研究者がベストセラー作家になるには

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)准教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回はミューバーン准教授の知人、研究者であり、同時にベストセラー・ノンフィクション作家でもあるリン・ケリー博士が、どうやって博士課程の研究を元に「売れる本」を書いたのか、の紹介です。


私は、執筆や出版を生業とする人々に囲まれていますが、リン・ケリー博士は、私の知人の中でもとりわけ多くの本を執筆・出版している人です。私と彼女は公私ともに長い付き合いがあり、彼女が博士号取得前からノンフィクションを書いていたのを知っているので驚くべきではないのかもしれませんが、私の知る限り、博士課程の研究から学術書(『Knowledge and Power in Prehistoric Societies』)とベストセラーのノンフィクション(『 』)の両方を書いた唯一の人物です。

学術書は読む気にはなれなかったので『The Memory Code』を読んでみたところ、本当に引き込まれてしまいました。説明は難しいのですが、ストーンヘンジのような場所とオーストラリアのアボリジニに古くから伝わる記憶法を結びつけ、口承文化において知識がどのようにして物に記録されるかを示しています。恥ずかしながら、過去200年間にオーストラリアのアボリジニの知識や文化が計り知れないほど失われたことを私が本当に理解するには、誰かに自分たち(白人)の歴史と結びつけて示してもらう必要があったのです。リンがそれをやってくれました。自分たちの方法を惜しみなくリンに教えてくれたアボリジニの長老たちには頭が上がりませんし、逆境の中、人々が伝統を守り続けていることは本当に感謝すべきことです。

深い敬意を示さずにはいられません。

彼女の著書『The Memory Code』(2016年出版)は多くの賞賛を受け、販売部数も伸びました。航空会社の機内誌に有名な俳優の愛読書として掲載されたこともあります(このような形で博士課程の研究が認められたのは、史上初のことではないでしょうか)。『The Memory Code』に続いて彼女は『 』(2019年出版)を出版しました。まだ読んでいませんが、前作同様に好評を得ているのでしょう。その彼女が、自分の博士課程の研究をベストセラーのノンフィクションにするための知恵を分けてくれるというので、私はこのチャンスに飛びついたのです。

人文学やビジネスの分野で博士論文を執筆中の方で、それをベストセラーにして稼ぐことに興味がある方はぜひ、続きを読んでみてください。理系の皆さんにはあまり興味のない話かもしれませんが、天文学と天体物理学に関する多くの書籍を出版したニール・ドグラース・タイソン博士のように広くその名前が知られる研究者になりたいと思うのであれば、参考にしてもらえるでしょう。

以下がリンの公式プロフィールです。

中等教育での長年のキャリアを経て、現在 。世界中の先住民文化や初期の文字文化が使っていた記憶法を研究。現在は、それらの記憶法を現代風にアレンジしたものを自身の生活の中や学校で、そしてあらゆる年齢層の大人とともに実践している。ストーンヘンジをはじめとする古代遺跡が造られた目的を考察する研究は『Knowledge and Power in Prehistoric Societies』(2015)としてケンブリッジ大学出版局から出版され、一般読者向けに書かれた『The Memory Code』(Allen & Unwin, 2016)はアメリカ、イギリスでも出版され多くの外国語にも翻訳されている。『The Memory Craft』(Allen & Unwin, 2019)では、これらの記憶法を人生の中で実践する方法を解説。2017年と2018年にオーストラリア記憶力選手権のシニア部門で優勝している。詳細プロフィールは公式ホームページを参照。

ブログの投稿記事やコメントでは、象牙の塔に閉じこもる私たちエリートに与えられた博士号という資格が尊重されていない、ということが話題に上ります。私たちには、このような誤解を解く能力だけでなく、義務があると私は思っています。他の研究者にどう思われるかを気にするのはやめ、博士号が取れたら、たった1ページでもいいので一般向けに書くべきだと思うのです。

研究の中でひらめいた数々の価値のあることの中には、決して論文に書かれることなく、もちろん学術雑誌にも載らないものがあるでしょう。そのような、会話の中で笑いを誘うようなちょっとした話こそが、人間を言葉を自動的に操る存在である以上に輝かせるものなのです。

私は7年前に、先住民族の文化の驚くべき知識体系と、彼らがいかにして膨大な量の実用的な情報を記憶するかについての研究を博士論文にまとめました。私はそのアイデアを考古学に援用し、ストーンヘンジや、その他それほど有名ではない遺跡が造られた目的についての新たな考察を行いました。論文はその後、ケンブリッジ大学出版局から研究書籍として出版されましたが、この本は私に権威と地位を与えてくれた以外、ほとんど誰にも読まれませんでした。

そこで私はイースター島やナスカの地上絵など「神秘的な」場所についての記述を加え、一般受けしそうな真面目なノンフィクションを書き上げました。この『The Memory Code』によって、私の研究は大きな注目を集め、一般向けの雑誌やブログでの執筆依頼も来るようになりました。続けて出版した『Memory Craft』は、記憶を最適化するためのハウツー本です。この本を学会で紹介する私の姿を想像してもらえるでしょうか?この本により、私の研究にはさらに注目を集めることとなりました。

