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著名な栄養学者が論文撤回で辞職―その背景は

論文に書かれている通りの方法で実験を行っても、結果を再現できない「再現性の危機(reproducibility crisis)」。これは学術界にとって深刻な問題です。また、まったく別の問題であるにも関わらず「研究不正の有無(scientific misconduct)」と混同され、問題が深刻化することも多々あります。再現性の危機は、研究室で行われた多くの研究の再現実験あるいは追試で同じ結果が再現できないことに端を発していますが、再現実験で同じ結果が得られなければ、科学研究としての価値が薄れるだけでなく、その原因が研究不正にある可能性が高いため、結果として複数の名だたる学術雑誌(ジャーナル)が論文を撤回することになってしまうのです。撤回される論文の数が増えていること含め、学術界は危機感をつのらせています。

■ 栄養学第一人者の辞職

2018年9月20日、コーネル大学の教授であり、栄養学の研究者であるブライアン・ワンシンク(Brian Wansink)博士が、米国医師会雑誌(the Journal of American Medical Association (JAMA))に6論文を撤回されたことを受けて辞職したことが、ワシントンポストに報じられました。アメリカのアイビーリーグに属する名門コーネル大学の研究者の辞職が有力新聞紙に取り上げられたことが、再現性の危機の深刻さを物語っています。

ワンシンク博士は、食品消費の行動心理学の第一人者で、広告やパッケージが食生活におよぼす影響などに着目した食生活改善のための研究を推進していました。1992年にイリノイ大学で食品商標研究所(Food and Brand Lab)と消費者教育財団(Consumer Education Foundation)を設立し、2005年にそれらの組織ごとコーネル大学に移っています。

彼は、健康や食品に関する多くの問題を研究テーマとして扱ってきました。例えば、自動的に給仕されるスープ皿でスープを飲むと、通常のスープ皿で飲んだ人よりも多く飲むという「bottomless bowls(底のない器)」という研究を発表し、2007年にイグ・ノーベル賞を受賞したことでも知られています。また、ファストフードなど健康的ではない食品には「health halos(健康におけるハロー効果)」があると提唱しました。ハロー効果とは、ある対象を評価する時にそれが持つ顕著な特徴に引きずられて他の特徴についての評価が歪められる現象ですが、“サブウェイ”などの健康志向の高いファストフード店で食事を購入する際、“マクドナルド”のような健康志向の低い店で購入するのに比べて、消費者はメインメニューのカロリーを少なく見積もり、その分、高カロリーのサイドメニューや飲み物、デザートを選ぶ傾向があるとの概念をhealth halosと称しています。

ところが、こうした数々の研究成果にも関わらず、ワンシンク博士は期せずしてコーネル大学での職を失うことになりました。辞職の発表は、JAMAが科学的な有効性が欠如しているとの理由で博士の6論文を撤回した翌日でした。以前にも7本の論文が撤回されていたのと合わせ、2005年から2014年の間にJAMAの3誌に出版された13本が撤回されたと指摘されています。コーネル大学の総長であるマイケル・コトリコフ(Michael Kotlikoff)氏によれば、「この調査で、研究データの虚偽報告、問題のある統計手法、適切な文書および研究結果の保存における不備、さらに不適切なオーサーシップ(Authorship)の記載が明らかになりました。」とのことです。

■ 飛び交う憶測

ワンシンク博士は、タイプミスや統計の誤り、その他の落ち度については認める一方で、自身の研究内容については正当性を主張しています。つまり、これらの落ち度があったとしても研究の「実質的な結論」に変更はなく、研究成果は自信を持てるものだと反論しているのです。しかし、科学論文の撤回を監視するブログ「リトラクション・ウオッチ(Retraction Watch)」の共同創設者イヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)博士は、これは、科学における不正行為の深刻なケースだと述べています。こうしたミスは、統計の根本と学術雑誌が掲載する研究の有効性を脅かすものだと考えているのです。

実際、ワンシンク博士に疑惑の目が向けられたのは、今回が初めてではありません。以前から彼の研究の信憑性には疑問が呈されており、論文にも記されています。その論文の著者らは、ワンシンク博士の論文を分析し、p値ハッキング(p-hacking)と呼ばれる統計処理を行った疑いがあると指摘しています。p値ハッキングとは、データの浚渫(しゅんせつ、data dredging)とも言われ、得られたデータから特定の値(p値)が小さく見えるように操作することです。有意な数値だけを報告するといったことで、注目を集める成果を作り上げているわけですが、データ自体は存在しているので捏造にはあたりません。しかし、p値ハッキングをすることで食物と病気の相関関係が曖昧になり、結果の信頼性が揺らぐことになります。同じデータセットを再分析することで、異なる解釈を導き出すことができてしまうからです。例えば、コーヒーやチーズと赤ワインは心臓病やガンの予防に効果的と示す論文がある一方で、別の研究分析で、同じ物がガンの原因になると示すようなものです。

研究の目的が、世の中の役に立つ情報を提供することよりも学術雑誌に掲載されることにすり替わってしまったのでは――との憶測を生んだわけですが、問題は 論文撤回 ・辞職だけでは終わりません。「食品」という生活に密着する研究においてワンシンク博士のようにメディア露出の高い研究者がデータ操作した情報を広めたのだとすれば、消費者は何を信じればよいのでしょう。栄養食物学分野の研究者や、むやみに研究成果を取り上げる報道関係者にも課題を突きつけることになったのです。

■ 不正行為の背景にあるもの

ニューヨーク大学の栄養食物学および公衆衛生学のマリオン・ネスレ(Marion Nestle)教授は、「論文を書かずして、研究職には就けない」と言います。教授や研究者の感じる論文掲載へのプレッシャーがうかがい知れる言葉です。もちろんこれは、栄養食物学だけに限ったことではありません。どの分野でも同じです。科学研究者は膨大なデータセットを見て、自分が欲しい結果を導き出すためにデータを操作することもできます。とにかく何らかの学術雑誌に論文を掲載することが唯一のゴールとなったときに陥りがちな過ちです。ワンシンク博士が彼の配下の研究者に宛てたメールで、研究成果が「爆発的に広まる」ように、データを変えるよう迫っていたという例もあるとのことです。

情報を急速に広げることが、学術的に困難な研究をすることよりも重要なものにすり替わってしまったようです。こうした状況は、学術界において深刻化する大きな問題の一角ですが、学術界でも再現性および研究不正に対する危機感は共有されており、査読の徹底をはじめ、これらの問題に対処するためのさまざまな取り組みが始まっています。ワンシンク博士の件は、問題解決に向けた取り組みと、科学研究における不正行為の一層の削減に向けた対策の必要性を示しています。


