58歳でPhD(博士課程)に挑戦!?

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回は、58歳でPhD(博士課程)の道のりを歩きだした女性のストーリーをシェアします。何歳になっても挑戦することは可能なのです。


オーストラリアでの、博士課程入学の平均年齢は34歳であることをご存知でしょうか。さらに、この平均年齢は年々上がっているのです。ANUには、60代後半から70代前半に博士号を取得した学生も数名います。博士号を目指すのに遅すぎる年齢はないのです。今日は、キャサリン・ラシーヌ(Catherine Racine)という女性の体験談をシェアしたいと思います。

ラシーヌ博士は、英国に7年間在住し、2017年にダラム大学を卒業した独立系カナダ人研究者です。彼女の博士論文は「Beyond Clinical Reduction: Levinas, the Ethics of Wonder and the Practice of Autoethnography in Community Mental Health Care」と題され、臨床医の道徳的プロセスと、地域のメンタルヘルスケアにおける人間性喪失という難題について研究をしました。また、いくつかの専門研究機関のメンバーでもあり、現在はコンサルティング業を始めたばかりです。

以下、ラシーヌさんの引用です。

私は、63歳の時に博士号を取得しました。その2週間後に10年ぶりに恋に落ち、ポスドクの2年間を使ってヨーロッパ中を転々とし、カナダからヨーロッパまで地球を巡り、ついにバンクーバーのダウンタウンにある小さなアパートに戻ってきたのです。65歳という年齢で、今週から独立した研究者としての新しいキャリアを開始するのは、もちろん怖いですが、その反面、楽しみでもあります。私は夢を実現させるために心理療法士として働いた公務員年金の権利を奪われてしまったので、年金では暮らしていけず、なんとか自活するために頑張っています。

学費を払って路頭に迷うことを恐れる女性のご多分に漏れず、私も博士号取得の経済的なメリットとデメリットのはざまで苦しんでいました。心配してくれる友人らは、「また働くことなんてあるの?学費は払えるの?年金はどうしたの?などと不安を口にしました。しかし、長年の夢を、経済的不安の恐怖で消されることなんて冒涜だと、最終的に強い志と夢が勝り、博士号の道に進むことにしたのです。

知性の無駄遣いと過干渉な管理体制の以前の職場から、もうあと8年離れることを後悔はしないと思います。地域の精神保健センターに助けを求めてやってくる人々の苦しみに耳を傾け続けることもできました。彼らが人間性を奪われているのを目の当たりにし、自分自身も加担し、私たちに提供できる「ケア」の限界を感じながら仕事を続けていてもよかったのです。しかし、私は、イングランド北東部のダラムに行き、地域のメンタルヘルスケアにおける倫理を研究したのです。今は、伝えたいことが山ほどあり、それを発信する責任と権威が私にはあると思っています。

58歳で(しかも自己資金で)、こんな計画をスタートさせるなんて、どうかしてたのでしょうか?当時の同僚が皆、最後の年金を蓄えようと働いている時に、博士号取得の道のりを開始する価値があったのでしょうか?もちろん答えはYesです。私は、博士号を取得するという人生の大きな夢を実現し、学位審査もパーフェクトで合格しました。私は、自分の人生を見つめなおし、将来の仕事に対して、より明確で強い、堂々とした視点を確立できました。だから、私が私らしくあることを教えてくれたあくなき努力を後悔することは決してありません。

今年は、執筆や出版、講演、オンラインカウンセリングビジネスの始動など、大きな計画を予定していますが、この先に何が待ち受けているかは誰にもわかりません。今までそれらの仕事で生計を立ててきたことは、ありません。しかし博士号を持っていれば、水の上を歩くことこそできなくても、溺れることはないと信じ、自信を持って深いところに飛び込むことができます。銀行に貯金してるようなものですから。だから、いつか博士号を取得したいと夢見る50歳以上の女性に、ぜひ夢をかなえてほしいと願って、今、書いています。人生の半分以上を終えた女性だからといって、博士号は時間、労力、資源の無駄ということは決してありません。これを「見栄の学位」だなどと言うバカ研究者も何人かいました。しかし、この時間もお金もかかる人生の一大イベントは、私の人生の中で最も活気にあふれ、変化をもたらし、自分を再認識できる経験でした。