一般向けに本を書くヒントは、コーヒーを飲みながらおしゃべりしている時にみんなが面白がってくれるたようなちょっとした逸話にあります。学位論文に取り組みながら、同時に、そうした逸話を書き留めておいてください。書きためたノートは、あなたが苦悩の海から浮上する際、同時に引き揚げられる宝となるでしょう。

例えば、コンゴのルバ族は、ビーズや貝殻をちりばめた長さ20cmほどの木彫りの板を記憶装置として使っています。文献によると、ルバ族は、この「ルカサ」と呼ばれるものに想像を絶する量の知識を符号化して込めていくということです。私自身、論文や学術的な仕事ではその研究を引用していましたが、実際のところは、本気では信じていませんでした。あまりにも大げさな主張だったからです。そこで私は、自宅のベランダを作ってくれていた工事の人たちに端材を譲ってもらい、ビーズや貝殻を接着しました。そして、ビクトリア州に生息する412羽の鳥のフィールドガイドの符号化を始めました。結果、この記憶装置の力に驚かされることになったのです。

ある晩、夕食の席で、恥じ入りつつも、こんなずさんなやり方でもルバ族の主張の正しさが証明できたと告白しました。この話を『The Memory Code』に書くと、数えられないほど引用されました。そして多くの読者がルカサの効果を、驚愕をもって体験したのです。

自分の愚行を告白することで、象牙の塔から降りて、自分の世界に読者たちを招き入れるのです。

あらゆる先住民の文化で「記憶の宮殿」と呼ばれる記憶術が使われますが、そのほとんどは古代ギリシャ由来のものです。これは、覚えなければならない物事を頭の中で場所と関連付けて記憶していく記憶術です。建物の中を歩きながら、その中の場所に情報を順番に紐づけていきます。思い出したい時に自分がその建物の中をもう一度歩いて行くところを想像すると、情報が順番に頭に浮かんでくるという方法です。キケロやアウグスティヌスもこの方法について書いていますし、ホメロスもこの方法を使っていたと考えられます。私の調査では、この方法はすべての先住民の文化で使われており、非常に高い効果を上げています。オーストラリアのアボリジニの「ソングライン」、ネイティブアメリカンの巡礼の道、インカの「セケ」などがその例です。私は論文や学術書では、この説の正しさを示すため多くの研究論文や研究者を引用しています。

一般書では、自宅周辺の景観に、45億年前から現在までの歴史の流れを埋め込むことについて語りました。以前私は飼い犬をつれて自宅周辺をよく散歩したのですが、飼い犬のイプシロン・ピーは「白亜紀」にさしかかると、いつも家に引き返そうとしました。私に抱えられて恐竜が絶滅した「新生代」までいくと、そこからは機嫌を直して自分で歩くようになりました。私のこのような話はよく引用されています。飼い犬について記述したわずか数行で、私がある風景の中を物理的に歩きながらそこに情報を紐づけたこと、そしてその方法を通して、先住民の文化がソングラインや巡礼の道を通して成し遂げた驚くべき偉業を紐づけたことが示せたからでしょう。

研究者以外の幅広い読者を対象としたノンフィクションの書籍や記事を書くのであれば、そのテーマについて何の知識も持たない高校3年生と食事をしている場面を想像してみるとよいでしょう。そして相手を笑わせたり泣かせたりするのです。もっと幅広い読者を獲得したいのであれば、話相手に高校1年生を想定するとよいでしょう。

権威ある人や研究を引き合いにして自分の論拠とするのはやめましょう。そうした誘惑は私たち研究者に染み付いていますが、一般の人からすれば、私たちが研究者という時点でもはや権威があると見なされるのです。読者は、博士号を持っているということは学術的な知識があるのだと信頼してくれるものです。

もし、研究分野が一般的には認識されづらいもので人々の関心を集められないと思うのであれば、より大きな視座に立って考えましょう。自分がどうしてその分野に魅せられたのか、自分の経験を読者に関わりのあることにするにはどうすれば良いのか、論文には盛り込めない話に一般の人の興味をそそるようなものはなかったか、研究分野に関連する人物について人々が関心をもちそうな(できればスキャンダラスな)エピソードはないか、自分の研究を芸能や一般カルチャーに結び付けて紹介することはできないか、と言ったことです。

読者の心をつかんで熱中させるには、自分の研究オタクの部分もそのまま伝えることです。あなたは高尚な研究を行う学者ではなく、研究に熱中してしまう変人なのです。読者も熱中してくれれば、学術研究に対する見方が大きく変わるでしょう。

ありがとう、リン。『Memory Craft』はベッドサイドに置いてあり、これから読むつもりです。皆さんはどうですか?博士課程の研究を活かし、ベストセラーを書く方法について考えたことはあるでしょうか。皆さんの中でベストセラーのアイデアがあるなら、少しでも書いてみることがその第一歩になるかもしれません。 への参加などよりハードルは低いかもしれませんよ。

原文を読む:https://thesiswhisperer.com/2019/07/31/keep-the-quirky-bits-turing-your-phd-into-a-best-selling-book/

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