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ゲノム編集の女児誕生がもたらした衝撃

2018年11月26日、世界に衝撃が走りました。中国の南方科技大学のJiankui He氏が、 ゲノム編集 技術「CRISPR」を使って改変を施した受精卵から双子の女児を誕生させたとAP通信が報じたのです。本当であれば世界で初めて遺伝子を改変されたヒトが誕生したことになります。He氏は、遺伝子操作をすることにより、エイズウイルス(HIV)がヒトの細胞に侵入する際に利用するタンパク質「CCR5」の働きを押さえ、HIVへの抵抗力を獲得させたとしています。しかし、ゲノム編集で遺伝子を改変した場合の安全性は未知の領域であり、胚の編集は次世代に受け継がれるため、欧米の多くの国ではゲノム編集した受精卵を母胎に戻し妊娠させることは非合法または禁止とされています。中国でも政府ガイドラインで遺伝子工学を用いた胚の妊娠を禁止しているので、今回のHe氏の研究は、ガイドラインに反するものと言えます。

■ 11月28日 香港での講演

He氏の発表は、世界の遺伝子研究者が集う「第2回ヒトゲノム編集国際サミット(Second International Summit on Human Genome Editing)」の直前というタイミングで行われました。サミットは11月27日から29日に開催されましたが、He氏の発表はサミット主催者にとっても寝耳に水だったようです。28日には、サミットでHe氏が講演。二人の女児が生まれ、さらに他にもゲノム編集した受精卵を移植した女性が妊娠している可能性があると延べました。講演後、参加者からは厳しい質問や痛烈な批判が噴出し、多くの研究者は、このような改変を行うことは医療倫理に反するとして批判の声を上げています。

He氏の発表の翌日にはCRIPRの共同研究者Feng Zhang教授が、CRISPRで遺伝子編集したヒト胚細胞を子宮に戻すことを全世界で停止すべきとの声明を出しています。実験の危険性はもちろん、He氏の研究の不透明さ、秘密裏に実施されたことを疑問視してのことです。He氏がこれまでにゲノム研究の専門家としてはあまり知られていなかったことにも疑念を持たれています。米国のスタンフォード大学で研究を行った後、海外の優秀な研究者を中国に呼び戻す「千人計画」で中国に戻り、2012年に最年少で南方科技大学の准教授に就任したという経歴の持ち主ですが、ゲノム編集の専門家とは書かれていません。では、なぜ遺伝子改変操作が可能だったのか――これは、まさに技術の進歩によるものです。近年、CRISPR-Cas9と呼ばれる手法が開発されたことで、専門家ではない研究者も遺伝子の改変操作が技術的に可能となったのです。CRISPRは、まさに切り貼りするようにDNAの部分的削除や置換を可能にする技術です。この技術により、かつて高度な技術を要していた受精卵への遺伝子注入といった遺伝子操作すら、今や装置があれば技術がなくても可能となりました。そのため、He氏の研究「成果」につき現時点で研究の詳細を精査できる論文もなく、実際に双子が生まれた証明もないことから「嘘」ではないかとの疑いもある一方、「事実」である可能性も捨てきれないのです。そして「事実」であるとすれば倫理的な問題であるとして、世界的な非難が高まる中、He氏はこの成果を誇りに思うと述べています。南方科技大学と医療倫理委員会(Medical Ethics Expert Board)は調査を行うとしていますが、大学もHe氏の研究を非難し、この研究は学問的倫理や行動規範に著しく反するとの声明を出しています。

■ 11月29日 中国政府の中止命令

11月29日、中国政府はこの実験を行ったチームに研究の中止を命じたと、中国科学技術部Xu Nanping副部長が国営放送局CCTVに述べました。2015年のヒトゲノム編集国際サミットでは、次世代に遺伝する生殖系列の編集は、その適用の適切さについて社会的なコンセンサスがなければ、どのようなものであれ実施することは無責任であるとの声明「On Human Gene Editing: International Summit Statement」が出されています。このときのサミットでは、急速に進展する技術に関して国際的議論を継続することが求められたわけですが、早くも懸念が現実の課題として突きつけられた形です。今回、同サミットの29日の閉会にあたって発表された声明は、現時点では生殖系列の編集の臨床利用は依然として許されない、と前回と同じ考えであることを明確に示すとともに、責任ある基礎研究から臨床研究への道程(トランスレーショナルパスウェイ)を定義するときに来ているとも述べています。

■ 日本における受精卵のゲノム編集

日本において受精卵のゲノム編集については、文部科学省と厚生労働省による専門家会議が指針案を作成しており、基礎研究においてのみ認める方針となっています。内容は、不妊治療などの基礎研究に限って受精卵のゲノム編集を認めるものの、その受精卵を子宮に戻して妊娠・誕生させることは禁止するというものです。12月4日に文部科学省の生命倫理・安全部会によって指針案が了承されたので、今後、厚生労働省や内閣府の同様の専門家会議の了承を経て、2019年4月には解禁となる見通しです。

中国人研究者による女児誕生の発表に対する反応としては、11月30日、日本医師会と日本医学会が「極めて重大な懸念を表明する」と指摘する共同声明を発表しています。また、12月4日、日本遺伝子細胞治療学会、日本人類遺伝学会、日本産科婦人科学会、日本生殖医学会の4学会は、「臨床応用は禁止すべき」との共同声明を発表しました。受精卵のゲノム編集は、発展途上の技術であり、改変の影響が世代を超えて続くため、人類の多様性や進化にも影響する重大な事態が懸念されるとの判断です。

多くの研究者は、ゲノム解読をはじめとする遺伝子研究および技術の進展は、疾病の予防や治療等に大きな貢献を果たすと期待しています。その一方で、ヒトにとって遺伝子編集とは何なのか、遺伝子編集技術からどのような恩恵を受けられるのか、あるいは、どのような操作は認めるべきではないのか、そして受精卵は「ヒト」と見なされるのか――多くの課題が残されています。日本でも指針の運用が開始されるものの、違反しても罰則はなく、対象も大学や研究機関の研究者となっています。法律や指針などでの規制には限界があることも課題の一つです。日本だけでなく、国際社会においても適切な研究倫理の在り方や指針の構築に向け、積極的な議論が加速されるでしょう。

中国のアフリカ諸国への600億ドルの支援 その狙いは

中国が改革開放政策を実行してから丸40年。中国経済は急成長を遂げ、学術分野での存在感も大きく増してきました。研究および教育への集中的な投資も奏功し、今や科学・工学分野の論文発表数は世界首位です。

勢いは国内にとどまりません。中国は、開発途上国同士が2国間、あるいは多国間で自律発展のためにお互いの技術などを活用して開発に役立てようとする「南南協力」を促進しています。近年は「一帯一路」構想のもと、発展途上国に対する技術支援、資金援助を行っていますが、特に南アジアおよび南アフリカの発展に向けた協力に力を入れています。2018年9月に開催された「中国アフリカ協力フォーラム((FOCAC, Forum of China-Africa Cooperation)北京サミット」では、アフリカ諸国に600億ドル(約6兆6千億円)の経済協力を行うと表明し、世界を驚かせました。はたして、中国の思惑はどこにあるのでしょう。

■ アフリカの次世代研究者の育成に貢献?

