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査読の貢献を研究業績の一部に:ORCID iD入力が可能に

査読付き学術雑誌(ジャーナル)に論文を発表することは、研究成果の学術論文としての妥当性が当該分野の専門家に認められることであるとともに、論文に書かれた内容の信頼性を読者に担保することにつながります。

一般的には、論文を学術ジャーナルに投稿すると、査読のプロセスが始まります。まず、投稿論文を受け付けた学術ジャーナルの編集者は、その論文の分野の複数の研究者に論文を送り、評価を依頼します。研究者は「査読者」として、論文を読み、ジャーナルの出版基準を満たしているか、論文の内容が掲載に値するかを判断します。査読が完了し、基準を満たしているものがジャーナルに掲載されます。

査読は、研究成果の発表を判断する重要なステップであり、学術研究の信頼性を下支えするものです。ジャーナルの編集者が当該分野の研究に精通しているわけではありません。その分野で実践的な経験を積んだ研究者だけが、論文に記された研究内容について理解し、研究が妥当なものか判断できるのです。査読が論文出版にとって重要なステップであるにも関わらず、従来は研究者としての正式な実績とは認められてきませんでした。研究者にとって査読者となることはどのような利益があるのか?研究者は無償で科学に貢献するべきなのか?査読プロセスにおける研究者の責務については議論となっています。

この問題への改善策として、査読プロセスへの参画を研究業績の一部とする動きが進んでいます。

査読者のORCID iDの入力を可能にして研究者としての信頼性をアップ

査読プロセスは研究者の負担になるという考えは変わりつつあります。2019年6月26日、PLOS(Public Library of Science)がPLOSの全ジャーナルを対象に査読者のORCID iDの入力を可能にしたと発表しました。これによって査読者は、査読履歴を追跡し、査読への貢献を研究業績の一部とすることができるようになります。PLOSは2000年代の初頭からオープンサクセス(OA)ジャーナルの出版を進めている出版社で、現在は医学・生物学分野を中心に7誌を発行しています。ORCID(Open Research and Contributor ID)とは、複数の学術コミュニティ機関によって設立された非営利団体が管理する研究者のID(識別子)で、一度登録すると、研究者が所属組織を変わっても同じ番号で業績が一元的に認識されるようになります。PLOSは2013年にORCIDに加盟して以降、投稿者にORCIDの使用を積極的に求めてきました。
PLOSの新しい取り組みでは、研究者は査読が完了するとORCID iDの入力が求められ、自分のIDを入力しておけば、自分の査読履歴を追跡できるだけでなく研究業績の一部として利用することができるようになります。査読に寄与した研究者は、査読完了と同時に「査読クレジット(Reviewer Credit)」を取得することができるのです。査読に貢献したことは記録に残りますが、査読の内容を公にするものではないため、査読内容の匿名性が保たれたまま作業の追跡が可能となります。研究者にとって査読を業績のひとつとして記録できることは、学術的評価を気づくためには有益です。査読によって得た信用は、研究分野への貢献を実証するのにも役立つからです。

ORCIDの査読セクション

ORCIDの査読セクション(Peer review section)に記載された情報によると、査読を実施する組織(出版社など)が査読プロセスにおいて研究者にORCID iDの入力を求めることで、ORCIDの記録に反映させます。出版社などはORCIDによって信頼できる組織もしくはクレジットを付与できる組織として認定されている必要があり、この信頼できる組織がORCIDに査読記録を追加するまではそれぞれの研究者の実績としては表示されません。所定のプロセスを経ることで、査読を実績として公表できることになります。このような仕組みを取ることで、査読実績の信頼性を担保しています。

研究者にとって、論文を発表することは重要な要素ですが、当該分野に精通しているからこそ依頼される査読への貢献を経歴に加えることができるようになったことは大きな前進でしょう。また、ORCID iDを入力することで査読に関わった研究者の貢献および査読作業の可視性を高めることができます。ORCIDの査読セクションには、個人が組織をまたいで行った投稿も表示され、識別子に基づいて自動的に集計されます。研究者の経歴を一元的に、しかも第三者の目を経た経歴として管理し、公にすることは大きなメリットとなるでしょう。

副次的効果も

出版社がORCID認識制度の導入を促進することには、架空の著者や実際に研究に貢献していない研究者、権威ある研究機関に所属する研究者の名前を著者として記載する、いわゆる「偽の共同執筆者」の問題を抑制する効果もあります。ジャーナルの編集者が、実績が多く定評ある研究機関の研究者の名前が著者として記載されている論文の掲載に前向きに取り組む傾向は否定できないとしても、ORCID iDを持たない研究者を共同執筆者として名前を載せることを厳しく制限する方針が明らかであれば、執筆者は名前を載せる共同執筆者の一人一人から許諾を得る必要が生じます。また、知らずに共同執筆者として名前が載せられた研究者は、ORCIDから注意喚起情報を受け取ることで不正に気付くことができるようになります。

査読は一般的には匿名で行われ、査読者は無報酬で作業に取り組むことが求められています。今回、PLOSがORCID iDの入力を可能にすることで、査読者の作業に対する信頼性と可視性を向上させ、研究実績としての登録できるようにしたことは、研究者の貢献に価値を加えることになるでしょう。研究コミュニティにとっても査読プロセスの透明性においても大きなことです。こうした制度の普及・拡大にむけた議論が活発化していくことが期待されます。


