アイデアが「盗用」されるのを防ぐには

研究アイデアが「盗用」されるのを防ぐには

オーストラリア国立大学のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回は、共同研究や学会、ふだんの会話で自分の研究アイデアが他人に「盗用」されるのをどうやって防ぐかというお話です。


学術研究者は常に自分の研究アイデアが「盗まれる」ことを心配しています。この不安は、学術コミュニティの多くの人たちの中でも、特に博士課程(PhD)の学生に大きな影響を与えているようです。

博士課程の学生が自分のアイデアを守ることに神経を尖らせるのには、理由があります。それは審査があるからです。博士号(PhD)の取得は、プロの学術研究者として自分の研究プロジェクトを遂行できる人物であることの証しです。そのために合格しなければならない審査の中に、「独自の知識」を「独立」して形成することが含まれているのです。

学生にとって、この独創性(originality)に関する要件が、論文執筆と同等の作業量と複雑さをはらんだタスクとして重くのしかかります。

科学系博士課程の学生が、論文を提出する直前にその研究テーマを他者に「スクープ」された(出し抜かれた)とか、人文科学系の学生が理論的なアイデアを、時には指導教官に、「盗まれた」という話を聞いたことがあるかもしれません。問題の核心は、あまり触れられることはないですが、博士課程で他者と共同作業をすることの難しさにあるのだと思います。どのように他者の研究を認めつつも、「独自性のある知識」を生み出していると主張すればよいのでしょうか。

もちろん、学術界でも協働研究をするので、PhD学生自身が創出したアイデアの権利を守る精巧な慣習と規則は存在します。論文における共著者名の記載順は、このような慣例の最も重要なものの一つです。慣習に従って、研究において最も重役割を果たした研究者を筆頭に、貢献度に応じて順番に名前を記載する必要があります。ただし、厳密に守られているとは言い切れません。

科学系研究論文の共著者リストは、重要な貢献をした(であろう)研究者の皆々様が名を連ねることが一般的で、著者名の順番も複雑になり、時には、もめごとの火種になります。論文の中には、200名にもおよぶ著者名が記載されたものもありますが、200名の貢献度の順番なんて付けることができるのか!?この手のもめごとを何とか収める手伝いに駆り出される時は、いつも頭痛がします。個人的な経験から言わせてもらうと、どの位置に自分の名前が書かれたかごときで腹を立てる人は、よっぽど社会的な重圧の中にいて〇%&#▲…(以下、自主規制)。

人文科学の分野では、数百という単位ではなく、2-3名の研究者との共著が一般的ですが、それでも複雑です。人文科学系論文の慣習として、最も高い立場にいる研究者の名前がメンター役として共著者の最後に書かれることが多いです。「メンター(熟練者が未熟練者や若手を育成すること)」には、相談に乗ることから、実際の論文の執筆や校正まで、さまざまな立場が含まれます。人文科学系論文の最後の著者名は、しばしば行われた研究の「由来」(その出どころと特色)を示す情報となっています。なので、人文科学においては、著者リストの最後に名前が掲載されるのは名誉なことであるとともに、最後の「ビッグネーム(著名人の名前)」は、編集者の目に止まりやすく、非常に重要です。

ここで、博士課程の研究以外の場面でも、指導教員が、あなたの研究の共著者であると主張するだろうという点を指摘しておかなければなりません。そうです。たとえ彼らが相談にのってくれただけでも、発展的な編集に携わったのであれば、間違いなく共著者となるのです。博士課程の学生が単独で論文を執筆することを許されるなんて、よくできたフィクションのような話しだと割り切りましょう。

正しいか正しくないかに関わらず、博士号というものは、知識とは「所有」できるものであり、利益をもたらすものだという考えに基づいて成り立っています。学術界における「利益」とは、表彰、名声、そしてもちろん、昇進という形で得られる現金を指します。所有権と利益の概念があるということは、一方で盗難にあう危険性もあるということです。すべての研究者は、自分達の知的財産(IP)を守ることに注意を払うべきですが、審査を受けなければいけない博士課程の学生は、特に気をつける必要があります。

知的財産について疑心暗鬼になるのも良くないですが、FUD(fear, uncertainty, disinformationの略。恐怖・不安・疑念を抱かせるよう広められた情報)が蔓延しています。学術論文の著者をめぐる複雑な問題をうまく切り抜ける術を会得するには時間がかかるものですので、あなたがまだ不慣れで、私がここまでに書いたことで既に混乱していたとしても、心配しないでください。