600億ドルの資金拠出の内訳には、無償資金協力や無利子融資、中国企業による対アフリカ投資の推進などが含まれており、500億ドルは中国政府、残りの100億ドルは民間企業による投資とされています。習近平国家主席はフォーラムの基調演説で、アフリカ諸国と密接に協力し、今後3年間および一定期間において「8大行動」を重点的に実施すると表明しました。「8大行動」とは、2015年のヨハネスブルグ・サミットで確定した中国・アフリカ「10大協力計画」の推進を踏まえたプログラムで、(1)産業促進、(2)インフラの相互接続、(3)貿易円滑化、(4)グリーン発展、(5)能力開発、(6)健康・衛生、(7)人的・文化的交流、(8)平和・安全保障という8つの項目を実施すべく、中国が政府援助、投融資などを通じてアフリカ諸国との協力を図るものです。

中国は、この一貫としてアフリカ諸国の人材育成、援助、雇用増に力を入れています。アフリカの研究者の科学技術の知識レベルを引き上げるプログラムにおいて、教育は重要な位置に置かれており、アフリカの若者に教育を受ける機会が提供されるだけでなく、Young Scientists Exchange Program(若手研究者交流プログラム)を利用して、最大1年間中国で学ぶこともできるようになっています。

「8大行動」の「社会開発分野」には、アフリカ諸国の1000人の優秀な人材に研究の機会を提供し、5万人に中国政府の奨学金を授与し、さらに5万人にワークショップやセミナーなど短期の教育機会を提供する計画があると記されています。特に、アフリカの農業近代化に向けた協力を拡大したいと考えている中国は、既にアフリカ14カ国に農業技術普及のためのモデルセンターを建設していますが、さらなる農業技術者の育成に向け、博士課程修了者が、中国あるいはケニアのジュジャにある農業技術のジョモ・ケニヤッタ大学などのアフリカの研究機関で学ぶための奨学金に応募することができるようにする予定です。アフリカの農業を積極的に支援するだけでなく、「8大行動」を通して中国・アフリカの関係を強化し、米国との貿易戦争が泥沼と化している中でも大国中国および中国企業の影響力を強めたいとの思惑が見て取れます。

■ 中国の発表への反応は

この中国の発表に、世界中の研究関係者からはさまざまな声が上がっています。大半はこれを好意的に受け止めているようです。例えば、ガーナの研究者は、海外だけでなく、国内での教育への資金援助も含まれていることが喜ばしいことだと言っています。アフリカでの人材流出が深刻な問題だと考えている彼は、この資金援助が、国内での奨学金や教育の機会が人材流出を止めることにつながると期待しているのです。また、南アフリカの大統領であるシリル・ラマフォサ(Cyril Ramaphosa)も、アフリカ全体の教育と雇用の機会を増やすことにつながるだろうと述べ、強い関心を示しています。さらに、中国のアフリカ政策を研究するアメリカの研究者は、中国が一帯一路構想にアフリカの研究者を取り込んでいくことを重視していると感じたとのことです。同時に、能力開発が大きく強調されるようになったことは、アフリカにとって重要な成果だとも言っています。

一方で、懐疑的な見方もあります。持続可能な開発を研究している研究者は、中国がアフリカに建設している農業技術普及モデルセンターは中国の商業利益の象徴だと言います。つまり、この新たな開発計画によって中国企業がアフリカの労働力をさらに利用しやすくなるのではないかと考えているのです。しかし、国際的な食料不足が懸念される時代にあって、農業開発は中国・アフリカ双方にとって関心が高い分野と認識されているのは確かです。

■  日本の対アフリカ政策

実は、対アフリカ支援においては、米中ではなく日中が鎬(しのぎ)を削っています。今回の中国支援が発表されたFOCACは中国が主導して設立されたものですが、日本も長年、同様のプラットフォーラムを主導してきました。アフリカ開発会議(TICAD, Tokyo International Conference on African Development)です。TICADは1993年に第1回目が「アフリカの自主性尊重」を前提にアフリカ地域の開発に協力することを目的に開催されて以降、5年ごとに開催され、日本はアフリカ支援の先頭に立ってきました。しかし、TICADの取り組みが進むにつれ、アフリカの抱える困難かつ複雑な問題が明らかにされることとなってしまっています。そこに目覚しい進出をしてきた中国。欧米諸国に「中国新植民地主義」と批判されつつも、アフリカ諸国が中国のアプローチ(資金援助)を積極的に受け入れているのが現実です。中国は、内政不干渉原則を掲げ、アフリカの資源と市場の確保・拡大に向け、FOCACにおいてアフリカ諸国との関係強化を図っています。既に、FOCACは開催頻度(3年ごと)と投資額でTICAD(2016年からの3年間で総額300億ドル投資)を上回っているのです。

近年、中国の開発援助を受けたアフリカの発展途上国が、償還が困難な負債を抱える「債務のわな」の問題が顕在化しています。中国マネーへの依存が懸念されているとはいえ、民生分野での協力、人材支援なども含む多面的支援を表明した「8大行動」への期待が寄せられているのは事実であり、アフリカの研究者が、今後国際共同研究の新たな機会を得られるであろうことは希望です。学術知識の蓄積に国際的な共同研究がもたらす恩恵はだれもが認めるところです。今後、アフリカ支援において日本と中国が協力していく可能性もあるでしょう。アフリカの資源開発だけでなく、人材開発や交流プログラムへの投資が成果につながることが期待されます。

欧州大学協会が学術出版社に対する訴状を提出

世の中で「海賊版」といえば批判されるのが普通ですが、学術出版において購読費を支払うことなく学術論文が入手できる「Sci-hub」は、海賊版サイトと呼ばれながらも研究者の支持を得ており、逆に、Sci-hubを提訴している大手学術出版社のエルゼビアが大学や研究者から批判されるという事態となっています。オープンアクセス化が進む昨今、学術出版社への批判および圧力が強まっています。

10月30日、欧州48ヶ国の800校以上の大学と33の学長会議が参加している 欧州大学協会 (European University Association; EUA)がEuropean CommissionのCompetition部門にエルゼビアの親会社RELXグループを含む大手学術出版社5社に対する申し立てを提出しました。その中には、学術出版における透明性と競争の欠如に関する問題点が指摘されています。

■ 学術出版社への批判=高すぎる購読料

そもそも、なぜ学術出版社への批判がここまで高まっているのか?そこには学術出版社による購読料の値上げが大学や研究機関の許容範囲を超えてしまった現実があります。大手出版社の多くは、購読率の高い人気学術雑誌(ジャーナル)と比較的読まれていないジャーナルを抱き合わせで購入させるパッケージ販売を行っています。読まないものは要らないから安くして、と言いたいところですが、1誌ごとに購入したとしても購入費は膨らむ一方。購読料の度重なる値上げに大学・学術機関なのに学術ジャーナルが購読できないという事態に陥っているのです。欧州の大学から購読をボイコットされたことや、Sci-hubとの裁判で話題になることの多いエルゼビア社の購読料の高さは有名ですが、他誌の値上がり率もかなりのものです。