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*イギリスの出版社ヴァーリュスクプト(Veruscript)が、査読者に報酬を支払う取り組みを行うことを検討しているとして2016年にニュースになりましたが、同社は2019年5月に業務停止に陥っており、2016年時点で立ち上げるとしていたジャーナルは電子学術情報ジャーナルのPorticoのアーカイブを介して提供されているのみです。

新たな国際的研究拠点 欧州に注目

国際的な研究の経験を積みたいと考えている研究者は大勢いるため、研究職のポジション争いは熾烈であり、特に若手研究者が職にありつくことはとても困難です。それでも自国以外の国際的な研究機関で経験を積めば、母国に戻って研究職に就ける可能性は高くなります。それだけではありません。異なる文化的背景を持つ研究者たちとの研究に参加することで経験を重ね、新しいスキルを獲得し、幅広い人脈(ネットワーク)を形成することも可能です。かつて米国は、国際的な研究の場として人気が高かったのですが、近年は欧州の人気が高まっています。

欧州で研究するメリット

欧州は、さまざまな理由から研究者に人気となっています。その理由をいくつか挙げてみましょう。

世界的な大学の存在
欧州には世界でも有数の大学や研究機関があります。2018年には、査読付きの科学およびエンジニアリングの論文の25%が欧州連合(EU)の研究者から出版されたものでした。EUの後には中国(21%)、米国(17%)が続きます。欧州の研究者は、研究成果を出して出版しなければというプレッシャーはあるものの、責任を持って研究を進めていると言えます。

ファンド(研究資金)
研究には資金が必要です。EU諸国は研究およびイノベーション(技術革新)に割り振る予算を増額しており、さらに欧州最高レベルの研究を奨励する欧州研究会議 (European Research Council, ERC)の研究助成金には、どの国の研究者でも申請することができます。ホームページの情報によれば、その助成金の給付規模は過去10年間で総額約120億ユーロに達しています。唯一の申請条件は、研究の大部分がEUの研究機関によって実施されることです。欧州には多数の有名大学や研究機関が点在しており、スイスのチューリッヒのように生活費の高い都市にキャンパスがあって若い学生にとって費用の工面が大変な大学もあれば、一方で、ベルギーのルーヴェンにように比較的済みやすい都市を拠点とする研究機関もあるので、助成金の獲得にEU内の研究機関でと条件が付いていたとしても選択には困らないでしょう。

契約
ドイツのように博士課程(PhD)学生が雇用契約を締結することができる国もあります。雇用契約に加えて、年金の支給といった追加保証や、指導教官と学生を守るために就業規則のある大学もあるそうです。

学問の自由
欧州の研究機関は、他国の研究機関と比べて学問の自由を認める傾向が強いようです。実際に、国レベルで学問の自由を推進すべく議会に働きかけています。

オ―プンアクセス
「プランS」と呼ばれる研究の成果を自由に入手できるようにする動きは、欧州12の国々の研究機関や研究助成団体などのコンソーシアムから始まりました。欧州委員会(EC)と欧州研究会議(ERC)はこの動きを支援しており、コンソーシアムは、オープンアクセスの学術雑誌(ジャーナル)もしくはオープンアクセスレポジトリを通じて迅速かつ無料で論文を公開する研究に対して助成を出すとしています。プランSが動き出せば、欧州での科学研究は他の地域よりも進むと予想されています。

研究インフラ
欧州では効率的な研究インフラが整っています。他国であれば数か月かかることもあるような試薬の入手も、欧州内では1週間程度で入手が可能です。

文化的経験
学術的なメリットとは別に、欧州にはさまざまな文化圏で貴重な経験を積めるという魅力があります。多くの国は隣接している国々に簡単に旅行できるので、欧州各国の多種多様な文化や料理を体験することができます。EU内の国で仕事を見つける幸運に恵まれたなら、事前に必要な言語のコースを習得しておき、言葉の苦労を減らすこともできます。

なぜ米国は魅力を失ったのか

欧州の人気が高まる一方で、米国の人気が下がっています。主な理由のひとつとして入国の困難さが指摘されているように、米国滞在のビザを取得するのが非常に難しくなっていることが影響しているようです。研究資金の削減も無視できません。トランプ政権は、米国外の国に設置していた全米科学財団の事務所(北京、ブリュッセル、東京)を閉鎖しただけでなく、気候変動への世界的な取り組みである「パリ協定」から離脱し、関連する研究プロジェクトであるNASAの炭素観測衛星運用ミッションへの支援を止めてしまいました。こうした政策の決定は、研究費の予算削減から研究を進めるために必要な人材の解雇にまで及んでいます。

国際研究に参加するメリット

他国で研究に従事することには多くのメリットがあります。さまざまな文化の中で研究者としての経験を積むことができるのです。以下に主なメリットを書き出してみます。

新しい技術を習得できる:自国では普及していない新しい研究技術を学ぶことができます

最新式の実験装置を使用できる:欧州の国々は研究に特化した潤沢な資金を持っているので、最新の実験装置・機器を購入している大学や研究機関もあり、それらの最新機器を使って研究を進めることができます

