リサーチギャップの役割とそれを探る手法

オーストラリア国立大学のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)准教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。新規性があり有意義な研究を行うため、先行研究で解決されていない課題「リサーチギャップ」を見つけるのは、簡単な作業ではありません。今回は、メルボルン教育学大学院高等教育主任研究員、フェデレーション大学シニア・ラーニングスキル・アドバイザーのマーティン・デイヴィス准教授(Martin Davies)による、リサーチギャップを探る手法についての寄稿をお届けします。

「リサーチギャップ」とは、先行研究で解決されていない課題や、研究を行う余地が残されている課題のことです。とはいえ、何が「ギャップ」なのか特定するのに困ったことはありませんか?今回の記事は、メルボルン教育学大学院(Melbourne Graduate School of Education)の高等教育主席研究員でもあり、フェデレーション大学(Federation University)で若手研究者やスタッフへの指導を行うシニア・ラーニングスキル・アドバイザーでもあるマーティン・デイヴィス(Martin Davis)准教授による投稿を紹介するものです。デイヴィス准教授は、『Study Skills for International Postgraduate Students』(2011年)や『Palgrave Handbook of Critical Thinking in Higher Education』(Ronald Barnettとの共著、2015年)など6冊の著書を出版しており、2002年と1996年に別の大学院で哲学の博士号を取得しています。彼の詳細なプロフィールについては公式サイトをご覧ください。著書『Study Skills』の書評を読むことも可能です(こちらに掲載)。また、ダブルディグリー(複数の学位を取得すること)について興味のある方は、彼に以前寄稿してもらった記事(英文)も参照ください(こちらに掲載)。

*****ここからデイヴィス准教授による寄稿文書*****

博士論文を書くことが、娯楽小説や企業の年次報告書、議会提出書類、漫画、ロマンス小説を書くのと違うのはどんなところでしょう。これらの文章の書き方や書くために必要な準備(知識)はジャンルによって全く異なります。博士論文を書くために必要なものとは研究成果に他ならず、研究に求められるのは、先行研究で解決されていない課題、つまり、リサーチギャップ/研究ギャップ(以下、リサーチギャップで統一)を見つけ、明確にし、そのギャップを埋めることです。これがなければ学位論文は、トピックを議論する単なる言葉の羅列になってしまい、それだけでは博士号取得には不十分なものとなってしまうのです。

では、リサーチギャップは、論文全体の中でどう位置づけられるのでしょう。その役割とは何でしょうか。論文のアウトラインや、序論(イントロダクション)、本文、その他の構成要素とどのように関連させればよいのでしょうか。そもそも、どうやってリサーチギャップを見つければ良いのでしょう?博士課程に入ったばかりの学生が抱くであろうこうした疑問に、満足な回答がなされることはほとんどありません。

学術論文作成には、リサーチギャップを見つけ、明確にし、埋めることが不可欠です。これこそ論文以外のジャンルの文章の執筆と決定的に違う点です。「会話」の中で話題を絞っていくことを考えてみると、リサーチギャップを見つけやすいかもしれません。

  • 一般的領域は、分野の研究者の間で交わされる特定の会話です。
  • 特定領域とは、1つの会話の中の特定の部分に焦点を当てたものです(大きな会話の中の個別の話題)。
  • リサーチギャップとは、その会話の中で、これまでに言われていないことや、より詳細に語られる必要があることです。
  • 研究課題/仮説/目的は、リサーチギャップに対する疑問や、解決するために必要となるもの(仮説)や解決すべき理由(目的)です。
  • 本文(主題文)は、リサーチギャップへの疑問に対する自分の回答(研究提案の段階であれば暫定的な回答)です。

論文のアウトラインは、いわば論文の構成案です。自分の論文で何を主張したいのか、どのような構成になっているのか、読者に向けて論文のメッセージを伝えるものです。(8万~10万語におよぶ文書を読んでくれる読者に対して、事前に全体の流れを示しておくべきでしょう。)

