恐怖の博士口頭試問

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回は、博士号取得のラスボス、博士口頭試問がテーマです。準備万端で当日に望める事前準備についてご紹介します。


口頭試問(Viva)は、イギリス、ヨーロッパ、ニュージーランドでは一般的な慣習です。オーストラリアでは、口頭試問はあまり一般的ではありません。 オーストラリアの学生のほとんどは、博士号取得前に最終プレゼンを行いますが、現在多くの大学が、試験の一環として口頭試問の導入を議論しており、今後より一般的になると予想されます。

アメリカでは、口頭試問は「ドクター・ディフェンス」と呼ばれ、博士課程の学生には審査委員会の審査を受けるという難関が待ち受けます。アメリカの制度はあまりにも違うので、実体験がない私は、様々な課題を解決する具体策を書くことはできません。ですので、アメリカの同僚が記事を書いてくれることを、いつもありがたく思っています。

この記事は、作家であり、編集者、ライティングコーチ、論文の校正支援、スピリチュアルカウンセラーなども務めるノエル・スターン(Noelle Sterne)博士 (コロンビア大学)が執筆しました。彼女は、さまざまな媒体で学術研究、執筆技術、精神世界などについての記事やエッセイを400以上発表しています。大学の教員や作家を対象にワークショップや講演を行い、博士号候補者の学位論文の完成を支援しています。彼女のハンドブック、『Challenges in Writing Your Dissertation: Coping with the Emotional, Interpersonal, and Spiritual Struggles仮訳:博士論文執筆の課題―感情的、対人的、精神的な葛藤に対処する)』(Rowman & Littlefield Education, 2015)は、見落とされがちであるものの学生にとって極めて重要な学問以外の問題への対処法です。最初の著書『Trust Your Life: Forgive Yourself and Go After Your Dreams (Unity Books, 2011)』では、後悔から解放され、過去を再認識し、思い描く人生に到達できるよう読者を後押しします。

ウェブサイト:www.trustyourlifenow.com.

この記事はChallenges in Writing Your Dissertation: Coping With the Emotional, Interpersonal, and Spiritual Struggles, 第7章 – “The Dreaded Doctoral Defense”を参考に書かれています。

アメリカのほとんどの大学では、博士論文の口頭試問を受ける必要がありますが、こうした手続きや形式は国によって異なります。アメリカでは、学位論文を通じて世話になった指導教員も、最終審査会の構成メンバーになります。他の国の論文審査は、オーストラリアではブラインド・ピアレビュー(著者、査読者のいずれか、あるいはどちらもが相手が誰であるかわからないようにしている査読)が多く、イギリスではViva(口頭試問)の形式が取られることが多いです。いずれにせよ、ほとんどの学生にとって1時間~3時間の拷問であることに変わりありません。

博士号を取得した人なら、ほぼ全員が最終試問のエピソードを持っています。ほとんどは、きれいな話ではなく、新米博士の脳裏に永遠に刻まれる嫌な思い出です。

私の友人は、妊娠していることが見て分かる状態で最終口頭試問に臨みました。彼女が無事に合格した後、委員長(指導教員)は、彼女の大きな体を見つめながら、大学院教育はすべて「無駄」だったと、有無を言わさぬ口調で告げたのでした。とんでもないことです。

しかし、幸いなことに、彼女はその指導員がとんでもなく間違っていたことをのちに証明しました。彼女は2人の子供を抱え、ブランダイス大学で受賞歴のある教授になったのです。

私の口頭試問は、これほど辛辣なものではありませんでしたが、居心地の悪い思いはしました。2時間に及ぶ尋問と偽りの仲間意識の中で、右足が攣ってしまったのです。判定のために立ち上がったとき、私の足は崩れ落ち、テーブルの向こうのハゲた審査官の膝の上に倒れそうになりました。私を含め、その場のみんなが、恥ずかしそうに笑っていました。

私の博士課程の同級生の中で最も優秀だった学生は、口頭試問の成績があまりに悪かったので、すでに予約金を払っていた婚約者とのスカンジナビア旅行をキャンセルしてしまいました。彼がその後、旅に出て結婚したかどうかは聞いていませんが、斬鬼の至りとはこのことです。

これらの話の教訓は、自分の口頭試問を正しく見なければならないということです。通過儀礼のような側面もありますが、研究者としての成長や専門性の構築における重要な節目です。失敗は避けたいものです。また、審査員や将来の同僚の前で威厳を保ちたいものです。