多文化環境での経験を積める:世界各地の研究者が欧州に集まってきているので、多種多様な文化的背景を持った研究者と交流することができます

人脈形成のチャンス:研究の参考にしたり引用したりした論文の著者に会ったり、協業したりするチャンスがつかめるかもしれません。自分が読んだ論文の著者と国際的なネットワークを持つことは、研究者としてのキャリアにとって大きな意味を持ちます。

世界中の研究者と共同研究:世界中の研究者と出会い、共に研究することは、研究者としてのキャリアの可能性を広げることにつながります。綿密な研究を行うには良好な研究協力体制が必要であり、その点でも欧州は最適です。実際、欧州委員会(EC)は“Open Innovation, Open Science, Open to the World” と称したビジョンを発表しており、欧州以外の国との科学研究協力を促進していくこと、また、他の国々に対して研究助成金プログラムにおける競争力を持つことを目指しています。

広い視野を持つ:異なる視野から物事を見ることができるようになります。他者の問題の解決方法を見たり聞いたりすることで、考え方を深めることができます。

このようなスキルを獲得した研究者は、優秀な研究者を探している研究室にとって「欲しい」人材となり、研究者にとっては価値あるスキルとなるでしょう。

欧州は世界の研究者のハブ(中心拠点)になるか?

上述のような状況を踏まえると、欧州は国際的な研究拠点として非常に魅力的です。国レベルでの後押しや支援があることも、欧州の将来にとって科学とイノベーションが重要であると位置づけられていることも強みとなります。このような状況を実現させるため、欧州各国が頭を突き合わせ、科学研究を推進するために確保できるリソース(財源や人材)について検討を重ねています。そして、欧州の努力は、資金調達だけでなく、発表論文へのフリーアクセスの推進、研究を発展させるために研究者らが必要とするものが入手できるような体制づくりでも実を結んできています。

このような欧州の環境下で実施される研究が、世界の問題を解決する日がくることでしょう。

h指数の提案者が問題提起 !?

学術論文の影響度を測る指標にはインパクトファクター(IF)や h指数 (h-index)などが知られています。h指数は物理学者のJ. E. Hirsch氏が「個々の科学研究成果を定量化する指標」として提案したもので、研究者の研究成果を定量化する指標のひとつとして広く利用されています。しかし、複数分野に及ぶ研究を行っている研究者の影響力を考慮できないなど、評価指標としては不十分であるとの意見も出ています。

h指数の意味

例えば、ある研究者のh指数がh=10と示された場合、この研究者が発表した論文の中で被引用数(引用された数)が10以上ある論文が少なくとも10本以上あることを意味しています。一般的にはh指数が高ければ、被引用数の高い論文を多数発表しているということになります。h指数の算出は被引用数の正確な調査に基づいて行われるべきものであるため、被引用数の数値が正しくない場合にはh指数の正確性も怪しくなってしまいます。また、共著者が多数いる場合の考慮が欠けていたり、分野によっては引用数に差があったりするなど、すべての分野、あらゆる研究者の評価指標としては適切ではないといったいくつかの懸念も指摘されています。そのため、h指数はあくまでも研究成果を定量的に評価する指標のひとつとして利用されています。h指数は学術雑誌(ジャーナル)を評価する指標としても使われていますが、これはGoogle Scholar上で被引用数を算出した「Google Scholar Metrics 」として掲載されているので参考にしてみてください。

h指数ではわからない5つのこと

上述のようにh指数は学術界で広く使われている指標のひとつですが、h指数の問題点については学術界で議論されてきました。査読を迅速化かつ効率化させることで認知度を高める査読登録サービスであるPublons が「h指数ではわからない5つのこと 」と称する記事を掲載しているので紹介します。h指数ではわからないこととは以下の5つです。

  1. 研究者のキャリアがどの段階にあるか
    評価対象の研究者が新米研究者か、既に多数の論文を発表しているベテラン研究者なのかh指数だけ見たのではわかりません。
  2. 発表した革新的な論文における研究者の立場(該当研究者が筆頭著者なのか共著者のひとりなのか)
    h指数は発表された論文に名前があるか否かを見ているため、多くの論文に共著者として名前を連ねている著名な研究者の評価をゆがめることになりかねません。
  3. 引用された理由がポジティブなものかネガティブなものか
    論文の内容が誤ったものであることを証明するためであっても被引用数が高くなることはあります。
  4. 論文を投稿した学術ジャーナルのインパクトファクター(IF)
    IFが絶対的な評価手段ではないとは言え、h指数は論文の被引用数を考慮するのみであり、IFが異なる学術ジャーナルによる論文の被引用数への影響は考慮されていません。
  5. 学術コミュニティにおける貢献度合い
    論文を学術ジャーナルに発表すること以外、科学研究を世の中に広めて理解を促すためにどのようなコミュニケーションを行っているか、後続の研究者育成に努めているか、査読に参加しているかなど、学術コミュニティにどのような貢献をしているかについては考慮されません。

h指数が評価として絶対ではないことの一例ですが、1996年にノーベル化学賞を受賞した英国サセックス大学のハロルド(ハリー)・クロトー(Harry Kroto)教授 のh指数は264位でした。というのは、教授が1985年に発表した画期的な1本の論文がノーベル賞受賞につながったからです。この事実からも、h指数が科学的な影響の大きさを判断する基準として万能ではないことが見えます。

