音楽、映画、そして今、学術雑誌へ

音楽や映画などの娯楽の世界と学問発表の場としてのジャーナル(学術雑誌)の世界。まるで接点がないように思われますが、実はその根底には「デジタル化による仲介役の排除」という大きな共通点が見られます。
音楽を記録したもの、すなわち「レコード」は、比較的最近まで、現在では「ビニール盤」などと呼ばれるアナログ録音のものが主流でした。いまでも「レコード(記録)」というと、アナログ録音のビニール盤のことを意味することが多いようです。しかし1980年代にデジタル録音が多くなってくると、それを収めた媒体としてCD(コンパクトディスク)が普及しました。その後、インターネットが普及してくると、デジタル録音した音源がインターネットを通じて配信されるようになりました。とりわけ2003年にアップルがiTunes Music Storeをスタートさせたことがそのトレンドに拍車をかけました。アメリカでは、有料配信の売り上げがCDのそれに追いつこうとしています。日本では、CDの売り上げは落ちているものの、有料配信はそれほど伸びていないのですが、おそらく将来的にはアメリカのようになるでしょう。
映画についても同様です。記録媒体はフィルムからVHSなど磁気テープへ、DVDなどの光ディスクへと変遷し、いまでは音楽と同じように、インターネットでの配信が普及し始めています。アメリカのレンタルDVDの大手「ブロックバスター」は2013年、経営悪化のためほとんどの店舗を閉鎖し、インターネットでの配信に力を入れていくことを発表しました。
学術出版業界もまた、音楽業界や映画業界と同じことを経験しつつあります。
ごく少数のお金持ちの所有物であった「最新のデータ」や「より深い知識」が、それらに興味を持つ不特定多数の人たちへと行き渡るようになったのには、専門のジャーナルの功績があげられます。このためジャーナルの出版はある時期まで、多くの研究者たちのボランティアで支えられてきました。そしてジャーナルの出版の多くが資本主義に飲み込まれ、民間企業が行うようになった今でも、査読は、選ばれた同業の研究者による無料奉仕によってまかなわれるのが一般的です。
しかし、インターネットが家庭で当たり前のように使えるようになった今、よりすぐれた研究結果を、より早くより多くの人たちに読んでもらうためにベストな方法は、大きな転換期を迎えています。
音楽業界や映画界が、大手レコード会社や映画会社による寡占に対する非難を浴びて、不本意ながらBitTorrent(ビットトレント)などのファイル転送ソフトウェアの普及に拍車をかけてしまったのと同様、現在、ジャーナルの出版社に対しても、出版権を独占し、利益優先をしすぎているという批判が日々高まりつつあります。そしてその反発として、学術出版のオープンソース化(オープンアクセス化)が注目を集めています。
多くの研究が、何らかの形で税金から捻出された助成金や補助金を使って行われています。それにもかかわらず、その研究結果が、資金の豊富な大学や企業に所属する選ばれた人たちしか閲覧できないのは不公平であり、学問の進化を妨げていると批判されても仕方がないでしょう。しかもジャーナルの購読費が、有名大学ですら捻出できないほど高騰しているとあっては、学問の進化が止まってしまうのではないかという危惧も一笑に付せなくなってきています。
そのためアメリカでは、大きな大学の図書館が主体となって、学術研究論文のオープンアクセス化が急速に進んでいます。著名な学者によるジャーナルの査読ボイコットなども後押しして、この流れはこれからどんどん加速していくと思われます。2007年12月、アメリカでは、国立衛生研究所の予算で行われた研究の論文は、発表後1年以内に無料でアクセスできるようにしなければならないこと、すなわちオープンアクセス化の義務づけが法制化されました。アメリカだけではありません。2013年8月には、欧州委員会の調査によって、2011年に公表された論文からランダムに選んだサンプルのうち約50%が2012年末までにオープンアクセス化されていることが明らかになりました。
音楽業界や映画界が体験したように、学術研究発表の世界でのデジタル化も多くの反対や抵抗を体験し、その世界で活動するすべての人たちに大きな変化を強いることになるでしょう。将来への道を模索する中では、多くの失敗もあるかもしれません。しかし現時点でいえることは、オープンアクセス化は回避できないということです。流れに乗り遅れぬよう、大学の図書館員と情報を共有しあいながら、いつも最新の動きに敏感でありたいものです。

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