査読の貢献を研究業績の一部に:ORCID iD入力が可能に

査読付き学術雑誌(ジャーナル)に論文を発表することは、研究成果の学術論文としての妥当性が当該分野の専門家に認められることであるとともに、論文に書かれた内容の信頼性を読者に担保することにつながります。

一般的には、論文を学術ジャーナルに投稿すると、査読のプロセスが始まります。まず、投稿論文を受け付けた学術ジャーナルの編集者は、その論文の分野の複数の研究者に論文を送り、評価を依頼します。研究者は「査読者」として、論文を読み、ジャーナルの出版基準を満たしているか、論文の内容が掲載に値するかを判断します。査読が完了し、基準を満たしているものがジャーナルに掲載されます。

査読は、研究成果の発表を判断する重要なステップであり、学術研究の信頼性を下支えするものです。ジャーナルの編集者が当該分野の研究に精通しているわけではありません。その分野で実践的な経験を積んだ研究者だけが、論文に記された研究内容について理解し、研究が妥当なものか判断できるのです。査読が論文出版にとって重要なステップであるにも関わらず、従来は研究者としての正式な実績とは認められてきませんでした。研究者にとって査読者となることはどのような利益があるのか?研究者は無償で科学に貢献するべきなのか?査読プロセスにおける研究者の責務については議論となっています。

この問題への改善策として、査読プロセスへの参画を研究業績の一部とする動きが進んでいます。

査読者のORCID iDの入力を可能にして研究者としての信頼性をアップ

査読プロセスは研究者の負担になるという考えは変わりつつあります。2019年6月26日、PLOS(Public Library of Science)がPLOSの全ジャーナルを対象に査読者のORCID iDの入力を可能にしたと発表しました。これによって査読者は、査読履歴を追跡し、査読への貢献を研究業績の一部とすることができるようになります。PLOSは2000年代の初頭からオープンアクセス(OA)ジャーナルの出版を進めている出版社で、現在は医学・生物学分野を中心に7誌を発行しています。ORCID(Open Research and Contributor ID)とは、複数の学術コミュニティ機関によって設立された非営利団体が管理する研究者のID(識別子)で、一度登録すると、研究者が所属組織を変わっても同じ番号で業績が一元的に認識されるようになります。PLOSは2013年にORCIDに加盟して以降、投稿者にORCIDの使用を積極的に求めてきました。
PLOSの新しい取り組みでは、研究者は査読が完了するとORCID iDの入力が求められ、自分のIDを入力しておけば、自分の査読履歴を追跡できるだけでなく研究業績の一部として利用することができるようになります。査読に寄与した研究者は、査読完了と同時に「査読クレジット(Reviewer Credit)」を取得することができるのです。査読に貢献したことは記録に残りますが、査読の内容を公にするものではないため、査読内容の匿名性が保たれたまま作業の追跡が可能となります。研究者にとって査読を業績のひとつとして記録できることは、学術的評価を気づくためには有益です。査読によって得た信用は、研究分野への貢献を実証するのにも役立つからです。

ORCIDの査読セクション

ORCIDの査読セクション(Peer review section)に記載された情報によると、査読を実施する組織(出版社など)が査読プロセスにおいて研究者にORCID iDの入力を求めることで、ORCIDの記録に反映させます。出版社などはORCIDによって信頼できる組織もしくはクレジットを付与できる組織として認定されている必要があり、この信頼できる組織がORCIDに査読記録を追加するまではそれぞれの研究者の実績としては表示されません。所定のプロセスを経ることで、査読を実績として公表できることになります。このような仕組みを取ることで、査読実績の信頼性を担保しています。

研究者にとって、論文を発表することは重要な要素ですが、当該分野に精通しているからこそ依頼される査読への貢献を経歴に加えることができるようになったことは大きな前進でしょう。また、ORCID iDを入力することで査読に関わった研究者の貢献および査読作業の可視性を高めることができます。ORCIDの査読セクションには、個人が組織をまたいで行った投稿も表示され、識別子に基づいて自動的に集計されます。研究者の経歴を一元的に、しかも第三者の目を経た経歴として管理し、公にすることは大きなメリットとなるでしょう。

副次的効果も

出版社がORCID認識制度の導入を促進することには、架空の著者や実際に研究に貢献していない研究者、権威ある研究機関に所属する研究者の名前を著者として記載する、いわゆる「偽の共同執筆者」の問題を抑制する効果もあります。ジャーナルの編集者が、実績が多く定評ある研究機関の研究者の名前が著者として記載されている論文の掲載に前向きに取り組む傾向は否定できないとしても、ORCID iDを持たない研究者を共同執筆者として名前を載せることを厳しく制限する方針が明らかであれば、執筆者は名前を載せる共同執筆者の一人一人から許諾を得る必要が生じます。また、知らずに共同執筆者として名前が載せられた研究者は、ORCIDから注意喚起情報を受け取ることで不正に気付くことができるようになります。

査読は一般的には匿名で行われ、査読者は無報酬で作業に取り組むことが求められています。今回、PLOSがORCID iDの入力を可能にすることで、査読者の作業に対する信頼性と可視性を向上させ、研究実績としての登録できるようにしたことは、研究者の貢献に価値を加えることになるでしょう。研究コミュニティにとっても査読プロセスの透明性においても大きなことです。こうした制度の普及・拡大にむけた議論が活発化していくことが期待されます。


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