出版物による博士号 取得のメリット

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回のテーマは、ジャーナルに投稿した論文を博士過程の学位論文の一部として使用するスタイルの博士号取得についてです。


この数十年の間に、さまざまな形の博士号取得の方法が試されてきました。特に理系では、出版物を博士論文の一部とする形の博士号取得が人気となっていますが、学位を授与する審査官は、そのスタイルをどのように見ているのでしょうか?学術界は非常に保守的で、このような審査方法で博士課程を経た学生の中には審査で困難にぶつかった人もいます。

本稿では、クリス・キーワース(Chris Keyworth)博士が自身の審査経験を語ってくれました。クリスは、英国マンチェスター大学のマンチェスター健康心理学センターに所属するポスドク研究員です。(訳者注:彼の主な関心は、健康意識についての研究と、医療制度の改善方法を模索することです。研究範囲は、肥満予防に焦点を当てた2つの領域、すなわち、患者や一般市民の適切なライフスタイルへの意識の向上による行動変化を通じた肥満予防、および肥満予防における医療従事者の役割についてです。 クリスのResearchGateプロフィールはこちらです。また、メールやTwitter(@DrChrisKeyworth)から連絡することも可能です。

クリスは英国出身なので、この記事は彼の「Viva」(口頭試験)での審査官との問答について書かれていますが、オーストラリアで好まれているブラインド査読を含め、他のタイプの審査にも通じるものがあると思います。クリスの審査官が呈した質問は非常に有益で、出版物による博士論文を書く際に役立つ情報ですので、共有してくれたクリスに感謝したいと思います。

以下、クリスの文章です。

論文博士号(またはペーパーに基づく博士論文)は、現代の博士課程の学生にとって、ますますトレンドとなっています。この博士号取得の方法では、学生は査読付き出版物の執筆と並行して博士論文を執筆し、卒業後にも不可欠な研究スキルを磨くことができます。優れた「ハウツー」記事はたくさんありますが、審査官は出版物による博士号取得についてどのように考えているのでしょうか?

本稿では、私自身の口頭試問の経験から得た、論文執筆と口頭試問の準備に役立つヒントをお伝えします。

はじめに

まず、準備しておくことは、なぜ出版物による博士号取得という形式を選んだかだけでなく、この形式が新進研究者としての成長にどのように役立ったかについて説明する準備をしておきましょう(編集者注:Vivaなしで論文提出のみの審査の場合、この情報は序文に含めるとよいでしょう)。

この出版物を含んだ形の論文には多くの利点があり、私の口頭試問では、投稿論文を書いた経験が研究スキル向上に役立ったことについて、深く掘り下げてディスカッションしました。これは、学位論文を書くと同時に投稿論文を効率的に書けるだけでなく、キャリアの浅い研究者にとっては重要なスキルであるライティング能力を、博士課程を通じて磨くことができる方法です。研究者としてのスキルを高め、博士号取得後の研究発表内容の重複を避けることもできます。

サインポスティング(Signposting)

私ができる最も重要なアドバイスのひとつは、サインポスティング(読み手がどこを読んでいるかの道しるべとなるもの)を用意しておくことです。私の審査官たちは、論文を読み進めやすくした工夫に感心してくれました。私が取り入れた方法は、各章の前後に短いメモを挿入するという工夫でした。これはとても簡単なことですが、審査官に論文を理解してもらうのにとても効果的な方法です。私の審査官たちは、論文の各章の概要を示す分かりやすい図など、視覚的な情報を添えたことを評価してくれました。

出版戦略

審査官が特に関心を持ってくれたのは、私の志望するキャリアの方向性にもとづく出版戦略についてでした。私の論文は複数の分野にまたがっていたため、投稿した雑誌を選んだ理由について尋ねられました。私には、より多様な読者層に届くよう、広く読まれる雑誌から出版したいという意図がありました。自分の研究が応用的なものである場合(私も皮膚科で応用研究を行う心理学者でした)、自分が予定している投稿先から出版することの利点を説明する必要があります。また、研究分野内外の人に自分の研究を説明した際に直面した課題について話す準備もしておきましょう。