12年もの間、このブログを書いてきたのに、このテーマを深掘りしなかったなんて、我ながら信じられません。その理由は、このテーマがめちゃくちゃ複雑で、一つ一つの状況が微妙に違うからだと思います。ですが、ある学生からのメールを受けて、この投稿を書く決心をしました。その学生は、有用なアドバイスを求めてググってみたけれど見つからず、なぜ私がブログでこのテーマを扱っていないのか聞いてきたのです。鋭い指摘です。メールに書かれていた内容は、博士課程にいる間に学術界で知的財産(IP)を守ることがいかに難しいかを示す典型的な例でした。その話を再現して、お伝えしましょう。ここでは実際に関わった人が分らないように書き換えています。

「博士課程で研究プロジェクトにおいて白黒はっきりとは言えない部分、つまり論文の『独自性』の概念についてアドバイスをお聞かせください。」

私は、博士課程の研究プロジェクトに着手したところです。このプロジェクトには、教育分野の仕事に従事している人たちへの意識調査のインタビューを実施するケーススタディも含まれています。最近、教授から協力の申し出がありました。教授は、自身のARC(Australian Research Council)助成金について同様のインタビューを行いたいと考えており、私の研究テーマにも強い関心を持っています。

教授は既に倫理承認を受けており、私には業界とのつながりがあるので、インタビューを共同で行うことを提案してきたのです。確かに私のPhD論文に寄与するかもしれないし、自分のケーススタディの進め方を考える上で助けとなるかもしれません。さらに、教授は、どこかの段階でこのデータを基に学術雑誌(ジャーナル)に論文を公開することを予定しており、私にも関わって欲しいと言います。

私には学術出版の経験が不足しているので、経験豊富な教授の指導を受けながら共同執筆の機会を持てることにとても興奮していました。

他の博士課程の学生も、博士論文と共同研究を同時進行で定期的に投稿しているので、それほど複雑なことだとは思わなかったのです。ところが、この提案を主任指導員に話したら、論文の「独創性」について懸念すべきだとの注意を受けたのです。指導員は、インタビューがARC助成金を受けるプロジェクトの一貫として、自分が筆頭著者ではないジャーナル論文の一部として誰かと行われた場合、私自身の論文でインタビューデータを使用することができなくなると言いました。

突き詰めると、私の論文のアイデア(概念)やデータが純粋に私自身のものであり、他者の影響あるいは貢献の結果得られたものではないと証明することが難しくなることから、どのような共同研究であれ、論文の「独創性」を危険にさらす可能性があるということです。

このことを知って、山ほど不安が出てきました。というのも、私は博士号の研究テーマに関連した他の研究者とのコラボレーションもしたいと思っていたし、教育に関する政策文書の共著者としてパートタイムの仕事をすることも検討しています。他者との共同研究や学外での経験は、研究の妨げではなく、豊かにしてくれるものと信じています。論文の独創性と共同研究の問題について、ご意見を伺うことはできますか?

宜しくお願いします。

困惑した博士課程の学生より

私の見解としては、指導員の懸念は当然だと思います。

まず、この状況において「独創性」とはどのようなものになるのかを明確にしてみましょう。独創性のあるテーマに関しては、『How to Get a PhD:: a handbook for students and their supervisors』著:Phillips、Pughが最もお勧めの書籍です(ただ、2022年7月にPhillipsとJohnsonによる改版が発売予定なので、それを待って購入してもよいでしょう)。この本は独創的であるための15の方法を示しており、この方法のリストには、「…多くの独創的なアイデア、方法、解釈を有し、全て大学院生の指示の下で他者によって実行されたもの」という項目もあります。

となると前述の状況は、共同研究であっても他の研究者が明確に方向性を示しているため、そこで行われる作業は独創性審査の最初の段階で落とされる可能性があります。さらに、論文が出版された場合、その研究者は(当然ながら)自分が筆頭著者であると主張し、それを譲らなければ、博士課程の学生のものであったオリジナリティの主張が損なわれることになります。しかも、その研究がパイロット・スタディ(予備研究)であることから、研究の存在そのものが、その上に築かれた研究の独創性についての主張を混乱させることになります。

ここが難しいところです。博士課程で論文を指導教員と共著ではなく単独執筆することなんて「よくできたフィクションのような話し」と言ったことを覚えていますか?研究がまったく同じ方法で実行されたとしても、指導員がメンターとしての役割に徹していれば、独創性の主張が問われる可能性はかなり低くなります。というのは、指導員が「自立」を奨励し、促進したと審査官が考えるからです。そのため、ほとんどの指導員は、論文になる可能性のある共同研究では、博士課程の学生に自動的に筆頭著者の資格を与えるのです(そうしてくれない指導員は要注意です!)

