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「ミラージャーナル」はプランS対策になるのか

従来の出版ビジネスモデルからオープンアクセス(OA)モデルへの以降が急速に広がりつつありますが、学術コミュニティと出版社の攻防は尽きません。そこに登場したのが「ミラージャーナル」なる出版形態。OA出版をめぐる論争の解決策になるのでは――と考える出版社もいるようですが、その実態はどうなのでしょうか。

ミラージャーナルとは

ミラージャーナルとは、既存の購読しなければ読めない学術雑誌(ジャーナル)の完全に同一な内容ながら別モノとして公開されるOAジャーナルです。オリジナルなジャーナルにとっては鏡に映したように同一の内容であるため「ミラー」と表現されているもので、既存のジャーナルに別のISSNを持たせてOAで提供されます。タイトルはもちろん、出版に至る投稿、編集、査読の一連の流れはまったく同じものです。このミラージャーナルが、評判のよいOAジャーナルでの論文出版を望む研究者にとって、解決策となるかもしれないとの意見がある一方、反対意見もあり、賛否両論です。

サブスクリプション・モデルvsオープンアクセス・モデル

近年、インターネットの利用拡大や、科学研究の透明性向上と論文を利用しやすい環境整備に向けた後押しなどにより、OAジャーナルの数は増加の一途をたどっています。OAジャーナルでは、購読料を支払うことなく論文の閲覧が可能になることから、読者を広げ、引用数を増やすといった効果にもつながっています。

とはいえ、まだまだ多くの著名かつ需要の高いジャーナルが購読料を払った人だけが読める「サブスクリプション・モデル」の上に成り立っており、これに依存している学術出版社がOAへの完全な移行を渋っているのが現実です。科学雑誌「サイエンス」を出版するアメリカ科学振興協会(American Association for the Advancement of Science: AAAS)の最高責任者であるRush Holtのように、出版社は各種事業の運営を収益で賄っているため、購読契約に基づくビジネスモデルがなければ事業の継続は難しいと考える人は少なからず存在します。誰もが購読料を支払うことなく論文を読める「オープンアクセス・モデル」に反対する人は、当然ながら2020年以降、論文を即座に無料で公表することを義務づけるという構想「プランS(Plan S)」にも反対しています。

サブスクリプション・モデルの継続とオープンアクセス・モデルの推進を求める両者の折衷案として生まれたのが、著者が掲載料金を負担することで論文をオープンアクセスで公開するという「ハイブリッド・モデル」です。例えば、米国電気電子技術者協会(Institute of Electrical and Electronics Engineers: IEEE)は、査読付き論文を発表するにあたり、従来のサブスクリプション・モデルと、著者が料金を負担するオープンアクセス・モデルの両方式による公開を可能にするハイブリッド・モデルを提案しています。ハイブリッド・モデルを導入している100を超えるジャーナルの多くが、インパクトファクターで高評価を獲得している上、従来の学術出版で行われていたのと同じ査読プロセスをハイブリッド・モデルでも実施することにより、品質を保持しているのです。こうしたハイブリッド・モデルを採用するジャーナルは増えています。

しかし、さらに踏み込んだ対応を求める「プランS」は、2018年9月から2020年までの移行期の経過後には、ハイブリッド・モデルのジャーナルへの論文掲載も認めないとしています。このアプローチは意欲的ではあるものの、従来のサブスクリプション・モデルだけでなくハイブリッド・モデルにとっても脅威です。

ミラー・ジャーナルは抜け道となるのか

プランSは10の原則を提唱しています。そのひとつで、ハイブリッド・モデルはプランSの原則に適合しないと示されていることから、だったらミラー・ジャーナルで出せばよいのでは―と考える出版社もいるわけです。先述したように、ミラー・ジャーナルはOAで公開されるものではありますが、投稿から出版までのプロセスは従来のジャーナルと同じで、著者は論文の投稿時ではなく採択後に掲載先を、購読費を払うジャーナルとするか、ミラージャーナルにするかを決めることができるものが多いようです。

2018年11月27日にプランSが発表した運用指針(Implementation Guidance)によれば、ハイブリッド・モデルと基本的に同等であると見なされるミラー・ジャーナルも認めないとされています。ハイブリッド・モデルはジャーナル購読料と投稿料の2重取りになる(ダブルディッピング)になる可能制を指摘する研究者もいます。さらに、2019年1月18日のTHE掲載記事「Publishers ‘taking funders for a ride’ with mirror journals」は、出版社がミラー・ジャーナルで助成金を騙し取ろうとしていると指摘しています。ただ、プランSはImplementation Guidanceへのフィードバックを広範囲から集め、600以上もの意見を取りまとめた上ですべて分析・公開を行うとのプレスリリースを2月20日に発表しているので、批判も含めたフィードバックの内容によっては、なんらかの譲歩があるかもしれません。研究者の立場、出版社の立場、資金提供者の立場……さまざまな関係者からの意見がどのように反映されるのか、このフィードバックへの検討結果が待たれます。

今後、プランSがどれほど広く受け入れられ、実行されるか――プランSへの賛同を表明するかを検討している機関にとっても、助成機関にとっても大きな関心事項であり続けるのは確かです。


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DOAJオープンアクセスに関する2018年調査結果

オープンアクセスが実現可能なモデルとして注目されながらも、エルゼビア社と欧州の研究機関の抗争がこう着状態に陥るなど、学術出版の問題はまだまだ解決しそうにありません。このような状況の中、2019年1月9日にオープンアクセスジャーナルのディレクトリであるDOAJ(Directory of Open Access Journals)が2018年に行ったオープンアクセス(OA)に関するアンケート調査の結果を発表しました。

DOAJのアンケート調査

まず、DOAJとは何かに触れておきます。DOAJは2003年にOpen Society InstituteとSPARC(Scholarly Publishing and Academic Resources Coalition)の支援の下、スウェーデンのルンド大学図書館がOAジャーナルの包括的なデータベースの構築と利用拡大を図ることを目指して設立したOAのディレクトリです。登録されているOAジャーナルは多分野にわたり、12000誌に達しています。登録に厳格な基準を設けることで信頼性を確保するとともに、キーワードやタグ検索を可能にするなど研究者にとって利便性の高いデータベースを提供しています。

1月に結果が発表されたアンケート調査は、DOAJが2018年夏、登録している6000を超える出版団体/組織を対象に行ったものです。出版団体/組織のタイプ、地理的分布、DOI(デジタルオブジェクト識別子)の利用、論文のメタデータなどについての質問に対し、回答が寄せられました。複数の学術雑誌(ジャーナル)を所有していても1団体/組織につき1回答として得られた1065の結果から、世界のOA出版の傾向が見えてきました。

