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学術界以外での就職先候補

博士号を取得しても、学術界以外での就職を考える人たちは少なくありません。その背景は、研究や教職を一生の仕事にする気になれない、研究職を続けるのは現実的に厳しい、実業界で働きたい、自分の経験とアイデアで起業したいなど多様でしょう。博士号を取得した学生の就職を支援するFindAUniversityが運営するサイト「FindAPhD」に掲載された英国における最近の調査では、博士課程の学生の80%が、研究職を一生の仕事にするのは難しいと考えていると報告されています。とはいえ、学術界以外の就職先を選ぶ場合、どのような就職先を考えるかは大きな問題です。そこで、学術界以外での就職を目指す博士号取得者が 就職先候補 を検討するにあたって、参考になる情報を紹介します。

他でも使える博士課程で身につけたスキル

就職先候補を考えるにあたって、自分のスキル(能力)を振り返って見ましょう。博士号取得までに身に着けたスキルは、他でも十分に活用できます。その例をいくつか挙げてみます。

  • データ分析力:複雑なデータを解析し、解釈する力
  • 問題解決力:実験などの課題に取り組み、その過程で幾多の問題に取り組んできた経験と解決力
  • 発表力:学会などの成果発表で培った能力
  • 執筆力:文章を書き、論文や書籍などの出版物としてまとめる力
  • 遂行能力:最小限の助力で大きな仕事をやり遂げる力
  • 企画・運営力:学会などのイベントを企画・運営する力
  • 協調力:共同研究やチームでの論文執筆などで、国籍や経歴も異なる研究者と協力して仕事をすすめた経験と、それを可能にした協調力

理系学生の就職先候補

上に挙げたような能力・経験を生かせる就職先は数多くあります。特に、理系学生の場合、専攻学問よりも広い視野で職種を考えてみるとよいでしょう。ここでは、候補に成り得る一般的な職種を紹介し、それらの特徴やその職種が求められる業種を例示します。

  1. 研究開発(R&D):学術研究の経験は、産業界での研究開発職にもそのまま生かせます。業種としては医薬品製造業などが挙げられます。
  2. 市場調査・分析:市場調査・分析に博士課程で習得した種々の能力が生かせます。商品製造・販売やサービスの展開などを行う広範な業種で活躍できる職種です。
  3. 医薬情報担当(MR):製薬企業の営業担当。医師など医療関係者に対し、医薬品の情報を提供して医薬品の適正な使用に資するとともに、医療関係者から自社などの医薬品に関するフィードバック情報を収集する職種です。専門家に対して、専門的な知識をもって科学的な情報を提供する能力が求められます。また、医薬品業界は、医療関係者だけでなく患者向けにも正確な医薬品情報を提供できる人材を必要としているので、MR以外にも学術的な知識が生かせる職があるでしょう。
  4. 事業開発管理:分析力や科学的専門知識は、新規事業の開発や、既存事業の管理業務に応用できます。あらゆる業種に求められる職種です。
  5. 経営コンサルタント:問題解決能力は、コンサルタントとしてチームとともに、クライアントの事業戦略を立案するのに役立ちます。経営コンサルティング業界は、社員に対する教育トレーニングが充実している企業が多いと言われているので、博士課程で習得した能力・知識をさらに磨くことができるでしょう。
  6. Competitive Intelligence Analyst(競合情報分析):経営コンサルタントに近い職種ですが、こちらは企業や製品などの市場での競合情報(自社にとっての脅威やチャンス、経営戦略に役立ちそうな情報)を、大量のデータを使って定量的に分析するものです。データ分析能力が求められます。
  7. 製品管理(プロダクトマネージャー):製造業などにおいて、製品の企画・開発から製造・販売、アフターサービスまでのライフサイクルを一貫して管理する職種。博士号取得に至るまでの多面的な経験と能力が応用できるでしょう。
  8. Quantitative Analyst(定量的データ分析):ビッグデータの分析やマーケティングを行う専門家である「データサイエンティスト」の一分類で、特に定量的なデータの分析や統計モデル作成、パターン認識などを行う職種。幅広い社会分析、市場分析などを行う業種で求められる職種。製品・サービスを提供するさまざまな企業をはじめ、金融関係も活躍の場と成り得ます。他の分類に、Quantitative Engineer、Quantitative Researcherがあります。

その他の候補職種

上の例以外にも、さまざまな候補があります。

  1. 起業家:問題を探り出し、調査を行い、研究のための資金を調達し、解決策を導き出し、その結果を論文などにまとめて公開することで広く共有する――こうした経験と一連の作業を実行する能力は起業家に求められる能力に重なります。
  2. 金融アナリスト:金融業界における株式アナリストや定量的データ分析には、分析力が応用できます。特にプログラミングスキルを有していると有利です。
  3. 高校教師:自分の専門分野に関連した学科を高校で教えることも候補の1つです。高度な専門知識と研究経験をもった教師は大歓迎されるでしょう。
  4. ライター:新聞、雑誌などの記事、またはブログなどを書くライター、あるいは製薬会社やバイオテクノロジー企業などで科学的・技術的文書を書くライターも考えられます。
  5. 技術移転職:学内で開発された特許製品・技術の実用化を目指して産学官の連携のもと大学が設置する技術移転機関に職を求めることができるかもしれません。
  6. 特許関係職:専門知識を生かして弁理士にアドバイスすることもできますし、自ら法律を学び、弁理士の資格をとるのも一案です。