混乱してきたって?そう、本当にややこしいテーマですね。

私は、この博士号候補の学生に、可能であれば、その教授にも学生自身の研究の指導員に加わってもらうようにアドバイスをしました。そして、学生が研究に着手する前に、その学生を筆頭著者とすることを約束してもらう契約を締結するように助言しました(ここにオーストラリア大学所定のオーサーシップフォームへのリンクを付けておきます。それぞれの所属大学にも同様のものがあるはずなので確認してみてください)。問題の教授が1)指導員の一員となるか、2)オーサーシップフォームに署名するかのいずれも拒否した場合には、博士課程の学生は、指導内容がどれほど魅力的であっても、その教授からの提案は丁重にお断りすべきです。

私に言わせれば、その教授自身が共同研究の提案を持ちかけた時点で、上に挙げた2つの選択肢を伝えなかったことは、その人の研究者としての経験不足を物語っていると思います。私なら、博士課程の学生と共同で研究をするとなれば状況がすぐに複雑化することを見越して、細心の注意を払います。

では、この「知識の所有権」を主張する必要があるという状況は、他者、特にあなたの指導員以外の人との共同研究のネックにならないのでしょうか?

はっきり言えば、なります。

現在、一般的と考えられている博士課程の構造は共同研究を阻み、さらに自分に必要な学びすら阻む可能性があると懸念した学生の指摘はもっともです。もっと前向きなアドバイスができればいいのですが…。従来の博士課程の構造には多数の問題があると考えています(博士号取得の過程で私がBullshit(でたらめ)と思っている問題点は別のブログ記事を読むか、収録音声を聞いてみてください)。オーサーシップの問題は、私の感じている問題リストの3番目に載っています。ちなみに1番目と2番目は、「え、そもそも学術ライティングって必要?!」と「どうにかして学位論文って無くせないの?!」です。

私はルールを作る側の立場には立っていません。できることは、ただただ、そうした問題と格闘する人を支援することです。その立場から、アイデアの盗用や出し抜かれたりする不安に苦しんでいる多くの博士課程の学生にカウンセリングをしてきました。とても複雑なことを過度に単純化してしまうリスクを冒していると思いながらも、学生やそれ以降の研究者生活においても自分の知的財産を守るための基本的な原則をここに書き出しておきます。

ただ、不安な点があれば、あなたの個人的な状況をよく知る経験豊富な人に必ず確認するようにしてください。あなたがオーストラリア大学(ANU)の学生なら、私は、大学の研究公正性トレーニングコースの監督者の役割を担っているので、emailでご連絡いただいても構いません。ですが、問題は非常に複雑で、学問分野ごとの規範や慣習に依存するので、私は通常、私の知見からアドバイスをして、後は各大学の研究公正性アドバイザーにつないでいます。

アイデアを共有する際は慎重に

私からの基本的なアドバイスは、博士課程に在籍中は、あなたの考えについて本当に自由に話すことができる相手は、あなたの指導員(指導教官)だけと考えて、複数の指導員に付いてもらうことをお勧めします。そうすればより幅広い経験のある指導者の助けを借りることができるでしょう(と願っています)。

博士課程の学生が指導員を非難することもある一方で、こうした論争を解決するための枠組みも存在しています。卒業した後は、秘密を守れる、信頼できる仲間内でのみ貴重なアイデアを共有するようにしましょう。それ以外の状況では、より慎重に会話をするようにしてください。繰り返しになりますが、私が言いたいのは、そうすることが実利的というだけです。知識の所有権についてそこまで気を遣わずにすめばいいのにと思いますが、資本主義下にいるからには自分で対処するしかありません。

今になって、自分がなぜこのテーマを12年間も避けてきたのか分かってきました…

とにかく、

学会の話題に話しを進めましょう。少しずつ対面での開催に戻ってきたので、話しておくべきでしょう。剽窃に関する告発の多くは、お酒の席で後輩研究者から話を聞いた先輩研究者がアイデアを盗んだというものです。あなたが学術界で知的財産を守ることに不慣れであるなら、飲み過ぎには十分注意することです(かなり真剣なアドバイスです)。