日本の状況を例に挙げれば、9月29日の日本経済新聞の記事には、“大学図書館コンソーシアム連合(JUSTICE)によると、海外の自然科学系学術誌の2018年の年間購読料の平均は1誌あたり平均2895ドル(約32万円)。1990年の9倍に達した。1年間で平均8%の値上げで、大学など研究機関が抱える研究・資料購入費を圧迫している。”と書かれています。この記事の元となったJUSTICEのデータを見ると、値上がり率は分野によって異なるものの、1990年から2018年までの29年間における自然科学系・海外学術雑(冊子)の毎年の値上げ率の全分野平均は8.17%、人文科学系は8.67%。冊子ほどではないにせよ電子ジャーナルの価格も推移しており、2012年から2018年の7年間の毎年の値上げ率の全分野平均は自然科学系で4.40%、人文社会科学系で5.46%となっていました。また、学術出版社は基本的に購読料から利益を得ていますが、11月21日のNewScientistの記事によると、学術論文の出版社の利益率は石油産業や金融を上回る40%におよぶそうです。これでは大学や研究機関が怒るのも無理はありません。

■ 欧州の大学、学術出版ビジネスにおける競争の欠如を懸念

この継続的な値上がりは世界共通であるため、各国の大学や研究機関は財政を圧迫され、EUAは訴状を提出するに至ったのでしょう。そこには、学術論文の出版市場が寡占状態にあること、公的な資金により行われた研究の論文により出版社が利益を上げていること、購読契約における価格の透明性が損なわれていることなど8項目におよぶ問題点につき、項目ごとに具体的な説明が書かれていました。この訴状で対象とされたのは、RELXグループ(英)、Taylor & Francis(英)、Wiley-Blackwell(米)、Springer Nature (独)、SAGE(米)の5社。これらの大手学術出版社は、学術論文の著作権を行使して利益を上げていますが、そのことで研究者が自由に研究論文を閲覧・利用することを妨げているとの批判も多く、その対抗策としてSci-hubのような海賊版が研究者に受け入れられているという実態があります。経済的な理由により研究論文にアクセスできないため、Sci-hubを情報源として利用している研究者も多いのです。また、出版社が契約を盾に論文の自由な公開を制限することが、研究の発展に悪影響をもたらすとの意見もあります。論文著者である研究者にとって重要なのは、自身の研究成果が正当に評価され、成果が共有されることによって自身の研究分野が発展することです。論文掲載料を支払った上に、著作権を譲渡する一方で、購読料の上昇で研究機関や研究者自身が負担を強いられることを望んでいるわけではありません。しかも、学術出版の品質維持に不可欠とされる論文の査読は、研究者のボランティアベースで行われているのです。公的な助成金を使った研究者が執筆した論文を、公的機関から給与の支払いを受けた研究者がボランティアで査読を行う、そしてその論文を出版した学術出版社が利益を得る――研究者が不公平だと訴える理由でしょう。

訴状には、欧州の大学は毎年、研究データおよび論文へのアクセス、つまり、自校の研究者が執筆し、査読を行った論文を読むために数億ユーロを費やしていると記しています。EUAは問題点を述べ、補足情報として、学術雑誌のオープンアクセス(OA)化を目指すイニシアチブ「OA2020」や、論文を即座に無料で公表することを義務づけるという構想「プランS(Plan S)」について言及しながらも、調査および判断はEU競争総局(Directorate-General for Competition)に委ねています。

すべての学術研究に誰もが自由にアクセスできるようになることは理想です。とはいえ、現在の学術出版のシステムを構築したのは、学術出版社です。ただ、学術研究成果の発表方法および成果(データ・論文)へのアクセス方法、成果の扱いに対する考え方が変わってきた中で、学術出版社の要求が研究機関や研究者にとって重い負担となってしまったために、出版社は訴えられ、Sci-hubは支持を集めるようになっているのでしょう。その結果として、オープンアクセスが進んでいるのです。学術出版のビジネスモデル自体が転換点に来ているのではないでしょうか。


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著名な学術雑誌は絶対か~ビジネスモデルの変化

京都大学高等研究院の本庶佑特別教授が、2018年のノーベル生理学・医学賞を受賞された明るいニュースが大きな話題となりました。しかし、10月1日に京都大学で開催された記者会見では、受賞の喜びとともに、日本の科学研究の現状に対する懸念を表明されています。他のノーベル賞受賞者がそろって日本の学術研究、特に基礎研究の弱体化を心配していたのと同様、本庶教授も基礎研究への支援が重要であるとして、多額の研究費用を基礎研究に投資する必要があると訴えました。

研究成果を利用する企業(製薬会社)にリターンを求めたことも含め、大変示唆に富む会見でしたが、その中の一部を抜粋します。

よくマスコミの人は、ネイチャー、サイエンスに出てるからどうだ、という話をされるけども、僕はいつも、ネイチャー、サイエンスに出てるものの9割はウソで、10年経ったら、まあ、残って1割だというふうに言ってますし、だいたいそうだと思ってますから。まず、論文とか書いてあることを信じない、自分の目で、確信ができるまでやる、それが僕のサイエンスに対する基本的なやりかた……(後略)

自分の目で確信できるまでやる――というのはサイエンスにとってとても重要です。しかし、頭に残ったのは「ネイチャー、サイエンスに出てるからどうだ……」という部分でした。というのは、日本のメディアおよび日本人研究者は著名な学術雑誌(ジャーナル)の権威を絶対視する風潮があるのを指摘されたように思えたからです。もちろん、ネイチャーやサイエンスは素晴らしい学術ジャーナルで、世界中の研究者のみならず学術研究に関心のある多くの読者に読まれていますが、世界で新しい論文発表および共有の方法を探る動きが広がっているのも事実です。

欧州各国では、大学あるいは大学連盟がジャーナル購読料の高騰に反発し、大手出版社との交渉の末に購読契約を打ち切る事態が起こっています。にもかかわらず、日本の大学ではこのような動きは出てきていません。研究費が減ったと研究者が嘆く中、日本の大学は高額な学術ジャーナルの購読料を言われた通りに支払い続けているのでしょうか。また、大手学術ジャーナルが刊行を発表した新しいジャーナルへの投稿を、その分野の研究者がボイコットする動きも出ていますが、日本でそのような抗議が拡大しているとも聞きません。多くの日本人研究者は、研究成果を論文にして著名な学術ジャーナルで発表すべく、日々努力しています。しかし、学術ジャーナルに論文を発表することは本来の目的ではないので、研究成果の発表方法、その後の活用法など、自分が確信できるやり方を考えることが求められているのではないでしょうか。