回答から見えてきたOA出版の傾向

回答者の出版団体/組織のタイプの質問への回答の上位5つを占めたのは、大学の出版部、非営利な出版組織、図書館出版、研究所および出版者協会でした。ただし、DOAJに登録されている出版団体の純粋な出版数で見た場合には、360万本の論文の3分の1以上を占める上位10のうち8つは商業出版社が占めていることは留意しておくべきでしょう。

地理的分布については、2013年の調査と比較しても全体的にはあまり大きな変化は見られませんでした。それでも、地域によっては大幅な増減をしている国もあります。インドネシアからの回答数は2013年の9から2018年の155に激増しました。インドからの回答数が2013年の101から2018年の11に減少しているのとは対照的です。2018年調査で回答数の多かった国のトップ5は、上から順に、インドネシア、ブラジル、スペイン、ルーマニア、アメリカとなっています。2013年のトップ5、ブラジル、スペイン、インド、ルーマニア、イタリアと見比べるとインドネシアの躍進が顕著であることがわかります。

DOIの利用については、DOIを利用するという回答が、前回調査の2013年の35%から73%に上昇していました。ただ、ここにも注釈がついており、73%のDOI利用出版団体/組織のすべてが、DOI技術を使いこなしているとは言えないと書かれています。

メタデータについては、DOAJにメタデータを提供しているとの回答が、2013年の55%から84%に上昇していました。提出形式としては、46%がCrossRef、8%がJATS(Journal Article Tag Suite)を選択していましたが、全回答者の42%がメタデータの書式について十分に理解できていなかったことも浮き彫りになり、DOAJには課題が残りました。

DOAJに登録されるメリットについて挙げられたことのトップ3は、ジャーナルの品質保証になること、読者の増加につながること、科学的インパクトを高められることでした。74%がDOAJに登録されたことで確実に、あるいは、おそらく登録の影響でジャーナルへの投稿が増えたと回答しており、70%がウェブサイトの閲覧が増えたとしています。また、2013年との比較はできませんが、62%の回答者がDOAJに登録されていることで、ハゲタカ出版社またはハゲタカジャーナルとの競合を気にしないでよいこともベネフィットとして挙げています。さらに、86%が自国では論文の内容よりも掲載誌が重視されていると述べているので、ジャーナルの評価が高まることは研究者の評価としても大変重要なのです。

OA出版の影響

この調査結果からは、OA出版が読者を増やすだけでなく、投稿自体も促進し、結果として科学的インパクトの向上に影響を及ぼしていることが明らかになっています。多くの商業出版社がOA出版に参入することで、研究者が閲覧できる論文の数が増えるという好結果が生み出されているのです。そして、今回の結果から、発展途上国におけるOA出版が増加していることも判明しました。DOIの利用については改善が必要とは言うものの、課題が見えたことは朗報です。結局のところ、あらゆるジャーナルおよび論文のメタデータを含有するプラットフォームとは、出版団体/組織によって提供される情報に基づいて構築されているわけなので、DOAJが今回のアンケート結果を参考にしつつ、今後もユーザー、特に出版団体/組織の需要に応じてプラットフォームを改善していくことが期待されます。

※結果詳細
ここで示した調査結果の詳細は、DOAJのウェブページ「LARGE SCALE PUBLISHER SURVEY REVEALS GLOBAL TRENDS IN OPEN ACCESS PUBLISHING(DOAJ,2019/1/9)」をご参照ください。

学術雑誌の「質」の評価基準とは

研究者なら誰でも、研究成果を評価が高い学術雑誌(ジャーナル)に発表したいと考えるのは当然でしょう。著名な学術雑誌に発表することは、研究者の評判の向上や研究資金の獲得のチャンス拡大につながります。研究論文を投稿する学術雑誌を選ぶ際、もちろん一番大切なのは、論文のテーマと学術雑誌の方針が一致しているかですが、その上で、質の高い学術雑誌を選ぶ必要があります。学術雑誌の総合的な評価を比較する際、研究者はジャーナルのインパクト・ファクター(JIF)を参照するのが一般的です。しかし、JIFには良い点だけでなく、欠点もあるのです。では、学術雑誌は、どのような基準で評価されているのでしょうか? それを紹介しましょう。

学術雑誌の「質」の評価基準

論文を発表する学術雑誌を選ぶ際に、最初に頭に浮かぶのは、多分その分野の最良の研究を掲載し、ターゲットとする読者に届きやすい雑誌でしょう。質の高い雑誌は、最も広く読まれ、また話題になることも一番多いと推測されます。これらを踏まえると、学術雑誌の質は主に次の3つの基準で評価することができます。

  1. 引用統計
    上でJIFに欠点があるといいましたが、それでもこの指標は重要です。
    JIFは、一定の期間に対象の学術雑誌が引用された平均回数を示します。
  2. 査読の有無
    投稿論文の分野の専門家が査読をしているかは、重要です。
  3. 発行部数と読者層へのアクセス
    ターゲットとする読者層に使われるインデックスサービス(論文検索サービス)に、該当の雑誌が収録されているかを考慮すべきでしょう。インデックスサービスの例としては、エルゼビアの提供するScopusや、医学分野ではアメリカ国立医学図書館のPubMedなどがあります。

この3つの評価基準の1つだけを取り出して雑誌の質を評価することはできません。それぞれに長所と短所があります。オーストラリアのWollongong大学の研究からその要点を挙げてみます。

引用統計:
引用の多さは、定量的で、定期的に計測され、計測が中立的に行われており、雑誌の普及度を測る指標として意味があります。一方、質の評価の面では疑問があります。その理由は、引用数が高いからといって良い研究とは言えない、関わりのある執筆者同士が頻繁に相互引用しあう傾向がある、引用分析データベースは英語を使う国で運用されているため英語使用国に有利に働く、レビュー論文(総説論文)がオリジナル論文より引用回数が多くなる傾向がある、などです。

査読の有無:
査読は、専門分野の研究者が他の研究者の投稿論文が出版に値するかを評価する仕組みであり、出版する論文の質を保つためには重要なプロセスです。しかし、査読の有無だけでなく、査読者の力量を確認するために選定基準にも注意を払う必要があります。査読者はその分野の専門家と考えられていますが、分野は細分化されている上、研究者の知識と経験はさまざまです。そのため、査読対象の論文の評価をめぐって意見が異なることも少なくありません。

