PhDにチャレンジする人へのメッセージ

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)准教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。従来は既にPhD過程に入っている人向けの内容ですが、今回は、PhDに進もうとしている人からミューバーン准教授に寄せられたメールを題材にしたお話です。


長年ブログを書いてきたのに、とても基本的なこと、PhD過程に進学する方法のことすら取り上げていなかったことに気付いて驚いています。きっかけは、まさにANUの入学希望者向けのオープンキャンパスで話すことを準備していたところに届いた1通のメッセージ。

PhD過程に進むのがスムーズにいくこともあれば、非常に複雑になってしまうこともあります。新たにPhDに進もうとしている人は、既にPhDに進んでいる人たちの経験から多くを学ぶことができると思います。私が受け取ったメッセージを紹介します。

ミューバーン先生

 長年、先生のブログを読んでいますが、初めてメッセージを送ります。私は36歳ですが、まさにオーストラリア大学のPhDへの願書提出のための諸手続を終えようとしているところです。申請してみて、プロセスが非常に複雑なことに驚きました。まるで試験かと思ったほどです。私はまだ大学院に入学してもいませんが、先生のサイトには非常に役立つ情報が満載なのを知っているので、出願手続や研究提案書についてもブログに書いてくれるかもしれないと思った次第です。

まず、申請書は仕事に就くことなく大学から直接大学院に進む学生向けに作成されているため、私のようにGPA(大学の成績評価)を気にすることなく何年も前に学部を卒業した者にとっては記入しづらいものになっています。学術とは関係ない職に就いている場合、多くの人は大学の図書館資料にアクセスすることはできませんし、将来指導してくれる教員が素晴らしい人だとしても、すべての事前準備をお願いするわけにはいきません。

大学側が、研究計画書がどのように書かれていることを期待しているのか、どれほどの完成度を求めているのか、応募者の選考を行う際や応募者を比較する際どれほど研究提案書を重視するのかなどに関する助言はあまり得られません。例えば、入学してからでなければ文献調査ができないのは分かっていても、文献調査を行いながら研究計画書を書くことができれば、内容を深めることができるのにと思う次第です。

 将来のPhD学生より

ここからは、私の返信です。

将来のPhD学生さんへ

同じような悩みを持つ人はたくさんいると思うので、あなたの経験をここで紹介させてもらいます。学部から修士号を取得あるいは優等学位で卒業して早々に大学院に上がる学生は、スムーズにPhD過程に進むことができるでしょう。しかし、応募者の年齢が上がるにつれ、プロセスは難しくなるようです。オーストラリアでPhDを取得する平均年齢は32歳であることを踏まえれば、大学はこれを考慮するだろうと考えてしまいますが、残念ながら実際にはあまり考慮しません。

私は何人かの友人や親類が研究者としての学位を取得するのを助けたことがありますが、毎回、プロセスは複雑な上に時間を要し、困惑させられるものでした。まるで、ヒマラヤ登山に山岳ガイドが必要なように、多くの人は学術ガイドを必要としているのではないでしょうか。私は毎年のANUのオープンキャンパスの日に、入学希望者向けのプレゼンテーションにアドバイスを盛り込むことにしています。とは言っても、このプレゼンはANUの学生のためだけではなく、オーストラリアの大学への入学を希望するすべての人に向けたものです。世界中の他の国でも、過程の長さに多少の差はあるでしょうけれど、関連することがあるかもしれません。

指導教員(スーパーバイザー)を理解する

行間から察するに、既に指導教員を念頭に置いているようですが、それはいいことです。指導教員は最初の、しかも最も重要なパズルのピースです。あなたの研究プロジェクトに興味を持って、必要なサポートを提供してくれる意欲のある指導教員を見つけることが重要であり、これがなかなか難しいことなのです。

私のようにあまり「指導」されることを望まないタイプもいますが、そのような人は、自分で何がしたいか、それを達成するために必要なスキルは何かについて明確な考えを持っています。このような人たちにとって、指導教員は応援団です。応援の上手な(例えばポンポンを振って励ましてくれるような)、あなたのやり方を見守ってくれるような人を探すとよいでしょう。私は、教育研究者として過ごしてきた10年間に見てきたことから、経験豊かで成功した研究者は独立心旺盛な学生の指導に向いていると思っています。関わる時間が少なくても、貴重なネットワークや資料を共有することができるのです。

一方、支援の手を差し伸べてくれる指導教員を必要とする人もいます。このタイプの学生は、指導教員と多くの時間を共にすることを必要としています。例えるなら、自分が運転する車に指導教員に乗ってもらう際、後部座席ではなく助手席に乗っていてほしいと思うタイプです。私の経験から言えば、研究者としてのキャリアが浅い人はこの役割をこなすことに向いている人が多いようです。キャリア初期の研究者は新しいアイデアに触れ、関係を築き、自分達のキャリアを積む事に熱心な傾向が見られます(よい研究者はキャリア初期から学生たちが専門的なネットワークを広げるのに優れた手段のひとつであると認識しているのです)。ただ覚えておかなければならないのは、キャリア初期の研究者は重い授業負担(責任授業時間数)を抱えているかもしれないということです。逆にキャリア中期や後期の研究者が担わなければならない面倒な管理責任は軽いかもしれません。

もちろん、一番よいのは、別のタイプの指導教員に付いてもらい、若手と経験者の両方から良い部分を吸収することです。

文献調査に地域の公共図書館を活用する

文献調査や検索を行う際、購読料を支払わなければ読めない論文や学術雑誌(ジャーナル)にアクセスしようとするとイライラが募りますが、閲覧する手段がないわけではありません。