日本の博士課程修了者の就職先

2018年に文部科学省が発表している調査結果によると、日本の博士課程修了者の就職先は、2015年時点では、大学等が5割強(52%)ですが、残りはそれ以外で、民間企業(25%)、公的研究機関(9%)、NPO(8%)などとなっていました。博士号取得者の就職先の移動を追跡した調査では、一度民間企業に就職すると、学術に戻ることはなく、NPOなどのその他に移動する比率が高いことも分かりました。また、博士号取得後にポスドクとなった人を対象とした「ポストドクター等の雇用・進路に関する調査」では、約7割がポスドクを継続する(他機関でのポスドク継続も含む)としていますが、2割は大学職員またはポスドク以外の研究・開発職などへの職種変更を考えているとの結果が示されています。

学術界に残ってポスドクになれたとしても生き残って安定した学研生活を送るのが厳しいことを鑑みれば、博士号取得段階で学術界以外への就職を希望する人が多いのも納得です。せっかく積み重ねた経験とスキルをできるだけ就職先でも生かしたいと思うものの、日本の企業の新卒採用では職種を特定しないで採用する傾向が強いのが現状です。それでも、中途採用や博士号取得者の採用選考では、応募者が身につけている能力や専門知識に重きを置き、特定の職種を想定した選考が進められるケースが増えてきているとも言われます。

上に紹介した候補職種や業種が就職先を検討する参考になれば幸いです。

「ミラージャーナル」はプランS対策になるのか

従来の出版ビジネスモデルからオープンアクセス(OA)モデルへの以降が急速に広がりつつありますが、学術コミュニティと出版社の攻防は尽きません。そこに登場したのが「ミラージャーナル」なる出版形態。OA出版をめぐる論争の解決策になるのでは――と考える出版社もいるようですが、その実態はどうなのでしょうか。

ミラージャーナルとは

ミラージャーナルとは、既存の購読しなければ読めない学術雑誌(ジャーナル)の完全に同一な内容ながら別モノとして公開されるOAジャーナルです。オリジナルなジャーナルにとっては鏡に映したように同一の内容であるため「ミラー」と表現されているもので、既存のジャーナルに別のISSNを持たせてOAで提供されます。タイトルはもちろん、出版に至る投稿、編集、査読の一連の流れはまったく同じものです。このミラージャーナルが、評判のよいOAジャーナルでの論文出版を望む研究者にとって、解決策となるかもしれないとの意見がある一方、反対意見もあり、賛否両論です。

サブスクリプション・モデルvsオープンアクセス・モデル

近年、インターネットの利用拡大や、科学研究の透明性向上と論文を利用しやすい環境整備に向けた後押しなどにより、OAジャーナルの数は増加の一途をたどっています。OAジャーナルでは、購読料を支払うことなく論文の閲覧が可能になることから、読者を広げ、引用数を増やすといった効果にもつながっています。

とはいえ、まだまだ多くの著名かつ需要の高いジャーナルが購読料を払った人だけが読める「サブスクリプション・モデル」の上に成り立っており、これに依存している学術出版社がOAへの完全な移行を渋っているのが現実です。科学雑誌「サイエンス」を出版するアメリカ科学振興協会(American Association for the Advancement of Science: AAAS)の最高責任者であるRush Holtのように、出版社は各種事業の運営を収益で賄っているため、購読契約に基づくビジネスモデルがなければ事業の継続は難しいと考える人は少なからず存在します。誰もが購読料を支払うことなく論文を読める「オープンアクセス・モデル」に反対する人は、当然ながら2020年以降、論文を即座に無料で公表することを義務づけるという構想「プランS(Plan S)」にも反対しています。

サブスクリプション・モデルの継続とオープンアクセス・モデルの推進を求める両者の折衷案として生まれたのが、著者が掲載料金を負担することで論文をオープンアクセスで公開するという「ハイブリッド・モデル」です。例えば、米国電気電子技術者協会(Institute of Electrical and Electronics Engineers: IEEE)は、査読付き論文を発表するにあたり、従来のサブスクリプション・モデルと、著者が料金を負担するオープンアクセス・モデルの両方式による公開を可能にするハイブリッド・モデルを提案しています。ハイブリッド・モデルを導入している100を超えるジャーナルの多くが、インパクトファクターで高評価を獲得している上、従来の学術出版で行われていたのと同じ査読プロセスをハイブリッド・モデルでも実施することにより、品質を保持しているのです。こうしたハイブリッド・モデルを採用するジャーナルは増えています。

しかし、さらに踏み込んだ対応を求める「プランS」は、2018年9月から2020年までの移行期の経過後には、ハイブリッド・モデルのジャーナルへの論文掲載も認めないとしています。このアプローチは意欲的ではあるものの、従来のサブスクリプション・モデルだけでなくハイブリッド・モデルにとっても脅威です。

