学術界の外はサーカス。成功に必要なのは、ピエロの靴? 前編

オーストラリア国立大学のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)准教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。学術界を出てビジネスの世界への進路を考えることはサーカスに入るのと同じくらい研究者には想像もつかないこと。今回はミューバーン准教授が研究者としての経験を活かして研究者がビジネスで「成功」するヒントが詰まった本を紹介する前編です。


先日、同僚と実際にあってランチをしました。同僚の名前は仮にサイモンとしておきましょう。数ヶ月間はZoomで話したりしていたのですが、キャンパスのカフェで湯気の立ち上る暖かい麺を一緒に食べるのは良い体験でした。サイモンとは業務の打ち合わせを行う予定でしたが、当然のごとく話題は今の私たちが抱えている不満に関することになっていきました。

2020年は本当に大変な年でした。不満は言い尽くせません。

口火を切ったのはサイモンでした。彼はPhDを持っていますが、現在は研究者たちのリサーチアドミニストレーションをサポートする仕事をしています。彼はコロナによる大学封鎖の際、同じ大学の研究者たちから驚くほど失礼な態度を取られたことについての不満を漏らしました。研究室やオフィスから閉め出されたことが許せないと怒って、サポートスタッフに電話口で罵声を浴びせてきたというのです。研究室でしか生きられないような人生は見直した方がいい。私たちふたりの意見は一致しました。

私の方の不満のひとつは、コロナによるロックダウンが論文を書き上げるのに“理想的な時間”だと学生に話す指導教官がいることでした。はたして、本当にそうでしょうか。

私が勤務する大学の @ANUresearcher Twitter bio では、パンデミックはライティングのための機会ではないとしています。パンデミックで研究が停滞する状況では集中して、創造的な仕事をすることも困難なのです。そしてただ論文を書けというだけではなく、指導教官によってはジャーナルに発表する論文を「書きまくる」ことこそが、コロナで影響を受けた雇用状況の中、学術界での夢をつなぐことになると指導しているのです。そうした考えは研究室に近づくことができずにパニックに陥っている人々への配慮に欠けているし、彼らは学術界で仕事を得られることだけが問題の解決だと考えている、私はサイモンにそう話ました。

実際には、今後18ヶ月間は、少なくとも留学生を受け入れているような英語圏の国においては学術の仕事は激減するでしょう。平常時でも学位を取得した約50%の人が研究以外の道に進みますが、現状を受けて、さらに多くの人々がそうした道を選択するでしょう。学術界での競争をけしかけ、論文を書くことを強いている指導教官たちは、実際のところ、学生が別の道を模索しようとする貴重な時間を奪い取っているかもしれないのです。

サイモンも同じ考えで、気の利いたことを言いました。

「職業選択のアドバイスに関して、ほとんどの指導教官は無能だと思う。“学術界以外の仕事に就きたい”という学生の言葉は、平均的な指導教官の耳には、“サーカスに入りたい”と聞こえてしまうんだ」。おかしくてスープを鼻から吹いてしまいましたが、サイモンは続けます。

「普通の指導教官はサーカスについても、また、どうすれば団員になれるかも全く解らないから、頭をかいてこんな風に言うだろう。“そうだね、必要なのはピエロの靴かも知れないね”。」

「“もしくは象!”」。彼の例え話に私も加わりました。「指導教官はこう言うでしょうね。“象は持っていないけれど、象のゲノムの専門家は知り合いにいるよ。”象の遺伝子構造ではなくサーカスについて知りたいだけなんだから、イラっとするやつよね。」

「そう。必要なのは、学術界から逃れてサーカスに入った人を見つけ出し、その人に方法を聞くことなんだ」。サイモンも同意してくれました。

中には、ビジネス界に強いコネを持っていたり、ビジネス界出身でそのコネを維持していたりする指導教官を持つ幸運な学生もいるでしょう。しかし、ほとんどの研究者は、何年もの間、長ければ何十年もの間「外の世界」とは距離を置いて暮らしています。そして、学術界を離れた人はほとんど戻って来ることはないのです。ですから、学術界に身を置く者は、学術界の外で研究の経験を活かして「成功」する方法についてはほとんど何も知らないのです。

サーカスに加わりたい場合は、その道をたどった人を探し出す必要があります。幸いにも、そうした人たちは少なからず存在し、自らの転身の経験を本に書いている人もいます。

PhDから学術界以外の仕事への転身について書かれた本の中で最良のもののひとつは、M. R. ネルソン(M.R. Nelson)の『Navigating the pathway to industry』です。これは素晴らしい本ですが、どうすればその中で示された助言を実行できるかに関してはそれほど詳しく書かれていません。ですから、2020年9月にプリンストン大学出版部からクリストファー・L・カテリーン(Chris Caterine)博士の『Leaving Academia: a practical guide』が出版されたのは嬉しい知らせでした。すぐにプリンストン大学に問合せると、書評用に1部送ってくれました。素晴らしい内容でした。同書 は「サーカスに加わった」人物の実体験が語られている記録であるのと同時に、同じ道のりを進むためのガイドでもあります。

今回はここまで。同書の紹介の続きは、「学術界の外はサーカス。成功に必要なのは、ピエロの靴? 後編」をご覧ください。

原文を読む:https://thesiswhisperer.com/2020/09/02/do-you-need-clown-shoes-finding-a-research-job-during-covid-lockdowns/

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