研究者向け・生産性を高める時間の使い方

オーストラリア国立大学のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)准教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回は生産性の高い研究生活を送るために日々どう時間を使うべきか、ミューバーン准教授が伝授します。


今年もすっきりしない年明けとなりました。

この原稿を書いている1月中旬、ここオーストラリアでは新型コロナの変異株オミクロンが猛威を振るっています。エッセンシャルワーカーたちが罹患したり、隔離されたりしたために物流にも影響が及んでおり、スーパーマーケットに行っても何が手に入るかわからないという事態です。先日は何の問題もなく果物や野菜が買えたのに・・・

(訳者注:オリジナルは2022年2月2日に投稿されたもの)

(上のTweet:キャンベラの皆さん。Crace(キャンベラ郊外の町)のスーパーマーケットSupabarnの青果売り場です。)

もちろん、毎度のことながらトイレットペーパーは品薄で(トイレットペーパー不足の混乱さえなければコロナ禍にあることすら忘れそうです)、残念なことに肉とオイスターソースは購入できませんでした。

(上のTweet:さすがのSupabarnでも肉の棚はガラガラ。私はベジタリアンと一緒に住んでいるのでひき肉がなくても大丈夫だけど。)

(下のTweet:オイスターソースの棚は、見事に空っぽ。みんなが、このソースの美味しさにハマってしまう気持ちもわかるけど。幸い、海鮮醤の最後の1本を手に入れられたのでそれを堪能しておきます。)

オーストラリア人のツイッター上には、政府やテニス選手、あるいはお互いに向かってありとあらゆることをまくし立てる書き込みが氾濫し、まるで、「教室に鳥が飛び込んで来た(※オーストラリアの作家Colin Thieleの詩”Bird in the Classroom”に拠る。単調な教師の講義に対して鮮やかな野鳥の声にはっとする生徒たちが書かれている)」ような状況だったので、まったく心休まる休暇にはなりませんでした。こんな状況がもう3年も続いているなんて、まったくウンザリです。

今回のことから、平穏で安定しているかのように見える日常も、日々の生活を正常に保つ仕事(果物の収穫、野菜の運搬、スーパーの品出しなど)が機能しなければ、一気に崩れてしまうということを考えさせられました。そして、「正常に保つ」仕事の多くは、それに関わらない人の目には触れないため、問題が表面化するまで気づかないものだということも再認識しました。

スーパーマーケットの機能を維持するために多くの「見えない仕事」が不可欠なのと同じように、博士号取得するためにも「見えない作業」が必要です。4、5年後に8万ワード程度の文書(論文)が出来上がってくることが期待されるわけですが、そこに至る作業のほとんどは本人以外には見えません。目に見えない作業のうち、論文の執筆以外についてはあまり話題になることはないからです(執筆についてだけは例外的に話題になることがよくあります)。

私自身、数か月間、毎日のように研究室に通いながら、かなり思い悩みました。いったいどうやってこのPhDに取り組むべきか?文献を読むだけでよいのだろうか?などなど―1日の流れを整理して、前進していると感じられるようになるまでに何年もかかりました。頭を整理してから初稿を1日1000ワード目指して書き始めることで、ようやく進められるようになりました。

PhD課程に入ったばかりの頃は、データの収集や分析、執筆について知っておくべきことのほとんどを偶然見つけ出すようなやり方をしていました。分析に関するスキルも、ほぼ本からの独学で、場当たり的に身に着けてきました(当時はYouTubeもそれほど普及していませんでしたから)。どうすれば時間を生産的に使えるかわからない日々が続き、作業はしていても、あまり効率的にできているとは実感できませんでした。

研究職に就くと、時間をかけて探し回るというやり方をしている暇はないのですが、PhD時代の習慣を引きずりがちです。なので、PhD課程の時から効率的に作業を進められるように、ここではPhD課程に入ったばかりの人が効率的な研究生活を送るためにできることを書いておきます。約8万ワードの論文を書くという遠い目標に向かって前進するために毎日できることですので、参考にしてみてください。

私は、長年、論文ブートキャンプを運営してきた経験を基に、高度に構造化した1日のスケジュールを立てました。スケジュールを構造化したのは、タスク間の切り替えは集中力を乱し、フローを妨げる「注意残余(Attention Residue)」となるという研究結果があったからです。さらに作業を分割して組み立てることで切り替えの問題を回避し、頭を十分に休ませられるようにしました。それにより1日の終わりに疲れ果ててしまうということを避けたのです。

作成したスケジュールに毎日厳密に従う必要はありません。ほとんどの人は生活のために何かしらの仕事をしているでしょう。理系の学生であれば短期間に集中して実験することも多く、文系の学生もデータ収集で予定が詰まってしまうこともあるでしょう。スケジュールは、1日中机に向かう余裕があるときに、効率よく仕事をするためのものです。このスケジュールは、脳と創造力(クリエイティビティ)に関する科学的知見に基づいて入念に作成していますが、それをどう活用するかは、あなた次第です。