ミラー・ジャーナルは抜け道となるのか

プランSは10の原則を提唱しています。そのひとつで、ハイブリッド・モデルはプランSの原則に適合しないと示されていることから、だったらミラー・ジャーナルで出せばよいのでは―と考える出版社もいるわけです。先述したように、ミラー・ジャーナルはOAで公開されるものではありますが、投稿から出版までのプロセスは従来のジャーナルと同じで、著者は論文の投稿時ではなく採択後に掲載先を、購読費を払うジャーナルとするか、ミラージャーナルにするかを決めることができるものが多いようです。

2018年11月27日にプランSが発表した運用指針(Implementation Guidance)によれば、ハイブリッド・モデルと基本的に同等であると見なされるミラー・ジャーナルも認めないとされています。ハイブリッド・モデルはジャーナル購読料と投稿料の2重取りになる(ダブルディッピング)になる可能制を指摘する研究者もいます。さらに、2019年1月18日のTHE掲載記事「Publishers ‘taking funders for a ride’ with mirror journals」は、出版社がミラー・ジャーナルで助成金を騙し取ろうとしていると指摘しています。ただ、プランSはImplementation Guidanceへのフィードバックを広範囲から集め、600以上もの意見を取りまとめた上ですべて分析・公開を行うとのプレスリリースを2月20日に発表しているので、批判も含めたフィードバックの内容によっては、なんらかの譲歩があるかもしれません。研究者の立場、出版社の立場、資金提供者の立場……さまざまな関係者からの意見がどのように反映されるのか、このフィードバックへの検討結果が待たれます。

今後、プランSがどれほど広く受け入れられ、実行されるか――プランSへの賛同を表明するかを検討している機関にとっても、助成機関にとっても大きな関心事項であり続けるのは確かです。


こんな記事もどうぞ
エナゴ学術英語アカデミー 欧州機関オープンアクセス義務化へ「プランS」発表

LIVE WEBINAR: Guide to Publishing in Top-Tier Medical Journals

無料

29 May, 2019, 8:00-9:00 AM (EDT)

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Theory-practice-theory as advised by Georges Bordage, should be followed by every researcher to ensure translation of research outcomes into practical implementation benefiting mankind. In medicine especially, it is of utmost importance for clinicians to publish their research concisely for fellow researchers to apply the latest clinical practices and provide up-to-date treatment to their patients. Through this webinar, we aim to facilitate the learning process of clinicians who wish to publish in international medical journals.

After this session, attendees will learn:

  • How to start writing—Tips for drafting manuscripts
  • Recommendations by the International Committee of Medical Journal Editors (ICMJE)
  • Preparing and evaluating case reports
  • Medical, Publication, and Research Ethics
  • Selecting the Right Journal

About the Speaker

Dr. Despina Sanoudou

  • Sanoudou is an award-winning medical researcher with 80+ publications in renowned medical/biomedical journals including PubMed.
  • The impact of her work is demonstrated by the 3,700+ citations that she has to her credit. Dr. Sanoudou is also the recipient of more than 20 research grants.
  • She has worked as a coordinator for an international genomics/pharmacogenomics program and as a fellow with Genzyme and Brigham and Women’s Hospital. She was also a post-doctoral fellow as well as an instructor at Harvard Medical School.
  • Till date, Dr. Sanoudou has attended 188 national and international conferences as an invited speaker, served as a peer reviewer for 41 international journals, and chaired several seminars.

無料オンラインセミナー: 論文投稿を成功させるための手引き(入門者向け)

無料

5月23日(木)午前10時~11時 (JST)

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エナゴアカデミーでは、倫理的な考慮点に沿った出版プロセス全体を理解できるオンラインセミナーを開催いたします。本セミナーは益岡竜介博士(富士通研究所)が行います。投稿論文の準備と評価の高い査読ジャーナルへの投稿についてご説明します。本セミナーは、英語論文を書き始めた若手研究者向けです。

本セミナーでは以下を学べます。

  • 出版までの段階と論文の下書き
    ● 倫理ガイドラインと著作権侵害の回避
    ● 投稿前の問い合わせ
    ● 投稿方法と要件
    ● 編集長宛てのカバーレター作成
    ● 再投稿と査読者への回答

講師について

益岡竜介博士

  • 昭和60年東京大学 理学部 数学科卒業。同大学院にて博士号取得(理数科学)。昭和63年 (株)富士通研究所入社。平成3年カーネギーメロン大学客員研究員。平成5年より富士通研究所ソフトウェアシステム研究所主席研究員。
  • これまで100以上の論文を発表し、メリーランド大学、パロアルト研究所、レンセラー工科大学(RPI)、カリフォルニア大学バークレー校、国防高等研究計画局(DARPA)やアメリカ国立科学財団(NSF)などと共同研究を実施。
  • 情報処理学会(IPSJ)のBest Author賞(論文賞)を受賞(1995年)。

