コロナ禍が大学院卒の求人にどう影響したか豪州で大規模調査を実施

オーストラリア国立大学のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)准教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回は研究者の就職支援にも力を入れているミューバン准教授がコロナ禍がどう博士号取得者の求人に影響したか、その影響は分野によるのか、オーストラリアの求人広告データを分析・調査した結果を考察します。

私は博士課程の学生の博士課程修了を支援するために、このブログ「研究室の荒波にもまれて」を始めました。ここ5年間は、ブログの目的を、修了後の就職支援にも広げています。今、世界にはたくさんの問題がありますが、学術研究がその多くの解決につながると私は信じています。ですから、研究者はその才能を発揮できるようにしなければなりません。

しかし、ちゃんとした仕事に就くまでの道のりは険しいものです。学術研究の世界に身を置いていたということは世の中でも特に才能に恵まれた人材のはずで、でたらめで不安定な非正規雇用に甘んじる必要はありません。しかし、多く人が他に選択肢がないと感じてしまっています。学問の世界で「次につながるという希望のもと」不安定な仕事に就いている人たちを見ると、腹立たしい気持ちになります。もし、学問の世界がまっとうな仕事を供給できないのであれば、他の人たちから仕事を得るのです。しかし、研究に理解のある雇用主を見つけるのは難しい場合もあります。研究分野がニッチであればなおさらです。

研究者を、学術界の内外の仕事に結びつけるというこの問題に、私は自分の研究時間のすべてを費やしています。情報は力です。どのような就職チャンスがあるかという全体像をはっきりと見渡すことができれば、ある程度思慮深い選択が可能になります。パンデミックが始まって以来、研究者として、私は2つの疑問を自分に投げかけてきました。

1)パンデミックは、博士号取得者の就職市場にどのような影響を与えるか?

2)学問分野によって、影響は異なるのか?

私たちは1年半前からこのことについて調査しており、ようやくいくつかの暫定的な答えを提示できる状態になりました。この研究は私ひとりでやっているわけでなく、この大きな問題に取り組むためのPostAcチームの結成に私も一役買ったというのが正確なところです。これは、私のオフィスで撮影したメンバーの写真です。

左から Dr Will Grant、Dr Lindsay Hogan、Assoc Prof Hanna Suominen、Prof Inger Mewburn (@thesiswhisperer)、Chirath Hettiarachchi、Chenchen Xu and Ran Cui

私たちの学際的なチームでは、機械学習による自然言語処理(ML-NLP)を駆使したアルゴリズムを構築しています。Burning Glass Technologiesの膨大な求人広告データセットをスキャンして、研究集約型の仕事を見つけだすアルゴリズムで、求人広告を「読む」こと、そしてそれがどの程度ニッチなものであるかを判断することができます。そして、1(ニッチでない)から10(非常にニッチ)までの「ニッチ度指数」で求人情報をランク付けします。次のようなアウトプットになります。

Burning Glassの求人情報は、あらかじめ産業別に分類されているので、さまざまな種類の仕事における博士号取得者の求人を確認できます。(これはオーストラリアの数字なので、それ以外の読者の皆さんはご容赦ください。現在、イギリスの雇用市場の分析にも取り組んでおり、近々利用可能になる予定です)。2017年、パンデミック以前にオーストラリアで研究者に対する求人のあった上位20業種はこちらです。

分析した結果、最も数が多かったのは、州政府と連邦政府の求人でした。政策や行政にかかわる仕事に比べ、研究室での仕事は少ないため理系の求人は、かなり少なくなっています。あらゆる種類の研究者が、博士課程で学んだスキルを活かして、研究機関以外でも報酬の高い良い仕事を見つけることができることがわかります。

研究以外にどのような仕事があるかを知るのは非常に有益ですが、研究職に留まりたい場合はどうでしょうか?

新型コロナウイルス感染症は、オーストラリアの大学院教育を崩壊させるのではないかと不安視する向きがあり、少なくともこの国の教育機関が財政的に苦しいことに間違いありません。しかし、仕事は減っているのでしょうか。

最近私たちは、これまでに何が起きたかを示すレポート「Covid Impact Report」を公開しました。

Burning Glassのデータは素晴らしいですが、業種別の分類のみで学問分野別には分類できません。そこで昨年、私たちは求人広告を読み込んで、オーストラリアの研究分野コード(FOR)でソートできる別のアルゴリズムを設計しました。(私自身、このアルゴリズムを作動させるために9600件以上の求人広告を分類しました。) この新規のアルゴリズムにより、様々な分野の研究者に対する需要を把握できます。

予想通り、2020年には大幅な落ち込みがあったものの、オーストラリアの学術系の求人市場はすでにパンデミック前の水準に回復しているようです。

この回復をどう説明すれば良いのでしょうか。オーストラリアでは2020年に大学院の学位取得者2万人以上が職を失ったと言われています。私たちが分析しているのは求人広告のみで、広告を掲載せず直接雇用するケースが多い非正規雇用の市場についてはコメントできませんが、非正規でもひどい状況だったことは私も承知しています。しかし、非正規雇用のでも状況は改善しているという話も聞こえてきます。

