論文執筆の追い込みへの備え
オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン教授のコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回は、ミューバーン教授らが開催する論文ブートキャンプへの参加を希望する学生に向けたハンドアウトをご紹介します。
今月の「研究室の荒波にもまれて」の本部は忙しい月でした。今月は授業内容を少し使い回して、#LazyPostをやっています。
今回の記事は、「論文執筆の追い込み(ビンジ・ライティング*)」に備え、論文の書けていない部分、書き足しが必要な部分を洗い出し、執筆作業がはかどる執筆マップの作成についてです。
(訳者注:*binge(ビンジ)とは暴飲・暴食を表す語としてよく使われる「~しまくる」という意味のスラング)
「スナック・ライティング=Snack Writing(少しずつコンスタントに書いていくこと)」は良い習慣ですが、時として締め切りに追われて椅子に張り付いて作業をしなければならない状況も生じます。そのような、とにかく書き続けなければならない状況には、あらかじめ十分な準備をしておくことで、より大きな成果が得られます。
この原稿を書いている今、私はANUで参加者に2万単語の論文を書いてもらう週末の論文ブートキャンプを開催しています。昔からこのブログをお読みいただいている皆さんなら、ブートキャンプの一般的なコンセプトに関するリーアム・コーネル(Liam Connell)の記事「DROP AND GIVE ME 20,000 (WORDS)!」を覚えていらっしゃるかもしれません。ブートキャンプとは何か、どのように運営すべきかについて詳しく知りたい方は、この記事をお読みください。
リーアムとペタ・フリーストーン(Peta Freestone)、キャサリン・ファース(Katherine Firth)には、ブートキャンプのコンセプト開発、特に「論文マップ」の作成というアイデアに関して素晴らしい仕事をしてもらったことについて感謝したいと思います。ANUでは、参加希望者が作成したマップを受け取って確認するまでは、ブートキャンプに参加させないことにしています。
この記事の以下の部分は、私が配布した「論文マップ」のテキストです。この投稿が、ブートキャンプを計画している他の方々のお役に立つと幸いです。あるいは、あなた自身がブートキャンプをしたいと思うかもしれませんね。この計画作業は、執筆を進めるために、中断せず時間を最大限に活用するのに役立つことでしょう。
このブログ記事ではなく、体裁を整えたハンドアウトをお読みいただいてもかまいません。
なぜ、この作業をお願いしているのか?
今回は少なくとも20,000単語書く計画を立ていただきたいと思います。特定の章だけの文章でもかまいませんし、すべての章の文章の一部を書いていただいてもかまいません。論文マップは、頭の中で渦巻く思考やアイデアの束ではなく、実行可能な行動リストとして、執筆を整理するのに役立ちます。
論文ロードマップは、あなた自身がお使いいただく文書ですが、講師は、参加者のサポートの必要を発見するためにマップのレビューをします。もし、マップの完成度が十分でないと思われる場合は、こちらからお声がけします。文書は、MS Wordなどお好みのプログラムで作成していただいて構いませんが、表を扱えるものをご使用ください。
役に立つ論文ロードマップの作成には、少なくとも2、3日かかるでしょう。人によっては、1週間以上かかることもあります。
誘惑に負けそうですが、このステップを急いてはいけません。この論文ロードマップは、論文を完成させた後も価値を持ち続けるゲームチェンジャーになったという声も聞かれます。インガーは、この方法で自分自身(そして他の人たち)の行動を律して8冊の本を出版してきました。効果は実証済みです。
ステップ1:概要文を作成する
はじめに論文に記述する全体の方向性を示す概要文から始めましょう。これにより、講師陣があなたの全体的なテーマを把握することができ、同じような関心を持つ人とマッチングするのに役立ちます。
以下の文章を完成させ、マップの上部に箇条書きで記載してください。
- 自分の論文が何についてのものか。一文で記述(平易な言葉で、50単語以内)
- この論文が、知に貢献する方法(100単語以内)
- この研究が重要である理由(150単語以内)