「あがり症」を克服して発表するためのコツ

学術に身を置く以上、研究発表からは逃れられません。とはいっても、壇上に上がって発表するよりも、数名の仲間と研究室で静かに過ごすほうが好ましいと感じている人も多いのではないでしょうか。聴衆の前に出て研究発表をするときに緊張してしまうのは、誰もが経験することです。ここでは、どうすればいわゆる「あがり症」を克服して自信をもって発表ができるようになれるかを考えてみます。

やっかいなあがり症

研究発表をしようと壇上に上がったものの、緊張のあまり固まってしまった。このような経験をした人は多いと思います。心臓がバクバクし、膝が震え、冷や汗をかいたり胃がきりきりと痛みだしたり・・・・・・人前で話をしようとするときによく見られる反応ですが、出方は人それぞれです。あがり症、つまり人前で話をしたりする時に感じる緊張や不安は、反応の出るタイミングが特定されます。非日常的なシチュエーションで生じるという意味で、日常的な(普通の生活)で生じる不安感とは異なるものです。しかし、「あがる」ことが予測できたとしても厄介な反応であることは変わりません。あがり症怖さに、大きな会議で自分の研究成果を発表する機会や、与えられた講演のチャンスを逃すのは避けたいところです。

あがり症を克服するためのコツ

人前で緊張し、不安になる―あがり症は、多くの人が抱える悩みだけに、さまざまな対処法や克服法があります。ここでは、そのうちのいくつかをご紹介したいと思います。

■ ひたすら練習あるのみ!
実際に声を出して発表の練習をすることで備えることができます。緊張しやすいのに、練習を怠れば、発表当日に不安が募るのも当然です。徹底的に練習をしておけば、自信を持って本番に臨むことができます。鏡の前で、ペットに向かって、そして家族の前で、何度も練習しておきましょう。練習をすることで話の矛盾点やおかしな部分に気付き、修正しておくこともできます。準備を入念にすればするほど、本番が楽になるはずです。

■ 呼吸を整える
緊張や強い不安を感じると、呼吸が浅く、早くなるものです。呼吸が早くなり、鼓動も早くなってしまうと緊張を増幅させます。まずは落ち着いて、お腹の底からゆっくりと深呼吸してみましょう。10回ほど繰り返すとおのずと気持ちが落ち着いてくるはずです。そして、発表するときには、深く息を吸い、お腹から声を出すようにしてみてください。発表の時に意識して、大きく、ゆっくり呼吸することで冷静さを保ちつつ、発表を進めることができるようになるでしょう。

■ 成功をイメージする-ポジティブシンキング
イメージトレーニングは、運動選手やビジネスリーダー、人前で何かをする機会の多い人がよく取り入れる方法です。勝てる自分、成功する交渉、うまくいく情景など、ポジティブなイメージを頭に描きます。発表が非常にうまくいき、聞き手が何事も聞き漏らすまいと前のめりになっているという情景をイメージするのです。発表する目的や内容を事前にしっかり確認して、何のために何をするかを意識し、そのことがうまくいく具体的なイメージを持って壇上に上がれば、緊張は軽減されるでしょう。むしろ緊張感を楽しむというくらいの気分になれるかもしれません。

■ マイナスの事態も想定しておく
人は先行きの見えない状況に不安を覚えるものです。そこで、事前に想定問答(もし、こんなことが起きたらどうしよう)をしておくのも一案です。うまくいかなくなりそうな、あらゆる事態を予想し、その場合どうしたらいいか、を考えておくとよいでしょう。マイナスの事態、あるいは最悪の状況を覚悟しておけば、何が起きても対処できるでしょうし、おのずと不安からも解放されるというわけです。

■ 持ち時間の配分
与えられた時間内に発表をまとめることは大切です。また、配分も重要です。30分間と考えると気が重くなってしまいますが、内容ごとに時間を配分し、短時間、例えば5分間の発表の積み重ねと考えれば気が楽になりませんか。壇上に上がったら、5分間ずつを段階的にこなすことに集中しましょう。そうすれば、あっという間に発表が終わっていた、となることでしょう。

■失敗は心に秘めて
発表を終えたあとに、あれこれ失敗してしまった箇所を振り返って落ち込んだものの、実は他の誰もその失敗に気づいていなかった、という経験はありませんか。ほとんどの場合、聞き手は演者が間違えてしまったことには気づいていません。不必要に自分の失敗をさらけ出すことはせず、自分の心に秘めつつ、その失敗を繰り返さないように次に備えましょう。

あがり症といっても、その程度や感じ方は人それぞれですので、自分にあった克服法を試してみてください。間違えずに発表しようと緊張するより、自分の研究を多くの人に伝えるという本来の目的に集中し、はっきりと話すように心がけましょう。焦らずに試行錯誤を繰り返すうちに自信が持てるようになれば、きっと何かが変わってくるはずです。

DOAJオープンアクセスに関する2018年調査結果

オープンアクセスが実現可能なモデルとして注目されながらも、エルゼビア社と欧州の研究機関の抗争がこう着状態に陥るなど、学術出版の問題はまだまだ解決しそうにありません。このような状況の中、2019年1月9日にオープンアクセスジャーナルのディレクトリであるDOAJ(Directory of Open Access Journals)が2018年に行ったオープンアクセス(OA)に関するアンケート調査の結果を発表しました。