論文のコンサルタント執筆コーチとして学生を見てきて、多くの学生が口頭試問に怯え、気合を入れすぎたり、過小評価し過ぎたりしていることに気づきました。審査官に、提示した統計のインボリューションについての詳細など、ありえないほど難解な質問や、学食についての感想など、ばかげた質問をされることを想像してしまうのです。

ほとんどの学生は、直前まで内容を詰め込み、事前に燃え尽き症候群を起こすか、あるいは完全に準備を避けるかの両極端な反応をします。ジェームズは、データ収集も終わらないうちから口頭試問の準備を始めました。彼は、必要な手続きについて私に何度も質問し、口頭試問を切り抜けるアドバイスが書かれた記事をたくさん送ってきて、口頭試問のことでパニックになって眠れなくなることがあると告白しました。私は何度か、その準備は立派だけれど、時期尚早であるとやんわりと告げました。

一方、非常に優秀な学生であったヴィオラは、私の忠告にもかかわらず、ぎりぎりセーフの審査結果だったと、数年後に教えてくれました。彼女は資料の内容を把握していたにも関わらず、緊張と準備不足が仇となったのでした。彼女は、アドバイスに従わなかったことを今でも後悔していると言っています。

この両極端な反応が極端過ぎたため、私は、本番前、本番中、本番後に分けた良い口頭試問との向き合い方の以下のような提案を考えるに至りました。その前に、特にアメリカの口頭試問について、ご理解いただくため、試問委員会について少し述べておきます。

試問委員会

おそらく委員全員が、自身の口頭試問のトラウマを抱えており、あなたの試問が、自分たちの経験を蘇らせる引き金になることがあります。そして自尊心の危機を感じて虚勢を張るでしょう。あなたに厳しい質問をすることで、自己顕示欲を満たしたいと思っているかもしれません。彼らは予測不可能で、風変わりで、気まぐれかもしれません。であったとしても、彼らは大学の高い研究水準の一翼を担っていることも忘れてはなりません。今の地位を得るために研究に勤しんでできたことも覚えておかなければいけません。彼らはあなたの敵ではありませんし、お互いのために、あなたの成功を願っているのです。

では、この経験を皆さんにとっていい思い出にするために、準備に関するアドバイスをします。

口頭試問の数か月前からの準備

準備はしないより、し過ぎる方がいいでしょう。後で自分に感謝することになります。

特に胃が痛くなるような時には、書いた論文については自分が専門家であることを思い出してください。

口頭試問に関する大学の実施要領を読みましょう。そこには、はじめの研究プレゼンに割り当てられた時間、パワーポイントのプレゼンが必要かどうか、スライドの枚数、そして試問が公開(通常は友人や家族、他の博士学生が対象)されるかどうかが書かれているはずです。

自分の発表の前に何度か他の学生の口頭試問に出席し、そのプロセスに慣れておきましょう。受験者がどのように返答するかを観察し、良い行動(落ち着いて委員とアイコンタクトを取るなど)と良くない行動(言葉に詰まる、姿勢が悪いなど)についてのメモを取ります。これにより、自身の未知なる体験に備えることができます。

あなたの指導教員にアドバイスを求めましょう。口頭試問の一ヶ月程前に時間を作ってもらい、口頭試問の形式と考えられる質問の範囲について聞きます。教官に事前にパワーポイントを見てもらい(教員もそれを望んで批評してくれることが多いです)、審査委員それぞれがどのような駆け引きをする人かも聞いておきます。もし、他の委員から、統計を完全にやり直すように言われたり、追加で132人の調査をする必要があると言わたりするなど、トラブルが発生した場合、試問委員長である教官はあなたのために反論してくれることになっています。

他の学生があなたと同じ審査官から試問を受けたなら、彼らの最終パワーポイントを研究してください。自分の発表の準備ができたら、これらの資料と大学の博士号取得マニュアルに記載されているアウトラインを使用してさらに準備を進めます。自分の論文を見直して新しいスライドを作成することで、内容の記憶も蘇り、プレゼンの要約をすることができます。

一番聞かれたくない最悪の質問を考えて、すべて書き留めておきましょう。

質問への返答を書面にしましょう。修正は後でできます。論文がその答えの裏付けとなっていることを確認してください(例:正しい参加者数、統計結果、明らかになったテーマなど)。