学術系就職市場の予想外の健全さについては推測の域を出ませんが、多くの人が希望退職をしたことも要因の一つでしょう。何年も前からベビーブーマー世代が退職すると言われていましたが、私自身、高齢者の退職をこれほど多く見たのは今年が初めてです。おそらく彼らの大量離職に伴い、大学側が再雇用しなければならなくなったのでしょう。また、後日オーストラリアに入国できるよう、オンラインで授業を受ける留学生の定着率も思いのほか高くなっています。しかし同時に、卒業して帰国する留学生と同じ数の留学生が新たにやってくるわけでもないことも事実です。

この先の予測は簡単ではありません。個人的には、鎖国状態が続けば2022年の大学院の状況については悲観的にならざるを得ませんが、非正規・正規を含め雇用が増える兆しもあるので悪いニュースばかりではないでしょう。あまり興奮しない方がいいのかもしれませんが。

次に、「特定の学問分野は他の分野より影響を受けるのか」という2番目の質問についてです。一言で言えば「イエス」です。これは、私たちのレポートの中の表です(読みにくい場合は、こちらからレポートをダウンロードしてください)。

オーストラリアでは、常に医学の研究は優遇されています。政府から多くの資金が得られるのです。哲学者たちが、ひどい状態からさらにひどい状態になり、ずっとひどい状態に留まり続けていても、特段の驚きではありません。残念ながら。

もしあなたが哲学博士で、学術界には6つのポストしか用意されていないという状況に直面したら、どうすればいいでしょう?おそらく、研究職以外を探すのがベストでしょう。これについていうと、研究スキルの需要がかつてないほど高まっているという朗報があります。私たちのデータによると、学術系以外の職場での研究型の仕事の求人数は急増しています。

職種は多岐にわたります。スーパーマーケット業界で研究スキルを持つ人材に対する需要が倍増したと聞いても驚きではありません。オンラインショッピングやクリック&コレクト(オンラインで購入し、自宅以外で受け取るサービス)などでは、大量のデータが生成され、それをサポートするシステムの設計が可能な人材が必要とされているのです。同様に、ほぼすべての分野で需要が伸びているため、ほとんどの人には何かしらあるはずだと確信しています。もちろん、オーストラリア全土の半分以上が封鎖されている現状は、雇用市場の規模や形態に再び影響を与えるかもしれません。求人広告は炭鉱のカナリアのようなもので、経済の困窮を最初に示す場です。

こうした理由で、私たちはこの研究を続けています。年末に改めて雇用市場の状況についてお知らせします。

私たちは、PostAcプラットフォームを通じて、私たちのアルゴリズムを商業化し、皆様のお役に立てるよう、また、この仕事の資金調達を継続できるよう努力しています。このたび、PostAcの就職支援プラットフォームの新バージョンが、契約大学向けに間もなく提供されることになりました。現在のバージョンでは、求人案件がアーカイブされており、様々な選択肢についてのリサーチにご利用いただけます。新バージョンでは、応募可能な求人情報が随時掲載される予定です。

オーストラリアでは、すでにPostAcを契約している大学もあります。大学院でアクセス方法を聞いてみてください。(ANUの学生は、現行バージョンにアクセスできます。postac.com.auに行き、ANUのメールアドレスでアカウントを作成してください。アカウントの認証には24時間かかります)。

私がこれまで述べてきたことについて、もっと詳しく知りたい方は、以下のリンクをご覧ください。

  • -新型コロナウイルスの影響についてのレポート「18 month in」のダウンロードはこちら
  • PostAcのページでは、製品の詳細をご覧いただけます。
  • ご自分の大学でもPostAcを契約してもらいたいという方は、ぜひお知らせください。私たちから大学に連絡をします。
  • PostAcの新バージョンのパンフレットのダウンロードはこちらから
  • 博士課程の学生を対象に、この研究についての講義を希望する大学には、Zoomで無料講義をしています。詳細はこちらのスライドをご覧ください。

私たちはオーストラリア以外の国でもPostAcを利用いただけるよう、同様のレポートの各国版を鋭意作成中です。私と同様、ロックダウンされている皆さんご多幸をお祈りいたします。ブログでは現在コメントを受け付けておりませんが、Twitterでのメッセージのやり取りは可能です。

@thesiswhisperer

連帯していきましょう

インガー

PS: On The Regのリスナーで@jasondownsのファンだという皆さん。最新エピソードは、彼が長期休暇に入る前に収録した最後のエピソードです。再び彼の声を聞くのは、11月までおあずけです 🙁

原文を読む:  https://thesiswhisperer.com/2021/08/25/will-you-get-a-job-after-covid-has-wrecked-higher-education/ 

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