アイデアを確固たるものにしたいけれど、書き表すことができないなら、信頼できる限られた人の間で共有するだけに留めておきます。共通の関心事について人と話し合う時間を持つことは、信頼関係を築くことにつながります。学会は、信頼できる人たちと出会うのに最適な場です。お酒抜きの方が、より正確な性格評価をすることができるかもしれません。

学会についてもう少し書いておきます。

早めに書面にしておくこと。

学会での発表(プレゼンテーション)は、事前審査なしの学会であっても、アイデアの所有権を主張すると同時に、研究初期の作業を共有するのに非常に役立ちます。

著作権法の下では、研究のアイデアを守ることはできません。守れるのは形式のみです。学術界では、形にしておくことがとても重要です。研究の早い段階で考えを書面にしておけば、たとえ発展が不十分であったとしても知識を主張することになります。他者がそのアイデアを盗用することを防ぐことはできませんが、後になって盗用であるとの主張を証明するのに役だちます。

ブログ記事や意見記事(日付が付いてパブリックドメインに公開されているもの)でも、あなたの主張を確立するのに役立ちます。ただし、学術ジャーナルは、独自性のある研究を出版したいと考えていることを忘れないでください。すでに確立した形でアイデアを「公開」している場合、後になって査読を受ける機会を失ってしまう可能性があります。査読なしの場でアイデアを共有するときは、指導員に話すよりも少しだけボカして話す(書く)ようにしてください。うちの旦那いわく、

博士課程の学生の間は、公開する前に、経験豊富な人にプレゼンテーションや書いた資料を常に確認してもらうようにします。ここで重要な注意を思い出しました。

早すぎる段階で書面に残さないこと!

自分がそれを発明した(思いついた)と主張するためにアイデアを共有することと、誤った、あるいは説明が不十分なアイデアを広めることの間には、線を引くべき違いがあります。研究初期の段階で悪い第一印象を持たれたくないはずです。また、インターネットに一度掲載してしまうと、削除が困難になることもあります。優れた指導員であれば有用なアドバイスをくれるでしょう。信頼できる人たちは、卒業後の健全性を保つためにも重要なチェックを行ってくれるものです。

う~ん!それでも自分のアイデアについて喋りたいわ~!

そうそう。そうですよね。私もです。

でも、自分のアイデアについて話すより面白いことがありますよ。相手のアイデアを聞くことです。

相手の言うことに前のめりに興味をもち、もっと話すように促せば、さまざまな事を学ぶことができます。また、さきほど話した信頼できる人間関係を築くこともできるでしょう。アイデアを育てている場合には、事実や意見を述べるだけでなく、巧みに質問を投げかけて、別の視点からフィードバックを得ることもできます。

例えば私は、PostAcチームの面々と何年間も求人広告を「読み込み」、研究ヲタク好みの順にランク付けするアルゴリズムの開発に取り込んできました(別記事でこの調査結果に関するものを投稿しているので、そちらもどうぞ)。この調査研究では、膨大な数の求人広告をハンドコーディングするために利用した「理想的な」博士課程卒業生の概念モデルを作ることから始めました。次に、機械学習/自然言語処理(ML-NLP)を使ってハンドコーディングを模倣する方法を機械に教え込みました。ML-NLPモデルに、人と同様の方法で処理するスキルと属性を取り込ませる試みです。

私はこのML-NLPの処理方法の“レシピ”を漏らさないように厳格な指示を受けていました。今もお話しできません。いまや企業秘密だからです。それでも、理想的な博士課程の卒業生の姿について同僚や企業に調査したことで、沢山の有益なフィードバックを得ることができました。そして、専門家の人たちを集めて、私たちの直観の健全性を確認してもらい、これらすべての洞察をML-NLPの“レシピ”として使用しました。

今日はもうヘロヘロ、このくらいにしましょう。あまり心配し過ぎないように、健闘を祈ります。

まだこちらではコメントできませんが、ツイートでタグ付けしてくれたらレスポンスします。このコロナ騒ぎがあまりあなたに影響を及ぼしていないこと、あなたが安全な場所にいることを願っています。アイデアだけでなく、健康も守って行かねば!ですね。

インガーより

原文を読む;https://thesiswhisperer.com/2022/04/05/defending-the-originality-of-your-phd-research/ 

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