分かりやすい論文を書くコツ-抽象度を用いた文章構造

オーストラリア国立大学のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)准教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「THE THESIS WHISPERER」。今回は、情報を分かりやすく伝え、魅力的な文章や論文を書くコツを、ペンシルベニア州立大学のエリック・ハイオット教授の提唱する、抽象度を用いた文章構造という視点から解説いたします。


1、2か月前に投稿した‘The Uneven U’という記事で私は、ハイオット教授(Eric Hayot)の著書『The elements of academic style: writing for the humanities』を紹介しました。ハイオット教授の主張をかいつまんで言うと、文章には5つのレベルの抽象度合があるということです。

レベル5:抽象的-一般化され解決策や結論を提起するもの

レベル4:一般化の度合がやや低いもの-複数の概念を結びつけ問題を提起するもの

レベル3:概念的な要約-複数のエビデンスを結び付けたり、大きな例を示したりするもの

レベル2:描写的な要約-平易もしくは説明的な要約

レベル1:客観的な情報 -エビデンスのみ、事実のデータや情報

ハイオット教授によると、情報を最も効果的に伝える文章には「uneven U(不均質なU)」という文章構造があると述べています。レベル4(かなり抽象的)の文に始まり、レベル1(最も具体的)の文へ行き、その後レベル5(最も抽象的)で締めくくるというものです。

私は、昨年後半からこの構造を用いたライティングについてワークショップで教えています。このライティング法の習得は容易ではありませんが、ライティングのワークショップに参加しているPhDの学生たちからは効果を実感しているという声をよく聞きます。同じ分野の人達がどのようなライティングをやっているかを見て、良い部分を真似ることで、少なくともその分野の中では良い書き手となれるといわれるように、私はライティングを教える際、これに基づき他の人の研究を細かく分解して考えさせるということを行っています。私自身のライティング方法もこれに沿っています。「uneven U」を実践するための秘訣は、様々なタイプの文章の書き方を知ることで、多くの文章の構造が抽象的な様態と具体的な様態の間の動きであるということを理解することです。

この抽象と具体の間を行き来するライティング能力を培うため、私は、受講生に実際の文章の中に抽象度の構造が見いだせるよう、好きな論文をじっくりと読み込むことを推奨しています。段落を分解し、各文をハイオット教授の基準に当てはめて、図示してみると分かりやすくなることでしょう。レベル4と3のいずれに分類するか、という判断には主観が入り込みますが、ライティングに役立てるという意味では、それほどの厳密さは必要ありません。この作業を1ページか2ページ行えばパターンが見え始めます。パターンが綺麗な曲線を描かないことも往々にしてあります。

例えば、先日読んでいた論文の要旨を見てみましょう。以下の論文です。

Mäntylä, M. V., Graziotin, D., & Kuutila, M. (2018). The evolution of sentiment analysis—A review of research topics, venues, and top cited papers. Computer Science Review, 27, 16-32.

このパラグラフはノッティンガム大学のパット・トンプソン教授(Pat Thompson)が、要旨における適切な流れという流れを完璧な形で保持しています。

センチメント分析はコンピューターサイエンスにおいて最も急速に進歩を遂げている研究分野で、この分野の最新動向を把握するのは困難である。(レベル4)

本稿はコンピューターを利用した文献レビューで、テキストマイニングと、質的コード化を用いてScopus(スコーパス)に掲載された6996の文献を分析した。(レベル2)

センチメント分析のルーツは、20世紀初頭の世論分析と、1990年代にコンピューター言語学者たちによって行われたテキストの主観性に関する分析である。(レベル2)

しかしながら、コンピューターによるセンチメント分析が急速に発展したのは主観的テキストがインターネット上で入手可能になってからのことである。(レベル3)

したがって、この分野の論文の99%が2004年以降に出版されたものである。センチメント分析の論文は数多くの媒体で発表され、トップ15の媒体で発表される論文を合わせても、その数は全体の約30パーセントに過ぎない。(レベル1)

本稿では、Google ScholarおよびScopusにおける、被引用数上位20位までの論文を示し、研究トピックの分類を行っている。(レベル3)

 近年では、センチメント分析の分析対象はオンラインの商品レビューから、TwitterおよびFacebookのソーシャルメディア投稿文に移行している。(レベル4)

 株式市場や、選挙、災害、医療、ソフトウェアエンジニアリング、ネット上の誹謗中傷といった商品レビュー以外の多くのトピックで、センチメント分析の用途が広がっている。(レベル5)

私が学生に勧める論文の多くは厳密なU字型を描くわけではありませんが、だからといって抽象と具体の間を行き来するという考えがデタラメなわけではありません。上のグラフはU字型ではなくジェットコースターのように上下していますが、最後の一文は最初の一文より抽象のレベルが高くなっています。(ハイオット教授の原則どおりです。)このパラグラフはハイオット教授の提唱するU字を描いてはいませんが非常に読みやすいです。つまり、抽象から具体に進み再び抽象に戻るということ自体の方が、ハイオット教授のU字にこだわるよりも重要なようです。抽象度合が上下に動きのあるパラグラフの方が動きのないものよりも分かりやすいのです。では理由は何でしょうか。

