PhD(博士課程)学生がみんな疲れている原因は?

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回は、博士学生の間で蔓延している疲弊感と、教授自身が疲れにどのように向き合っているかの対処法をご紹介します。


この記事では、うつ病や不安感についてお話します。もし今日のあなたのためにならなさそうなら、遠慮せずにページを離れてくださいね、別の記事でお会いしましょう。

今から言うことを、特権的な白人女性っぽくなく伝えるにはどうしたらいいか、ずっと考えていたのですが、無理なので、そのまま言います。

私、すごく疲れてます。

しょっちゅう睡眠不足であることも事実ですが、肉体的にだけでなく、心の奥底にある疲れのことです。仕事帰りに、夜、外出したり、何かをしたりするのをためらうような疲れです。

具体的には、こんな疲弊感です。

創造性を妨げるような疲れで、文章を書いたり、新しいプロジェクトを立ち上げたりするのが難しくなるのです。私はまだ物事に喜びを感じるし、よく笑いますが、ただ……疲労感がぬぐえません。もっと眠れば治るだろうと、たまに午後6時に寝ますが、効果はないようです。

この疲れ方は変だな、うつの疲労感とも違うような気がするけど…と思いつつ、念のため主治医を訪ねました。意外なことに、診察の結果、私の精神状態はここ数年で一番良いそうです。主治医は、抗不安薬の減薬プロセスまで説明してくれたので、試してみることにしました。減薬の結果、疲れは残りましたが、不安は戻らず、問題なく薬をやめることができました。(抗不安薬をやめることが目標だったということではありません。薬を飲むことを恥ずかしいとも一切感じていません。ずっと薬を飲み続けていても幸せでしたし、必要ならすぐにでも薬を再開します)。

この疲れは、うつの疲労感とは違う感覚です。疲れが伝染するような感じとでも言いましょうか。周りのみんなもとても疲れているように見えるのです。私が最初にこの疲れに気づいたのは、博士課程の学生たちの間ででした。学生たちはパンデミックの間、私たちの開催するオンラインワークショップをライフラインのように捉え、2020年には参加者が400%に増加しました。2021年には通常通りに戻り、その後、みんなパタリと姿を見せなくなりました。

イベントには、常に申し込み人数と参加人数の間に差があります。申し込みシートで「参加する」をクリックする人と実際にワークショップに参加した人の差を「コンバージョン率」と呼びます。イベント主催者としては、コンバージョン率が50%あれば上出来です。私たちのコンバージョン率は、パンデミック初期には70%まで上昇しましたが、2021年には50%に戻りました。ここまでは想定通りです。しかし、今年はさらに下がり、30%、時にはそれ以下になることもありました。

心配になった私は、オーストラリア国内外の他の研究支援団体と連絡を取り合いました。すると、どこも同じような状態でした。博士課程の学生が、勉強会に参加しなくなったというのです。私たちは、博士課程の学生が姿を見せなくなった現象について、次のような仮説を立てました。ロックダウン疲れ、やる気の低下、社会との断絶、希望の見えなさ…。パンデミック前も学術研究界の就職市場は厳しかったですが、その向こうに現れた市場はさらに悪いようです。不確実で、低賃金で、不安定です。

このような現実を考えると、アカデミックな職種で成功するための専門的な能力を身に着けたとしても無意味だ、と思えるかもしれませんね。たとえ参加することに価値を見いだしたとしても(そうであってほしいと願います)、時間を見つけることはおそらく難しいでしょう。みんなあまり話したがらないですが、博士課程の学生にとって金欠は常に深刻な問題です。コロナ禍はその状況をさらに悪化させました。博士号取得のための奨学金は、今までも貧困ラインギリギリを行ったり来たりしてきましたが、今年の初めにはインフレで大打撃を受けました。学生は生活費を稼ぐために、もっともっと働かなければならなくなったのです。

それに加えて、現在進行形のパンデミックも、不穏な雲行きを見せています。

コンバージョン率の一件を考えれば考えるほど、自分の中の疲れが沸き出てきます。博士学生たちが、私と同じように疲れを感じているのなら、コンバージョン率が低迷しているのも無理はないです。私の疲れの原因は全てにあるようで、これといった原因は何もない。でも、疲れは紛れもなく存在しています。

