COVID-19が収まるまでPhDを中断する?後編

オーストラリア国立大学のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)准教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。前回は、パンデミックの状況でPhDを継続すべきか、中断すべきか考える際の「検討項目1:経過年数」までお話しました。ここからは、検討項目2と3をお届けします。


検討項目2:財政状況

コロナ禍では通常のビジネス、普通の生活を継続することが困難になっています。既に収入減少で困窮しているPhD学生も多数います。いわゆる「ギグエコノミー(Gig Economy)」と言われるネット上で単発の仕事を受注する働き方をする人や、小売業、接客業の関係者は、外出自粛で多大な経済的打撃を受けています。もし、これを読んでくれているあなたがこのような状況であるとすれば、とても心苦しく感じます。オーストラリア政府が導入した失業支援策が少しでも役に立つことを祈っています。誰も自分の状況が悪くなり、物事が一層複雑になることを望んでいないのです。

オーストラリアでPhD取得を目指している学生には、大学構内で教えること(Casual teaching)で生計を立てたり、あるいはその収入で生計を補ったりしている人が少なくありません。留学生の数が減少したことにより、PhD学生ができる仕事も減っていました。この状況は深刻ですが、このまま国際間の移動制限が続くのであれば影響は長期的に続くと予想されます。Casual teachingで生計を立てることは平常時でも困難です。私は、正規教員ではなく、臨時教員や契約教員として20年以上のキャリアを積み重ねてきました。2013年からANUで働いていますが、ANUが私を正規教員としたのは実に昨年(2019年)の11月末だったのです。

このような不安定な雇用の生活を続ける中、私は1つの重要なことを学びました。それは、1つの収入源に依存して安住しないこと。皆さんもご注意を。

今、構内で教える仕事をしている人は、どんなときでも収入源を増やしておくことが良策です。それには「1にネットワーク、2にネットワーク、3にもネットワーク!」――とにかくネットワーク(人脈)作りです。物理的な距離を置いている状況では、あなたが働ける他の大学を探すのが難しくなります。普段からあなたの研究に助言をくれるような学術コミュニティのメンバーと連絡を取り合い、将来について聞いてみるなど以外、良いアドバイスは浮かびませんが、重要なのはネットワークです。そして、大学の財政状況、学術界全体の動きにも注意するようにしましょう。学術界に関する情報はチェックしておくべきです。例えば、ANUの大学副総長(vice-chancellor)のブライアン・シュミット(Brian Schmidt)氏がこのパンデミック収束後に高等教育部門の再編が必要だと述べているような記事。このような記事を見つけるには、Twitter(#academictwitterのようなハッシュタグが付いているツイート)を探すか、大学関連の情報を掲載している“University World News”や“Campus Morning Mail”といったサイトに目を通しておく必要があります。研究者は情報収集、観察するのはお手のものでしょうから、状況に応じた意思決定ができるように努めてください。

仕事による収入と奨学金などの組み合わせで大丈夫かどうか、あなたしか分かりません。この先も大丈夫そうですか?この質問への回答は私が研究者としてコメントする立場にある分野なので、続けて考えてみます。

検討項目3:博士号を取得する価値

博士課程に進む理由は人それぞれです。人によっては、個人的な好奇心や研究そのものへの興味が大きな動機となっているでしょう。人生の後半になってから特定の目標を掲げて勉強を始める人もいるでしょう。学術指導者から知識の探求を続けるように勧められ、PhDを研究者へのキャリアの「ステップ」と位置付けている優秀な学生もいます。たとえ何が起ころうともPhDを取得できる人もいれば、特定の仕事、一般的には学術関連の仕事に就くことを目指す人もいます。通常の状況でもPhDの学生の25%程度が中退しているのです。中には、PhDを取得することがキャリアの足しにならず、彼らが期待するものが得られないと考えてやめる人もいます。学術界で仕事に就ける補償がないことも、中退を決意する理由になっていることに疑いの余地はありません。

学術界以外での仕事に就きたいと思っていても、あなたが思っているよりも多くの就業チャンスがあるので、PhDを継続する価値は十分にあります。

過去5年間、ANUの准教授としての私の学術的任務の一環として、学術界以外の就職市場の性質や規模を研究してきました。現在の主な作業は、機械学習を使って求人広告を読み込んで学術界以外の市場を測定し、それらの職のどれに研究スキルが役立つかを特定する試みを進めています。私たちの調査によって、オーストラリアでPhD取得者レベルの人材を探している雇用者の80%は、広告に「PhD」という言葉を入れていないことが判明しました。これは、可能性のある求人情報のほとんどがあなたの目には止まりにくいということです。私たちは数年かけて、このような求人広告をより見つけやすくするためのアプリ「PostAc」の開発に取り組んできました。このアプリは、労働市場データの分析を行うIT企業Burning Glass Technologiesのビッグデータを使って、経済全体におけるPhD取得者の需要を測定しています。そして2017年のオーストラリアとニュージーランドの求人データをモデル化した私たちの報告書は、あらゆる業界においてPhD取得者向けの就業機会が大量にあったことを示していました。

当時の就業機会は、まだあるでしょうか?3月までは、高度な知識を必要とする仕事が増えている以外、それほど大きな年次変化はなかったと思っています。現時点ではどうなっているか?正直分かりません。私たちが使っている求人広告にはタイムラグがあるので、減少は見られますが、その大きさを確認するには時期尚早です。慎重に状況を見ていく必要があります。今は、次のデータパックを入手するまで6ヶ月あけることを決めています。私は今でも高度な知識を有する働き手の需要があると確信していますが、どの業界が影響を受けるかは注意して見ていく必要があります。できるだけ早く報告できるようにするので待っていてください。

考えなければならないことは山積み――その間、あなたは何ができますか?

PhDを一時中断するか、パートタイムの学生になるか、あるいはPhDを止めるかの決断は人生にとって大きな決断です。理想を言えば、そのような判断を急ぐべきではなく、指導員や、パートナーや家族のようなあなたの人生にとって大切な人と相談してから決めるべきだと思います。直接関係していないように見えるとしても、「読み、書く、行動する」ことに多くの時間を費やすことはPhDに役立つと覚えておいてください。

今は、いろいろな専門的な能力開発を探求し、コミュニケーションスキルや技術スキルを磨くのに絶好の機会です。さまざまな会議やセミナーがバーチャル(オンライン)で開催されています。Twitterで#academictwitter#phdchat#phdpandemicなどのハッシュタグを使って情報を探してみるのもよいでしょう。PhDに関連する情報提供に特化した「Virtual not ViralTwitter上では@virtualnotviral)」というウェブサイトが出来ているので、これも参考になります。YouTubeにはあらゆる種類のソフトを習得するのに役立つ動画がアップされていますし、主要なIT企業が研究関連のソフトの無料トライアル期間を延長しています。要するに、時間とやる気があれば、時間を有効に使う方法はたくさんあるということです。

パンデミックで危機的な状況で私ができることは、これからも皆さんが健康で安全に過ごせるように祈るだけです。コロナ禍でも書き続けていきますので、また#PandemicPostで会いましょう。

インガ―より

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