言語の消滅危機―日本語も他人事じゃない

非営利のキリスト教系の少数言語研究団体である国際SILが公開しているウェブサイト Ethnologue (エスノローグ)の『Ethnologue, 21st edition(第21版)』によると、現在使われていることが確認されているのは世界で7097言語。これほど多くの数の言語が存在していることは驚きですが、グローバル化や少数民族の人口減などのさまざまな理由によって話者がいなくなって、失われつつある言語もあるとの事実にも驚かされます。実際、Ethnologue, 21st editionでは、昨年発行の20th edition(第20版)から2言語が減っていました。世界で話者数が100-999人しかいない言語は1000を超え、10-99人しかいない言語は300を超え、話者数が9人もしくは9人より少ない状況となっている言語が114もあるのです。言語とは人が使うものである以上、話者の途絶えた言語、人に使われなくなった言語が失われていくのは止められません。

■ 止まらない言語の消滅

世界で20億を超える人が3言語(中国語、スペイン語、英語)のいずれかを使っている一方で、使う人が途絶えた言語が想像を超える勢いで失われていると言われています。言語学に特化した学術団体であるアメリカ言語学会(Linguistic Society of America: LSA)によれば、消滅危機言語とは将来的に話者がいなくなる、その言語を理解できる人がいなくなることと定義しており、消滅する主な理由としては、侵略などによる虐殺で話者が消滅するため、多くの話者が影響力の強い言語を使うことで言語の置き換えが起こるため、文化的抑圧などにより言語の使用が断たれるため、の3つを挙げています。グリーンランドにおけるカラーリット語(Kalaallisut)はひとつの例です。1700年代にデンマークがグリーンランドを植民地化して以降、当初は原住民の言語であるカラーリット語とデンマーク語の両方が使われていましたが、教育と公的職務をデンマーク語で行うとの言語政策に押され、カラーリット語の利用が断念されてしまいました。その結果、言語と共に民族性と文化も失われてしまったのです。また、学校教育の中で政策的に言語の利用が制限されることで、特定の言語が廃れてしまうこともあります。

言語は人が使ってこそ生きるものなので、話者がいなくなってしまえば消滅してしまいます。たとえば、話者が複数名いても、次世代がまったくその言語を使わなくなれば一世代という短い時間枠で失われることになります。逆に、少人数ながらでも細々とその言語を使い続ける話者が存在し続けていれば、言語の消滅は緩やかなものとなります。

このように、言語の消滅の理由、タイミングはさまざまです。そもそも世界中の言語の数とそれらの実態(話者の数、使われ方など)を把握することは大変難しく、言語学者によって世界の言語数と消滅危機にある言語数が異なることもあります。しかし、世界中で多くの言語が消滅の危機にあるという点では言語学者の意見は一致しています。世界の言語の80%が来世紀のうちに消えてしまうという予測すらあるのです。

■ 日本語は大丈夫?

近代以降も、都市への人口集中や社会的あるいは経済的理由で特定の言語の話者が失われることや、災害や紛争で難民となり母国を追われることで使用する言語が変わってしまうことが起こっています。日本は少子高齢化が進行しているとはいえ極端に急激な人口減少が起こっているわけでも、侵略されているわけでもないので言語の消滅とは関係ない――と思うのは早計です。国際連合教育科学文化機関(UNESCO)が2009年に発表したAtlas of the World’s Languages in Danger(消滅危機言語、最新版は2010年発表)の消滅危機言語2500の中に、日本で話されている8つの言語が含まれています。先に述べたように世界のすべての言語を把握することが困難な理由のひとつは、言語をどのように定義してカウントするかが難しいからです。言語学者は主に文献などを参考に言語数を数えていると言われますが、日本人は概ね「日本は単一言語の国」と思っているので、日本の中に消滅する言語があると言われると不思議な感じがするかもしれません。しかし、UNESCOの発表では、アイヌ語、八丈語、奄美語、国頭(くにがみ)語、沖縄語、宮古語、八重山語、与那国語の8言語が消滅の危機にあると掲載しています。これに対し、日本の文化庁は、UNESCOが地域固有の「方言」も「言語」としていると注釈をつけつつも、それぞれの危険度を3つに分類し、これら8言語の実態把握や保存・継承の取組状況に関する調査研究に着手しています。このように「言語」と「方言」の線引きが難しいことも言語数の把握を難しくしている一因です。国立国語研究所(National Institute for Japanese Language and Linguistics; NINJAL)は文化庁と連携し、「日本の消滅危機言語・方言」データ公開のページを設置。それぞれの言語の基礎語彙を含めた情報を公表することで、言語の記録を作成しています。

にもかかわらず、日本国内にも消滅危機言語・方言があるということが広く認識されているとは言い難い状況です。言語の多様性が失われつつある背景には、日本が近代化する中で、標準語教育が浸透したのと同時に、かつて地域のコミュニケーションに使われてきた方言の大切さを認識し、それを育んだ地域の伝統や文化と共に守ろうという意識が薄かったことがあげられるのではないでしょうか。アイヌ語以外は島の言葉であり、そもそもの話者数が限定的な上、多くの島で若い人は島外に出てしまい、残った話者が高齢化しているなど社会的な変化も鑑みると、失われつつある言語の調査研究・保存は急務です。

■ 世界の言語の状況

このUNESCOの発表では、消滅の危機にさらされている2500の言語を、最も危険なものから「極めて深刻」、「重大な危険」、「危険」、「脆弱」の4つに分類しています。先述の8つの日本語の中ではアイヌ語が「極めて深刻」と評価されています。すでに、1950年以降に消滅した言語は230語(2018年時点に公式ページに掲載の数字)にのぼっていると聞けば、危機感が募ります。言語とは、地域の自然や生活、歴史、文化、人々の考え方などを通して培われてきたものです。言語を形作るにはとても長い時間がかかるのに、消滅にはそれほどの時間を要しません。しかも、言語の消失はそれを使用してきた人々の知識や文化の消失も伴います。

世界は刻々と変わり、言語ごとの話者数や言語の使われ方、言語自体および付随する文化も常に変化し続けています。それは言語が日と共に生きているからです。だからこそ、言語は難しくも面白いのだと思いませんか。


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