提案者もh指数の問題点を指摘

さらにh指数の提案者であるHirsch氏もこの指標の問題点を指摘していることが2020年3月24日のnature index の記事に示されています。Hirsch氏は、研究者が公表した論文の数とその論文の被引用数から算出する科学的成果の評価指標として2005年にこの指標を提案したとき、これほど学術界に広がるとは思っていなかったと言っています。Hirsch氏はh指数が科学研究の客観的な評価指標のひとつとして利用されつつも、その使用については賛否両論があることを認識した上で、h指数が高いというだけで間違った評価を下してしまったり、意図せず深刻で否定的な判断につながってしまったりする可能性があると述べています。被引用数の高い論文に対してその信頼性に疑問を呈することは難しくなります。h指数を高めようとするあまり、話題性の高い研究題材を選択し、次々と論文を発表することに集中してしまうことも懸念されます。また、Hirsch氏が自身の研究における発表論文について述べているように、h指数は主流から外れた(マイナーな)分野における研究を考慮していません。Hirsch氏は30年以上を超伝導の研究に費やしており、出版論文の約半分を超電導に関する論文が占めています。ところが、これらの論文は彼の引用数全体の10%にも至らない一方、引用数が多いのはh指数に関する論文です。このようなh指数による見解とは異なり、彼自身は他のどの研究よりも超伝導の研究が重要であると考えており、h指数だけで研究の意義を測定することはできないとしています。h指数からだけでは、超電導研究における彼の貢献度は見えないのです。自身のことを踏まえ、Hirsch氏はh指数だけに基づいて研究者を評価してしまう危険性として、不適切な雇用や、重要な研究を行っている研究者への助成金支給に悪影響を及ぼす可能性が否定できないことから、研究者の評価にあたってはキャリアのさまざまな面を注意深く考慮するように促しています。
h指数の提案者自身による指摘および指南が意味するものは大きいものです。


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新型コロナパンデミック下で誤情報を拡散しないために

世界各地が新型コロナウイルス感染(COVID-19)拡大にともなう外出禁止や非常事態におかれています。このような非常事態下では、情報収集が重要ですが誤情報の拡散にも注意が必要となります。SNS上に出回っている情報の中には、著名な大学や医療機関の名を語って伝達されているものや、不安をあおるような内容も多数あるようです。悪意がなかったとしても、誤情報を拡散することによって特定の機関への問い合わせを殺到させて業務停滞を招いたり、誤った判断を促して感染を拡大させたりする恐れがあることは認識しておくべきです。トイレットペーパー不足に始まり、症状に関わる不正確な情報や、「こうすれば感染を予防できる」といった情報に惑わされないためには、どうしたらよいのでしょうか。

WHOの誤情報対策

誤情報は日本だけでなく世界中でも問題となっており、世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は2月15日のミュンヘンでの会議で、我々はコロナウイルス感染症(epidemic)だけではなく、彼がインフォデミック(infodemic)と称するウイルスに関する誤った情報と戦っており、誤情報(フェイクニュース)はウイルスよりも早く簡単に蔓延していくため、信頼できる情報を把握することが困難になっていると指摘しました。WHOは、各種ソーシャルメディアの調査を行うとともに、科学的知見や証拠に基づく対策の必要性に言及しています。また、ウェブページにコロナに関する誤情報打開策「Myth busters」を質疑応答形式で掲載しています。「10秒以上咳き込まずに息を止めていられたらコロナには感染していない?」といったものから「コロナウイルスは5G(通信)ネットワークに乗って拡散する?」といった質問まで、適宜更新されているようなので参考にするのもよいでしょう。

ワシントン大学の取り組み

2019年12月、ワシントン大学シアトル校の5人の研究者が、誤情報の伝搬を研究する情報公開センター(Center for an Informed Public)を立ち上げました。このセンターでは、世界の感染者数ではなく、コロナウイルスのパンデミックに伴って誤情報がどのように拡散していくか、そうして広がった情報が人々の認識にどう影響するかを研究しています。3月24日のScienceには、同センターの設立メンバーである社会学者と危機情報学研究者に行ったインタビューが掲載されています。彼らは、オンラインにおけるコミュニケーションでどのようにデータや統計が広まり、どう理解され、その結果がどのように判断および行動につながるのかを調べています。彼らは、過去の危機的状況における誤情報の拡散を踏まえ、危機的状況下で誤情報が多くなることは、不確実性と不安が高まる災害時において何が起こっているのを理解しようと努める人々の自然な反応であると考えています。情報の入手は不安の軽減または解消に役立つことが確かな一方、困惑や混乱を招くこともあり得ます。テレビ、ネット検索、SNSといった情報ネットワークが浸透している現代では、継続的な情報更新が可能な反面、情報の真偽にかかわらず簡単に拡散してしまうという問題が避けられません。過剰な情報が与えられる中で、どの情報を信頼し、どれを信用すべきではないのか考えなければならないのです。また、政府や自治体などの政策指導者の発信が科学に基づく情報と矛盾しているような場合、不信感を招くだけでなく、公的な機関に対する信頼を損なう恐れがあります。このような影響は長期にわたることもあり、把握しきれていません。政策指導者らは、専門家とその時点で最良とされる情報を共有し、一貫性を持って情報を提供していくことが求められます。