これは、下図のように、一般的なトピックから特定の問題、そしてギャップへ、次第に絞り込まれる三角形として見ることができます。

リサーチギャップと同じ意図で用いられる言葉に「リテラチャーギャップ」というものがあります。文献検索を行ったり文献レビューを書いたりする際に、リサーチギャップが明らかになってくることもあるでしょう。文献レビューを書く際には、2つの部分でリサーチギャップについて効果的に示す必要があります。

  • 序論(イントロダクション)では、リサーチギャップの重要性と調査する価値があるということを立証するために十分な文献の検討を行います(そうしないと、先を読んでもらえません)。私はこれを取っ掛かりの文献、”Hook Literature”(フック文献)と呼んでいます。
  • 続く本文では、イントロダクションで述べたリサーチギャップをさらに明らかにするために、文献を詳しく説明します。フック文献について章を立てて詳しく説明します。

リサーチギャップがどのように示されるかの例を挙げてみましょう。太字で強調している部分がリサーチギャップで、その後に論文のアウトラインと本文が続きます(この例は上に箇条書きで示した順番とは逆になっています)。

組織のイノベーションとイノベーションに関連する行動についての先行研究では、イノベーションの普及に関するフレームワークを用いた説明が行われている(例えば、Rogers, 1983; 1995を参照)。このフレームワークは、さまざまなタイプのイノベーションを用いて広く検証されており、イノベーション普及の伝統的なフレームワークとされている(Gallivan, 2001)。Attewell1992)とGallivan2001)は、イノベーションの普及理論を批判し、同理論では複雑な技術の使用パターンの実情を説明しきれていないと主張している。伝統的なフレームワークが、ITの導入につながった諸要因に重点を置いているためである。Attewell1992 は、複雑なテクノロジーの導入および運用の成功における、組織的な学習と知識の発見の重要性を強調している。最近ではAttewell の問題提起を受け、組織的な学習プロセスとしてのIT 導入を調査する複数の研究が行われている(例えば、Fichman and Kemerer 1997; Boynton et al. 1994; Armstrong and Sambamurthy 1999など)。だが、主に知識の吸収能力(Absorptive Capacity)に関する理論に基づいて行われているこれらの研究には、大きく分けて3つの問題点が挙げられる(1)吸収能力理論の主要条件の1つである努力の程度が考慮されていない(2)組織的知識に対し、静的な視点でのみ観察を行っている。このようなアプローチは、ナレッジマネジメントの文献で批判されている(Nonaka 1994; Cook and Brown 1999)。(3IT導入におけるマネジメントチームの役割について結論の出ない証拠を提供している。

(アウトライン)本稿ではこれら3つの問題について詳細に考察するが、知識創出のメカニズムを明示的に検討することにより、その解決を試みる。知識創出のメカニズムにより知識の吸収能力理論の検証が可能であるというのが本稿著者の主張である。このメカニズムにより、組織の知識のダイナミックなプロセスを把握し、組織のIT導入の工程におけるマネジメントチームの役割を明確にできると考えているのである。

(本文) 問題点の考察以降の部分は、以下のように構成されている。第2節では本研究の動機について、第3節では理論構築と研究モデルについて叙述する。第4節で仮説を立て、第5節では、研究方法、サンプル、構成要素の運用方法、変数の測定方法、データ分析方法について説明する。

当然のことながら、論文作成で最も難しいのはリサーチギャップを見つけることです。何年もかかってしまうことすらあるでしょう。しかし幸いなことに、リサーチギャップを見つけるのに役立つ方法がいくつかあります。

1つは(トレーシング・ア・パス)という手法です。紙にボックスをいくつか描き、そのボックスの中に「Jones and Harris (2013)」、「Jamerson (2012)」、「Fredrickson (1999)」など、調べた文献の著者名を書き入れておきます。その後、ボックスに赤い線を書き込んでいきます。

