パンデミック突入2年、PhD取得者の就職事情、分野別状況は?

オーストラリア国立大学のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。ミューバーン准教授がパンデミック開始から2年を経たオーストラリアにおける大学の内外、分野ごとの求人傾向や、PhD取得者の就職事情について伝えてくれました。


ご存じの方も多いと思いますが、私はPhD取得者の就職について研究しているので、ここ10年近く、研究者向けの求人広告を見てきました。今回の記事では、パンデミックが始まって2年が経過した時点での、大学内外の求人市場についての最新状況をお伝えします。

この記事の全文を読まずに内容を確認したいという場合は、最新のレポートをダウンロードして参考にしてください。もちろん、この記事を最後まで読んでいただければ嬉しいです。

求人広告が一種のデータとして面白いのは、それが雇用者の希望する、おそらく実在しない人物のリストであることです。求人広告の文面を読み込み、広告数をカウントすることで、求人市場の規模や状況を知ることができます。また、求人広告からは雇用者が求める人材―つまりどのようなスキルや能力、考え方を持つ人物を求めているのか―も分かります。教育者としては、求人広告を見ることで逆に教室で何を教えるべきかを見直すことができます。もちろん、大学は雇用者が求めるものだけを教えるべきではありませんが、雇用側の要望を全く無視することもできないのです。私は、求人広告のデータの調査研究を、ライティングとプレゼンテーションのワークショップの内容に生かしたり、オーストラリア国立大学(ANU)が就職を希望する学生にどのような専門スキルを付けさせるかを決める際の指針にしたりしています。

研究職の求人広告に関する私の初期の研究は、レイチェル・ピット博士(Rachael Pitt)と協力して行った研究で、これをまとめた論文「Academic Superheroes」は、私の論文の中では最もダウンロード(そして引用)回数の多い論文となりました。2017年以来、私はANUの同僚のハンナ・スオミネン(Hanna Suominen)准教授とウィル・グラント(Will Grant)准教授と共に、ANUが運営する学外の研究職を紹介するサイト「PostAc」プロジェクトを通して学外の求人広告を見てきました。

私たちは、研究者のための求人検索アプリPostAcを公開しています。機械学習と自然言語処理を用いたこのアプリは、およそ数百万件の求人広告を分析するもので、幅広い業界で研究経験のある人材が求められていることが確認できます。PostAcの高度な処理能力により、各業界の求人状況の分布を可視化することができるのです。下の図は、2015年のSeek.comの全求人広告から、製造業、運輸・物流業の求人情報を抽出したものです。

求人広告を、研究能力が不要な「0」から、高い研究能力が必須となる「10」までに分類してランク付けしています。製造業、運輸・物流業では、トラック運転手(研究能力は不要)から、事務職や技術者(研究能力を活用しながらもそれをクリエイティブに使うわけではない仕事)、そして少ないながらも増加している博士号レベルを超えた能力が必要な職種までが示されています。これらの業種を詳しく見ると、3Dプリンターやロボット、AIに関わる仕事がたくさんあることがわかります。

業界によって状況は異なります。製造業、運輸・物流業でこのようになっているのは、業界特有の課題があるためです。私はよくAmazonを例として挙げています。かつてのAmazonでは倉庫のスタッフを大勢雇用していましたが、注文処理をスピードアップするためにロボット工学への投資を始めたことから、現在はロボットの設計・保守を行う人材を必要としています。こうした仕事の多くは、コンピュータサイエンスのような分野で学位を取得し、定量的なスキルを重視する人に適しています。しかし、Amazonでは定性的な研究を行ってきた人材も必要としています。例えば、私たちのデータベース上にひとつの求人案件「チャネルマーケティング・マネージャー」という職がありますが、この仕事は、プラットフォームを閲覧する人々によって集められたデータやインタビュー、アンケートを通じて、人々がなぜ特定の本を購買するかを調査する仕事です。

私たちの強みは、分野を超えたアプローチをしていることです。求人広告に書かれた職務内容やキーワードではなく、広告が暗示する人間のタイプを探り出すアルゴリズムを採用し、データサイエンスの仕事だけでなく、求人市場全体を俯瞰し、就職機会を探し出すことができるようにしているのです。

このPostAcの技術を使って行ってきたことのひとつが、パンデミック期間における求人市場の定期測定です。パンデミックが始まった2020年3月から4月にかけ、広告の総掲載数は急減しました。雇用者たちが事業環境に不安を感じて求人を見送った結果、求人数が一気に激減する「Covid Cliff」(訳注:コロナ感染拡大の影響で求人数が急降下したことを受けたもの)が生じたのです。

オーストラリアにおけるこの就職市場の不安定な状況は最初のロックダウンの間続いていましたが、その後は力強く回復し、研究経験が強く求められる仕事の雇用が2倍以上に増えた業界もありました。特に好調だったのはスーパーマーケットで、他の産業が落ち込む中にあっても求人数を延ばし続けました。パンデミックの間、私たちの購買習慣がオンラインに大きくシフトしたことを考えれば、求人の変化は理にかなっています。この結果、小売業者に購買傾向の膨大なデータが集まることとなったのです。当然のことながら、データを解析できる人材が求められることとなりました。

残念ながら、2021年後半のロックダウンは、学外の研究職の求人を減少させてしまいました。クリスマスの時期には、パンデミック前の2019年時点の「通常」の水準に戻ったように見えましたが、これがクリスマス期の通常の減速なのか、より大きな枠での求人市場の鈍化なのかはわかりません。最初のオミクロン波は落ち着いてきたように見えるので、跳ね返りがあるかどうかに注視しています。