以下に生産性の高い研究生活を送るためのスケジュールの立て方を書きだしておきます。

1. 最初に最も難しいことに取り組む

ヒュー・カーンズ(Hugh Kearns)が言うには、人は1日の始まり、つまり「ゴールデンアワー」に最も注意深く、鋭敏になることができます(何年も自己観察を続けた私もこれを実感しています)。ですから、1日の初めには最も難しい作業から取り組むべきです。得てして、ずっと先延ばしにしている作業が最も難しいものです。私の場合はスプレッドシートの整理や数字に関係する作業ですが、難解な論文を読むのが困難という人もいるでしょう。それは人それぞれです。

毎週、終わらせたいことを「やることリスト」にまとめておくと便利です。難易度の高い順に並べておけば、「ゴールデンタイム」に行うべき作業が常にリストアップされているはずです。ゴールデンタイムに行うべき作業が突如出てくることもありますが、そんな時はメモをしておき、別の日のスケジュールに入れましょう。大切なのはスケジュールに書き込んでおくことです。過去の自分からの「この2時間はあのタスクに使うように」と指示を残すことは驚くほど効果的です。

理想的には、難題を解決させてしまうか、ある程度キリがつくところまで終わらせるかですが、2時間以上その作業に執着することはお勧めしません。2時間で解決できなければ、翌日に持ち越しましょう。スケジュールに書き込んだ他の項目を実践しないとしても、少なくともこの「ゴールデンアワー」に難度の高い作業を行うことについては2週間続けてみてください。

2. 短い休憩を入れる

1、2時間集中したら、たとえ難しい作業を片付けて気分が高揚していたとしても、休憩が必要です。飲み物を取ったり散歩したりするのもいいでしょう。ただし休憩は短めにしておきます。この休憩を昼休憩と一緒にしてしまうと、一気に集中力が低下してしまいがちです。20分以内に次の作業に取りかかるようにしましょう。

3. 考える(クリエイティブになる)時間を作る

昼食前の1、2時間は、一日の中で最も思考の働く時間です。ゴールデンタイムを読むことに使わなかったなら、この時間を読むことに使うとよいでしょう。脳がウォーミングアップできており、意思決定することにエネルギーを使い果たしていない状態ですから、何か新しいことを学ぶのにも適しています。この時間帯は、自分の興味を満たすのに使える余裕があるはずです。

この時間帯についてのアドバイスは、一度にひとつのことだけを行う、ということです。複数の作業を行おうとすると、注意力や集中力が低下します。選んだ文献を最後まで読む、執筆の目標を立ててそれに取り組む、何かの技法についての動画を見る、などです。この時間帯に行うことが、PhD課程の作業とはつながらないように見えても、あまり気にしないでください。PhD課程の学生でいること、研究者でいることは、クリエイティブに何かを追求することです。脳が処理できるような新しい情報(インプット)を与えることも、作業のひとつです。

身体に食事というエネルギー供給が重要なように、知性に何を取り込むかが重要なのです。

4. 昼休憩には、誰かと、あるいは自分自身とのつながりを大切にする

研究に没頭していると、人間関係もおろそかになりがちです。昼休憩は、人とのつながりを取り戻すための理想的な時間です。ほとんどの人は他者とのふれあいでリフレッシュできますが、自分に合った方法で行うことが大切です。たとえば私の息子は非常に内向的で、彼の考える人とのつながりはDiscordというコミュニケーションツールでのメッセージのやりとりですが、私は友人と外で昼食を食べながら笑ったり噂話をしたりするのが好きです。新聞を読んだり、Twitterの投稿を見たりすることも、世間とのつながりです。また、散歩や水泳、ジムでの運動などで自分の身体とつながることも良いでしょう。

昼休憩に他人や自分自身とつながることで、研究の悩みから自らを解放し、脳の作業スペースを確保できます。驚くことに、脳は昼を食べている間も「低集中」モードで問題に取り組み続けています。技術的な言い方をすれば、他人や自分自身とつながる昼休憩でやろうとしていることは、ドーパミンを高めながらもリラックスした状態にすることで、創造性を刺激するような時間にすることです。会話や運動が、こうした脳内環境を作り出すのに最適なのです。この「低集中」状態の大切さを学び、生活の中にこの状態を組み入れてみましょう。

5. 退屈だけどやらなければならない仕事をこなす

昼休憩の後、すぐに午前中の続きに取りかかることができるほどリフレッシュしていれば作業を続けてください。しかし、ほとんどの場合、食べ物を消化することは集中力に影響を及ぼします。さらに、それまでに意思決定するためのエネルギーをほとんど使い果たしてしまっている可能性も高いのです。何をすべきかを決めるのに、必要以上に時間がかかってしまい、仕事に身が入らなくなることもありえます。