私は、Twitterで自分の思いを確かめることにしました。自分の疲れのことを書き、リプライやDMで反応を求めました。ここでは紹介しきれないほど、たくさんの返信をいただきました。どの返信も、私の気持ちを肯定しつつ、そのことについて公に話すことへの不思議な抵抗感を示唆していました。多くの人が内々に返信してくれましたが、解雇や退職勧告を恐れて、疲れを認めることに不安を覚えると言います。博士課程の学生たちは、疲れが研究にどう影響しているかを指導教員に言いたがらず、ただ罪悪感を抱えていました。

もしかしたら、社会構造的な問題を自分のせいにしているだけなのではないかと私は疑い始めました。私たち人間は群れをなす生き物で、感情は伝染します。この疲れは、群集心理に端を発した感情かもしれません。構造的な原因は、探し始めるときりがないほどたくさん見つかります。

まず、最も明白なのは、ロックダウンの影響が残っていることです。数年間、二次元的な接触しかしてこなかったので、再び人と接することが難しくなるという「再開」トラウマについては多く書かれてきました。私たちの職場も確かに変わりました。私がかつて学問の世界で一番楽しみにしていたことの1つは、会合、シンポジウム、ワークショップなど、同じ志を持つオタクたちと仲間になるという社交的な側面でした。このような機会は、未だほとんど復活していません。残っているのは、委員会活動という退屈で事務的な社交の場だけです。このようなお付き合いが活力にならないことは、言うまでもありません。

考えてみれば、私たちの環境全体が変わってしまったのです。#WFH(ワーク・フロム・ホームの略)だけでなく、私たちの社交の場は依然として大部分がオンラインであり、こうした空間のほとんどは健康的ではありません。「Doomscrolling(嫌なニュースをスクロールして読み続ける)」という動詞は2020年代を象徴する言葉です。ソーシャルメディアは、ティム・ミラー(Tim Miller)が言うところの「Outrage juice(怒りのジュース)」を提供し、読みたくないのにスクロールさせるのにちょうどいい量の苛立ちを発信するようにデザインされています。ソーシャルメディアは世界を見る窓であり、外に広がる景色は素晴らしいとは言えないのが現状です。

自分の存在価値を疑うというのはしんどいものですが、十分すぎるほど自分を責めたくなる要素が世の中に転がっています。気候変動は明らかに加速しており、昨今の不安と相まって、世界各地の人が脅威に煽られています。パンデミックの初期、私たちは「前の時代は…」などと言って、自分たちがディストピア小説の中にいるかのように冗談めかして言っていたものです。しかし、皮肉にも今、まさに私たちはディストピア小説を生きています。「前の時代は…」という決まり文句を使って、今のアメリカの政治状況や、カンタス航空の手荷物サービスの酷さを日々憂いているのです。

そして、私は大学教授であることに、自分だけ生き残ってしまった生存者の罪悪感に似た感情を抱いています。自分の仕事について文句を言いたいわけではありませんが(腹が立つことがあっても大好きです)、仕事の仕組みがひどくおかしなことになっていることは間違いありません。団塊の世代がようやく引退し、私たちX世代やミレニアル世代の多くは、この不安定な雇用市場を直に体験しています。誰も教えてくれないことですが、「ギグ・エコノミー※」で稼いできた人は、不安定な感覚が一生消えないのです。私が必死で働いている理由のひとつは(精神衛生上の問題も少なからずありますが)、これ(本に囲まれたオフィスをぐるりと指さすジェスチャー)すべてが一瞬にして消えてしまうかもしれないという感覚が原因です。(※インターネットを通じた単発の仕事でお金を稼ぐ働き方やそのような仕事で回る経済)

どんな種類の罪悪感でも疲れるものですが、最近、3MT(訳者注:3 Minute Thesisという85ヶ国600校以上が参加する3分間の研究プレゼン大会)に参加したヴィクトリア・トーマス(Victoria Thomas)から学んだ「Moral Injury(道徳的傷害)」も疲れの一因かもしれません。

道徳的傷害とは、自分の価値観に反することを、まるでその悪事を気にも留めないような組織の一員として行うことで、精神衛生に影響を受けることです。自分の道徳観念に反することで受けた傷は、戦場でひどい経験をした兵士たちの症状によって認知され始めました。ヴィクトリアは、道徳的傷害の定義を兵士だけでなく、最前線の医療従事者や警察にまで広げた診断ツールの開発に取り組んでいます。この人たちは、パンデミック中、職場で無茶な決断を迫られ、時には誰が生き、誰が死ぬかについて判断を下さざるを得なかったのです。