ここで指摘しておきたいのは2019年時点での産業界における研究経験を持つ人材の求人数は、同時期の大学・研究機関の求人数を凌駕していたということです。2021年7月から8月にかけ、研究実績を持つ人材に適した求人は3万件を優に超えていましたが、同時期に大学が出していた学術関連職への求人総数は1000件程度でした。大学・研究機関における求人市場は、学外での求人と同じような急激な落ち込みがあったものの、回復はずっと緩やかだったのです。

さらに悩ましいことに、2021年に募集された学内の研究職は、以前にも増して見通せない状況となっていました。健康科学や生物医学など潤沢な研究費が確保できている分野では、まだポスドクの募集がありましたが、それ以外の分野では正規雇用はほとんど増えませんでした。哲学など、非常に落ち込んだままの分野もあります。2019年の数字を見れば明らかですが、哲学の研究者として大学に採用されるのは常に難しいことだったのです。

哲学と宗教学の分野で「良い年」には24件の求人がありましたが、ここ2年は年間6件程度の募集しかありません。ポスドク市場(表中の黄色で表示してある部分)が強い分野もあれば、正規採用の求人が多い分野もあります。こうした正規雇用の仕事は、より多くの経験を必要とする傾向があり、PhD課程を修了したばかりの人に適した求人はあまりありません。

こうした状況は、PhD課程の学生や卒業生がPhD取得後の仕事の選択肢を考える上で何をもたらすのでしょう。

少なくとも大学内では、進もうとする分野によって事情は異なるでしょう。生物医学や臨床科学のように政府からの潤沢な助成金に支えられている分野では、経済学などように政府があまり投資を必要としないと考える分野よりも、職を得るチャンスは多くあります。また、ビジネスやITなど、学部生を教える需要が大きい分野でも、地球科学や化学などのよりニッチな学問分野よりも多くのチャンスがあるでしょう。

学術的なキャリアを確立するコツは、「総合的」であること、つまり教育と研究の両面における強みを見せることです。この2大要素に加え、高等教育の仕組みに関する知識を示し、委員会のメンバーや学生たちをサポートする役割を果たせるようにしておくことも必要です。総合的な能力を身につけるには時間がかかりますし、学問の「舞台裏」の仕事に触れることも必要です。どのような分野で働きたいかによって、大学・研究機関でのキャリアへの道はまったく異なるものになります。

物理科学のように、ポスドクやキャリアの浅い研究者の市場が確立されている分野では、PhD取得後の足がかりを学内で見つけるのは比較的容易かもしれません。研究を続けるための短期契約を繰り返すうちに魅力的な雇用につながる教育や業務の経験を積むチャンスもあります。物理科学のような分野では運と人脈が必要ですが、フルタイムで賃金を貰える短期契約は、指導と研究を組み合わせた正規の職に就くための良い準備段階となるでしょう。

建築、文学、歴史など、ポスドクの職があまり確立されていない分野では、学内でキャリアを継続する選択肢は限られます。ほとんどの場合、空きが出るのは非常勤講師の口だけで、時給での収入が得られたとしても、給料としての収入が得られない期間が長くなってしまいます。非常勤講師であっても、学術界とのつながりは保たれますが、研究キャリアを維持するための場所や時間、リソースを実際に得ることはできません。半年分の給料すら支払われないような場合、正規に雇用されるための書籍や論文を書くのは本当に難しいのです。よほど裕福か、私のようにパートナーからの金銭的支援を受けていない限り、フルタイムの研究キャリアに移行することは、不可能ではないとしても非常に困難なことなのです。

学問の世界には、公然と議論されてはいないものの、公平性の問題も数多く存在しています。研究職に就くのが大変なことは誰もが知っていますが、特権と様々な人生の選択は複雑に絡み合う可能性があるということもはっきり認識しておくべきでしょう。ゴールのすぐ近くからスタートする人もいるでしょうし、その優位性は学部時代からずっと続いているのかもしれません。例えば、学部生の時にビジネスやITのキャリアを歩むことを決めたのであれば、優位な位置に付けられるということです。一方、建築学、コミュニケーション学、看護学などのように、専門的な実務経験を非常に重視する分野もあります。大学の外に出てしばらく過ごすことは、一般に思われるような片道旅行ではなく、学問の世界に再び戻ってくるための通過点となることも十分にあり得るのです。私の耳には、大学の外での生活が素晴らしく「大学を去る選択をして正解だった」という話もよく入ってきます。

PostAcアプリが、学外での就職先を探すきっかけになればと思います。新しいバージョンでは、募集中の求人だけでなく、過去の研究職の求人も閲覧できます。アプリのデモはpostac.com.auでご覧いただけます。契約している大学からのみフルアクセスが可能なので、自分が所属する大学のメールアドレスを使ってアカウントを作成し、アクセスができるかを確認してみてください。所属の大学が契約していない場合、こちらのアンケートにご記入ください。こちらからご所属の大学にアプローチします。

大学職員の方でPostAcへのアクセス取得にご興味のある方は、こちらのPostAcのページで詳細をご覧ください。

求職中の皆さんの幸運を祈ります。私は、PostAc をANU内の非営利企業として登録し、継続的な研究活動をできるようにすることを目指しています。ご期待ください。

PostAcに関する情報は、こちらも参照ください。

What is PostAc?

https://thesiswhisperer.com/postac/

原文を読む:https://thesiswhisperer.com/2022/03/02/what-are-your-post-phd-job-prospects-2-years-into-the-pandemic/

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