学術ソーシャルメディアの「クソ化」

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン教授のコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回の記事では、研究プロモーションなどに有効なツールとして考えられてきたソーシャルメディア(SNS)について、教授の2023年7月時点での考えを紹介します。


もし私が今日(2023年7月10日)、「研究室の荒波にもまれて(The Thesis Whisperer)」を始めていたら、誰も私のことを知ることはなかったでしょう。

私は自分の仕事をオンラインで共有することで、学術研究界の片隅で読者を獲得し、ある程度の影響力を築いてきました。SNSで10万人のフォロワーを獲得した方法を尋ねられると、2つの答えを紹介してきました。

  • 何か作り上げ、それを共有する
  •  自分の文章よりも別の人の文章を共有する

私は、皆さんが興味を持ちそうなことをここに書いています。また、良いものを見つけ、SNSを通じてそれを皆さんにお知らせできることに誇りを持っています。このようなアプローチにより、私は博士号やアカデミック・ライフに関する情報源として信頼されるようになりました。多くの人がX(旧ツイッター)などで私をフォローしてくれるのは、私の紹介する人やリンク、アプリ、本などに対する私の嗜好を信頼してくれているからです。情報過多の世界では、信頼は影響力になるのです。

私はインフルエンサーを名乗っても許されるでしょう。もちろん、ボトックス注射して外見を繕ったタイプのインフルエンサーという意味ではなく。「ニッチなマイクロ・セレブ」になったことは、残念ながら、巨万の富をもたらしてくれませんでしたが、良い仕事に就いたり、ANUの教授に昇進したりするのには役立ちました。

私はANUで研究者向けにソーシャルメディアの講義をしています。この10年間、オンラインでの存在感を高められるよう研究者をサポートしてきました(このテーマに関する本を共同編集したこともあります)研究者にとってSNSが重要だった理由は、自分の研究についてSNSで語ることで論文の引用などが増えることが証明されていたからです。

しかし、状況は変わりました。今日のアルゴリズム主導のプラットフォームを使って“キャリアを成功に導く”などと研究者に言うのは、ミレニアル世代に“アボカドトーストを食べる量を減らせば家が買える”と言うようなものです。残酷な嘘なのです。なぜなら、今のソーシャルメディアは、自分の研究を共有する上では、クソみたいな手段だからです。

ちょっとしたクソではありません。とてつもなくクソです。

ソーシャルメディアは、コーリー・ドクトロウ(Cory Doctorow)とレベッカ・ギブリン(Rebecca Giblin)が「Enshittification cycle=クソ化のサイクル」と呼ぶものを完全に完成させました。この概念は、彼らの優れた著書『Chokepoint Capitalism』で十分に説明されていますが、その議論の核心は、ドクトロウが『WIRED』誌に寄稿したTikTokに関する優れた記事で以下のように述べています。

「プラットフォームは次のように滅びる。始めはユーザーにとって良いものとして存在する。次に、ビジネス顧客にとってより良いものにするためにユーザーを悪用し、最後的に、ビジネス顧客を悪用し、自分たちのために全ての価値を搾取する。そしてプラットフォームは死んで行く。」

ソーシャルメディアに関しては、研究者はユーザーであると同時にビジネスオーナーでもあります。良い研究をして、それについて人々に伝えていれば多くのフォロワーを構築できるというのは、基本的には、もはや真実ではありません。今日、人は自分の研究についてソーシャルメディア・プラットフォームで好きなだけ語ることができますが、アルゴリズムのせいで、お金を支払わない限り、ほとんど誰もその投稿を目にすることはないのです。

これは事実です。Facebookは8年ほど前から、自分の研究のプロモーション手段としては機能していません。大家であるMeta社にお金を払わない限り、2万7000人以上いるフォロワーのうち300人に投稿を見てもらえればラッキーなのです。個人的には、この課金制の倫理観はうさんくさいと思います。それに、私は大学から広告の予算を貰っていないので現実的ではありません。
ソーシャルメディアの「クソ化」は何年も前から進行してきましたが、Twitterの苦痛を伴うゆっくりとした死によってより顕在化しました。イーロンの就任後、私はツイッターアプリを削除し、分断されたソーシャルメディアの状況を完全に受け入れました。私のスマホには、Instagram、LinkedIn、Facebookに加えて、Mastodon、BlueSky、ThreadsというTwitterに似た3つのプラットフォームがあります。SNSで「自分の研究のプロモーションをする」ことは、今やカット・アンド・ペーストの終わりのないゲームとなっていて、人々と会話する時間は残されていないのです。