■ オープンアクセス(OA)への動きが欧州で加速

研究者である以上、自分の研究成果をより多くの人に読んでもらい、評価してもらうことは重要です。そのための一つの手段が著名な学術ジャーナルに論文を発表することですが、当然ながらそれらの学術ジャーナルに論文を掲載するのは簡単ではありません。そんな中、オープンアクセス(OA)の流れが加速しています。無料で論文が閲覧できるOAジャーナルが台頭してきたこともあり、より多くの人に読んでもらうために著名な学術ジャーナルに論文を発表することが、絶対的な手段ではなくなってきているのです。

9月4日、Science Europe(欧州の研究助成財団および研究実施期間が加盟する組織)は、欧州委員会(EC)の支援のもと、欧州11の公的研究助成機関が支援した研究者の論文を出版日に無料で読めるようにするためのイニシアチブ“cOAlition S”を発表しました。これは、2018年7月より議論されていた“Plan S”を達成するための協定です。“Plan S”とは、2020年以降に出版する公的資金を受けた研究に対し、OAジャーナルあるいはOAプラットフォームでの公開義務化を目指すもので、世界の研究助成機関に参加を呼びかけており(早くも27カ国から43機関が署名、2018年11月現)、オープンアクセスへの移行を確実に加速させています。

誰もが無料で論文を読めるようにする――従来は、読者が購読料を支払ってきましたが、その代わりに研究者が論文の公開料を支払うという ビジネスモデル への転換が進んでいるのです。論文への自由なアクセスを求める動きは、海賊サイト「Sci-Hub」を登場させたほか、学術ジャーナルの出版前にインターネットで論文を公開する動きにも広がっています。当然ながら、この協定およびイニシアチブに対し、学術ジャーナル各誌は反発を示していますが、研究者の中にも懸念を表明する動きが出てきています。

■ 学術出版社のビジネスモデルを揺さぶる動き

“Plan S”は米マイクロソフト創業者ビル・ゲイツ夫妻の「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」が、財団が資金提供する研究者の論文を誰もがアクセスできるようにすることを目指したことに着想を得ています。既に、同財団は支援した研究論文を公開サイト「ゲイツオープンリサーチ」で公開しています。しかも、発表するだけでなく、従来であれば出版社が行っていた論文の評価(F1000に委託)まで一貫して行っているのです。論文を無料でオープンにすることで、研究への興味は高まる一方、第三者機関に評価を委託し、かつ多くの読者による閲覧が可能になることで、論文自体は厳しい評価にさらされることになります。研究者にとっては、財団のOAポリシーに準じてプラットフォーム上に研究成果を掲載することで研究成果を迅速に公表し、他の研究者と議論することもできます。さらに、研究データも公開できるので、データの再利用も可能となり、研究の促進につながるのです。

そして、11月5日、ビル&メリンダ・ゲイツ財団と英国のウェルカム財団も“cOAlition S”に参画し、PlanSを支持すると発表しました。これにより2020年以降、ウェルカム財団の支援した研究は、NatureやScienceなどの学術ジャーナルに掲載されないことになります。ビル&メリンダ・ゲイツ財団は既にOAへの出版を求めていますが、財団のOAポリシーを1年の間にPlanSに即したものに書き換えると表明しています。多額の研究支援金を拠出しているこれらの財団が動いたことで、購読料で成り立っていた従来の学術出版社のビジネスモデルは根底から揺るがされているのです。

学術研究をとりまく状況は大きく様変わりしています。世界(学術界)の荒波を乗り越えて進むためには、本庶教授が言われたように「自分の目で確信できるまでやる」という強い意志が必要なのかもしれません。


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インパクトファクターに影響を与える要素とは

自身の研究論文を投稿するならインパクトファクターの高い学術雑誌(ジャーナル)に――。そう考える研究者がほとんどでしょう。Clarivate AnalyticsおよびSCImagoは、掲載されている論文の引用数に応じて学術雑誌のスコア付けを行っています。このスコア、つまりその学術雑誌に掲載されている論文がどれぐらい読まれ・引用されているかの目安となるのがインパクトファクター(IF)もしくは、ジャーナルインパクトファクター(JIF)とよばれるものです。論文の引用回数が多ければ多いほど、インパクトファクターは高くなり、学術雑誌としての「格」が高いとみなされることになります。

一般的には多く引用される論文ほど価値が高いと考えられ、引用回数は研究の評価を決める重要な尺度と見なされているため、インパクトファクターの高い学術雑誌に自身の論文が掲載されることは研究者としてのキャリアに大きなプラスになります。研究助成金の獲得のチャンスも増えるため、研究者にとって学術雑誌のインパクトファクターは研究論文の投稿先を決めるにあたって、重要な指標と言えます。

では、このインパクトファクターに影響を与える要素にはどのようなものがあるのでしょうか。

■ インパクトファクターに影響する要素

インパクトファクターは、Clarivate Analyticsによって算出され、オンラインの学術データベースWeb Of Science上で公開されています。これは、各学術雑誌において、引用可能な論文が過去2年間にわたり引用された回数を引用可能な論文の合計数で除した値、つまり平均値を算出したものです。別の文献データベースScopusはCiteScore Metricと呼ばれる同様のスコアを算出しており、こちらは過去3年間に出版された文献を算出対象としています。Scopusは毎年このスコアを公表しており、研究者は経年で各学術雑誌のスコアを確認することができます。このようなスコアは機械的に計算されるため、特定の要素がその数値に影響をおよぼします。

インパクトファクターに影響を与える要素を以下に示します。

・論文の種類
研究論文よりもレビュー論文のほうが引用される傾向があります。

・分野
研究成果を得るまでの期間が長い分野の場合、2年もしくは3年という評価期間では引用されにくいため、引用回数は少なくなります。また、分野による研究者の人数(総数)も影響します。例えば、数学よりも医学のほうが研究者の数自体が多いので、相対的な論文の発表数に違いがあり、結果として引用数にも差が生じることになります。

・言語
英語で書かれた論文のほうが、英語以外で書かれた論文よりも引用されます。

・出版時期
インパクトファクターは、カレンダー上の1年間を測定期間と設定しているため、12月に出版されたものは年の前半に出版されたものに比べて引用回数は低くなります。

・掲載論文数
学術雑誌に掲載されている引用可能な論文数から算出するため、仮に同じ引用回数を持つ2誌があった場合、母数となる論文数が多い学術雑誌のほうがインパクトファクターは計算上低くなります。

■ 掲載数が増加している学術雑誌のインパクトファクター

さらにもう一つ影響を与える要素があります。それは、掲載論文数が増えている学術雑誌のインパクトファクターは、低くなっていくということです。なぜなら、急速に掲載論文数が増えると、それらが十分に引用されるには、2年もしくは3年の算出測定期間では短いのです。実際、PLOS ONEに掲載されている論文では、掲載論文数の増加はインパクトファクターに影響を与える可能性がある、とされています。