DOAJのアンケート調査

まず、DOAJとは何かに触れておきます。DOAJは2003年にOpen Society InstituteとSPARC(Scholarly Publishing and Academic Resources Coalition)の支援の下、スウェーデンのルンド大学図書館がOAジャーナルの包括的なデータベースの構築と利用拡大を図ることを目指して設立したOAのディレクトリです。登録されているOAジャーナルは多分野にわたり、12000誌に達しています。登録に厳格な基準を設けることで信頼性を確保するとともに、キーワードやタグ検索を可能にするなど研究者にとって利便性の高いデータベースを提供しています。

1月に結果が発表されたアンケート調査は、DOAJが2018年夏、登録している6000を超える出版団体/組織を対象に行ったものです。出版団体/組織のタイプ、地理的分布、DOI(デジタルオブジェクト識別子)の利用、論文のメタデータなどについての質問に対し、回答が寄せられました。複数の学術雑誌(ジャーナル)を所有していても1団体/組織につき1回答として得られた1065の結果から、世界のOA出版の傾向が見えてきました。

回答から見えてきたOA出版の傾向

回答者の出版団体/組織のタイプの質問への回答の上位5つを占めたのは、大学の出版部、非営利な出版組織、図書館出版、研究所および出版者協会でした。ただし、DOAJに登録されている出版団体の純粋な出版数で見た場合には、360万本の論文の3分の1以上を占める上位10のうち8つは商業出版社が占めていることは留意しておくべきでしょう。

地理的分布については、2013年の調査と比較しても全体的にはあまり大きな変化は見られませんでした。それでも、地域によっては大幅な増減をしている国もあります。インドネシアからの回答数は2013年の9から2018年の155に激増しました。インドからの回答数が2013年の101から2018年の11に減少しているのとは対照的です。2018年調査で回答数の多かった国のトップ5は、上から順に、インドネシア、ブラジル、スペイン、ルーマニア、アメリカとなっています。2013年のトップ5、ブラジル、スペイン、インド、ルーマニア、イタリアと見比べるとインドネシアの躍進が顕著であることがわかります。

DOIの利用については、DOIを利用するという回答が、前回調査の2013年の35%から73%に上昇していました。ただ、ここにも注釈がついており、73%のDOI利用出版団体/組織のすべてが、DOI技術を使いこなしているとは言えないと書かれています。

メタデータについては、DOAJにメタデータを提供しているとの回答が、2013年の55%から84%に上昇していました。提出形式としては、46%がCrossRef、8%がJATS(Journal Article Tag Suite)を選択していましたが、全回答者の42%がメタデータの書式について十分に理解できていなかったことも浮き彫りになり、DOAJには課題が残りました。

DOAJに登録されるメリットについて挙げられたことのトップ3は、ジャーナルの品質保証になること、読者の増加につながること、科学的インパクトを高められることでした。74%がDOAJに登録されたことで確実に、あるいは、おそらく登録の影響でジャーナルへの投稿が増えたと回答しており、70%がウェブサイトの閲覧が増えたとしています。また、2013年との比較はできませんが、62%の回答者がDOAJに登録されていることで、ハゲタカ出版社またはハゲタカジャーナルとの競合を気にしないでよいこともベネフィットとして挙げています。さらに、86%が自国では論文の内容よりも掲載誌が重視されていると述べているので、ジャーナルの評価が高まることは研究者の評価としても大変重要なのです。

OA出版の影響

この調査結果からは、OA出版が読者を増やすだけでなく、投稿自体も促進し、結果として科学的インパクトの向上に影響を及ぼしていることが明らかになっています。多くの商業出版社がOA出版に参入することで、研究者が閲覧できる論文の数が増えるという好結果が生み出されているのです。そして、今回の結果から、発展途上国におけるOA出版が増加していることも判明しました。DOIの利用については改善が必要とは言うものの、課題が見えたことは朗報です。結局のところ、あらゆるジャーナルおよび論文のメタデータを含有するプラットフォームとは、出版団体/組織によって提供される情報に基づいて構築されているわけなので、DOAJが今回のアンケート結果を参考にしつつ、今後もユーザー、特に出版団体/組織の需要に応じてプラットフォームを改善していくことが期待されます。

※結果詳細
ここで示した調査結果の詳細は、DOAJのウェブページ「LARGE SCALE PUBLISHER SURVEY REVEALS GLOBAL TRENDS IN OPEN ACCESS PUBLISHING(DOAJ,2019/1/9)」をご参照ください。

LIVE WEBINAR: How to Effectively Promote Your Research

FREE

15 May, 2019, 8:30-9:30 AM (EDT)

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You have successfully published your research. Great! But does that mean it was communicated well and impacted the global research community. Enago Academy’s next webinar will guide you step-by-step HOW and WHY to market your research, and reach the wider audience. Given the millions of research papers being published annually, publicizing your research study and standing out is as important as getting published.