危機情報学に基づく誤情報対策~3つのアドバイス

同センターは、情報が従来からのメディア媒体とSNSの間でどのように移行するか、情報の流れに注視しており、IT企業や個人、危機管理者に向け、情報の流れと情報の影響を理解し、正確な情報発信を促進する方法についてのアドバイスの提供にも努めています。ここでは、危機情報学者からの誤情報対策のための3つのアドバイスを記します。

  •  情報を求め、共有しようとする際に、虚偽や誤情報の拡散に加担する可能性があることを自覚しておく。誤情報の拡散は不安や不確実性の解消に役立たないと認識する。
  • 災害情報提供者は、情報が専門家(医療従事者や感染症の研究者など)の知識に基づいた情報の提供に努め、所属する団体・機関内での整合性を保つ。また、事象固有の不確実性について適格な情報を提供するとともに、「事実」も時間経過とともに変化する可能性があることを情報受信者に伝わるように努める。
  • 政府関係者や自治体などの政策指導者は、誤情報や虚報を拡散したり、科学的知見や専門家による勧告に疑問を投げかけたりすることによって及ぼす影響について慎重に検討する。対応を誤ると、個々の状況および危機的状況への対応において短期的・長期的な弊害をもたらす可能性があることを認識しておく。

公衆衛生上の危機であるコロナウイルス感染拡大に対抗するため、外出自粛といった特定の行動が求められていますが、このような行動を促すためには信頼できる情報が不可欠です。ところが、誤情報が拡散することで、ウイルスの封じ込め、感染症への取り組みを複雑にしてしまっています。各国の指導者や医療機関などは日々情報発信に努めていますが、情報受信者にも誤情報に惑わされないようにするとの意識が必要です。

情報公開センターは、コロナウイルス感染症の誤情報に対処するための会議「Surviving the Coronavirus Infodemic」をオンラインで公開し、混乱を抑え、健全な情報実践を行うためのツールなどを紹介しているので、このような情報を参考にするのもよいでしょう。

終息の兆しが見えない新型コロナウイルスの感染拡大。誤情報は人々を危険にさらす可能性があるため、一人ひとりが正しい情報に基づき、ウイルスを正しく恐れて対処することが求められています。情報源および真偽を確認するとともに、不確かな情報をSNSなどで拡散しないように気をつけましょう。

ICMJE 医学論文投稿・査読・出版の世界的ルール

新型コロナウイルス感染拡大が世界に大きな影響を与えている状況下において、医学研究の重要性は改めて痛感されるところです。そこで、医学研究成果の信頼性を確保していく基盤でもある医学論文執筆における世界標準とされるICMJE(医学雑誌編集者国際委員会)投稿規定について再確認するとともに、改訂に向けた動きを紹介します。

ICMJE(医学雑誌編集社国際委員会)とは

ICMJE(International Committee of Medical Journal Editors)は、世界の主要な医学雑誌(ジャーナル)の編集者の集まりです。世界医学雑誌編集者協会(World Association of Medical Editors: WAME)をはじめ、世界の主要な医学雑誌(ジャーナル)および出版社など14の組織・団体で構成されています。ICMJEが策定したRecommendations for the Conduct, Reporting, Editing, and Publication of Scholarly Work in Medical Journals(略称:ICMJE Recommendations、邦題:医学雑誌における学術研究の実施、報告、編集、および出版のための勧告)は、医学研究の透明性、研究倫理を保ちつつ成果発表の品質向上を目的として書かれています。

ICMJEの活動の端緒は1979年に「生物医学雑誌への統一投稿規定(Uniform Requirements for Manuscripts Submitted to Biomedical Journals)」という投稿原稿の作成方法に関するガイドラインの発表に遡ります。それ以来、投稿規定の枠組みを越えて改訂を重ね、2013年にICMJE Recommendationsと名称を変更しました。本勧告はウェブサイトで公開されておりダウンロードが可能です。また、この勧告を遵守する立場を表明する多数の学術ジャーナルの一覧も提示されています。

ICMJE Recommendationsの内容

医学ジャーナルに投稿される研究の成果とその報告は、ベスト・プラクティス(模範的な活動)と倫理基準に従わなければなりません。ICMJE Recommendations(ICMJE勧告)は、医学研究論文の著者が遵守すべき事項を規定しており、学術ジャーナルにおける発表の品質を維持するための標準的なルールとなっています。ICMJE勧告は大きく3つの項目で構成されていますが、その中のいくつかを以下に示します。

項目
1. Roles and Responsibilities
著者、査読社、編集社らの役割と責務。著者の資格、利益相反など。
2. Publishing and Editorial Issues
医学雑誌への掲載、出版と編集に関すること。主に、研究不正、著作権、臨床試験登録など。
3. Manuscript Preparation
論文の作成および投稿に関すること。原稿の作成、医学ジャーナルへの投稿方法など。

オーサーシップ

大多数の論文が共著となっている現状では、オーサーシップ(著者資格)の判断が問題として指摘されることも増えています。著者として名前を挙げる場合、全員がガイドラインに示される著者資格の基準を満たしていること、各著者の貢献を明示することが求められます。

捕食ジャーナル(ハゲタカジャーナル)

捕食ジャーナルとは、高額な論文掲載料さえ払えば査読なしに投稿された論文すべてを出版する学術雑誌のことです。著者はこのような似非(えせ)ジャーナルを識別し、投稿しないように注意しなければなりません。著者にはジャーナルの品位と評判を評価する責任があるのです。また、論文作成の際、捕食ジャーナルからの引用もすべきではありません。