ですから、この数時間に行う作業をルーティン化してスケジュールに入れ込んでおきます。作業リストには、引用の修正や、ファイルの整理、データの整理などを書いておきましょう。日常生活でやるべき項目の中から、子供の歯医者の予約などの用事を済ませたりするのも気分転換になります。「低集中」の作業だからこそ、アイデアが湧いてくるかもしれません。その場合、たとえばメモを取っておくなどして、アイデアを留めておきましょう。Journaling(頭に思い浮かんだことを紙に書き出すこと)をすると、この2、3時間で素晴らしいアイデアが浮かぶかもしれません。

昼下がりのこの時間帯をメールの処理に充てたいという誘惑もあるでしょう。ところで、ここまでにメールについては触れていないということにお気づきでしょうか?理想は、1日のうちの特定の時間帯をメール処理に充てておくことです。この時間にやってしまうと、集中力が完全に散漫になるのでお勧めしません。電子メールの中には、簡単に処理できないものも多数含まれています。詳細を調べる、他の人に質問する、フォームに記入する、特定のファイルを探すなど、すぐには完了できず、何らかの作業を促すものです。これにはまってしまうと、ひたすらメール処理を行うことになりかねません(ソフトウェア業界など一部の業界で「ヤクの毛刈り(yak shaving)」と呼ばれるもので、問題を解決するために問題が発生することが何度も繰り返される状況を意味する)。簡単に終わると思ったメール処理にどっぷりはまり込むことになってしまう恐れがあるのです。

6.片付けと翌日への準備をする

一日の終わりには、その日やったことの振り返りと翌日の準備のための時間を確保します。最低でも1時間程度がおすすめです。この時間はメールをチェックするのに良い時間です。Timing Appを使い、私が過去1年間にメールに費やした時間を計測したところ、平均して1日1時間半程度でした。もっと少ない人もいるでしょう。

理想的には、メールを開くのを帰る前の1時間のみとすることです。私は現在、他の人々の要望に応えなければならない立場なので、そうできませんが、できるだけ時間を決めて行うことをお勧めします。管理職の人(あるいは重大な案件を管理している人)以外は、いくつかの理由から、メール作業を一日の終わりにまとめるべきです。第一に、人は問題を自ら解決するので、メッセージの中には、無視しておいても自分抜きで話が進んでいくものもあるからです。第二に、メールのメッセージはさらなるメッセージを生み出すため、メール作業を最後に残しておくことで、たくさんのメールが届いて作業が中断されるのを減らすことができます。

ジョージタウン大学のカル・ニューポート(Cal Newport)は、その日の終わりに「締めの儀式」の時間を設けておくことを勧めていますが、私はこれを習慣化するのが良いと思っています。私はバレット・ジャーナル方式でメモを取ったりリストを管理したりしているため、一日の最後にその振り返りをして、ゴールデンタイムの作業を含む、翌日に行う作業を確認しておきます。「締めの儀式」は作業に関わるものである必要はありません。私の知り合いの一人は、感謝の瞑想をする時間にしています。毎日同じことを行うことで、「作業は明日に持ち越し」という信号を脳に送るのがコツです。

7. 「サンドイッチ活動」を行う

『フラバー うっかり博士の大発明(The Absent-Minded Professor )』の教授のような研究に没頭してしまう研究者像は、まったく現実と異なるとは言い切れません。創造的な知的作業をストップさせるのは難しいのです。私たちの多くは、オフの時間にも何らかの形で知的作業を続けています。そのせいで、家族にとっては一緒に暮らしにくい相手になってしまい、自分自身は燃え尽き症候群にもなりやすいのです。そこで重要なのが、締めの儀式とその後の夜の時間までの間に、何か別の作業や行動を挟む「サンドイッチ活動」をすることです。私の場合、オフィスにいる場合は徒歩や自転車で帰宅すること、自宅で仕事をしている場合は料理をすることがこれにあたります。帰り途中にエクササイズのクラスを取ったり、犬の散歩をしたり、子供と遊んだりするのもよいでしょう。自分が楽しめることをやることで、脳が研究から解放され、本当に大切なことに集中できるはずです。

私は、ほとんど毎日こうしたスケジュール管理を行っています(メールのやり取りを除いて)。ブートキャンプに参加した何千人もの生徒たちにもこういったスケジュール管理を伝えましたが、その多くがキャンプ終了後もそれを実践することで良い結果に結びつけています。

生産的な研究生活を送るための時間の使い方についてもっと知りたい方は、毎月配信しているポッドキャスト「On The Reg」で、共同ホストの@jasondownsと生産性を挙げるコツについて話していますのでぜひお聴きください。 On The Regは、お気に入りのプレーヤーでお聴きいただけます。

この投稿に興味を持ってもらえたら、ウェブ上のあらゆる最高の研究教育資料を継続的にキュレートする(多くの情報源から情報を収集、整理、要約、公開する)ために構築したサイト、The Whisper Collectiveも覗いて見てください。生産性タブの下にあるQ&Aページでは、仕事を効率的に行うことに関連するすべての投稿を見ることができます。

生産的な連携に向けて

インガーより

原文はこちら:https://thesiswhisperer.com/2022/02/02/the-phd-supply-chain-problem/

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