- 自分の主要な研究課題 (6つまで)
ステップ2:執筆の目次を作る
最新の論文年次進捗報告書を引っ張り出してきてください。そこには、章立てのアウトラインが書かれているはずです。もしそれがなかったり、古かったりしたら、新しいものを起草する必要があります。この章立てを、以下の表形式を使い、実行可能な執筆プランに改めてください。
ほとんどの人にとっては、この形式のままでお使いいただけると思いますが、もっと情報を追加したい場合は、自由に変更してください。
すべての章について詳細に計画を立てていただくことをお勧めします。難しければ、最も多くの記述が必要な章に絞って計画することもできます。
どの部分を執筆するにせよ、2万単語程度の執筆計画をすればよいのです。以下が、表に記載する内容です。
・論文タイトル
・提案する論文の長さ:(上限の単語数という理由だけで、「10万単語」などと適当に書かず、できるだけ具体的に書いてください。)
・提出期限:(大学に提出する予定の日付で、現在システムに登録されている完了期限と異なっても構いません)
・章立て:(現時点での章立てをここに記載し、可能であれば単語数案も記載する)
・ブートキャンプで取り組むべき章-タイトルと概要(200単語以内):
この章の内容を簡単に説明し、それが論文全体にどのように貢献するのかを説明します。この章では、どのように議論を進め、研究上の課題に答え、トピックについて読者に知らせていくかを記しましょう。
章の中のサブセクション(項)の現状
論文の各章にはサブセクションが置かれます。ほとんどのサブセクションは500~2000単語ですが、トピックによっては長くなったり短くなったりします。(まだサブセクションができていない場合は、以下のガイダンスに示すアウトラインの作り方を参考にしてください。)
次に、サブセクションの見出しに色を付けます。
青 – 推敲が必要だが、概ね問題ない。
茶色 – 「一貫した筋」が読み取れる。少し考えなければならないが、だいたい何が言いたいのか、どこに主張・説明が必要かがわかる。
赤色 – ここに何が書かれているのか、まったく決まってない。(チーン)
次のアクション/メモ
サブセクションの内容を評価する。書くべきことについてのメモを書く。このメモは自分用のもので、他の人が理解できるものである必要はありません。
このハンドアウトをフォーマット化し、サンプルテキストを加えたものがこちらです。
茶色の部分は、ブートキャンプで最も重点的に取り組むべき部分です。
この茶色の部分に言葉を書き足していくという意識で執筆します。特にブートキャンプで推奨している「草稿(ざっくりと書いていく)」という感覚で、この部分を中心に、どこに書き足していくかを計画してください。
ついつい青い部分に手を加えてしまいたくなり、語数が進まなくなることがあります。青の部分がどこにあるのか把握しておいて、そこに引き込まれすぎないように意識します。
プレッシャーがかかった状況で、赤い部分について考えるのは気が重いかもしれません。しかし、ブートキャンプで推奨している方法で書き始めると、思いがけないものが出てくるかもしれません。私たちの哲学は「いったん散らかし、それを片付ける」です。論文ロードマップの表は、書きながら赤い部分に何があるのか、考えやアイデアを書き留める上で機能します。
ブートキャンプが始まるまでの期間にもよりますが、赤い部分に手を入れて、より多くの部分を茶色に移行することができるかもしれません。がんばってください。
「助けて!論文の状況がひどすぎてマップが作れない!」
落ち着いてください、よくある事です。意外と多くの人は、自分の論文をしばらくの間(あるいはずっと)、総合的な視点で見れていません。自分の資料や章が、表にできるほど計画的でないことに気づいた時点で、もう少し秩序付けできる2つの手法があります。
その1。章がまだ本当に形がないときの「スノーフレーク・メソッド」
スノーフレーク(雪の結晶)・メソッドでは、「ストーリーの骨格」を組み立てることができ、しかもその骨格を柔軟に変化させることができます。
まず、各章の300~400単語程度の短いあらすじを書きます。あらすじは、基本的にその章の要約です。自分に以下のことを問いかけてみましょう。
- この章がカバーすべき主なポイントは何か?
- これらのことを示すために、どのような資料や証拠が必要か?
- この章は全体的な議論とどのように関連しているか?