利益相反

利益相反に結び付く可能性がある関係や行為については、透明性をもって明示しなければなりません(後段でまた触れます)。

論文出版

著者は投稿規定と査読ガイドラインに従うことが求められます。公開に先立って論文の内容を漏洩することは著者の不利益となる可能性があるため、編集者と査読者には投稿された論文を扱うにあたり守秘義務が課せられます。出版社にとって、論文を偏りなく、独立した立場で、タイムリーに評価することが、とりわけ重要です。

正確性

誠実な誤りはつきものですが、このような誤りを見つけた場合には訂正通知を公表し、公開済の電子版については所定の方法で修正内容を掲示するとともに改訂しなければなりません。

不正行為

データの捏造、画像の改ざん、利益相反の可能性がある関係や行為の不開示、盗用・剽窃などは不正にあたります。臨床試験結果の不開示も不正になる場合があります。研究不正については個々に応じ、関連する手続きに沿って対処する必要があります。

著作権

著作権に関する取り決めは明確にしておくべきです。

広告

医学ジャーナルへの広告掲載は厳格なガイドラインに従う必要があり、編集上の決定に影響が及んではなりません。また、健康に深刻な害をもたらす商品の広告を掲載することや、編集記事に商品の宣伝を掲載することはしてはいけません。

臨床試験登録

臨床試験を行う際は、患者登録時以前に公的な臨床試験登録システムに登録を行い、登録番号を論文中で示すことが求められます。

原稿の作成

原稿作成については詳細が示されています。タイトルページや著者の情報の書き方、要旨、方法、結果、議論・考察などのセクションの構成、表、図表、参考文献の挿入方法まで、細かい形式が投稿規定またはスタイルガイドに定められています。

利益相反について

医学研究は人々の健康に大きな影響を及ぼすものであり、それだけに利益相反に関する規定は最も重要な項目のひとつでしょう。一義的な利益(研究の妥当性など)の判断が、二義的な利益(金銭授受など)に影響される可能性がある場合、利益相反の問題が生じます。研究の発表において利益相反問題につながりうる可能性を有する利害関係者は多数存在します。研究資金の提供者は潜在的に研究に影響を与えるでしょうし、自分の研究を自分が関わるジャーナルで出版したいと望む編集者など……読者は、発表された研究成果が信頼できるかを判断するために、利益相反について知りたいと思うものです。

ICMJE利益相反開示フォーム

ICMJEは、利益相反につながる可能性がある事項について開示するための「利益相反開示フォーム(Form for the Disclosure of Potential Conflicts of Interest)」を作成して研究の透明性の促進を図っています。これは、研究における金銭上の利害関係の有無や、研究に影響を及ぼす行為につき透明性を確保するための策です。ICMJEに加盟しているジャーナルは投稿論文の著者に対してこのフォームの使用を求めており、研究に関連する事柄については公開されています。例えば、医薬品に関する研究で、著者の中に医薬品審査の委員会メンバーが含まれている場合、その事実をフォームで開示することが求められます。研究助成金を受けていることや、諮問委員会のメンバーになっていることが必ずしも研究に影響を及ぼすわけではありませんが、そうした事実を開示することは読者に対して透明性を保証することにつながります。

開示フォーム改訂の動き

ICMJEは2020年1月に開示フォームの改訂案を公開し、同年4月末までに意見を求めています。研究に関わるすべての関係が利益相反であるとは限りませんが、それらをすべて開示することが透明性と信頼性の向上につながるのであり、そうした方向を強化することを狙った改訂です。主な改訂点は以下です。

  1. フォームのタイトルを「ICMJE Form for the Disclosure of Potential Conflicts of Interest」から「The ICMJE Disclosure Form」に変更(現時点で公開されているのはドラフトです)。
  2. 読者が利益相反の有無を判断できるように、著者にすべての関係の開示を求める
  3. 研究に関連するすべての関係や活動を開示しやすくするため、チェックリストを準備

この新フォームは、著者が情報を正しく漏れなく開示するために役立つでしょう。これまで読者は、情報開示が行われていた場合、その関係や行為が該当研究に何らかの影響を及ぼしていると受け止めていました。新フォームではすべての関係と行為を開示することとなり、タイトルから「利益相反に関係する可能性(of Potential Conflict of Interest)」という語句を削除することも相まって、読者の判断におけるバイアスを回避する助けとなるでしょう。チェックリストは、意図しない開示漏れを防ぐのに役立ちます。

上に述べたようにICMJEはフォームの改訂について意見やコメントを募集しています。提出期限が2020年4月30日と迫っていますが、ご意見のある方は投稿してはいかがでしょうか。