自分の資料を徹底的に把握しましょう。スムーズに回答を行うために、予想される質問への答えが書かれている論文のページに印をつけて挑む学生もいます。また、パワーポイントの各スライドの下にあるスペースをメモや台本に利用することもできます。

家族や友人の前でリハーサルをしましょう。(まわりに手伝えることを作ると、意外と喜んでやってくれるものです)。

直前の準備

あなたの大学にメディアスペシャリストがいる場合は、パワーポイントの最終準備のために相談予定をし、不明点をリストアップしておきましょう。

できればメディアスペシャリストと一緒に、口頭試問が予定されている会場へ行き、個人PCや他の機器の配置を一緒に計画しましょう。

会場の部屋で一人、模擬リハーサルをしましょう。演壇に立ち、あなたの発表を待ち望む大勢の人の顔を眺め、司会者や委員がにこやかにこちらを見ているのを想像します。

数日前には当時の服装を決めておきます(オンラインの場合でも)。プロフェッショナルに見える服装を選び、体調を整えておきましょう。

前日には、持参する機材を確認します。PC、フラッシュドライブのバックアップ、印刷した論文、配布資料、ペン、鉛筆、必要に応じてレコーダー/携帯アプリ、その他、技術的な誤動作を予測し、やり過ぎのように思えても、気が楽になるならその他のものも持参しましょう。

デオドラントも忘れずに。

前夜は、映画を観に行ったり、好きなテレビを見たり、体を動かすことをするなど、ゆったりと過ごしましょう。アルコールは禁物です。睡眠をしっかりとりましょう。

当日

早めに到着し、車の中や外のベンチ、あるいは誰もいない部屋で瞑想する時間を持ちましょう。

仕事や、結婚式でのスピーチ、友人を突き動かした熱心なアドバイスなど、これまでのプレゼンテーションの成功体験を振り返ってみましょう。

資料を準備します。

自分のトピックや調査結果について、自信と情熱を持っていると自分に言い聞かせる。

相手が入場してきたら、笑顔で出迎えます。

立ち上がって、背筋を伸ばして。

たとえ膝が震えていても、各委員に挨拶をします。

しっかり目を見て。

あなたは専門家であることを忘れないでください。何度か深呼吸をして。

委員会が質問を始めたら、メモ帳とペンを用意してメモを取り、ゆっくり答えます。

答えが分からなくても、ごまかさないで。「いい質問ですね。もう少し考えさせてください」「もっと調べてみます」と返答します。自分がまだ学生であることを忘れないでください。委員会は、あなたの謙虚な回答に好感を持ってくれるでしょう。

終了後

口頭試問の終わりには、笑顔で、握手をして(若干しめっぽい手ですが)、みんなに深く感謝しましょう。楽しかったと伝えましょう(楽しめるはずです)。

いくつか修正すべき点を指摘されることもあるでしょう。最終審査だからといって、委員会が気になる点を指摘しないとは限りません。

大学の手順に従って、その場で委員のコメント入りの論文を回収するか、コメント入りのデータや修正リストをメールで送ってもらうよう依頼します。

修正規程の要件に従って修正版の論文を作成する際、委員会の署名があることを確認し、学位論文の最終的な提出先などについて情報を得ておきましょう。締め切りに遅れることのないようにしましょう。

全体を通して 役に立つ自己暗示の言葉たち

パニックになるたびに、この自己暗示を唱えましょう。

– 私は有能で、自信も、表現力も、落ち着きも十分にある。

– 私は自分自身をコントロールできている。

– 私の知識や、学んだことを共有することが楽しみだ。

– 私の口頭試問は完璧に終わる。

– 委員会は私の味方だ。

– 自分の知識、今までやってきたこと、良心が正しい答えを導き出すと信じている。

– 知識はすべて、瞬時に出てくる。

– 自分の完璧な口頭試問の映像を思い描いて、自分が落ち着いて、自信に満ちていて、研究のどんな話題にも簡単に返答し、パワーポイントからアドリブで話している姿を思い浮かべて。自分のプレゼンの素晴らしさについて、みんなが賞賛の言葉をかけてくれている。委員長が魔法の言葉をかけてくれる。「おめでとうございます。合格です!」

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ここで紹介するステップを実践すれば、あなたは口頭試問トラウマのない数少ない新米博士の一人となれるでしょう。あなたの博士号取得の物語は、はるかに幸せなものになり、生涯のキャリアを通して、記憶の中で永遠に光り輝くでしょう。© 2017 ノエル・スターン

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