ただ、一方で、掲載論文数が減少すれば、インパクトファクターが上がる――とも言えません。例えば、1997年にLancetはLettersのセクションをCorrespondenceとResearch Lettersに分割した結果、それぞれのセクションの引用可能な論文数が少なくなったにも関わらず、インパクトファクターは17から12に落ちてしまいました。

このように、インパクトファクターという数値指標は、複数の要素に影響を受けます。さらに、従来の学術雑誌ではなく、オープンアクセスジャーナルへの論文投稿が増えていることも踏まえ、インパクトファクターという指標自体に疑問を呈する声も挙がっています。学術雑誌自体のインパクトファクターはあくまでも掲載論文全体の平均値であることから、それに掲載されている論文すべての価値が高いということにはなりません。インパクトファクターがそれほど高くないオープンアクセスジャーナルに投稿された論文でも、認知度の高いデータベースに登録されれば検索で見つけることができるので、世界中の誰もが、ジャーナルによっては無料で、閲覧することが可能になります。このような状況から、インパクトファクターだけを評価の基準とせず、他の指標も参考にするという認識が広がりつつあります。投稿先を探す際には、インパクトファクターに影響する要素とともに、論文公開に関わる状況なども考慮しながら、比較検討するのがよいかもしれません。


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日本は研究不正大国なのか

学術研究における不正が問題視されていますが、対岸の火事のように思っていませんか? 研究不正 をする日本人研究者がいたとしても数は少なく、それほど重大な問題は起こしていない――というのは単なる思い込みで、現実を見ていなかっただけなのだろうか。そんなことを思ってしまうような記事が科学雑誌Scienceに掲載されました。

嘘の大波(TIDE OF LIES)

8月17日のScienceに掲載された「TIDE OF LIES」と題された記事には、世界的に有名な葛飾北斎の『富嶽三十六景 神奈川沖浪裏』を模した画が掲げられています。この記事は、弘前大学の医学部元教授による研究不正行為について取り上げたものですが、加えて、研究不正などの理由で撤回された論文の監視を行っているRetraction Watchによると、論文撤回数の多い研究者ランキングの上位10名に6名もの日本人が含まれていることが記されています。この現状への痛烈な皮肉が日本芸術として有名な版画に込められているのです。

記事は、弘前大学の佐藤能啓(Yoshihiro Sato)元教授の研究不正に関する詳細なレポートとなっており、彼のねつ造は科学史上最悪な不正のひとつであると述べています。2017年11月、弘前大学は、同大学の佐藤元医学部教授が筆頭著者として2002年から2006年に米国や日本の医学雑誌に発表した14本の研究論文のデータにねつ造などがあったと発表しました。この問題は、米国医師会誌JAMAなどの学術雑誌が佐藤元教授の論文を取り消したことから発覚し、調査の結果、13本の論文でデータのねつ造が、1本で盗用が行われていたと認定されたのです。論文の中には、著名な医学雑誌に掲載され、多数引用されていたものもありました。どんな研究であれ不正は認められませんが、医学研究の不正は被害が甚大になる可能性もあり、佐藤元教授の研究不正は非常に悪質であったと言えます。なお、この佐藤元教授は2017年1月に他界していますが、本記事では、真実は分からないが不正が明らかにされたことで佐藤氏が自殺したと言う人もいると書かれています(ただし、本記事中で佐藤氏は2016年死亡となっている)。

佐藤元教授は、Retraction Watchの研究不正ランキングの6位に入っています。では、他の5名はどのような研究者なのでしょうか。それぞれ順位の上から見てみると、1位が元東邦大学麻酔科准教授の藤井善隆氏、8位が元東京大学分子細胞生物学研究所の加藤茂明氏、9位が佐藤氏の共同研究者だった元慶友整形外科病院の岩本潤氏、10位が藤井氏の共同研究者だった元東京女子医科大学八千代医療センターの斎藤祐司氏、13位が現役の琉球大教授である森直樹氏、となっていました。中でも1位の藤井氏の論文撤回数は183本と突出しています。森氏以外は、不正によって所属大学などを追われることになったようですが、この6人の内の5人が医師もしくは医療に関わる研究者です。日本には医学系の研究者が不正を起こしてしまう何らかの原因があるのでしょうか。しかし、原因はともかく、日本の医学研究はどうなっているのかと問われても答えに窮する状況です。不正なデータなどが書かれた論文を引用することで、後続の研究や治療に多大な影響を与え、最悪の場合、問題の論文に基づいた治療により患者に不利益をもたらす可能性すらあることを鑑みれば、早々に不正対策を行わなければ、日本の医学研究は世界から信頼されなくなってしまいます。

自ら捕食される不正-捕食ジャーナルへの投稿で業績を水増し?

直接的な研究不正とは少し異なりますが、もうひとつ衝撃的な記事をご紹介します。

2018年9月3日、毎日新聞に『粗悪学術誌 論文投稿、日本5000本超 業績水増しか』という記事が掲載されました。掲載費用すら払えば質の悪い論文も掲載する「捕食ジャーナル」――このような学術雑誌(ジャーナル)を出版する捕食出版社が存在するので、若手研究者のように経験の浅い研究者は捕食されないように注意しなければなりません、というのが一般的な言い分です。ところが、毎日新聞が行った分析結果は、研究者が論文発表数の水増しを行うために意図的に捕食ジャーナルを利用している恐れがあるというものでした。

さらに驚いたのは、日本の大学から捕食ジャーナルへの投稿数が5000本を超えており、しかも大学ランキングに名前を連ねるような有名大学からの投稿もかなりの数に上っていたことです。この分析では、特定の研究者が意図的に捕食ジャーナルを選んで投稿し、業績として積み重ねていたことも明らかになっています。いくら捕食ジャーナルへの投稿を防ぐための指南を行ったとしても、研究者自身が故意に捕食ジャーナルを選んでいるのであれば、防ぎようがありません。残念ながら、これは中国や韓国の話ではありません。日本の大学、研究者の話なのです。

研究倫理の大切さが叫ばれ、研究機関や学会、学術出版社が不正対策としてさまざまな策を講じている一方、世界の研究不正件数が減っているようには見えません。とはいえ、少なくとも世界の研究不正の上位の半分以上を日本人が占めているという衝撃的な事実を認め、日本の学術研究の信頼をこれ以上損なうことのないようにするのは急務ではないでしょうか。

アカハラ研究者、5億円相当の助成金が取り下げに

昨今ニュースになることの多いパワハラ。学術界の場合はアカデミックハラスメント(アカハラ)と呼ばれているようです。今、ひとつのアカハラ事案が注目を集めています。イギリスを本拠地とする医学研究支援等を目的とする公益信託団体ウェルカム・トラスト(Wellcome Trust)が、ある研究者の助成金を取り下げる事態に至ったのです。学術界のアカハラに対する姿勢とは……。