ひとたび研究をSNS上に投稿しても、Mastodonは例外かもしれませんが、誰かにその投稿が見られるかは全くわかりません。Mastodonの採用するFediverse(フェディバース)というコンセプトは企業に代わって一般人がプラットフォームを運営するコンセプトで、本当に素晴らしいアイデアです。うまくいってほしいと思います。しかし、あまり知りたくない秘密があるとすれば、それは、人々がアルゴリズムを非常に好むということです。アルゴリズムは、プラットフォームをより楽しくします。しかしそれは、あなたがSNS上でどんな動きをし、何を見るかをコントロールするものでもあるのです。

「アルゴリズムに挑む」方法はあるにはありますが、「それをやって何の意味があるのか」を自問すべきでしょう。多くの人がアルゴリズムを解読するたび、彼らはゴールポストを動かすだけでしょう。

私はソーシャルメディアを教える身にあって、この状況に長い間違和感を抱いてきました。この客観的に見てクソみたいな作業を、私は人々に教え続けるべきなのだろうか、と。
私のソーシャルメディアの師匠であるマーク・キャリガン(Mark Carrigan)博士も私と同じ違和感を抱いていますが、いつもながら、私より雄弁にそれを表現しています。大学が研究のインパクトを生み出す方法としてソーシャルメディアの活用を奨励していることに対しては、特に雄弁です。

「このような奨励の内容は、”自分の研究を世界に発信する”、”研究を宣伝する”、”インパクトを高める “といった文句を繰り返す傾向があり、年を追うごとに誤解を招きやすくなっている。これらの野望は決して不可能なことではないが、持続可能な方法でそれを達成することはより厳しくなっており、大学内でまだ十分に対処されていないより大きなリスクも伴う。専門職におけるソーシャルメディア利用は、リスクに対するリターンがすでに下回るターニングポイントを迎え、多くの研究者にとって、SNSの活用は、もはや正当化できない。」

(ちなみに、マークの著書『Social Media for Academics』をまだ読んでいない人は、ぜひ読んでみてください。)

マークの投稿のおかげで、私はソーシャル・メディア・コースをひとまず脇に置いて、今後どうするのがベストなのかを考えるべきだと確信しました。しかし、この記事を書いている間にも、マークの見解の真理によって、私は再び打ちのめされました。書き出した当初、この投稿は、複数のプラットフォーム連携の未来について考察することが目的でした。しかし、この投稿を下書きしてから公開するまでの間に、MetaがThreads(スレッズ)をリリースしたため、すべて書き直さなければなくなりました。Threadsの異常な成長は私の考えを変えました。Threadsが嫌いだからではありません。はっきり言いましょう。

私がソーシャルメディアに対してもはや楽観的でないのは、Threadsが死ぬほど好きだからです。
使い始めてまだ3日目ですが、Threadsは私を含む旧Twitterユーザーが切望していた脳内麻薬をもたらすようです。中毒性があり、とにかく楽しいのです。使用する時間を管理するのに苦労するほどです。私の中の教師の部分は、すぐに『これは次なる大発明かも。研究者にとってのTwitter代替アプリだ』などと考え、授業を作り始めたほどです。

…しかし、ふと踏みとどまって、自問しました。

もちろん、Threadsをエンゲージメントのために最適化する方法を教えることはできます(たぶん)。しかし、「インパクトを生み出すために誰もが利用すべき」次のプラットフォームはいつ生まれるのでしょうか?いくつプラットフォームをかけ持ちしていたらやり過ぎなのでしょう。多くの異なるプラットフォームに「コンテンツ」を提供し、その場に張り付いて人々と会話をするという未来は、私を含め、ほとんどの現役の研究者にとって持続可能なものではありません。

映画『ウォー・ゲーム』のコンピューター「ジョシュア」の不朽の名言があります。「勝つための唯一の手はプレイしないことです」。

では、学術の世界に身を置く人々や大学、特に研究者を支援する私のような部署では、ソーシャルメディアについてどうすべきなのでしょうか?
以下は、研究者や博士課程の学生に対する私のアドバイスです。