博士号を取得するには、血のにじむような努力と体力が求められ、苦しみもほぼ確実に伴うので、スリルを求める冒険とはほど遠いものです。博士号がらみのうつ病に関する文献が物語っているように、近道も、トリックも、お楽しみなんてものも特にありません。しかし、与えてくれるものも多くあるのです。博士課程はあなたを成長させ、精神的にタフにさせ、面の皮を厚くし、自制心を身に着け、心の中の情熱を呼び覚まし、自分の枠を広げ、世間が押し付けてくる束縛を見分けられるようになるのです。真剣で不可思議な挑戦ですが、その本気で向き合うプロセスはどんな年齢になってもかけがえのないものです。

また、権力というものがどのように成立しているのか、大学という組織の中でどのように使用・乱用され、研究者でさえも「支配的な言説」を覆すために権力を使っている現場を目にしたのが一番思いがけない経験でした。こういう世界を垣間見られた経験がゲームチェンジャーとなり、今まで自分で勝手に設定し、出来ないことを正当化していた限界の根底が揺らいだのでした。博士号取得のプロセスは、年配の女性たちに自分の文化、性別、人種、階級による制限から解放する鍵を与え、抑圧を助長する現状の巧妙な仕組みの設計図を見せてくれるのです。つまり、もう二度と自分の逆境や、対応能力、まだ見ぬこの先のことを見通す力を疑うことがないのです。それは、かなりすごい見返りでしょう。

50歳、60歳、いや、70歳や80歳でだって、女性が博士号取得の夢を追いかけるといい理由は色々あります。それは、たとえ年齢や性別によって学術界で働ける可能性が極端に減っていたとしてもです(実際ないこともあるでしょう)。もっと多くの年配女性が自らの地位を主張できるような世界であれば、そもそも必要ないのかもしれません。しかし、成熟した女性の学生が世の中に提供できるものの多さと、そんな女性の大学院に占める割合の低さを考えると、いくら強調してもし過ぎることはないでしょう。大学がどれほど包括的で差別がないところだと言い張っても、私たちの文化のそれと同じように、年齢や性別による差別の渦から免れることはできません。大学は若者たちのものであり、私や、もしかしたら、これを読んでいるあなたのような女性たちにとって大きく立ちはだかる壁となっていて、そのことを訴え、ぶち壊していくしかないのです。

この道のりが、あらゆる面においてこれほど大変だと最初にわかっていたら、飛び込むことはなかったかもしれません。しかし、学者になり、博士号というとんでもない化け物をやっつける術を身に着け、旅をし、新しい仲間と出会い、学術会内外の様々なコミュニティにも参加してきた私は、これを選ばずに家に留まった時の人生を考えられません。

ラシーヌさんの文章は以上です。

キャサリン、勇気ある決断をありがとう!このブログを読んでいる皆さんは博士課程在籍中のご年配の方でしょうか?あるいは、博士課程を修了して次はどうしようかと考えている方かもしれませんね。ぜひ、コメントであなたのストーリーをシェアしてください。

追記

オーストラリアでは、60歳以上の人を「シニア(高齢者)」と定義しており、この言葉は様々な枠組みや公的文書に採用されています。過去に60代や70代の学生たちと会話をしたとき、ポジティブな意味に聞こえるように、冗談も含めて「ヴィンテージ」という呼び名はどう?という意見もありました。

私はどちらの呼び方も好きではないですね。「older(年上)」という用語はあいまい過ぎます(このブログが読まれている国の中には40歳以上の志願者を受け付けない国もあるため、主観的過ぎます)。年齢による差別は、私たちの日常生活に深く潜んでいます。例えば、私は、「Unsplash」という高品質で著作権フリーの写真を提供しているサイトを利用することが多いのですが、「older woman(年配の女性)」と検索すると、公園のベンチで一人さみしそう女性や、おばあちゃんが孫と遊んでいる写真ばかり表示されます。いわゆる「中年」の女性はほとんど表示されず、表示された中年の女性たちはなぜかオシャレにめかし込んでいる傾向にありました。

この記事で話題にした「年配」よりもさらに高齢の女性なのがいいですね。ANUの最年長の博士課程の学生は82歳で、90代で博士号を取得して卒業して行った人もいます。博士課程の学生が「どうあるべきか」なんていう既成概念は捨ててしまいましょう。

以下のリンクは、20代の学生が、偏見の目で見られることに対する不満を語っている記事です。ぜひコメント内で議論しましょう!

原文を読む:https://thesiswhisperer.com/2019/10/02/starting-a-phd-at-58-years-old/

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