追試研究 をより高く評価しよう

この連載でもたびたび伝えているように、科学の世界では、論文に書かれているものと同じ材料を用意し、同じ方法で実験しても同じ結果が出ないことがずっと問題になり続けています。このことは「再現性の危機」と呼ばれることもあります。
問題になり続ける理由の1つとして、研究の追試(再現実験)が重要視されていないということがあります 。たとえ科学者が他人の論文に書かれた研究の追試を行っても、新しい知識がもたらされるわけではなく、彼らにとって何の利益にも実績にもならない、したがって追試をしたりその結果を発表したりする動機がなかなか生じない、と捉えられているようです。
そればかりか、後述する『ネイチャー』の社説は次のように指摘します。

多くのジャーナル(学術雑誌)は、追試研究を 評価することを拒んできた。また科学者の多くは、もし(追試の)結果が(もとの実験結果と)一致しなかったとき、諍いが起こるようなことをしたいとは思わない。そのため内情に通じていない科学者たちは、袋小路を探索することで時間を無駄にするか、もしくは本当に展望のある研究に対して疑い深くなってしまうかである。

このことに対して、科学コミュニティも手をこまねいているわけではありません。
たとえば今年7月19日、オランダで、世界で初めて国が追試に助成金を支出するプログラム「リプリケーション・スタディーズ( 追試研究 ))」が開始されることが発表されました。このプログラムは、社会科学や医学研究、医療イノベーション分野における重要な研究結果を再現できるかどうかを検証する科学者のために、今後3年間に渡って300万ユーロを支出するものです。


この実験的なプログラムは「オランダ科学研究機構(NWO)」が始めました。NWOはオランダ最大の予算支出機関で、大学や研究機関における研究プロジェクト6000件以上に、毎年、7億ユーロを投資しています。
NWOは「このプログラムによって科学におけるイノベーションを促進し、研究者たちが追試を実行することを促したい」とその目的を説明しています。
プレスリリースや『ネイチャー』の別の記事によれば、このNWOの実験的なプログラムは、科学や政策、国民的な論争に大きなインパクトをもたらす「土台的研究(Cornerstone research)」を追試することに焦点を当てる、といいます。土台的研究とは、しばしば引用され、後続の研究に幅広く影響する結果を出しており、政策を決定するのに重要な役割を果たす研究、とNWOによって定義されている研究です。「この意味で、関心を集めている研究結果の再現性の検証は、とりわけ重要なのです」とNWOは述べます。
NWO運営委員会のヨース・エンゲレン議長は、毎年8件から10件のプロジェクトに予算を出すことができると予想している、と、先述した『ネイチャー』にコメントしています。
「リプリケーション・スタディーズ」は、2つのタイプの研究を対象とします。1つは「リプロダクション(再生産)」といって、対象となる研究のデータセットを再分析することです。もう1つは「リプリケーション(追試、再現)」といって、対象となる研究と同じ研究プロトコル(手順)で集められた、新しいデータを集積することです。「リプロダクション」研究には、最高7万5000ユーロが助成され、「リプリケーション」研究には、最高15万ユーロが助成されます。一方、自分自身の研究を追試することにこの助成金を使うことはできません。
興味深いことに、NWOは「このプログラムは、研究結果やデータセットの捏造、そのほか非難されるべき研究行為や不正行為を調査することを目的にはしていない」と明記しています。しばしば誤解されるのですが、再現性の有無と研究不正の有無とはまったく別の問題で、たとえ再現実験(追試)を行っても、その結果で研究不正があったかどうかを確定することはできないのです。(とはいえ、再現性のなさが問題となったケースでの研究不正に対する多方面からの対策が提唱されています 。)
こうした動きを受けるように、8月24日、『ネイチャー』は「追試をより有効なものとするためには、研究者はもっと追試を行なわなければならないし、予算提供者はそれを奨励しなければならないし、ジャーナルはそれを出版しなければならない」と前述の社説で主張しました。
同誌は「今日では、追試について科学コミュニティに語りたい研究者は、そうするための方法を複数持っている」と時代の変化を指摘します。「彼らは追試の結果をブログに記録することができるし、プレプリント・サーバーに投稿したり、新奇性を必要としないジャーナルで査読付き論文として公表したりすることもできる」。本連載でも以前伝えたように、今年2月には、再現実験の結果を公表することに特化したジャーナル「前臨床における再現性・頑健性チャンネル(Preclinical Reproducibility and Robustness channel)」も創刊されました。
さらに、『科学的データ(Scientific Data)』や『アメリカ消化器病学ジャーナル(American Journal of Gastroenterology)』といったジャーナルも、再現実験や「否定的な結果(negative results)」を広く募集するようになりました。また『ネイチャー・バイオテクノロジー』は、生理活性のあるRNA分子が消化管から血流に通過するかどうかという論争の後、2013年、追試の結果をまとめた論文の投稿を受け入れることを決め、そのような研究は重要な研究課題に光をあてる、と述べました。
同誌は心理学コミュニティの試みに注目します。『心理学についてのパースペクティブ(Perspectives on Psychological Science)』は、追試を行う価値のある研究を指定し、追試のプランを立てるよう心理学者たちに呼びかけています。もともとの研究の著者も、研究プロトコル(手順)などについて助言するために参加します。そしてその結果はどんなものであっても、「登録再現実験報告(RRR: registered replication report)として掲載されるといいます。
一方で、こうした試みの限界も指摘されています。まず、こうした追試を行った者は報復されるリスクを負う可能性があるが、それに見合うほどの対価は得られにくいこと。また、追試の結果がジャーナルに掲載されたとしても、たとえば人事委員会や助成金の審査員からは評価されにくいこと。したがって「ニワトリが先か卵が先か」という問題が生じることになります。

研究者は厳密な追試を実施したり公表したりしたがらない。というのは、それらは評価されないからである。そして追試は評価されない。というのは、ほとんど公表されないからである。

その一方で、アメリカの「ローラ・アンド・ジョン‐アーノルド基金 」や前述のNWOのような予算支出機関が、追試に助成金を出すことを表明していることも紹介されます。
『ネイチャー』の社説は「よりよい行動を育むためには、追試という試みはもっと一般的にならなければならない」とまとめられています。「私たちは、本誌を含む重要な出版物の正確さを探求した結果を歓迎し、それを喜んで広めるつもりだ」と。
実際、2014年に同誌に掲載され、研究不正が発覚すると同時に、再現性のなさも大問題になった「STAP細胞」の研究は、追試の結果が同誌の「ブリーフ・コミュニケーション・アライジング」欄や、姉妹誌の『サイエンティフィック・リポーツ』に掲載されました。こうした追試の結果は、新しい知識を生み出すことはないかもしれませんが、新しい課題を、そして教訓を生み出していると思われます。


ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。

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