ちょっと拡大解釈かもしれませんが、個人的には、新自由主義が私たちに押し付ける偽りの欠乏感のために、大学でも毎日、ある種の道徳的傷害が発生しているように思えるのです。大学の理事会を責めるつもりはありません。彼ら自身、私たち以上に道徳的傷害にさらされています。私が非難しているのは、適切に資金を提供せず、環境をより悪化させるような仕組みを作っている政府です。そういう意味でも新政権を注意深く見守っています。変化の兆しはありますが、大きくはありません。新政府の指導者たちにとって、大学の優先順位はまだまだ低く、がっかりさせられます。

要約すると、私のお気に入りのポッドキャスト、メンテナンス・フェーズ(Maintenance Phase)で言っていた通り、「私たちは、クソ酷いことに加担させられる世界に生きている…だからみんなクソみたいな不安な気分になってる」。

ですよね。

結論としては、あらゆることが私たちを疲れさせていて、それは簡単には解消されないということです。この疲労の集合体の解決には、あらゆる対策が必要で、それを講じること自体、疲れる感じがします。しかし、みなさんがThesiswhispererに来てくれたのはネガティブな感情に浸るためではないでしょう。何かポジティブな言葉で締めくくりたいのですが、正直言って難しいです。ただ、一時的にでも疲れを癒すものを見つけることをお勧めします。私の場合は、以下のようなものです。

疲れから主導権を奪還する

医療的な処置や睡眠の改善が必要な時もありますが、私のように心の疲れを感じているのなら、それは症状というより、感情だと認識したほうがいい場合もあります。そのような疲れに全身が覆われてしまったとしても、それを自分に付きまとうものにしなくていいのです。私にとっては、この記事について考え、書くことが本当に助けになりました。この記事を書くために、疲れの波を乗り越えなければなりませんでしたが、意識的に疲れに「fuck off(失せろ)」と言い聞かせ、少なくとも少しの間は効果がありました。

クリエイティブなものに触れる

創造的な作業は、簡単ですが私たちの栄養となり支えになります。私は書くことについて考えることさえしんどい感じるとき、きちんと書き終えたり、うまく書いたりするプレッシャーから自分自身を解放するようにしています。ただ、書くという行為のためだけにやってみるのです。そうすると、いつも自分でも驚くような結果が得られます(この記事も、もう少しで書き上げることができるなんて!)。もうひとつの方法は、共同作業を探すことです。私は、他の人と一緒にポッドキャストや本を作るのが大好きです。彼らのエネルギーが私を元気づけてくれます。

SNSから距離を置いてみる

ソーシャルメディアで名を得た人間が言うのも皮肉ですが、SNSに時間を費やすと本当に疲れます。大手ハイテク企業が、故意に中毒性のあるアプリを開発していることはよく知られています。今では、自分を良心的なフェイスブック拒否者だと考えています…まだアカウントはありますが、見に行きません。自ら怒りの火に薪をくべることはありません。

行動を起こす

気候変動に対してポジティブな行動を起こすことで、気候変動へ罪責の念を和らげることができると気がつきました。私はオーストラリア緑の党の活動に参加し、戸別訪問や運営ボランティアをしています。他にも、植樹をしたり、シェルターでボランティアをしたりする人もいます。ポジティブな目的意識をもった人たちと一緒にいると、精神的な疲れではなく、気持ちのいい肉体の疲れを感じながら帰宅することができます。

学生連合への参加

私の働くオーストラリア国立大学の所属する組合NTEUについて、正直なところ、複雑な思いです。2020年に組合が提唱した「national job protection framework(訳者注:「全国雇用保護の枠組み」と銘打たれた各組合員に一時的な給与の凍結や給与の削減を求める制度)に嫌気がさして組合を辞めましたが、息子の言葉を借りるなら、この制度は「borked(やらかしてる)」と思っています。でも、辞めたからといって、気分が良くなるわけではありません。そこで私は再入会し、企業交渉に参加することを志願しました。この働きに捧げる時間はそれほど多くはないのですが、道徳的傷害は少し避けられているかもしれません。

みなさんの疲れ対策も、ぜひ聞きたいです。私が一番よく利用しているSNSはTwitter(@thesiswhisperer)です。

インガーより

原文を読む:https://thesiswhisperer.com/2022/09/07/why-are-we-all-so-tired/

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