  • SNSは、今やコミュニケーションツールとしては事実上役に立ちません。ブランドの認知度を高めるにはいいかもしれませんが、私が働いているような学校や部署は、それに時間を無駄に費やすべきではありません。それに、博士課程でもZ世代を見かけるようになった今、『Facebookでお問い合わせください!』なんて言うと、若者には確実にひかれてしまいます。彼らのDiscordサーバーにアクセス許可を得られるよう、せいぜい頑張ってください(彼らがリアルタイムであなたの指導について愚痴っている場所ですので、念のためお伝えします)。ANUの学生でこれを読んでいる人のために言っておくと、@ANUresearcherは現在理事の所管で、用事があればメールで連絡します。
  • 指導にソーシャルメディアを取り入れる前に、よく考えましょう。私の甥は最近、授業に参加するためにツイッター(現X)への登録を強いられました。これは弁解の余地がない、やり方です。Twitterは、安全でない、ネオナチのトロールが徘徊する、トランスフォビアな地獄絵図であるということを、教師は知るべきです。Threadsの@knitrospectiveが指摘しているように、少なくとも今は、X(旧Twitter)に参加させることは倫理に反するし、安全でもないのです。
  • SNSに参加すべきかは、何を着るべきかと聞いてくる女性にするのと同じアドバイスを、研究者にもしています。好きなようにすればいい。研究を共有してもいい、しなくてもいいのです。共有したとしても、クリック数や閲覧数を気にする必要はありません。料金を支払うという選択肢もあると思いますが、個人的には払いたくありません。
  • SNSは、単なる社交ツール。ただ楽しんで、人々とおしゃべりするのはいいでしょう。控えめな「アカデミックネットワークづくり」(あるいは「オタク友達作り」と呼ぶべきか)はいいことです。@academicbatgirlは、Threadで私に次のように言っていました。「(私は)チームを見つけたり、実践したことを共有したり、笑ったり、嘆いたり、もっと笑ったり、協力したい人を見つけたりするために使っている」。名言です。
  • プラットフォームは共有目的に使うのであって、執筆目的に使うのはNG。ブログの代わりにTwitterのスレッドを書くことで読者を増やした人は皆、後悔しているでしょう。Tik Tokerは、今のところそうでないとしても、すぐに同じことを感じるえしょう。自分の「コンテンツ」は、常に自分で所有すること。少なくとも、人々が自分の発信を簡単に見つけることができるシンプルなウェブサイト・レポジトリを持つことです。あえて言えば、ブログの流行が復活して、私がまたファッショナブルになるかもしれません。
  • もし「リーチを増やす」ために時間をかけて何か構築するなら、メーリングリストがおすすめ。洗練されたやり方はいくらでもありますが、単にGoogleのフォームを作成するだけでもこれは可能です。Eメールは、コストがかからず、アルゴリズムからも自由です。私は、博士課程における神経多様性についての私の研究に興味を持つ人たちのためにメーリングリストを始めたばかりです。このメーリングリストを使って、研究のアイデアを試したり、進行中の研究についてフィードバックをもらったりするつもりです。Threadsなどで風に向かって叫ぶよりずっと効果的です。
  • 自分のペースを守る。自分が人目に付くために費やしたいエネルギーの量に応じて、いつ、どこで会話をするかを考えましょう。常にすべてのチャンネルで自分をオープンにする必要はありません。時にはログオフして、自分の研究に集中したほうがいいこともあります。

これは暴言になってしまいますが、謙虚になる前に、最後に大学の管理職や意思決定者に向けて一言。

研究のインパクトやエンゲージメントを生み出す方法として、学術関係者にソーシャルメディアの利用を勧めるのはやめていただきたい。

TwitterやFacebookの数字は、あなたが考えているような指標にはなりません。「いいね」やフォロワー数は、「クソ化」のせいで、事実上価値を失っています。そして、Discordのような半閉鎖的なシステム(コミュニケーションや教育チャンネルとして非常に効果的である)で起こるエンゲージメントは、測定することさえできないのです。
私たちは、研究者(個人とグループの両方)のソーシャルメディアへのエンゲージメントの機会コストについて、明確に見定めなければなりません。人々の時間を浪費するのをやめ、「インパクト向上計画」を促進する他の方法を見つけるべきです。そして研究者には研究を続けてもらうのです。それが彼らにとってどのような意味を持つにせよ。

インガーより

追記:PhDの神経多様性のメーリングリストについての私の呼びかけに応えてくれた皆さんに感謝します。皆さん本当に素晴らしいです。もしあなたがこの研究に興味があり、将来的にこの研究に関わる可能性があるのであれば、こちらからご登録ください。

 

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