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研究と出版に eラーニング を役立てよう

博士課程に入ると、たくさんの新しい課題に直面します。博士課程のコースは難しい上に、研究や論文執筆も進めなければなりません。学術論文の執筆と出版には、書く技術、学術的な文章を書く能力、首尾よく論文を発表するノウハウが必要ですが、博士課程以前にはこの技能を磨く機会があまりありませんでした。研究の指導にあたる教授や教官から学ぶこともできますが、さらに深く学ぶために、自分で独自の取組をすることも考えてみてはいかがでしょうか。eラーニングを活用することも一つの方法です。

eラーニングとは

eラーニングとは、インターネットを利用する学習形態ですが、今では、さまざまな教材やコンテンツが揃っています。通常は、LMS(Leaning Management System)という学習管理システムを使い、テキスト、画像やビデオなどの教材を配信します。LMSは受講者に学習しやすい環境を提供することを主目的としたシステムであり、ウェビナー(webinar)とも呼ばれるウェブセミナーの開催や、指導者と学習者の相互コミュニケーションの提供も可能にします。

eラーニングは、1990年代のパソコンとインターネットの普及に従って発展してきました。この頃に学校がインターネットを利用した通信教育を始め、当時は「遠隔教育」とも呼ばれ、広範な地域の幅広い層に学習機会を提供したのです。eラーニングという言葉が広まったのは2000年代になってからですが、教材やプログラムをもネット上で管理できるようになると、誰もがいつでもどこでも学習することができるようになりました。そして、さらなる技術の発展により、双方向学習やメール、チャットなどを使った双方向のコミュニケーションも可能となりました。今では、ライブ授業の配信など多様な学習機会がインターネット上で提供されています。

eラーニングの長所・短所

一番の長所は、時間の自由度が大きいことです。誰もが何時でも都合の良い時に学ぶことができるのです。日々、仕事に忙殺されている人にとっては、スキマ時間などに学習できることは、とてもありがたいことでしょう。また、eラーニングは何回でもアクセスできるので、重要な点を何度も履修しなおすことができます。時間が指定された授業だと、出られないことや、その分の振替を調整することなどがストレスになったりしますが、eラーニングであればそんなことはありません。好きな時間に簡単に、必要なコースを受講することができるため、学習時間を従来の通学型の授業に比べて25-60%に短縮できるとの説もあります。

一方、eラーニングには短所もあります。eラーニングをより効果的に活用するためにはこれらの短所も把握しておく必要があります。一つは、理論の学習と実際的な技術の習得は異なるため、eラーニングが実技を伴う内容の学習には適さない場合があることです。eラーニングで学んだ知識や技術を、実際に使おうとした場合、ある程度の困難が伴うことが予想されます。もう一つは、eラーニングは一人で受講するため、指導者や他の学習者と顔を合わせて学ぶ従来型学習のような社会的・人的ネットワークを構築することができません。これらは、知識それ自体より大事な場合もあるとはいえ、eラーニングでは難しいのが現実です。また、単独で学習する受講者が学習意欲(モチベーション)を維持するのが難しいという点も挙げられます。幸い、SNSやビデオ付きチャットなどのコミュニケーションツールが普及しているので、こうした交流手段をうまく活用することにより、eラーニングの弱点を補うことを意識すると良いでしょう。

論文発表の手順もeラーニングで学習

博士課程の大学院生にとって論文の発表が大事なことは改めて言うまでもありませんが、発表までの実際的な手順についてわからないこともあるでしょう。そのようなときには、論文発表までの手順を学べるeラーニングのコースが役立ちます。
例えば、研究者のためのeラーニングプログラムであるEnago Learn(Choosing the Right Journal for Your Research)では、論文発表への過程をステップごとに解説しています。研究論文執筆の準備から、論文投稿の際に執筆者が知っておくべきことなど、さまざまなテーマを取り上げているので、参考になります。
他にも、研究倫理を学修できるeラーニングコースや、研究費などの使い方に関する大学が提供するコースなどもあります。eラーニングで学べることは広がっているので上手に利用すれば、効率的に必要な知識や技能を身につけることができるでしょう。是非、eラーニングを研究や論文出版に活用してみてください。

ハゲタカジャーナルにに引っかからない秘訣

セミナー内容

「Perish or Publish」と言われるように、研究者の業績は論文発表の実績で判断されるといっても過言ではありません。近年、インパクトファクターの高いジャーナルを目指す傾向がさらに強まり、研究者にのしかかるプレッシャーも増大しています。

このような状況に付け込んで、ハゲタカ出版社と呼ばれる一部の悪徳出版社は、研究者の業績をお金で売るという不道徳な行為を行っており、ここ数年の間にいわゆるハゲタカジャーナルの犠牲となる研究者の数は増加の一途をたどっています。ハゲタカジャーナルには正式な編集部もなければ、論文の内容を精査する査読のプロセスもなく、掲載料さえ払えば誰でも論文を掲載することができます。もちろんその様なジャーナルに掲載したところで、研究者としての実績作りに貢献することなどありません。ハゲタカジャーナルの巧妙な「罠」に引っかからないよう、研究者はその実態を知り、注意深く論文の投稿先ジャーナルを選択する必要があります。

そこでエナゴではこのたび、「ハゲタカジャーナルに引っかからない秘訣」をテーマに、Cabells社と共同でオンラインセミナーを開催いたします。Cabells社は世界中の研究機関や大学に学術雑誌の最新情報を発信している企業です。今回のセミナーではハゲタカ出版の実態と、ハゲタカジャーナルを見分けるための実践的なアドバイスをご紹介します。

今回のセミナーで解説するポイント:

  • ハゲタカ出版の実態とは
  • ハゲタカ出版社/ハゲタカジャーナルの見分け方
  • ハゲタカジャーナルを回避する方法
  • ハゲタカ出版社/ハゲタカジャーナルの対処法
  • ハゲタカ出版の問題点とそれへの対処法(Cabells社より)