Through this webinar, researchers will learn:

  • Why is it important to promote your research study?
  • How can a researcher promote his published work?
  • Overall impact on your researcher’s profile

About the Speaker

Dr. Christina Nixon

Senior Research Fellow and Immunologist, Brown University

  • An established researcher, public speaker, and a published author, Christina has a noteworthy experience in the field of academic writing and publishing.
  • As a grant reviewer at National Science Foundation (NSF), Christina provides written expert review for graduate research applications.
  • Christina has 15+ years of technical expertise in molecular biology, parasitology, and immunology, along with 10+ years of experience in teaching and communicating science.
  • She had worked as an Instructor and Research Associate at Rhode Island Hospital, where she was also a postdoctoral fellow for more than 6 years.
  • A Ph.D. in Molecular Biology, Cellular Biology, and Biochemistry from Brown University, Christina has several research publications published during her career.

small talk:会場や開催地を話題にする

一般社団法人 学術英語学会 では、毎年、セミナーを開催しており、その中でもユニークな企画として好評なのが「ソーシャライジングとネットワーキングのための英語」です。一般的に、日本人研究者がニガテとしているのが「ソーシャライジング」または「ネットワーキング」、いわゆる 研究者交流 です。親睦会などの場でどのように話しかけたらいいのか―シリーズ第9回目のSmall Talkです。

small talk:会場や開催地を話題にする

Small talkの定番の三つ目の話題は、場所です。国際学会の会場や開催地の話題は、現に会話を行っている空間そのものを話題にするのですから、実感や直接的な観察にもとづいた話ができるはずです。天気のところで述べたような共通感覚に訴えて、“It’s a nice building, isn’t it?”のように会場の建物を褒めてもよいでしょう。

パーティーそのものやその様子を話題にすることもあります:

It’s a nice party, isn’t it?
良いパーティーですね。

It’s crowded, isn’t it?
混んでいますね。

土地に関する歴史や観光の話題

もし建築物や開催校(大学など)に関する歴史的背景などについて興味深い話を知っているのであれば披露してもよいでしょう。学会の参加者は自由時間に観光目的でどこかを訪ねたいと思っているに違いありませんので、開催国が日本ならば、places to visit や what to see は有益な情報になるでしょう。

“Do you know …?”で知識を提供する

場所や土地の情報は人の関心あるいは知的好奇心を掻き立てるものです。その意味で天候や食べ物の知識とは性質が異なります。導入の英語表現としては“Do you know …?”を使うことができます。

Do you know this building is designated as a cultural property of Saitama prefecture?
この建物は埼玉県の文化財に指定されているのを知っていますか。

いきなり一方的な知識の披露をするのではなく、まず「知っていますか」と聞いて、「知らない」という応答ならば、相手の心は「知りたい」という興味へと動きます。いくらかでも知っていれば相手は口を開き話題の活性化に貢献するでしょう。もちろんカリフォルニアで、“Do you know San Francisco is named after Saint Francis of Assisi?”と聞いたら“Of course!”という答えが返ってきて会話が続かなくなる可能性があります。

初めての訪問ですか?

国際的な集会には研究者たちが遠方から集まってくるため、開催地へ来るのが初めての経験かどうかお互い尋ねることがしばしばです。英語では

Is this your first time in Japan?
日本へ来たのは初めてですか。

Have you ever been here before?
以前ここに来たことがありますか。

という形がよく使われます。“this”は「今回の訪問」を意味します。


崎村 耕二  (さきむら こうじ) 

日本医科大学 武蔵境校舎 外国語教室 教授。1957年生まれ。オックスフォード大学ウルフソン・コレッジ客員研究員、高知大学教授,京都工芸繊維大学教授を経て2013年より現職。一般社団法人 学術英語学会 代表理事なども務める。専門は、テクスト分析,言語表現論。現在、医学部で、医学英語の語源と語形成などを講義。英語コーパス学会会員、医学英語教育学会会員、Oxford Union Society (弁論部)終身会員等。著書に、『最新 英語論文によく使う表現 基本編』(25年以上のロングセラー改訂版)、『英語で明確に表現する』 、『英語で論理的に表現する』(以上、創元社)、『論理的な英語が書ける本』(大修館書店)などがある。

学術雑誌の「質」の評価基準とは

研究者なら誰でも、研究成果を評価が高い学術雑誌(ジャーナル)に発表したいと考えるのは当然でしょう。著名な学術雑誌に発表することは、研究者の評判の向上や研究資金の獲得のチャンス拡大につながります。研究論文を投稿する学術雑誌を選ぶ際、もちろん一番大切なのは、論文のテーマと学術雑誌の方針が一致しているかですが、その上で、質の高い学術雑誌を選ぶ必要があります。学術雑誌の総合的な評価を比較する際、研究者はジャーナルのインパクト・ファクター(JIF)を参照するのが一般的です。しかし、JIFには良い点だけでなく、欠点もあるのです。では、学術雑誌は、どのような基準で評価されているのでしょうか? それを紹介しましょう。

学術雑誌の「質」の評価基準

論文を発表する学術雑誌を選ぶ際に、最初に頭に浮かぶのは、多分その分野の最良の研究を掲載し、ターゲットとする読者に届きやすい雑誌でしょう。質の高い雑誌は、最も広く読まれ、また話題になることも一番多いと推測されます。これらを踏まえると、学術雑誌の質は主に次の3つの基準で評価することができます。

