論文のエラー訂正や撤回について統計学者が苦言

論文 のエラー訂正や撤回について、アラバマ大学の生物統計学者デーヴィッド・A・アリソン氏は苦言を呈しています。それは2014年夏、同氏がファーストフードを食べることが子どもの体重にどれだけ影響するかを評価した論文を読んでいたところ、ある数理モデルを応用したその分析は影響を10倍も過大評価していることに気づきました。肥満の専門家でもある同氏は、同僚らとともに問題点をまとめて、その論文が掲載されているジャーナルの編集部に書簡を送りました。数カ月後、書簡の主張は受け入れられ、その論文は撤回されたといいます。
アリソン氏らは、そのようなエラー(ミス、間違い)が自分の専門分野のほかの論文でもあるかどうか調べたところ、残念ながら多数を発見してしまい、そのうち25件については同様に著者またはジャーナル編集部に書簡を送ったといいます。彼らはそのほかにも10件以上のエラーを認識したといいますが、あまりに時間がかかってしまうので、中止せざるを得なかった、と『ネイチャー』誌に寄稿した論評で述べています。
すでにジャーナルに掲載された論文をあらためて精密に評価することを「掲載後査読(post-publication review)」といいます。アリソン氏らは「私たちが行なった掲載後査読のうち、あまりに多くのものが、実際には検死(post mortem)だった」と振り返ります。
アリソン氏らは、「よくあるエラー」が3つある、といいます。第一に「クラスター無作為化試験における研究デザインや分析の誤り」。第二に「メタアナリシス(メタ分析)における計算間違い」。第三に「不適切なベースライン比較」。より詳しくは、専門誌『肥満(Obesity)』に投稿中の論文で紹介されるとのことです。
科学というものは、基本的には「自己訂正(self-correction)」にもとづいて存在するものであるはずだが、科学出版業界は訂正に積極的でない、とアリソン氏らは苦言を呈します。彼らによれば「ある出版社は、掲載された論文の撤回を先導する著者には1万ドルを請求するつもりであると決めている」といいます。


アリソン氏らは、エラーが見つかった論文を修正したり撤回したりすることについて、現状では6点もの問題があることを挙げています。
1. 編集者たちがスピーディで適切なアクションを取ることができないか、それに積極的でないこと
2. 懸念の表明をどこに送るべきかがはっきりしないこと
3. 不適切なエラーを認めたジャーナルが論文の撤回を発表することに積極的でないこと
4. 「他人の」ミスを修正しようとする著者にジャーナルが投稿料を課していること
5. 生データをリクエストするための標準機構が存在しないこと
6. 非公式な懸念の表明が見過ごされること
そのうえでアリソン氏らは「掲載後査読の強化」として、研究者、編集者、ジャーナルや出版社のそれぞれが行なうべきことを、以下のようにまとめています。

投稿時に統計学的なエラーを防ぐ方法 掲載後の修正を効率化する方法
研究チーム〔著者〕 研究のデザインや分析において、統計の専門家を最初から入れること。分析を完全に記述すること データやコンピュータ・コードを管理し、簡単に入手可能にしておくこと(公共的データ・リポジトリーへの登録についてはhttp://www.re3data.org/を参照)
編集者 統計的な正確さを必要とする論文を見つけ、それらを的確な査読者に送るためのプロトコル(手順書)を作成すること 読者の懸念に対して迅速に対応すること。この研究が精査中だということを、非難ではなく、警告として公式に表明すること
ジャーナル、出版社 〔著者に対して〕査読の間、生データと分析コードを利用可能にするよう求めること 懸念を表明するためのプロトコルを作成すること。読者がコンタクトすべき人物をはっきりと決めておき、プロトコルを実施できるよう編集者たちを訓練すること。懸念や撤回を表明するための掲載費や有料コンテンツ枠を撤廃すること

出典:Nature 530, 27–29 (04 February 2016) doi:10.1038/530027a(粥川準二仮訳)
残念ながら、科学にエラーはつきものです。少しでもエラーを防ぐ仕組み、そしてエラーが見つかったときにはすみやかに訂正できる仕組みが求められているのです。科学の歴史とは、訂正の歴史でもあるのです。


ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。

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