Googleが提供する学術検索サイトGoogle Scholar(グーグル・スカラー)を使えば自宅にいても文献の検索ができます。すべてを見ることはできませんが、あなたの目的には十分でしょう。Google Scholarで数時間検索して、さらに調べたい論文をリストしておきます(検索した詳細すべてを書き留めておくことは大変な作業で、しかも重要なコンマや日付の写しミスを起こしかねないのでEvernoteのような電子記録に保存しておくのが便利です)。

次は図書館に向かいます(実際に図書館に出向かなければならないのは残念ですが)。すべての大学図書館には公共アクセス用の端末があり、その大学図書館が所有しているコレクションに左右されますが、コレクションの中から学術論文を検索してダウンロードすることが可能です。面白いと思った情報の末尾についている「cited by(引用)」(下図中の青いマーカー部分)を見落とさずにクリックしてみてください。

引用検索は、文献検索の中でも最も強力な手段です。検索結果について詳細を知りたい時には、これを見逃さないようにしましょう。図書館には有用な情報を持っている司書がいるので、専門的なデータベースを深堀するのを助けてもらうことも可能です。今のところ私は司書が助けてくれる前に学生証の提示を求められたことはありませんが、もし提示を求められた場合にはあなたがその大学のPhD過程への志願者であることを説明してみてください。きっと助けてくれると思います。素晴らしい司書と過ごす時間は30分であってもとても有意義な時間になるはずです。

必要な論文をダウンロードしたら家に持ち帰ります。そして、それらの論文を保存するために文献管理ソフト(Reference manager)をダウンロードすることをお勧めします。どんなタイプの文献管理ソフトを使ったら良いかは、私の以前のブログ「Endnote vs… well, everything else」などを参照にしながら検討してみてください。

研究提案書の役割、書式、目的

研究提案書で求められていることを理解する最良の方法は、他の提案書を見てみることです。しかし、残念ながら研究提案書は一般的に公開されていないことから簡単に見ることはできません。そこで私がメルボルン大学のPhDプログラムに入学するために提出した研究提案書をここで公開します。

この研究提案書については以下の点を断っておきます。

  • 読み直してみて、10年前によくメルボルン大学が私の入学を許可してくれたと驚いたこと。
  • 自分が提案した題材のことをすっかり忘れていたこと。私は教室でのハンド・ジェスチャーについての研究でPhDを取っており、ここに書かれているのとは別の題材です。

つまり、この研究提案書を公開してまで言いたいことは2つ。実際に選考プロセスで研究提案書はそれほど重要視されていないかもしれないし、そこで研究テーマを確定させる必要はないかもしれないということです。もちろん、すべての分野、特に特定の問題に対して資金を提供する傾向が強い科学分野に当てはまるとは言えません。それでも、すべての基本的な条件に対応しようとする応募者の努力は報われるだろうと言いたいのです(学部によって非常に違いがある可能性は捨てきれないので確実とは言えませんけど)。

本音を言えば、選考プロセスは研究提案書よりも数字に左右される可能性の方がはるかに高いようです。なので、数字を提示できない場合は問題です。

数字、例えば1つの学術論文であっても出版された記録を持っているならば、それはあなたの強みとなります。出版記録は、おそらく多くの研究プログラムで奨学金を獲得する上で5%程度有利に働くでしょう (奨学金獲得のことはまた別の時に話します)。あなたが何ができるかを保障できる学術関係者からの推薦は、それが的確な人からの推薦であれば、力強い後押しとなります (私は、信じられないことですが上級学位の学部長の推薦を持っていました!)。

私のような一部の人は、良い数字を持っていませんが、候補者としては問題ありません。また、あなたは「模範的な学生」ではなかった時期があってGPA(大学の成績)はあまりよくなかったかもしれません。あるいは、せっかく取得した単位の中には今や無くなってしまい、取得しておくべき学位と同等と見なされないものがあるかもしれません。もちろん、この問題への対処法はいくつかありますが、難しい場合もあり、何かしら大学内部からの手助けが必要になることもあるでしょう。指導教員に状況を説明する手紙を書いてもらうことで対処できるか、博士号過程に移行できる下位の課程の「単位」を取り直すことができる場合もあると思います。

オーストラリアでも、すべての修士学位が同じだと考えられているわけではないので注意してください。自分の選択が、構成要素として実質的なものかを確認してください。私のGPAはとても優秀だったにもかかわらず、学部生のときの成績全体は悲惨なものだったので(20代前半はビールと男の子に夢中だったもので)、博士過程に進むにあたりMPhil(Master of Philosophy)を取るはめになりました。結局、私は修士課程を終えてから他の大学のPhDに応募する道を選びました。博士課程への道のりはとても長くなることもあるのです!あなたが幸運な道を歩めるように祈っています。

ということで、この投稿を読まれた方からも意見を聞けると嬉しいです。あなたは、PhDの過程でどんなことを学びました?将来の学生の助けとなるなにかあれば共有してください。他の国の話も大歓迎。このブログの将来の読者は、いろいろな答えを探しています。PhDを取得するまでに何を学びましたか?あなたの道は比較的スムーズでしたか?それとも、紆余曲折?ご意見お待ちしています。

原文を読む:https://thesiswhisperer.com/2016/08/24/how-to-get-into-a-phd-program-2/

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