  1. 引用統計
    上でJIFに欠点があるといいましたが、それでもこの指標は重要です。
    JIFは、一定の期間に対象の学術雑誌が引用された平均回数を示します。
  2. 査読の有無
    投稿論文の分野の専門家が査読をしているかは、重要です。
  3. 発行部数と読者層へのアクセス
    ターゲットとする読者層に使われるインデックスサービス(論文検索サービス)に、該当の雑誌が収録されているかを考慮すべきでしょう。インデックスサービスの例としては、エルゼビアの提供するScopusや、医学分野ではアメリカ国立医学図書館のPubMedなどがあります。

この3つの評価基準の1つだけを取り出して雑誌の質を評価することはできません。それぞれに長所と短所があります。オーストラリアのWollongong大学の研究からその要点を挙げてみます。

引用統計:
引用の多さは、定量的で、定期的に計測され、計測が中立的に行われており、雑誌の普及度を測る指標として意味があります。一方、質の評価の面では疑問があります。その理由は、引用数が高いからといって良い研究とは言えない、関わりのある執筆者同士が頻繁に相互引用しあう傾向がある、引用分析データベースは英語を使う国で運用されているため英語使用国に有利に働く、レビュー論文(総説論文)がオリジナル論文より引用回数が多くなる傾向がある、などです。

査読の有無:
査読は、専門分野の研究者が他の研究者の投稿論文が出版に値するかを評価する仕組みであり、出版する論文の質を保つためには重要なプロセスです。しかし、査読の有無だけでなく、査読者の力量を確認するために選定基準にも注意を払う必要があります。査読者はその分野の専門家と考えられていますが、分野は細分化されている上、研究者の知識と経験はさまざまです。そのため、査読対象の論文の評価をめぐって意見が異なることも少なくありません。

発行部数と読者層へのアクセス:
世界の読者が迅速に論文にアクセスできること、そして、その論文の電子データを入手できることが優先されます。適時性をもってできるだけ早急に論文を公開するとともに、狙いとする読者に届くことが、研究者にとって重要です。

学術雑誌の選択は慎重に

上の3つの基本的な 評価基準 を踏まえた上で、JIF以外のGoogle Scholarのような引用件数および該当雑誌の評判に基づく統計情報から算出される学術雑誌のランキングを参考にすることも有用です。ランキングは、その雑誌に対する研究者の評価の目安となります。また、専門分野の研究者間の意見や評価も参考になるので、SNSなどを通じての究者コミュニティー内での情報交換を有効活用するとよいでしょう。

ある程度まで投稿先が絞り込めてくると、その学術雑誌の採択/却下率が気になるかもしれません。採択/却下率をウェブサイトで公表している雑誌もあるので検索してみましょう。却下率が高いことは、その雑誌が掲載する論文の質に特に厳しいことを示唆するものですが、ほとんどの場合は却下の理由が明らかにされることはありません。しかし、投稿する学術雑誌を慎重に選ぶことで、却下される可能性を減少させることは可能です。自分の研究テーマと該当学術雑誌の方針が一致しているかを十分に確認し、投稿規程に準じたフォーマットで投稿するようにしましょう。

このように、論文を投稿する学術雑誌を選ぶ際には総合的な判断が必要です。ここで紹介した要素を考慮しつつ、慎重に検討してみてください。ただし、引用動向は分野によって異なるため、分野をまたいだ比較をすることはできないことをお忘れなく。分野ごとに評価基準や、指標の値のレベルも異なっているのが実情です。さらに、オープンアクセスの拡大により、学術雑誌へのアクセスは様変わりしました。該当雑誌が読者に対して効率的なアクセスを提供しているかも重要な要素です。最近では、オルトメトリクス(Altmetrics)のようなオンライン上での評価も踏まえた評価指標や、研究業績あるいは研究者個人の評価を意識したアイゲンファクター(EagenFactor)のような新しい評価指標が登場しており、さまざまな指標で比較検討することが可能となっています。こうした指標は、雑誌のウェブサイトなどで公開されているので、目的に合わせてうまく活用するとよいでしょう。


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幹細胞を使った脊髄損傷治療は急ぎすぎか

さまざまな細胞を作ることができる 幹細胞 という言葉を耳にするようになって数年。あっという間に幹細胞を使った治療が脚光を浴びるようになりました。幹細胞を使うことで、かつては不可能だった治療が可能となるなど、患者にとっては大きな希望をもたらす反面、新しい治療方法・医薬品の効果や未知の影響が物議を醸すこともあります。幹細胞を使った脊髄損傷治療薬の承認もそのひとつです。

世界で初めて承認された脊髄再生治療薬

2018年12月28日、脊髄を損傷した患者自身の幹細胞から脊髄を再生し、損傷を治療するための医薬品を製造販売することを厚労省が7年間の条件付きで承認しました。条件付きとはいえ、世界初です。この細胞製剤を開発したのは、札幌医科大の本望修教授と医療機器大手ニプロ。当面、治療を行う場所は札幌医科大、対象は損傷を受けてから数週間の患者と限定されていますが、今まで脊髄損傷への有効な治療法がなかったため、この薬には大きな期待がかけられています。