発行部数と読者層へのアクセス:
世界の読者が迅速に論文にアクセスできること、そして、その論文の電子データを入手できることが優先されます。適時性をもってできるだけ早急に論文を公開するとともに、狙いとする読者に届くことが、研究者にとって重要です。

学術雑誌の選択は慎重に

上の3つの基本的な 評価基準 を踏まえた上で、JIF以外のGoogle Scholarのような引用件数および該当雑誌の評判に基づく統計情報から算出される学術雑誌のランキングを参考にすることも有用です。ランキングは、その雑誌に対する研究者の評価の目安となります。また、専門分野の研究者間の意見や評価も参考になるので、SNSなどを通じての究者コミュニティー内での情報交換を有効活用するとよいでしょう。

ある程度まで投稿先が絞り込めてくると、その学術雑誌の採択/却下率が気になるかもしれません。採択/却下率をウェブサイトで公表している雑誌もあるので検索してみましょう。却下率が高いことは、その雑誌が掲載する論文の質に特に厳しいことを示唆するものですが、ほとんどの場合は却下の理由が明らかにされることはありません。しかし、投稿する学術雑誌を慎重に選ぶことで、却下される可能性を減少させることは可能です。自分の研究テーマと該当学術雑誌の方針が一致しているかを十分に確認し、投稿規程に準じたフォーマットで投稿するようにしましょう。

このように、論文を投稿する学術雑誌を選ぶ際には総合的な判断が必要です。ここで紹介した要素を考慮しつつ、慎重に検討してみてください。ただし、引用動向は分野によって異なるため、分野をまたいだ比較をすることはできないことをお忘れなく。分野ごとに評価基準や、指標の値のレベルも異なっているのが実情です。さらに、オープンアクセスの拡大により、学術雑誌へのアクセスは様変わりしました。該当雑誌が読者に対して効率的なアクセスを提供しているかも重要な要素です。最近では、オルトメトリクス(Altmetrics)のようなオンライン上での評価も踏まえた評価指標や、研究業績あるいは研究者個人の評価を意識したアイゲンファクター(EagenFactor)のような新しい評価指標が登場しており、さまざまな指標で比較検討することが可能となっています。こうした指標は、雑誌のウェブサイトなどで公開されているので、目的に合わせてうまく活用するとよいでしょう。


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幹細胞を使った脊髄損傷治療は急ぎすぎか

さまざまな細胞を作ることができる 幹細胞 という言葉を耳にするようになって数年。あっという間に幹細胞を使った治療が脚光を浴びるようになりました。幹細胞を使うことで、かつては不可能だった治療が可能となるなど、患者にとっては大きな希望をもたらす反面、新しい治療方法・医薬品の効果や未知の影響が物議を醸すこともあります。幹細胞を使った脊髄損傷治療薬の承認もそのひとつです。

世界で初めて承認された脊髄再生治療薬

2018年12月28日、脊髄を損傷した患者自身の幹細胞から脊髄を再生し、損傷を治療するための医薬品を製造販売することを厚労省が7年間の条件付きで承認しました。条件付きとはいえ、世界初です。この細胞製剤を開発したのは、札幌医科大の本望修教授と医療機器大手ニプロ。当面、治療を行う場所は札幌医科大、対象は損傷を受けてから数週間の患者と限定されていますが、今まで脊髄損傷への有効な治療法がなかったため、この薬には大きな期待がかけられています。

ここまでの経緯を見ると、2013年12月に札幌医科大で実施された治験に遡ります。この治験結果を踏まえ、2018年6月にニプロが厚労省に承認申請を行い、同年11月21日に厚生労働省薬事・食品衛生審議会の再生医療部会がこの医薬品の販売を条件付きで認めるとの意見をまとめました。そして、12月28日に札幌医科大学が、厚生労働省から「条件及び期限付承認」を取得したことを発表。治験では13人中12人の症状に改善が見られ、副作用もなかったと報告されていますが、症例数が13人と少ないことから、7年間という期間内に有効性と安全性を確認し、正式に承認されることになりました。また、承認条件として、この治療を行う医療施設および医師について「緊急時に十分対応できる医療施設において、脊髄損傷の診断・治療に対して十分な知識・経験を持つ医師のもと」と指定されていることから、当面の治療実施場所は札幌医科大に限定されます。今後、投与患者の全例調査が行われ、投与群(製品を投与した患者)と対照群(投与しない患者)を比較することで承認条件評価を行うことになります。

2019年2月26日、ニプロはこの細胞製剤「ステミラック注(一般名:ヒト(自己)骨髄由来間葉系幹細胞)」が薬価基準リストに収載されたことを発表しました。厚生労働省が、最先端の新薬などを少しでも早く実用化することを目的に2015年4月に創設した「先駆け審査指定制度」の再生医療等製品としては初の承認です。これにより4月以降、販売が開始されることになります。医療機関などで保険診療に使われる医療用医薬品として官報に告知されるのに先立ち、安全性を確保するため、厚生労働省は2月25日付で、脊髄損傷に伴う神経症候及び機能障害の改善を目的としてステミラック注を使用する際の留意事項を「最適使用推進ガイドライン」としてまとめ、各都道府県宛てに発出しています。薬価は1回分で1495万7755円。驚くべき額ですが、保険に加えて高額療養費制度が適用されるので、患者の負担は軽減されます。

国外研究者の懸念

ステミラック注は、脊髄損傷治療用の再生医療等製品です。患者から骨髄液を採取し、神経などに分化する能力のある間葉系幹細胞(MSC: Mesenchymal Stem Cell、神経や血管などいろいろな種類の細胞に分化する能力をもつ細胞)を取り出して培養。細胞製剤に加工したものを希釈して点滴注射すると、神経の再生を促すとされています。患者自身の細胞を利用すること、治験では効果が確認されていること、ガイドラインの作成など、対応に問題はないように見えますが、国外研究者からは懸念する声も聞かれます。

2019年1月24日のネイチャーに投稿された記事は、日本は幹細胞治療薬の販売を急ぐべきではないと警鐘を鳴らしています。大学が治療に関する広報に直接関わることは、一般の人に誤解を生む可能性があると懸念していることのほか、13人に行われた治験で12人に改善効果が見られたと報道されているものの結果が公開されていないこと(このネイチャー記事が書かれた時点で本望教授は論文を準備中と述べている)、この医薬品が先駆け審査指定制度の対象として認可されたものであることなどを指摘しています。先述の通り、先駆け審査指定制度は、最先端の画期的な治療薬を早く市場に提供することを目指すものです。ステミラック注は、2016年2月に本制度の対象と指定され、2018年6月に承認申請、12月に承認(条件付き)というスピードで市場に出ることになりました。再生医療を対象にした先駆け制度では初の承認となりましたが、慢性的な患者への有効性は確認されていません。また、問題視されているのは承認スピードだけではありません。新しい治療方法については、その方法が市場に出る前に数百の患者への厳しい治験が求められるのが一般的なのにも関わらず、今回わずかな改善例に基づき承認されたことも指摘されています。新薬(被験薬)の効果や有効性を確かめるための比較試験であるダブル・ブラインド(二重盲検)試験が行われていないことを懸念する研究者もいます。

