査読 システムに限界、基準劣化のおそれ

生物医学のニュースサイト『STAT』は読者にこう問いかけます。「ゴジラと査読に共通するものは何か? どちらも必然的に自分の体重で崩壊してしまうはずだということだ。しかしどういうわけか、どちらも立っている」。『ネイチャー』によれば、すでに2010年の研究で、「査読システムは崩壊しており、まもなく危機に陥るだろう」と指摘されていたといいます。
しかし今年11月10日に『プロスワン』で公表された新しい研究によれば、今のところ査読者の数は、生物医学分野で毎年公表される膨大な数の新しい論文に間に合っている、といいます。論文は毎年100万件以上公表されており、しかも増加しています。
フランス国立衛生医学研究所の計算物理学者ミカエル・コバニスらは、生物医学の論文データベース「メドライン(MEDLINE)」に収録された論文を調査して、査読に費やされる時間を推計したところ、2015年だけで、6340万時間だとわかりました。もしジャーナル(学術雑誌)が時給75ドルという正当な対価を査読者たちに支払うならば、45億ドルの労働になるといいます。
「活動的な」査読者は毎年平均5件の論文を査読していることもわかりました。もちろん、年間何十件もの論文を査読する者もいれば、たったの1件という者もいます。また彼らの計算では、査読の需要に応じるために、2015年には180万人の査読者が必要とされたといいます。
前述の通り、査読をできる研究者の数は常に査読の需要を上回っているといいます。しかし問題は、労働の配分がきわめて不平等であることです。全体のうち5%の査読者が、全査読時間の30%近くを担っている、ということが今回の研究でわかったのです。


膨大な数の査読を引き受けている研究者のことを「査読のヒーロー」と呼ぶことがあります。コバニスたちは「こうした“査読のヒーローたち”はおそらく過労で、査読基準の劣化を招くリスクがある」と指摘します。
そのうえで、『ネイチャー』が興味深い見解を紹介しています。ニューヨークの出版コンサルタント、フィル・デイビスによれば「いわゆる“危機”は一流のジャーナルには影響していないかもしれない。その一方で、ひどい原稿をたくさん受け取る無名のジャーナルは、査読者を見つけることに苦労しているだろう。『プロスワン』のこの論文はそれらを分析していない可能性がある」。
コバニスらの研究ではそのほかにも興味深いことがわかりました。たとえばアメリカの研究者たちは、シェアで見ると、発表している論文よりも多くの論文を査読しています。中国はその逆で、査読の「輸入国」になっている、と『STAT』は指摘します。
同誌はこう主張します。「査読はきわめて欠陥のあるシステムである。しかし破壊するのではなく、修繕する価値のあるものだ。この最新の研究には、そうした見解を変更するものは何もない」
彼らはいくつかの提案をしています。たとえば査読者たちに支払いをすることです。そうすれば、査読を行う研究者たちは余分な仕事をするために余分な時間を費やしているという感覚を持たずに済むだろう、と。
また、論文の掲載や査読の基準をリセットして、論文の数自体を減らすべき、というある生物学者の意見を同誌は紹介します。
しかし、『STAT』は「もう一つの解決法」として、「もっと多くの、形態が異なる査読に道を開くこと」を提案します。たとえば、「パブピア(PubPeer)」「パブメドコモンズ(PubMed Commons)」といった情報交換サイトによって、 査読 は時間のかからない方法で可能になる、と。しかも同誌は、そうした情報交換サイトにおける議論は「おおむねにおいて」、今日行われている査読プロセスよりも「はるかに価値がある」とまで高く評価します。
実際のところ、2014年に話題になった「STAP細胞事件」では、「パブピア」における匿名ユーザーの指摘が問題発覚のきっかけとなりました。なお、そうした情報交換サイトにおける議論のことを「出版後査読(post-publication peer review)」と呼ぶこともあります。
『STAT』の提案は、一般的にいえば突拍子もないことかもしれません。しかしながら、コバニスらによる調査結果と合わせて、念頭に置く価値はあるでしょう。


ライター紹介:粥川準二(かゆかわじゅんじ)
1969年生まれ、愛知県出身。ライター・編集者・翻訳者。明治学院大学、日本大学、国士舘大学非常勤講師。著書『バイオ化する社会』(青土社)など、共訳書『逆襲するテクノロジー』(エドワード・テナー著、早川書房)など、監修書『曝された生』(アドリアナ・ペトリーナ著、森川麻衣子ほか訳、人文書院)。博士(社会学)。

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