私は多くの学会に出席し、研究発表してきました。それらの学会での経験や、学際的な学会に出席して得たものについても、審査官たちから熱心に質問されました。

それに対して私は、異なる学問分野間のつながりを深めることが、まさに出版戦略にも反映されていることを説明しました。自分の専門分野の心理学の雑誌ではないジャーナルに出版した目的は、自分の研究が健康心理学や認知心理学、さらには皮膚科学、プライマリーケア、医療サービスの研究に応用でき、そうした分野においても有意義であるということを示すことでした。私は、それぞれの研究の新規性と、それがなぜ投稿先ジャーナルに適した内容であるかを話しました(編集者注:これは出版物による博士号取得でクリストファーが得た学術出版に関するスキルを示する絶好の問答です)。

研究の独自性

「透明性」という言葉は、研究に関する話題で使い古された感さえあります。自分の研究の独自性は何であるかを明確にし、各研究に関わる手順を詳細に説明できるように準備しておきましょう。

ジャーナルによっては、それぞれの著者の具体的な貢献を示すよう求める雑誌が増えてきていますが、すべてのジャーナルの必須要件というわけではありません。それぞれの研究をどのように構想したのか(なぜこの研究が必要だったのか)、どのような方法を用いたのかについて説明する準備が必要です。私の場合、共著者の貢献について、例えば質的研究の第2、第3のコーダーや、システマティックレビューのデータ抽出者について概説するよう求められました。

論文の冒頭や各記事に、ご自分と指導教員の具体的な役割と責任を概説するセクションを追加することをお勧めします。余談ですが、出版された論文や報道された論文の使用許可を取得することを忘れないでください。ジャーナルに未投稿の論文の共著者からも、同様に使用許可を書面で取得する必要があります。

また、論文が出版されたからといって、フィードバックを免れるわけではありません。むしろ、その逆です。口頭試問の準備に際して、博士論文の一部として発表したそれぞれの投稿論文について考えるとき、非常に役立つヒントは、査読者のコメントです。どのような点が指摘され、それに対してどのように対処したかを思い出してください。この方法は、口頭試問で確かに役に立ちました。

それぞれの投稿の関連性

私の審査官は、論文の中の各研究がどのように関連し合っているかについて質問してきました。博士課程研究の書き方や進め方はさまざまですが(方法論についての議論はまた別の機会に)、研究を1つずつ進める場合もあれば、並行して複数の研究を進める場合もあるでしょう。投稿論文に基づく博士論文は、単に雑誌の記事を切り貼りして1つの論文にするものではありません。一つの記事が論文の中の一つの章を構成することはありますが、一貫した流れを構成するために、論文に注意深く織り込まなければなりません。

審査員は、あなたの博士論文が一貫した研究成果であることを証明することを求めます。各論文はそれぞれ新規性に優れ、独立した研究成果でなければなりませんが、博士号取得を目的とした包括的な研究課題に対する答えに結びつくことを示す必要があります。私の審査員は、それぞれの研究が互いにどのように関連しているかを視覚的に表現していることを評価してくれました。シンプルな図表を加えただけですが、論文の構造を視覚化するのにとても効果的な方法です。登場人物の相関図をイメージしてください。私の博士課程は順を追って行われたので(研究は一つずつ行われました)、その結果、それぞれの研究が前後の研究とどのように関連しているかを審査官と議論しました。

ディスカッションの重要性

審査官は、研究がいかに首尾一貫したものであるか、特に「実世界」においてあなたの研究がどのような意義を持つかを知りたがいます。私の口頭試問では、考察の章について、特に詳細にわたって話しました。具体的には、政策立案者や資金提供者といった人々が自分の研究結果に興味を持つであろう理由などについてです。

Vivaは、筆記と口頭の2つのパートからなるプロセスです。よくできた論文は、情熱と熱意をもって語れば、よりよいものに映ります。審査官が何を求めているかを事前に考えておくことが、勝敗のカギをです。

それにより、口頭試問当日に、自分が思っていた以上に自分の論文のことを理解していることに気づくと思います。

幸運を祈ります!

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