■ 助成事業における不正行為等への対応

一般的に、研究助成金を申請・受領した研究者に何らかの不正行為があった場合、助成金申請を取り下げる、または助成金支給の中止または返還などの処分をとることが規則で定められており、募集要項にもその旨が記載されています。論文の捏造や改ざん、剽窃・盗用が不正行為に該当するのはもちろんですが、近年は、研究倫理に求められる範囲が研究環境にまで拡大されるようになってきました。そのひとつが、アカハラ対策です。ウェルカム・トラストは、2018年5月3日に新たな倫理規範”Policy on bullying and harassment”を発表し、研究環境におけるハラスメントも許されないという姿勢を明確にしました。

そして、この新規範がロンドン大学癌研究所(Institute of Cancer Research:ICR)の研究者に初めて適応され、注目されることとなりました。

■ 優秀な研究者によるアカハラ

ICRに勤務していたNazneen Rahman博士は、2016年に医学界への貢献を認められ、大英帝国勲章(CBE)を受勲。ICRでは、遺伝学と伝染病学のトップを務めていました。しかし、45人にも上る同僚(元同僚も含む)から、12年もの長期にわたりアカハラを受けていたとの申し立てがなされたのです。

同僚らの申し立てによれば、Rahman博士により繰り返し行われている深刻ないじめや高圧的な態度、人前で恥をかかされるようなハラスメントにより、同僚の中には、精神的なダメージを受けた者もいれば、キャリアに傷をつけられた者もいるということです。
一方で、彼女を擁護する人たちもいました。彼らによれば、Rahman博士のおかげでモチベーションが上がり、創造的で刺激のある職場環境が作られ、同時に博士が研究者たちの強みやスキルを伸ばすようサポートしてくれた、というのです。

実態はどうであったのか、明らかにされることが望まれていましたが、独立調査で懲戒処分が妥当と判断され、ICRが現職からの降格を発表したことを受けたRahman博士が辞職してしまったため、真相はあいまいなままとなってしまいました。

ただし、事態を重く受け止めたウェルカム・トラストは、採択していたRahman博士への約5億円(3.5百万ポンド)の助成金を取り下げると共に、今後2年間は同団体への助成金申請および、いかなる諮問委員会等への参加を禁止しました。

■ アカハラ抑止に向けた動き

アメリカやドイツの学術界からも挙げられている同様の申し立てについて、数多くの調査が行われています。ウェルカム・トラストの新しいアカハラ規範は今年の6月1日から導入され、既に支給が開始されている研究にも適用されます。規範には研究者および研究組織に求められる責任が明記されており、深刻な事案の場合には、研究者個人だけでなく所属機関全体にも処分がおよぶ可能性も示唆しています。アカハラは研究の進歩の妨げでしかなく、研究機関にはこのような倫理にもとる行為を防止する施策をとるよう求め、研究機関も研究者も倫理的な基準を満たすべきだとしているのです。Rahman博士はこのガイドラインによって処罰される一人目となったのです。

ICRは、オープンで研究者をサポートする環境こそが癌を克服するための研究に必要な環境であり、ウェルカム・トラストによるこのような取り組みで学術界のカルチャーも変わっていくことを期待する、と声明を発表しています。

このような規範の有効性に対し、疑問を呈する声もあります。研究者たちは助成金の獲得や論文の学術雑誌(ジャーナル)への掲載という強烈なプレッシャーにさらされながら日々研究活動をしており、そのプレッシャーがそもそものアカハラの根底にあるのではないかというのです。しかも、どこまでが教育的指導で、どこからがハラスメントなのかは区別しにくいのが現実です。
とはいえ、そうした行為が許されるわけではありません。規範の有効性を保つために、研究者は自分の立場を意識して行動をするべきで、大学や研究機関は公平性が守られるよう注意しなければなりません。学術界全体が意識を変えることで、初めてその有効性は担保されることになるでしょう。

文科省は3度目のノーベル物理学賞を狙えるか

文部科学省(以下、文科省)が 科学研究 に大きな予算を投じ、基礎研究のテコ入れを狙っているようです。その中には、「あの」有名大型研究施設の建設に関する調査費用も……。

■ 基礎研究への概算要求予算は増額したが……

文科省は2018年8月30日、2019年度の概算要求を発表しました。このうち「科学技術予算」は1兆1,680億円(2,054億円増)となっており、前年比で21%増。この要求予算には、最先端大型研究施設の整備、世界最速のスーパーコンピュータ開発、X線宇宙観測の設備、巨大素粒子観測施設の新設推進に向けた予算などが含まれています。しかし、これに先立つ7月に、政府が概算要求に関する基本的な方針を発表し、裁量的経費の10%削減を掲げていることを鑑みれば、内閣府が全体予算を「総合科学技術・イノベーション会議」(総合的・基本的な科学技術・イノベーション政策の企画立案および総合調整を行う場)で削減してしまう可能性は残されています。
1990年代前半から日本政府は、経済成長が低迷する中でも、経済効果が期待できる科学技術には投資を続けてきました。しかしここ10年は、その額も頭打ち状態に。2019年度予算は増額要求となりましたが、文科省が目指すほどの予算を確保できるかは不透明と言わざるを得ません。

■ 科学技術予算のポイント

科学技術予算は大枠で以下の4つに分類されており、その中でさらに細分化した項目ごとに予算が振り分けられています。

・Society 5.0を実現し未来を切り拓くイノベーション創出と、それを支える基盤の強化
・我が国の抜本的な研究力向上と優秀な人材の育成
・国家的・社会的重要課題の解決に貢献する研究開発の推進
・国家戦略上重要な技術の研究開発の実施

注目ポイントを見てみましょう。
研究者にとって影響の大きい科学研究費助成事業(科研費)は2,469億円と、前年度比8%増。さらに、iPS細胞などによる先端医療への活用に代表される、経済効果のあるバイオ関連研究を推進するため「先端的バイオ創薬等基盤技術開発事業」として24億円を新規に計上しているので、このまま予算が確保されれば、研究者にとっては一安心となるかもしれません。

ハードへの要求予算増にも大きなものがありました。その一つが、スーパーコンピュータ「京」の後継機(ポスト「京」)開発。150億円増の206億円を要求しています。2021年頃の本格稼働を目指してポスト「京」プロジェクトが進められており、理化学研究所と富士通がCPU開発に携わっています。
スーパーコンピュータの開発については、計算速度の世界ランクは半年ごとに発表されるほど、その進化のスピードには目を見張るものがあります。「京」が世界一になったのは2011年と2012年。2018年6月25日に発表された世界ランク「TOP500」では、米国の「サミット」が、2013年6月以降トップを守ってきた中国を退けて首位に返り咲きました。日本勢の最高位は、産業技術総合研究所の「AI橋渡しクラウド」で5位。なんと「京」は16位まで順位を下げており、日本政府が巨額な予算を付けても巻き返しを図りたいと考えるのも納得です。

