研究不正を起こした研究者に対するリハビリテーション・プログラムが試行され始めたことを伝えました。
日本でも海外でも、研究不正事件が起こるたびに、研究不正をした研究者やその人物が所属する研究機関が批判されます。しかし、研究不正にかかわってしまった研究者をどう扱うべきかということはあまり注目されていません。
ノースウエスタン大学研究公正局の局長であるローレン・クォーケンブッシュは同記事で、研究不正を起こした者に対する罰として、研究資金の受け取り禁止といった「重い罰」と、オンラインの研修コースの受講や文書による注意(けん責)といった「軽い罰」との間には大きなギャップがある、と指摘しました。すべての当事者が白か黒かのどちらかというわけではなく、研究機関としてはその人物に研究者として復帰してほしい場合もある、ともいいます。
一方で、研究不正を防ぐための倫理教育に効果があるというエビデンスは乏しいようです。仮に有効な教育方法が開発されたとしても、不正の発生をゼロにはできないでしょう。そこで「重い罰」と「軽い罰」とのギャップを埋める試みとして、セントルイス大学の倫理学者ジェームズ・デュボアらは、問題を起こした研究者が受けるリバビリテーション・プログラムを開発しました。精神医学者や心理学者も運営にかかわっています。
このプログラムは当初、「研究における専門家意識と公正さの回復(RePAIR : Restoring Professionalism and Integrity in Research)」と呼ばれていましたが、現在では、「専門家意識・公正プログラム(Professionalism and Integrity Program)」あるいは「PIプログラム」と呼ばれています。プログラムの開発には、国立衛生研究所(NIH: National Health Institute)からの予算が使われています。参加者は参加費を払うことになりますが、研究機関が年間単位のパートナー契約を結ぶこともあります。
参加者たちは3日間、必要な場合には偽名を使って、自分たちが行った過ちについて、なぜそんなことをしたのか、再発をどのように防ぐべきかなどを話し合います。最終日には、参加者一人ひとりが「専門職育成プラン(professional development plan)」を書いて、再発しないための計画を立てます。3日間のコース終了後にはフォローアップ調査などもあり、PIプログラムのチームが同意すれば、コース終了の認定書が研究機関に送られることになります。
この記事のコメント欄に寄せられた意見の多くは「なぜ不正を行った者のためにリソースを使うのか?」といったネガティブなものでした。しかし2016年6月、デュボアらは『ネイチャー』でプログラムの途中経過を報告し、同誌はその社説において、このコースを好意的に論評しました。デュボアらはこの3年半の間、24カ所の研究機関から研究者39人をコースに受け入れたといいます。
報告の中で、

われわれは、誰が参加するのかわからずにこのプログラムを開始した。われわれの行うことがよいことなのかどうかさえわからなかった。3年経ったいま、われわれはこれが価値あることだと確信している。

とデュボアらは書きます。参加者らがこのプログラムに参加することになった理由は、その半数は「監督不行き届き」(49%)でした。「被験者の同意についての違反」(31%)と「盗用」(21%)が続きます。多くの者は複数の問題を参加理由としています。
「このプログラムは、犯罪者向けのように見えます」と言っていた参加者たちも、3日間のプログラムに参加すると「態度が変わる」といいます。「参加者たちはおおむねこのプログラムに対して感謝の意を示す。1年後、フォローアップ調査が示すところでは、大多数が働き方を変えている」
デュボアらは参加者たちの背景を調査しました。「捏造したデータにもとづいて意識的にキャリアを築く、人格障害である連続捏造者」も報告されているが、「われわれは、自分たちのプログラムのなかではそのような者には出会わなかった」と彼らは書きます。彼らがプログラムの対象にしてきたのは、あまりにひどい研究不正のために懲戒処分されたような研究者ではなく、「監督不行き届き」によって研究チームが問題を起こすなどして、研究者としての資格を停止させられたものの、研究機関としては研究者として復帰してほしいと願っている者たちのようです。
デュボアらが心理学的な手法で、参加者らの研究におけるルールに関する知識、仕事に関するストレス、法令違反を正当化する「認知の歪み」などを調べたところ、一般的な研究者400人のサンプルと大きな違いはないことがわかりました。
問題を起こしてしまった理由を探っていくと、「注意が不足していた」(72%)が最も多く、「ルールを知らなかった」(56%)、「法令遵守を優先しなかった」(56%)が続きます。デュボアらは、「これらすべては、もっと基本的な原因に起因しうる」と指摘します。「多くの参加者は、自分たちのチームをほとんど監督していなかった。というのは、チームの仕事があまりに拡大しすぎていたか、または人員不足だったからだ」

われわれのプログラムによって明らかになった教訓は、法令遵守は、個々人の公正さだけでなく、部門や研究機関のサポートが必要である、ということである。科学者たちが仕事を広げすぎる理由の一部は、所属する研究機関がプロジェクトの多さを高く評価するからである。

デュボアらは「注意しないと、このことはあなたにも起こりうる」と警告し、「法令遵守の適切な実行を学ぶことは、データの公正さを確かなものとし、被験者や実験動物を守る。そして研究者やその同僚のキャリアをも守るのである」とまとめます。
前掲した『ネイチャー』の社説もまた、「こうした科学者たちの典型的な特徴や性格、知識、態度は、あなたやあなたの同僚たちのそれと違いはない。 研究不正 は、(研究者を取り巻く)状況に遡ることができる」と指摘します。

違反の最も一般的な原因は、注意の欠落である。注意の欠落はとりわけ、あまりに忙しいことや、あまりに多くのプロジェクトを回していることによって促進される。あなたがご存知の誰かさんみたいじゃないですか?

もちろん、このリハビリテーション・プログラムの効果はまだ完全に証明されたわけではありません。また、研究不正事件で一般メディアを賑わしてきたような人物は対象にならない、もしくはそもそも対象にしないようなので、彼らのような存在に対する解決策にはならないでしょう。
しかし、デュボアらが明らかにしたプログラム参加者たちの背景は、日本の学術界にとっても他人事ではないと思われます。


ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。

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