論文の議論の土台とする文献を書いたボックスには赤い線を中央に、言及はするものの主な議論からは外す文献を書いたボックスには赤い線を端に書きこみます。赤い線が付かないボックスの文献は、対象外とします。次に線の付いた文献のボックスをグループ分けします。まず自分の研究に関係のない文献は削除し、残りの文献におけるリサーチギャップがどのようなものかを逆に辿って考えて、学術的に興味深いものを選び出します。必要に応じて取捨選択を繰り返し、焦点を絞り込んでいきます。

ベン図(Venn diagram)という手法も有用です。ベン図は、集合の関係を視覚化するものです。こちらはボックスではなく、関心のあることを円に書き込み、それらの集合の関係を円の重なり方で示します。例えば「教育」といった広い分野ではなく、狭い範囲を円に書き込み、それぞれの要素の関係を考えていくのが理想的です。それぞれの円で示された分野の文献と、自分の研究プロジェクトの接点が分かるまで円を描き続けます。円が描けたら、自分が取り組んでいる内容に十字で印を付けてみます。印の付いた論文が、研究で焦点を置くものとなるでしょう。

また、Page 98 Paperという手法もあります(2002年に出版されたRowena Murrayの『How to Write a Thesis』という本の98ページにそのまま記載された手法です)。これは、以下の要素をすべて網羅するような文章を1ページに書いてみるやり方です。

  1. 一般的なトピックは(25単語)
  2. 自分の研究課題とは(50単語)
  3. 同じテーマを研究している研究者は (50単語)
  4. 彼らの主張は (25単語)
  5. 研究者Aの主張は(25単語)
  6. 研究者Bの主張は (25単語)
  7. この問題に関する議論の中心は (25単語)
  8. このテーマで残された課題は(25単語)
  9. 自分の研究が最も近い研究は (50単語)
  10. 自分の研究の貢献は:(50単語)

この10項目の中で8番目がリサーチギャップに該当しますが、周囲の文脈との関係なしには理解できません。Page 98 Paperの戦略は、分量のある文章にまとめるよりも、論文全体を簡潔に示すペーパーに記すことによって、仲間や指導教官、その他関係者に目を通してもらいやすくするというものです。これら項目を書き出すことによって、必然的にリサーチギャップを探ることになるため、リサーチギャップを見つけるにも有効です。

もうひとつ、目次(Table of Contents)という手法もありますが、これには、ちょっとしたポジティブなイメージが必要です。(お気に入りのドリンクを飲みながらやってみるのもいいでしょう)。

まず、数年後に自分の論文が完成したときのことを想像します(この手法は、ある程度文献や書籍を読み込んでいる人であれば博士課程の早い段階からも使えます)。論文が審査に通り、素晴らしい評価を得られたとします。その素晴らしい論文の目次の章立てを想像し、主要なセクション、章と節、項など(必要な範囲内で)、思い浮かんだ通りに書いてみます。

次に、想像の中でしっかりと構成された論文の中の、すべての見出しと小見出しの中からリサーチギャップにあたるものがどこにあるかを確認します。リサーチギャップは必ず存在するはずです。作業は必要に応じて何度でも、論文執筆中は最低でも半年に1度は行います(私自身は博士課程の途中で訪れたクレタ島で最終的な目次を作成し、完成祝いに地中海で泳ぎました)。

この手法には別のバージョンもあります。小さなカードに、すべての見出しと小見出しを書き、それをシャッフルします。次に、カードを自然な順序で並べ直していきます。このとき、何も知らない友人にカードの並び順を説明するような気持ちで並べてみると良いでしょう。カードを並べて見えてくるリサーチギャップは何ですか?繰り返しになりますが、意味をなすように目次が並べられるのであれば、リサーチギャップが見つかるはずです。

*****

マーティン、優れた洞察力に基づくリサーチギャップの見つけ方をシェアしてくれてありがとう。(リサーチギャップが見つけられるあなただからこそ、博士号を2つも持っているんですね、納得です。)皆さんはどうでしょう?リサーチギャップを見つけるのは難しいと思っていますか。皆さんの考えを、コメント欄でお聞かせください。

原文を読む: https://thesiswhisperer.com/2019/03/20/10010/

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