宇宙・航空分野の研究開発に関する取り組みにも大きな予算が振り分けられています。要求額は1,990億円と、前年の1,545億円から28%増。そこには、次世代航空科学技術の開発や2020年の打ち上げを目指すX線天文衛星ASTRO-H「ひとみ」の後継機の設計・製造計画、H3ロケットの開発・打ち上げ、火星衛星探査計画(MMX)のフロントローディングなどへの予算要求が含まれています。

また、要求予算の中には、共同利用・共同研究体制の機能強化による研究基盤の整備への予算も含まれており、日本が参加する国際研究プロジェクトへの支援や、個々の大学では実施が困難な大型プロジェクトの推進などに割り振られます。その一例は、2度のノーベル物理学賞につながる成果を出した「カミオカンデ」「スーパーカミオカンデ」に続く、次世代ニュートリノ観測施設「ハイパーカミオカンデ」の建設プロジェクトの検討です。
ハイパーカミオカンデは、東京大宇宙線研究所などが計画する素粒子ニュートリノの次世代観測装置で、素粒子物理学・原子核物理学・宇宙物理学・天文学の研究推進に貢献すると期待されています。検出器は地下に設置される直径74m、深さ60mの円筒形のタンクに超純水を満たしたものです。タンクの体積は26万トン、有効体積は19万トンでスーパーカミオカンデの約10倍の規模となり、その建設費は675億円におよぶとも言われています。文科省はこの建設費の削減に向けた調査費を概算要求に盛り込みました。2020年に着工、早ければ2026年に観測が開始される予定ですが、建設費の減額見通しが立たない場合には、スケジュールに影響する可能性も捨てきれません。素粒子のニュートリノを観測し宇宙誕生の謎に迫る大型施設が完成すれば、3度目のノーベル賞につながる可能性もあるものなので、順調に進むことが期待されます。

■ 概算要求から予算成立まで

ここに記した文科省以外の省からも、科学技術関連の予算は要求されています。2019年度予算の科学技術分野の概算要求額は、18年度当初予算比で13.3%増の4兆3510億円におよぶと報道されています。すべての省庁から出された概算要求予算は、財務省による検討・調整を経て閣議決定された後に、国会で審議され、予算成立となります。新たな予算の執行は2019年4月。審議の行く末を見守りましょう。

「再現性の危機」解決への新アプローチ

科学研究において「再現性」は、基本中の基本です。誰がその研究を試みても同様の結果を導くことができなければ、成果を信頼してもらうことは難しいでしょう。2014年に話題になったSTAP細胞。「STAP細胞はあります」との発言が記憶に新しいですが、他の研究者が論文に書かれた通りの方法で実験を行っても、STAP細胞の存在を確かめることはできず、最終的にnatureに投稿された論文も撤回された――。このように、再現性がない研究は認められないのです。

実は、別の研究者あるいは論文の著作者本人が、論文に書いてある通りの方法で実験をしても同じ結果が出ないことは、しばしば問題となり、この「再現性の危機」が、科学界の信頼性を脅かしています。

研究者自身が失敗を認めた 

研究にとって重要な再現性を担保するためには、研究計画や方法の透明性、データの収集・分析・保存が不可欠です。当然、研究者は細心の注意を払って実験計画を作り、方法を熟考し、データを処理します。それでも再現できない場合があるとは、どういうことなのでしょう? 

学術雑誌(ジャーナル)Natureのある調査が、驚きの結果を示しました。53の主要な癌(がん)研究のうち、再現可能であったものは6に過ぎなかったのです。要因の一つとして、情報共有の不足が考えられます。どの論文の著者も、自身の研究計画や方法、データ処理・分析の仕方であれば熟知していますが、それらの詳細情報が他の研究者や学会と共有されていない限り、他者が研究成果の価値を客観的に評価し、あるいはそれをうまく再現することは困難です。研究者が自ら好んで再現研究に関わることは稀なので、結果として再現できないという事態が生じてしまうのでしょう。

もし、自身の論文に対して誰かが疑問を呈したら、どうすべきでしょうか。自己弁護をする、というのが一般的な回答かもしれませんが、中には意外な反応を示す研究者もいます。

2010年、わざと自信があるような姿勢(パワーポーズ)をとることでなぜか自信がわくという心理現象の研究が行われました。不安な時でも自信のあるパワーポーズを2分間とるだけで、勇気を捻出するホルモン「テストステロン」が増加する、という彼女たちの研究。論文著者であるAmy Cuddy博士が、この研究の心理テクニックを『〈パワーポーズ〉が最高の自分を創る』という書籍としても出版したので話題となりましたが、2015年の追試では、同じ現象がほとんど再現されなかったため、パワーポーズの効果が疑問視されるようになりました。Cuddy博士は反論しましたが、2016年、オリジナル論文の共同研究者であったDana Carney博士が、自分たちの研究結果に対して自信が持てないことを表明。パワーポーズの信頼性は地に落ちたのです。

Loss of Confidence Project(自信喪失プロジェクト)

Carney博士が勇気を出して自身の研究の不完全さを公表したことは、学術界に衝撃を与えたと同時に、新たな示唆を投げかけました。誤りや再現性のなさを隠すのではなく、公にすることが、逆に研究の透明性を確保することになるのではないか、と。

Carney博士による表明をきっかけにして、Loss of Confidence Projectと呼ばれる新しい取り組みが始まりました。このプロジェクトは、失敗や再現性のなさをあえて公表しようというもので、著者らが自身の研究に再現性がないこと、あるいは失敗に終わった研究を学術界に共有する、という取り組みです。他の研究者が失敗の内容を踏まえて新たな研究を推進したり、研究内容の透明性を確保したりすることを狙いとした、これまでにないアプローチです。

とはいえ、自身の研究に誤りがあった、または再現ができない、といったことをすすんで公表したい研究者など、ほとんどいません。Carney博士は、実験の統計処理に問題があったことを指摘していますが、実験内容を冷静に分析し、問題を探るのは容易なことではありません。さらに、失敗や再現性への疑問を表明することは、自らの研究の信頼性を低め、自身のキャリアに傷をつけかねない行為です。誰も率先してやりたいとは思わないでしょう。実際のところ、こうした取り組みが学術界に根付くかは不透明と言わざるを得ません。

しかし、こうした取り組みが、学術界の発展に貢献しようとする志の上に成り立っていることは評価されるべきでしょう。研究の透明性の確保・向上に一石を投じる可能性は十分にあります。

STAP細胞をはじめ、科学論文の透明性や再現性の低さが話題に上がることが増えている昨今。学術界は、再現性の危機への対策を迫られています。その一貫として、すべての実験データをオープンにするなどの「オープンサイエンス」に向けた新しい取り組みも進んでいますが、再現性の危機の解決に向けた学術出版社、研究者らの奔走は続きそうです。

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