カリフォルニア大学サンフランシスコ校の幹細胞研究者Arnold Kriegsteinは、新薬として販売されるようになってしまうと、研究者がその薬の効果を立証することが難しくなると述べています。治療に対してお金を払うことが一種のプラセボ効果(薬の作用によらない暗示的な治癒効果)を起こしてしまうので、その薬の効果を知らずに行われる試験(ブラインド試験)とはならず、本当の効果がわかりにくくなると言うのです。患者の心理としてはやむを得ないと思いますが、本当の治療法の効果が証明されないまま市場に出続けてしまうことを懸念する国外研究者の意見も一理あるように見えます。

新しい薬剤または治療方法を販売すること、つまりその費用を患者に負担させることは慎重に判断されるべきです。日本では画期的な新薬としての側面ばかりが注目されている感がありますが、どれほど患者が待ち望む新薬であるとしても、この幹細胞治療薬の販売を開始するには効果の実証が不十分であるとの指摘や、「急ぐべきではない」と懸念を示す研究者がいるということは認識しておくべきではないでしょうか。

ポータブル査読(査読結果の転送)の試みは進んだか

論文の出版が研究者にとって重要であることは言うまでもありません。研究者が投稿する論文のほとんどは、査読を経て出版されることになります。査読者は、提出された論文を批判的に読み、学術雑誌(ジャーナル)に掲載するか不掲載とするべきかの意見を編集委員に提出します。その過程で、補強すべき点を執筆者に指摘することもあります。査読が行われていない論文は、研究の信頼性や発想に疑念を持たれかねないため、査読の意義は大きいのです。しかし、査読を行うには多大な労力と時間がかかり、平均的に約80日かかるとも言われています。少しでも早く研究成果を発表しようと競いあっている執筆者にとっては長い待ち時間であるとともに、新しい発見・発明が世の中に出るのを遅らせる要因ともなっていると指摘されています。また、増え続ける研究論文数に対して、従来の査読制度では対応が追いつかないということも問題となっています。そのため、査読制度そのものを見直そうとする動きが起こっており、そのひとつが「ポータブル査読」です。

ポータブル査読とは

査読結果を転送する ポータブル査読 という取り組みが、徐々に普及し始めています。ポータブル査読とは、論文を受け付けたジャーナルが、査読後に不掲載と判定した場合、該当論文を他のジャーナルに査読結果を付けて転送し、出版につなげる仕組みです。ポータブル査読と似たものに「カスケード査読」と呼ばれるものがありますが、カスケード査読が同じ出版社が発行するジャーナルまたはインパクト・ファクターの低いジャーナルへの転送が行われるのに対し、ポータブル査読は出版社の枠を超えて他社のジャーナルへの転送も可能にする取り組みです。

査読コンソーシアムの登場

ポータブル査読の実現には、複数の出版社の協力が不可欠です。そこで、2007年に神経科学分野のジャーナルの出版社が集まってNPRC(Neuroscience Peer Review Consortium)というコンソーシアムを立ち上げました。あるジャーナルに提出した論文が、紙面上の制約や、そのジャーナルには向かないなどの理由で不掲載になったとしても、執筆者がコンソーシアムに登録された他のジャーナルでの発表を希望する場合、その論文は査読結果と共に転送されます。論文を受け取ったジャーナルは、改めて査読をし直す時間と手間を短縮することができます。論文が出版される可能性を高めるという点では執筆者にとっても嬉しい仕組みです。このコンソーシアムには、神経科学分野の学術ジャーナル出版社なら無料で参加することができ、現在では60誌以上のジャーナルが登録されています。査読結果の転送は、執筆者がコンソーシアム参加者に直接依頼することで開始されます。コンソーシアムは情報交換のサイトは提供していますが、斡旋や転送の条件などの折衝には関与しません。NPRCが開始されて10年ほどたち、査読制度の効率を改善する試みは広がりつつあります。

分野を超えた査読コンソーシアムの結成とBMC Biologyの方針

2013年、分野を超えた4組織(eLife,BMC,PLOS, EMBO)が査読コンソーシアムを結成しました。PLOSとEMBO、eLifeが出版するジャーナルおよびBMC Biologyで査読結果の転送ができるだけでなく、生物学のオープンアクセスジャーナルBiology Openも参加することになりました。BMC(BioMed Central)は生物医学分野のオープンアクセス出版社で、約300誌の学術ジャーナルを出版しています。代表格であるジャーナルBMC Biologyは、先述のNPRCにも登録されていますが、査読のさらなる効率化を目指し、2018年末にポータブル査読への取り組み方針を発表しました。要点は次の3つです。

  • BMC傘下の他のジャーナルへの紹介

BMC Biologyで不掲載と判断された論文について、同ジャーナルの編集者は別の発表先候補をBMCの他のジャーナルの中から選定し、執筆者に提案する。転送処理の間の時間を利用して、執筆者は論文を改定することもできる。移管手続きに関しては、「トランスファー・デスク」が執筆者を支援する。

  • BMC傘下以外のジャーナルへの転送

執筆者がBMCおよびシュプリンガー・ネイチャー傘下のジャーナルへの転送を希望しない場合は、NPRCの登録ジャーナルから転送先を選ぶこともできる。この場合においても、執筆者の要望に応じて査読結果と査読者の情報(ただし査読者の了承が必要)が転送先のジャーナルに引き継がれる。

  • 査読結果の受け入れ

BMCおよびシュプリンガー・ネイチャー傘下以外のジャーナルの査読結果に基づき、論文をBMC Biologyに掲載することを検討する。外部の査読結果を受け入れるに当たっては、論文がBMC Biologyに適したものであることを前提に、査読者の情報およびすべての査読結果を入手することを必要としている。

査読結果を転送することに加えて、査読者の情報の共有を方針に含めているのはBMC Biologyが初めてです。BMC Biologyで不掲載とした論文を他のジャーナルで出版するために、従来の取り組み以上に積極的に後押しする姿勢を明確にしていると言えるでしょう。