その説明には少し難しい理論が必要になってきますが、どうぞ最後までお付き合いください。前回の投稿の後、Twitterである人物が‘Legitimation Code Theory(正当化コード理論)’について言及し、ハイオット教授の理論との類似性について教えてくれました。リンクをブックマークに保存しておきましたが、多忙だったため、ようやく2週間前に初めて関連する論文を読むことができました。Legitimation Code Theory (LCT) を提唱しているのはシドニーの教育社会学者カール・メイトン教授(Karl Maton)で、サイト上に要約されていますが、彼のねらいは、知的生産活動の「ゲームの規則」の背後にある原理を読み解き、「知のDNA」を可視化することで、より多くの人々が知の構築に参与できるようにしようというものです。コレージュ・ド・フランスのピエール・ブルデュー教授(Pierre Bourdieu)らが指摘する権力の力学を維持する社会生活の見えないルールなどを、実際に観測しようとする理論です。LTCはそれほど真新しい理論には思われませんでしたが、その社会正義的な側面や、物理学や化学などの概念を援用して記述や理解について説明しようとする彼らの姿勢は非常におもしろいです。

LCTを応用した意味論的に言うと、ハイオット教授の曲線は、各文の意味論的な密度(複雑性)や意味論的な重量(文脈依存)を可視化し、知を構築する「意味の波」を形成するものです。メイトン教授もこの意味の構築をハイオット教授と似たグラフで示しています。

意味の重量は、場所や物、データポイントといった具体的な何かとの間の距離です。私のワークショップでは、椅子の例を使って、意味の重量レベルの異なるライティングについて解説しています。まず、一番重量の小さい状況から始めます。椅子から離れた地点に立てば、椅子はグループとして捉えられるでしょう。

意味の重量の小さい文(ハイオット教授の曲線におけるレベル4か5)は、多くの椅子についてまとめて表現します。例えば次のような文です。「大学は学生のために多くの椅子を購入しなければならず、これがかなりの設備投資費となる。」この一文は特定の問題を指し示すもののため、レベル4とするのが妥当だと思います。また、「設備投資費」の何たるかを知っていなければこの一文を理解できないため意味論的な密度も同様に高いものです。

より少数の椅子に意識を「ズームイン」することで、意味の重量を増加させることができます。

意味の重量の大きい(文脈依存度の高い)文は、例えば次のようなものです。「学生が脚をシート上に乗せたり、コーヒーをこぼしたりすることが不可避的に起きるため、大学の椅子には常に破損や劣化のリスクがあり、購入の際には慎重な検討が必要である。」これはハイオット教授曲線のレベル2、または3でしょう。状況やデータポイントを、特定の事例を出すことなく示しているからです。また、この文では、意味的な重量に比して意味的な密度は高くありません。授業に遅れて入ってきた学生がコーヒーをこぼすといった具体的な事例を思い描くことができるため、理解しやすいからです。

ハイオット教授の曲線におけるレベル1、もしくは意味的な重量を最も大きくするには、特定の椅子にフォーカスしなければなりません。ラ・トローブ大学の友人チーン・クー教授(Tseen Khoo)のプロジェクトでTumblrのブログSad Chairs of Academiaの見出し語はこうです。「学術界で厳しい状況に置かれているのは自分たちだけだと思っている人は、椅子について考えたことがあるでしょうか。椅子について考える人はいないのでしょうか?」どうして誰も椅子について考えないのかと思わずにはいられません。

哀れな椅子!厳しい状況を耐え忍んだのは人間だけではないですね!まさに、場所、人物、発言、データポイントなど具体的な何かに密着した状況です。これを、重量が最も大きいハイオット教授曲線のレベル1の文で表すと次のようになるでしょう。「フェイクレザーの椅子は特に経年劣化に弱く、背面その他の部分はさほど影響を受けないとしても、シートとアームの部分のカバーはかなりの確率で剥げてしまう。」レベル1の文は単純な内容で具体的で理解しやすく、意味の密度は最も低くなります。

レベル1にまで行きついたところで、再び抽象度のレベルを上げていき、読み手に「全体像」を見せなければなりません。重要なのは、それぞれの文のレベルの細かな数値より、この大まかな動きです。この隠れたルールを実際のライティングに応用するのです。

ご紹介した理論と椅子の例で、意味的重量の概念についてご理解いただけましたでしょうか。余計に混乱された方もいらっしゃるかもしれませんので、コメント欄にお寄せいただいたご質問には順次お答えしていきます。

原文を読む:https://thesiswhisperer.com/2019/05/22/how-to-harness-the-power-of-semantic-gravity-in-your-writing/

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