ここまでの経緯を見ると、2013年12月に札幌医科大で実施された治験に遡ります。この治験結果を踏まえ、2018年6月にニプロが厚労省に承認申請を行い、同年11月21日に厚生労働省薬事・食品衛生審議会の再生医療部会がこの医薬品の販売を条件付きで認めるとの意見をまとめました。そして、12月28日に札幌医科大学が、厚生労働省から「条件及び期限付承認」を取得したことを発表。治験では13人中12人の症状に改善が見られ、副作用もなかったと報告されていますが、症例数が13人と少ないことから、7年間という期間内に有効性と安全性を確認し、正式に承認されることになりました。また、承認条件として、この治療を行う医療施設および医師について「緊急時に十分対応できる医療施設において、脊髄損傷の診断・治療に対して十分な知識・経験を持つ医師のもと」と指定されていることから、当面の治療実施場所は札幌医科大に限定されます。今後、投与患者の全例調査が行われ、投与群(製品を投与した患者)と対照群(投与しない患者)を比較することで承認条件評価を行うことになります。

2019年2月26日、ニプロはこの細胞製剤「ステミラック注(一般名:ヒト(自己)骨髄由来間葉系幹細胞)」が薬価基準リストに収載されたことを発表しました。厚生労働省が、最先端の新薬などを少しでも早く実用化することを目的に2015年4月に創設した「先駆け審査指定制度」の再生医療等製品としては初の承認です。これにより4月以降、販売が開始されることになります。医療機関などで保険診療に使われる医療用医薬品として官報に告知されるのに先立ち、安全性を確保するため、厚生労働省は2月25日付で、脊髄損傷に伴う神経症候及び機能障害の改善を目的としてステミラック注を使用する際の留意事項を「最適使用推進ガイドライン」としてまとめ、各都道府県宛てに発出しています。薬価は1回分で1495万7755円。驚くべき額ですが、保険に加えて高額療養費制度が適用されるので、患者の負担は軽減されます。

国外研究者の懸念

ステミラック注は、脊髄損傷治療用の再生医療等製品です。患者から骨髄液を採取し、神経などに分化する能力のある間葉系幹細胞(MSC: Mesenchymal Stem Cell、神経や血管などいろいろな種類の細胞に分化する能力をもつ細胞)を取り出して培養。細胞製剤に加工したものを希釈して点滴注射すると、神経の再生を促すとされています。患者自身の細胞を利用すること、治験では効果が確認されていること、ガイドラインの作成など、対応に問題はないように見えますが、国外研究者からは懸念する声も聞かれます。

2019年1月24日のネイチャーに投稿された記事は、日本は幹細胞治療薬の販売を急ぐべきではないと警鐘を鳴らしています。大学が治療に関する広報に直接関わることは、一般の人に誤解を生む可能性があると懸念していることのほか、13人に行われた治験で12人に改善効果が見られたと報道されているものの結果が公開されていないこと(このネイチャー記事が書かれた時点で本望教授は論文を準備中と述べている)、この医薬品が先駆け審査指定制度の対象として認可されたものであることなどを指摘しています。先述の通り、先駆け審査指定制度は、最先端の画期的な治療薬を早く市場に提供することを目指すものです。ステミラック注は、2016年2月に本制度の対象と指定され、2018年6月に承認申請、12月に承認(条件付き)というスピードで市場に出ることになりました。再生医療を対象にした先駆け制度では初の承認となりましたが、慢性的な患者への有効性は確認されていません。また、問題視されているのは承認スピードだけではありません。新しい治療方法については、その方法が市場に出る前に数百の患者への厳しい治験が求められるのが一般的なのにも関わらず、今回わずかな改善例に基づき承認されたことも指摘されています。新薬(被験薬)の効果や有効性を確かめるための比較試験であるダブル・ブラインド(二重盲検)試験が行われていないことを懸念する研究者もいます。

カリフォルニア大学サンフランシスコ校の幹細胞研究者Arnold Kriegsteinは、新薬として販売されるようになってしまうと、研究者がその薬の効果を立証することが難しくなると述べています。治療に対してお金を払うことが一種のプラセボ効果(薬の作用によらない暗示的な治癒効果)を起こしてしまうので、その薬の効果を知らずに行われる試験(ブラインド試験)とはならず、本当の効果がわかりにくくなると言うのです。患者の心理としてはやむを得ないと思いますが、本当の治療法の効果が証明されないまま市場に出続けてしまうことを懸念する国外研究者の意見も一理あるように見えます。

新しい薬剤または治療方法を販売すること、つまりその費用を患者に負担させることは慎重に判断されるべきです。日本では画期的な新薬としての側面ばかりが注目されている感がありますが、どれほど患者が待ち望む新薬であるとしても、この幹細胞治療薬の販売を開始するには効果の実証が不十分であるとの指摘や、「急ぐべきではない」と懸念を示す研究者がいるということは認識しておくべきではないでしょうか。