ポータブル査読は、出版社の枠を超えて論文の転送を可能にすることで、内容自体の不備ではなく投稿論文とジャーナルの方向性の不一致などにより不掲載となって埋もれていく論文を出版するチャンスを拡げることにつながり、また査読に要する期間と労力を大幅に削減するという効率化も図れます。となれば、査読者にとっても、執筆者にとっても、さらに出版業会全体にも改善と言えるでしょう。今後、このような試みがどのように普及していくか、注目されます。


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査読プロセスに求められている多様性

論文の出版は学術界で成功するための重要な要素であるにもかかわらず、査読のプロセスには残念ながら偏見(バイアス)が残っているといわざるを得ません。いくつかの研究によって、女性とナショナル・マイノリティ(人種・言語・宗教上の少数者)の研究者は、偏見によって論文出版を阻まれていることが明らかになっています。偏見によって、重要な論文は埋もれ、結果として学術界の進歩が遅れる事態にもなっているかもしれません。こうした状況を改善するためには査読プロセスにおける 多様性 (diversity)を高めていくことが重要です。

査読に多様性が欠如している理由

査読に多様性が欠如している理由はいくつかあります。オープンアクセス出版社であるFrontiersの学術雑誌に掲載された研究は、査読プロセスにおけるジェンダーバイアス(男女間の偏り)の存在を検証しています。検証の結果、男性の編集委員は男性の査読者を、女性の編集者は女性の査読者を選ぶ傾向があることを示しています。これは、女性の編集委員の人数は男性と比較して少ないため、結果として女性の査読者の数も少なくなるという状況を生みます。この研究内容については、エナゴアカデミーの記事『編集者は同性の査読者を選びがち!?』でも詳しく触れています。また、British Ecological Societyが発刊する学術雑誌Functional Ecologyに掲載されている同様の研究も、同じ結論に至っています。ジェンダーバイアスによって、査読者の層に多様性が欠如していることが示されているのです。

この他、査読者に多様性が欠落していることへの説明としては、学術界と研究者が既存の人脈(ネットワーク)に強く依存していることが挙げられます。研究者は自分と同質の人間とネットワークを構築する傾向があります。したがって、少数派である女性はネットワークに入り込めず、キャリアを形成することが難しく、また、低く評価されがちです。実際、医学雑誌であるカナディアン・メディカル・アソシエーション・ジャーナル(CMAJ)に掲載された研究でも、同等の経験を有し、要件を満たしている場合でも女性のほうが研究資金の獲得が難しいという結果が示されています。そしてこれは、ナショナル・マイノリティの研究者にもあてはまります。論文掲載や昇進が難しいため、結果として、査読者として声がかかる人数も増えないままなのです。

多様性を推進する取り組み

こうした状況を受け、出版社や学術団体の間では、査読プロセスにおける多様性の推進に注目が集まっています。問題解決に向けた具体例としては、以下のような取り組みが行われています。

  • アメリカ地球物理学連合(American Geophysical Union : AGU)はポリシーを定め、女性や若い研究者、マイノリティを査読者に含めるよう促している
  • Conservation Biologyは、著者、査読者ともに相手が誰だかわからないダブル・ブラインド・ピアレビュー(double-blind peer review)の実施を検討している
  • オープンアクセス出版社であるBioMed Centralの4誌、Trials、Systematic Reviews、 Pilot and Feasibility Studies、Journal of Medical Case Reportsは、経験の浅い研究者の査読を指導するプログラムの試験運用を開始。このプログラムでは査読者が査読を通じて指導を受けたいと考えている若手の研究者を推薦できる。

著者や出版社の声

著者や出版社は査読プロセスの多様性を高めるためにさまざまな提案をしています。例えば、先にも触れたFunctional Ecologyは編集委員の性別、年齢、国の多様化を推奨しています。複数の研究が示している通り、編集委員の多様性が進めば、査読者の層もそれに応じて厚くなるからです。また、アメリカ天文学会(American Astronomical Society : AAS)におけるstatus of women in astronomyの議長であるパトリシア・M・ネゼック(Patricia M Knezek)は、専門機関は、学会における講演やポスター発表でもっと女性やマイノリティに代表を任せるべきだと発言しています。

さらに、AGUの元アナリストで、現在ユタ大学で研究助手を務めるジョリー・ラーバック(Jory Lerback)は、もっと多くの出版社や研究機関がAGUの先例にならうべきだとしています。毎年20誌に6,000以上の論文を掲載しているAGUは、2017年に自分たちの実態調査を行いました。この調査では、25,000名におよぶ著者と15,000名の査読者、著者によって提案された97,000名の査読者、編集委員によって推薦された118,000名の著者についての年齢と性別のデータを収集しました。その結果、出版された論文の第一著者に占める女性の割合は27%を占めるものの、AGU会員の28%にすぎず、査読者に占める割合に至ってはわずか20%であることがわかりました。また、男性の著者が提案した査読者のうち女性は15%だったのに対し、女性の著者が提案した査読者では21%と高くなっていました。AGUの編集委員による査読者の推薦にも同じ傾向が見られ、男性の編集委員が推薦した女性査読者の割合は17%、女性の編集委員が推薦した女性査読者は22%となっていました。こうした結果を受け、AGUでは先に挙げたポリシーの策定を行い、問題解決への取り組みにつなげることができています。ラーバックは、内部監査を実施し、結果の透明性を保つことが説明責任を負い、変革を実現する第一歩だと言っています。

いくつもの研究結果が示している通り、査読プロセスにおける多様性を実現することは、論文著者の多様性を実現するための重要なステップです。査読プロセスにおける偏見を取り除くことが、今よりも多くの重要な研究が日の目を見ることにつながり、ひいては学術界をさらに進歩させることになるでしょう。


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政府閉鎖のダメージから米国の研究機関は立ち直れるのか

2018年末に始まった米国政府の閉鎖は史上最長となる35日間を記録したのち、翌年1月25日にようやく解除されました。ことの発端はメキシコとの国境に壁を建設する費用をめぐる与野党の対立で、トランプ大統領が期限付きの暫定予算案に署名したことで一部の政府機関は再開されました。その後、予算処置の期限となっていた2月15日を目前に控えた2月11日夜に与野党が予算案に合意したことで、政府機関の再閉鎖は回避されることとなりました。しかし、予算案に不満なトランプ大統領が、2月15日に連邦議会の承認なしに軍事予算を壁建設に充てるための国家非常事態宣言を発令したため、野党民主党は権力の甚だしい乱用だとして激しく反発。19日には民主党の司法長官のいる16の州政府が同宣言に対し集団提訴を起こしたほか、26日には米下院、3月14日には上院で大統領による非常事態宣言を無効とする決議案が可決されるなど、政治の混乱は続いています。

