心で叫んでも、研究続行 – プロジェクト管理と不確実性(後編)

オーストラリア国立大学のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)准教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。2020年の心の叫びの前編は、研究には不確実性が付きものだということでした。後編は、前編の後半で紹介されたMeyerらの論文から無秩序な不確実性への対処戦略の紹介です。

前編はこちら


Meyer、Pich、Lochによる論文には、無秩序な不確実性に対処する戦略がいくつか示されています。私が自分でそれらの方法すべてを試した中で、自分なりに有効だと思う方法を見出したので、そのうちの幾つかを紹介しましょう。

自問自答:情報ギャップはどこだ?

研究分野の情報サイト、データ、ツールなどにアクセスできていますか。必要な情報に辿り着くには研ぎ澄まされた直感や経験が重要になります。不確実な状況では指導教官からの情報を頼りがちですが、普段から類似した研究プロジェクトに従事した経験を持つ多くの人々の話を聞いておくようにしましょう。彼らは若手研究者が陥りやすい落とし穴について教えてくれるはずです。

複数の実験や調査、手法を並行して試して、どれが有効を見定める

例えばインタビュー調査を行うのであれば、調査結果を補足できるような分析がないかチェックしておきます。実験を行うのであれば、長時間かかる実験を行う前に、短時間で完結できる実験を複数手がけるようにします。もちろん、こうした実験の記録を取ることも忘れずに。数々の実験が後々になって有用だとわかったのに正確に記録されていなかったがために、もしくは適正な倫理承認を取っていなかったがために、論文に書き込むことができなかったとなっては悔やみきれません。実験を行う時には、着実に準備し、しっかり記録を残しましょう。

研究には、反復とフィードバックから学び続けることが不可欠だと念頭に置いておく

論文原稿に書かれない作業がたくさんあることは肝に銘じておきましょう。徒労に終わる多くの作業をこなすことは、研究には付きものです。決して失敗ではありません。

研究プロジェクトの多くは事前に完璧な計画ができていたわけではない――としても、計画すること自体の重要性は変わらない

実験計画を作成することは、研究プロジェクトがどのような過程をたどるかを確認する指標となります。確認作業を行うことで、何がうまく行かなかったのか把握することもできます。研究者は、コストをかけたとしても収支がプラスに転じることはないと頭では分かっているのに、投入したコストを回収しようとより多くのコストを投入し続けてしまうコンコルド効果(またはサンクコスト効果、sunk cost fallacy)という心理的な罠に陥りがちです。こうなるとなかなか方針転換ができず、ずるずるとプロジェクトを長引かせてしまうのです。自分の状況を見直すことが、タスクに必要な時間を見直すスキルを上達させるひとつの策です。私は、PERT法という工程管理の手法を使っています。工程を図示して所要時間を見積もる手法ですが、ここでは細かい説明はしません。興味のある方は、私が講習で論文執筆のプロセスに必要な方法やツールを解説するために使っているスライドを参考にしてください。

Meyerらの論文でもうひとつ注目したいのは、利害関係性の管理です。プロジェクトの手法自体が変われば、成果も、そして時に研究課題(リサーチクエスチョン)も変わります。Meyerらは、プロジェクトにおける研究者とは、新規プロジェクトの成果を利害関係者に「売る」ことを目指す起業家のようなものだとしています。研究を売り込むためには指導教官の助けが必要です。これが、不確実性を伴う研究という旅路において、指導教官に随伴してもらうことが極めて重要となる理由です。

指導教官には、進捗状況や、問題解決のために何を行ったかを定期的に報告しておくと良いでしょう。Meyerらはこの作業を「逸脱行為の説明(explain the deviance)」法と称し、お互いにの高い信頼関係があって初めて可能となる関係管理のアプローチであると述べています。指導教官と月に何回かでもコーヒーを飲みながら語り合える学生であれば、良い信頼関係を築けるでしょう。ということで、私は研究に大きな進展がなくても、指導教官と一緒にコーヒーを飲むような打ち解けた関係を築くことを学生たちに勧めています。指導教官との間に定期的に関わることで育まれる信頼関係を持つことができれば、険しい研究の道のりも導いてもらえるでしょう。

しかし、3か月や半年に1度、あるいはもっと稀にしか指導してくれないような指導教官の場合、関係性を管理する上で大きな問題が立ちはだかると言わざるを得ないでしょう。一緒に過ごすことのない相手との間で信頼関係を築くことは難しいのです。また、研究における不確実性に自分がどう対処しているか誰とも共有していなければ、置かれた状況についての不満を吐き出すこともできません。プロジェクトを頻繁に変更する学生は、悲しいことに往々にして指導教官から「変わり者」扱いされてしまいます。研究プロジェクトに不確実性が付きものであることを考えれば、変わり者呼ばわりはフェアではありませんが、会うたびに全く違うプロジェクトを持ち出していれば、そう呼ばれてしまうのもある意味仕方がないでしょう。そこで、稀にしか会えない指導教官への対処法としては、例えばマンスリーレポートを送るなどが有効です。最低でも月に1度、プロジェクトで起きたことを全て書きとめてメール送信するのです。メールであれば送信日時も記録されるため、指導教官がそのときに読まなかったとしても、送信した記録は残りますし、自分が下した判断についての説明にもなります。

研究プロジェクトの不確実性について長く語ってしまいましたが、私にとってとても役に立ったので、皆さんにとっても役立てばと思います。自分が研究を進めるにあたって心の中で何を叫んでいるのかを、見つめ直す機会となったからです。さしあたり、これを読んだ皆さんが、自分自身の不確実性と共にしっかりと歩まれることを願っています。

インガー

不定期でアップしているPodcastの「On the reg」で、「Gantt charting your way to heaven while Team Trump does a presser next to an adult book store」と題して共同ホストのDr. Jason Downsとプロジェクトの不確実性について話をしていますので、こちらもお時間があればどうぞ。

原文を読む:https://thesiswhisperer.com/2020/12/02/please-keep-doing-your-work-while-you-scream-inside-your-heart-a-guide-for-research-project-management-during-covid/

X

今すぐメールニュースに登録して無制限のアクセスを

ユレイタス学術英語アカデミーのコンテンツに無制限でアクセスできます。

* ご入力いただくメールアドレスは個人情報保護方針に則り厳重に取り扱い、お客様の同意がない限り第三者に開示いたしません。