あらすじが完成したら、各章の下に来る仮の小見出しをリストアップします。これが2段階目の整理です。この小見出しは、論文で書いていく要素をどのような順序で並べるかを示すものです。各小見出しに続く文章の仮の単語数を記入します(各小見出しは2ページ以内に収めるのが理想的です)。
骨格となる見出しとそのあらすじ、その下の小見出しが書き出せたら、第三段階となる小見出しの詳細を書き込む作業です。これは、小見出しの下の各段落がカバーする内容を示す一文で、「ストーリーライン」として機能する文を心がけます。
この第三段階は、小見出しの下に入れるべきと思われる内容をざっくりとリストアップすることから始めるとよいでしょう。自分へのメモ、備忘録、データや分析の断片、文献のリストなど、何でもかまいません。一般的なルールとして、学術ライティングには以下の要素の一部または全部が含まれていなければなりません。
- 「知識に関する主張」あるいは「事実の記述」
- 推論/推測/命題
- 先行研究への言及
- 定義
- 証拠・実例
- 反論/事例の紹介
- 結論
次に、この詳細を上記のマップのフォーマットに当てはめてみてください。ブートキャンプに参加する前に、この詳細をできる限り書き出しておいてください。
その2:まだ章らしくなっていない雑多な断片がある場合の、リバース・アウトライン法。
この実践は、レイチェル・ケイリー(Raychel Cayley)のブログ「Explorations in Style」と、クレア・エイチンソン博士(Dr. Claire Aitchinson)の「ストーリーライン」テクニックに関するさまざまな著作に掲載されている資料をもとにアレンジしたものです。
リバース・アウトラインは、既にある草稿から論文を形づくる方法です。リバース・アウトラインの進め方は、既存のテキストに手を入れすぎてせっかくの作業を台無しにしてしまったりすることのなく、自分の議論に潜在する問題を診断し、進むべき方向性を特定する方法です。
ステップごとの進め方を紹介します。
- 元の章立ての草稿の段落に番号をつける。
- 各段落のキー・アイデアを含む文章を、段落番号をつけたまま、新しい文書にコピペする。キー・アイデアの含まれる文章がない場合は、その段落が何について書かれているか(あるいは、何について書かれるべきか)を示す簡単な記述をします。
- 2の作業により、その章の「ストーリーライン」を表す文のリストが完成。新しくできた文書に目を通し、一貫性のあるストーリーが浮かび上がるか客観的に判断しましょう。
- 全体のストーリーがうまく流れていない、あるいは溝があると感じたら、ストーリーラインの文章を並べ替え、必要に応じて新しい文章を追加する。新しい文章には、数字にアルファベットを加えたものを使用します(例:7→7a、7bなど)。
ストーリーラインに満足したら、表を埋める作業をもう一度行なってください。ブートキャンプの前に、既存の文章から有用なものを切り貼りして新しい文書に戻し、書き進めたい箇所についてコメントを書き込む時間を作りましょう。
専門が歴史学/法律/数学なので、上記のいずれのやり方も自分には当てはまらない!
愛すべき皆さん。私はこの10年間、ずっとこの苦情を聞いてきました。
皆さんの苦情は受けとめますが、これらの手法の中には実際に効果のあるものがあるのです。少なくとも一度試してみてください。あなたの状況についてロードマップの一番上に書いて、できたものを送ってください。
数学の論文で直面する課題:「流れ」の邪魔をするのは、たいてい数式を調整するために立ち止まることです。紙に描いたり、写真を撮ったりして、文書の特定の位置に挿入することをお勧めします。しかし、数式の作成や調整こそが、数学者にとって論文執筆である場合もあります。そんな場合はご相談ください。私たちは数式を「単語」としてカウントし、参加者が褒賞を得られ、進捗状況を把握し、達成感を得ることができるようにします。ブートキャンプに来る前に、どの項目の作成が必要かを明確にしておいてください。
歴史学/法学の学生の課題:歴史学や法学の論文執筆で最大の問題は、高い精度の情報収集が必要となることのようです。ブートキャンプで、物理的な情報源となるものがない状況で執筆を行うのは、不安の種になりかねないのはよく分かります。研究の性質上、常に何かをチェックする必要があるということも、執筆の流れが途切れさせてしまいます。
ブートキャンプを最大限に活用するためには、執筆を炒め物のように扱い、この膨大な作業の負荷を最小限に抑える方法を見つける必要があります。事前にできる限り材料を切っておくのです。「Building a second brain for writing」というプレゼンテーションの18枚目のスライドには、情報を消化しやすい塊に分けて管理するアイデアを掲載しているので、ぜひご覧ください。もしメモアプリの「Obsidian」に興味があり何かヒントが欲しいという人がいれば、インガーにメールを送ってください(。
原文を読む:https://thesiswhisperer.com/2023/03/01/preparing-for-a-binge-writing-session/