かたや、業務が止まっていた公的研究機関などは、 政府閉鎖 の間に行うはずだった35日間分の業務を取り返す必要があります。国立科学財団(NSF)や航空宇宙局(NASA)、森林局(Forest Service)など多くの重要な科学機関はすべて閉鎖されていたのです。この失われた35日間は、科学機関にとってどのような影響を及ぼしたのでしょうか。

政府閉鎖の経済的影響

2018年12月22日に始まった一部閉鎖により、政府職員の一部は一時解雇され、要職についている職員は無給での勤務を余儀なくされました。35日間の閉鎖による経済的な代償は甚大で、議会予算局(CBO)は、アメリカ経済に30億ドル(約3300億円)もの損失を及ぼしたと試算しています。これには、スミソニアン協会(Smithsonian Institution)の来館者からの減収が500万ドルにも達したことも含まれているでしょう。CBOは、経済的損失はいずれ回復すると指摘していますが、公的研究機関および学術界に及んだ損失も回復できるのでしょうか。

後れを取り戻さざるを得ない研究機関

研究機関は政府閉鎖によって生じた後れを取り戻すほかありません。とはいえ、完全に損失を回復することはできないかもしれません。研究資金が支給されずに収入が途絶えたり、研究の進行に支障をきたしたりした研究者もいます。NSFは、政府閉鎖の間に滞っていた研究助成金の手配や、2000件もの助成金申請書の審査を行わなければなりません。NASAの科学局長であるトーマス・ザブーケン(Thomas Zurbuchen)によれば、政府閉鎖後少なくとも60日は、科学機関の主要な研究助成プログラムへの新規申請の検討が遅れるだろうとのことです。

アメリカ海洋大気庁(NOAA)の気候プログラムオフィスは、政府閉鎖が日常作業、会議、会合の進捗を妨げ、プロジェクトを中断させたと述べています。彼らは一時的にウェブポータルClimate.govによる情報提供を中断しなければなりませんでした。このポータルは、降雨や森林火災、食料生産への影響など気候や天候に関する有益な情報源として活用されています。このウェブポータルや、アメリカ地質調査所 (USGS)が無料提供する地質、土壌、水循環などに関するデータのような科学的情報の提供が中断することは、国民生活の安全にも影響する事態です。

さらに、政府閉鎖の影響はアメリカ国内の研究機関・研究者にとどまりません。アメリカの研究者たちが取り戻さなければならない遅れが国外の研究者たちにも波及し、研究全体に遅れが生じると報告されています。NOAA FisheriesのAdvanced Sampling Technologyプログラムのディレクターであるウィリアム・マイケルズ(William Michaels)は、そんなアメリカ人研究者のひとりです。ノルウェーの研究機関と共同で海洋資源の保護のための国際的な取り組みを3ヶ月間行う予定でしたが、政府閉鎖により時期を早めてアメリカに帰国せざるを得なくなりました。

研究機関への長期的な影響は

政府機能が再開した今となっても、多くの研究機関は、長期間に及んだ政府閉鎖の財政的な影響は長期にわたると考えています。研究資金が確保できなかった若手研究者もいれば、配給遅れの不安から院生の受け入れを躊躇した大学職員、研究員の採用を見送った研究機関など、間接的な影響も計り知れません。

アメリカ議会で与野党間での対立が続き、2020年の大統領選に向けて加速する可能性のある状況下では、また政府閉鎖が起こらないとは言えません。多くの研究機関は、政府閉鎖による影響を軽減すべく重要な業務の優先付けを急いでいます。一国の政府の予算編成が世界の研究に影響を及ぼす時代。今回の政府閉鎖による影響は予想以上に深いダメージを残したかもしれません。研究者たちは良い状況が続くことを期待しながらも、最悪の場合に備えておかなければならないのです。

クラリベイト・アナリティクス高被引用論文著者2018

研究者にとって、論文を発表することが最も肝心ですが、どれだけ多く引用されるかも気になるところです。発表論文の被引用件数が多いことは、研究者としてその分野における貢献度が高いことを示していると評価できるからです。被引用件数を調べる方法は幾つかありますが、その中のひとつが、クラリベイト・アナリティクスが発表するランキングです。

世界的な情報サービス企業であるクラリベイト・アナリティクス は、2018年11月27日に『Highly Cited Researchers 2018』 を発表しました。これは、クラリベイト・アナリティクスが運営する論文検索サービスであるWeb of Scienceに収録された33,000以上の学術誌(ジャーナル)に基づき、2006年から2016年に発表された論文について、発表から1年間の被引用件数を分析したものです。自然科学および社会科学の21分野における論文の被引用件数が世界の上位1%に該当するものを高被引用論文と定義し、それらの論文著者をリストアップしています。今回からの新しい試みとして、一人の研究者が複数分野で論文を発表している場合の合計被引用件数を示す「クロスフィールドカテゴリー」が導入されました。

国別結果-高被引用論文著者が多いのはどこの国か

約6000名の研究者がHighly Cited Researchers in 2018リストに掲載され、そのうち約4000名が分野別の高被引用論文著者、約2000名がクロスフィールドの高被引用論文著者となっています。リストアップされたのは、まさに影響力の大きな研究者および研究機関と言えるでしょう。

2018年版の高被引用論文著者が所属する大学・研究機関を国別に見ると、60カ国・地域に分散しているものの、上位10カ国に82.7%、さらに上位5カ国に70.2%が固まっており、影響力ある研究者が一部の国に集中していることが見てとれます。上位5カ国の著者選出数とリスト合計人数に対する割合を見ると、米国2639名(43.4%)、英国546名(9.0%)、中国482名(7.9%)、ドイツ356名(5.9%)、オーストラリア245名(4.0%)となっています。2014年と2018年の分析を比べて、リストアップされた人数に大きな変動があった国を上から見ると次のとおりです(2014年と合わせるために分野別の人数だけを対象として比較したもの)。シンガポールが17名から40名へ(135.3%増)、中国が122名から276名へ(126.2%増)、オーストラリアが80名から170名(112.5%)と倍増以上の伸びを示していました。日本は、これらの国と対照的に98名から64名へ34.7%の大幅な減少でした。本レポートから原因を探ることはできませんが、大いに憂慮される事態であることは事実でしょう。

また、新設されたクロスフィールドカテゴリーの選出著者数は予想を上回っていました。リストアップされたその国の高被引用論文著者の総数に対する割合が極端に高かった国は、スウェーデン(53.2%)、オーストリア(52.5%)、シンガポール(47.4%)、デンマーク(47.2%)、中国(42.7%)、韓国(42.1%)の6カ国。どのような研究分野に重点を置くかは国や地域によって異なりますが、クロスフィールドカテゴリーの割合が高いこれらの国には、研究に関する策略やスタイルに何らかの要因があるのかもしれません。

上位の大学・研究機関

次に、高被引用論文著者が所属する大学・研究機関を見てみます。上位10機関は次のとおりで、米国の6機関を筆頭に英国2機関、中国、ドイツ各1機関となっています。

1. ハーバード大学(米国) 186名
2. アメリカ国立衛生研究所(米国) 148名
3. スタンフォード大学(米国) 100名
4. 中国科学院(中国) 99名
5. マックス・プランク学術振興協会(ドイツ) 64名
6. カリフォルニア大学バークレー校(米国) 59名
7. オックスフォード大学(英国) 59名
8. ケンブリッジ大学(英国) 53名
9. ワシントン大学セントルイス校(米国) 51名
10. カリフォルニア大学ロサンゼルス校(米国) 47名

11位以下も米国が多いのですが、米国以外を拾うとキング・アブドラアジズ大学(サウジアラビア、43名)、ロンドン大学(英国、41名)、南洋理工大学(シンガポール、40名)、エジンバラ大学(英国、36名)、エラスムス・ロッテルダム大学(オランダ、34名)、ブリティッシュ・コロンビア大学(カナダ、33名)、メルボルン大学(オーストラリア、33名)などとなっています。上位50までの大学・機関名がリストアップされていますが、ここでも残念ながら日本は登場しません。

Global Highly Cited Researchers 2018から見えること

本レポートから見えてきたのは、学術界において増大する中国の存在感です。分野別のリストアップ者が2014年から2018年に2.3倍となっている上、クロスフィールドカテゴリーの割合の多さも目だっていました。大学・機関リストにも4位の中国科学院をはじめ複数の大学・研究機関が入っており、研究機関のみに絞ると、トップのアメリカ国立衛生研究所(NIH)に中国科学院が続く結果となっていました。中国以外の国の大学や研究機関に所属する中国籍研究者が多数いることも考慮に入れると、中国は大きな存在です。中国同様、国別の高被引用論文著者数と割合の増加で注目されたのは、オーストラリアとシンガポールでした。総じて、欧米以外の国々における研究の活発化が進んでいると考えられるでしょう。

世界の中の日本の位置付けには残念なものがありますが、世界の研究者に論文を引用され、高被引用数を獲得するための前提である「英語で論文を書く力量」にも原因の一端があるのかもしれません。日本の研究機関については、クラリベイト・アナリティクスが別途「インパクトの高い論文数分析による日本の研究機関ランキング2018年版」を2018年4月19日に発表しており、分野別の順位も見られるので日本の現状を知る参考になるでしょう。このランキングでの国内研究機関総合の1位は東京大学、2位が京都大学、3位が理化学研究所となっているので、この3つをHighly Cited Researchers 2018 で見てみると、東京大学10名、京都大学7名、理化学研究所12名となっていました。世界ランキング上位の大学・研究機関との差は明らかです。

2019年、日本が撒き返しを図れるかは不透明ですが、中国の躍進は続きそうです。

アメリカの政府閉鎖が学術界に与える深刻な影響

2016年のアメリカ大統領選でトランプ大統領が誕生して以来、学術界にはさまざまな変化がありました。政権の主張に沿わない意見を出す環境保護局や農務省などへのかん口令や、予算の削減、業界団体を参加させるための諮問委員会の再編成などです。また、トランプ大統領は、パリ協定からの離脱やアメリカ国立科学財団(National Science Foundation:NSF)の東京をはじめとする海外事務所の閉鎖も表明し、世界に波紋を広げてきました。

そして、3年目を迎えたトランプ政権は学術界にさらなる厳しいニュースをもたらしました。政府機関の閉鎖です。メキシコ国境との壁の建設費をめぐり、2018年12月22日に始まったトランプ政権下での政府機関の一部封鎖は、クリントン政権下で歴代最長を記録した21日間を大きく超え、35日間に及びました。議会と合意に至り、2019年1月25日に一部解除されましたが、予定していた助成金をいまだ全額受け取っていない研究機関もあり、先行きに不安が募ります。

政府閉鎖の影響範囲

トランプ大統領が不法移民対策としての壁建設費約56億ドルを予算案に盛り込む要求をしたことをきっかけとする暫定予算の一部失効により、政府機関が一部閉鎖される事態となったわけですが、この閉鎖により自宅待機や無給での勤務を強いられる政府職員の数は80万人にのぼりました。官公庁や博物館は閉鎖され、首都であるワシントンDCは閑散とし、市民の生活や経済に大きなダメージを与えました。

アメリカ国内の公的研究機関も例外ではありませんでした。国立衛生研究所(National Institutes of Health:NIH)、疾病予防管理センター(Centers for Disease Control and Prevention:CDC)、エネルギー省(the departments of energy)、国防総省(the departments of defense)は業務を継続していましたが、航空宇宙局(National Aeronautics and Space Administration:NASA)や海洋大気庁(National Oceanic and Atmospheric Administration : NOAA)、標準技術研究所(National Institute of Standards and Technology : NIST)、地質調査所(U.S. Geological Survey)、農業研究事業団(Agricultural Research Service : ARS)、魚類野生生物局(Fish and Wildlife Service : FWS)、森林局(Forest Service : USFS)などはすべて閉鎖されました。

研究が継続できない政府機関研究者

こうした機関が閉鎖されたことは、研究者にも大きなダメージを与えました。一時解雇されてしまった政府機関の研究者たちは、実験内容の確認や観察、データの収集、検証、結果の共有といった一連の研究活動を継続できなくなったのです。アメリカ地球物理学連合(American Geophysical Union : AGU)のエグゼクティブディレクターであるクリスチャン・マッケンティー(Christine McEntee)は、この閉鎖によって環境保護庁(Environmental Protection Agency:EPA)が期限内に化学物質評価を終えられなかったり、NOAAが商業的な水産物の追跡や絶滅危惧種の保護などを実施できなくなったりするなど、重要なプロジェクトに影響を与えたとコメントしました。

自然史博物館で古脊椎動物学の学芸員を務めるケイ・ベアレンズメイヤー(Kay Behrensmeyer)は、2年がかりのケニアへの研究旅行の中止を余儀なくされました。他にも、気象学会(American Meteorological Society : AMS)がフェニックスで開催した年次総会(1月6日)や天文学会(American Astronomical Society : AAS)がシアトルで開催した「天文学のスーパーボウル」とよばれる世界最大規模の総会(1月6日~10日)などの学会や会合に何百人という政府機関の研究者が参加できない事態となったのです。

なかでも研究者に最も深刻なダメージを与えたのは、国立科学財団(National Science Foundation:NSF)と国立食品・農業研究所(National Institute of Food and Agriculture : NIFA)の閉鎖でしょう。助成金申請の審査が滞り、研究者たちは先の見えない不安の中でただ待つしかありません。生化学・分子生物学会(American Society for Biochemistry and Molecular Biology : ASBMB)の広報ディレクターであるベンジャミン・コーブ(Benjamin Corb)は、政府閉鎖は、合理的な理由もなく研究機関を苦境に陥れるようなものだと意見しています。国際的な非営利団体「憂慮する科学者同盟」(Union of Concerned Scientists)のトップであるケン・キンメル(Ken Kimmell)も、「政府閉鎖によって研究者が研究の機会を失うとすれば、研究機関の科学に基づく研究に多大な影響を与え、結果として研究費として費やされる税金が無駄になりかねない事態となるだろう」と述べています。

揺らぐアメリカ政府への信頼

1月26日以降、今回の政府閉鎖は一部解除されたわけですが、議会で新たな壁の建設費について合意ができなければ再び閉鎖が起きる可能性もあると言われています。研究活動を停滞させる政府閉鎖の余波は、数か月もしくは数年にわたり残っていくでしょう。ひとたび政府閉鎖が起きれば、研究者はただその解除を待つしかありません。研究助成金の提供者として、また、共同研究をしていくパートナーとしてのアメリカ政府への信頼が揺らぎはじめています。

研究結果の信頼性-信頼度指数は適用されるべきか

かねてより学術研究における「再現性の危機(reproducibility crisis)」が問題となっています。Nature誌が2016年に発表した調査結果では、70%を超える研究者が他者の実験結果を再現できなかっただけでなく、半分以上が自分の実験すら再現できなかったことが示されていました。こうなると、研究の信頼性が揺らいでいると言われても反論できません。どのように信頼できる研究を見抜けばよいのでしょうか。

そこで今回は、研究結果の信頼性の目安とされる「信頼度指数」や、実験結果(データ)の妥当性を示す指標とされる「p値(有意確率)」についてみてみます。

信頼度指数とは?

信頼度指数(confidence index)とは、説明内容の妥当性について、事前証拠の影響および調査者の判断を形式的に具体化する指標です。

例えば、ある治療法をテストする実験では、母集団を代表するサンプル(治験の参加者など)は確実に無作為に抽出されていることが必須です。それは、サンプルに対する実験の結果から母集団全体への効果を推定するためであり、この場合の信頼度指数は、その治療法が、母集団全体に対してどの程度、サンプルに見られたのと同様の効果が出るかを示す数値となります。

【信頼度指数】
信頼度指数はベイズ統計に基づくもので、次の要素を考慮したものです。

  • ランダムな変数―情報がないため未知の要素が存在
  • 事前確率―利用可能な既存の情報
  • 仮説の真らしさ―仮説が真であるか偽であるかの確率

p値(有意確率)とは?

もう一方のp値とは、研究者が実験データの統計的有意差の判定に慣習的に用いる指標で、帰無仮説(ある仮説が正しいかどうかの判断のために立てられる仮説)が正しいとするならば、検定統計量(観察された数値)と同程度の結果が得られる確率を示すものです。つまり、特定の仮説に対してデータがどのぐらい整合していないかを示しています。特定の仮定(前提)を想定した数値であること、サンプル数などさまざまな要素(以下)の影響を受けることを念頭に置いておく必要があります。

【p値】
p値は次の要素に依存します。

  • サンプルの規模―サンプルの数が多いほど、結果が正確になる
  • 反応の頻度―特定の反応の頻度が高いほど、結果は正確
  • 母集団の数―母集団が小さいときのみ重要

p値はよく使われている統計値ですが、米国統計学会(American Statistical Association: ASA)は、p値自体は「モデルや仮説の正しさに関する尺度として適切なものではない」と警告しています。

p値が適切な尺度ではないとする理由=p値には以下の情報が含まれない

  1. サンプルが母集団を代表しているか
  2. 検討対象の帰無仮説が正しいか否か
  3. データはランダム抽出によって得られたものか

このことからも、p値だけを判断基準とすることは避けた方がよいでしょう。

p値から判断できること

p値の算出方法は省きますが、一般的に、p値が0.05(5%)を上回れば有意差はなく、下回れば有意差があるとされています。そのため、研究者はp<0.05(5%未満)であれば結果を発表できると考えてきました。p<0.05なら、偶然の影響は問題にならない(結果が有効である)、つまり有意差があると解釈できるからです。p値が0.05以上の場合は、有意差がないと解釈されるので(Not significant: NSと記載される)発表を控える研究者もいるでしょう。p値の閾値については、米国統計学会が2016年に声明を発表し、p値の適切な利用と解釈についてまとめているので参照してみてください。

正しい判断を下すために-信頼度指数を併用する

米国統計学会はp値を「科学的根拠の代わり」とせず、「研究の適切な設計と実施」などの種々の要素を加味した上で研究結果の有効性を分析すべきであると注意を喚起しています。確かにp値に関する議論は、先行文献と関係付けたうえで、実験手法やデータの分析方法を明瞭に示した上で取り扱われるべきでしょう。p値は研究や実験データを統計的に裏付ける唯一の手段ではないのです。研究を正しく評価するためには、さまざまな情報や他の指標を併用して判断することが必要です。

米国スタンフォード大学のSteven Goodman教授は、信頼度指数を考慮して結果を定量的に評価することができれば、研究を明確にすることができると述べています。臨床試験を次の段階に進めるかどうかを判断するとき、研究の限界を知る手がかりとしても重要な信頼度指数を併用することにより、いわゆるpハッキング(p値をできるだけ小さくなるようにデータを操作すること、不正に当たります)を防ぎ、実質的な数値を示すことにつながると考えられます。p値は便利な統計指標ですが、データの信頼性、ひいては研究の価値を裏付けるものではないことを踏まえ、p値ばかりに囚われず、信頼度数と併用することが得策でしょう。

研究分野の専門化と細分化が進む現状において、実験内容や観察がより精緻で微妙なものとなる傾向が目立ちます。こうした中で、実験結果やデータ解析の信頼性がより求められるようになっているのです。再現性の危機を克服するため、そして研究の信頼性を確保するためにも、再度根本に立ち返って考える必要がありそうです。


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