Cabells (https://www2.cabells.com/) について

1978年にビジネス・経営分野の優良な学術雑誌を紹介する事業を開始。幅広い分野のジャーナルについて優良誌(Whitelist)と要注意誌(Blacklist)を分析するシステムを構築し、研究者のニーズに合った投稿先ジャーナルを検索するためのソフトウェアを開発。大学院生やポスドクをはじめ大学教授や主任研究員(PI)にいたるまで、あらゆる研究者の活動をサポートするサービスを世界中に提供している。

ご参加の皆様に、もれなく特典をさしあげます!:

無料オンラインセミナーにご参加いただくだけで、英文校正、翻訳、投稿先のジャーナル選択など研究者の皆様をサポートする様々なサービスを5%引きにてご利用いただけます。詳しくは無料オンラインセミナー後にお送りするメールをご覧ください。

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STEM分野の女性差別改善に男性ができること

学会で出会った女性科学者2名が、昼食時に学術界の女性差別の話題になりました。

 A博士:科学界で女性が出世するのは難しいわ。2019年に米国でSTEM(科学・技術・工学・数学)分野でフルタイムの仕事に就いている人のうち、女性はたった24%だって知ってた?
B博士:ジェンダー格差がいまだにそんなにひどいなんて信じられないわ。これは世界的な問題だけど、ジェンダー格差に関する認識は世界中に広がってきているのでしょう。最近は、不公平な状況を変えて、女性の活躍を後押しする男性も出てきているようよ。

はたして、STEM分野でのジェンダー格差とは、どのような状況なのでしょう。そして、この状況を改善するために男性研究者ができることはあるのでしょうか。

学術界のジェンダー格差

学術界におけるジェンダー格差は、確かに世界的な問題であり、特にSTEM分野では歴然としています。まず、STEM分野での女性研究者数自体が少ないので、論文執筆および査読における女性研究者の割合も男性より少なくなっています。例えば、オープンアクセスのFrontier Seriesの学術誌を対象にした2017年調査によると、女性執筆者は全体の37%、同様に査読者は28%でした。研究組織のトップの女性比率も低く、研究費の獲得金額にも差があります。プライベートにおいても女性の方が子育てによって大きな影響を受けやすく、理系のフルタイムの研究者や専門家が子供を持った場合、43%の女性が専門分野を変更する、非常勤になる、あるいは退職する、との調査結果があります。男性ではこの比率は23%であり、差は顕著です。

このような格差が存在することは広く認識されてきており、改善の取組みも議論されていますが、「女性がどう対処するか」の議論がほとんどです。ここでは、「男性は改善のため何ができるか」について、実際の取り組み例を紹介してみます。

改善に向けて男性ができること

世界の科学研究における女性の参加割合は30%に満たないとも言われています。特に、STEM分野でジェンダー格差が根強いのには、非常に多くの要因が関係しています。それらの中には、男性の行動で変わりうるものもあるのです。

無意識のジェンダーバイアスを認識する

まず、「無意識のバイアス」を認識することです。女性には子供のときからSTEM分野に進む気持ちをそぐような文化的風潮が働きやすく、意欲をくじかれかねません。学校でも職場でもSTEM分野は男性の数が多く、そこに女性が入っていくには勇気と努力が必要です。STEM教育におけるジェンダー格差についてUNESCOが2017年に発表した調査レポートによると、世界の高等教育においてSTEM分野を選択している女性の割合は35%であり、研究者では28%に留まります。教育課程が進むにつれて、女性が理系に興味を抱かなくなる傾向があり、中等教育過程で男女格差が顕著になります。「女性は理系に向かない」という思い込みや、教育現場や家庭環境に内在するさまざまな要因が女性をSTEM分野から遠ざけています。男性が、女子学生や職場の同僚の女性を勇気付け、または自分の娘のSTEM分野への興味を育むなど、わずかに後押しするだけでも違いが出てくるでしょう。

変だと感じたら声を上げる

小さなことでも格差や偏りに気がついたときに声を上げることも大切です。例えば、会議で女性の発言がさえぎられたり、なんらかの役職への候補者が男性だけで占められていたりしたときに、変だと感じて声を上げることが、ジャンダー格差改善の一歩です。そしてさらに進めて、実際に女性差別的な発言や行動を見たら、その場で注意喚起することが望まれます。そうした指摘がスムーズにできるように、同僚同士で注意の仕方を学びあう試みをしている研究者もいます。そうした人たちは、女性に障害を克服するよう励ますのではなく、障害を取り除くように男性も積極的にかかわるべきだと考えているのです。

男女平等(ジェンダーバランス)への配慮を求める

学会の発表者やパネルディスカッションの参加者(パネラー)が男性だけということも珍しくありません。このような事態を積極的に改善しようとする動きもあります。ニュージーランド・オークランド大学の物理学研究者は、学会などでの男女平等参画を求めて行動しています。発表者やパネラーとして参加を求められたとき、参加者に女性が含まれていないような場合には参加を断っているのです。こうした取組みを3年以上続けており、賛同する研究者も何人か出てきています。主催者に対して事前に男女の割合を問い合わせることで、バランスの悪い男女比の再考を主催者に促す機会となることも増えているそうです。

部門の責任者としての取組み

英国・ヨーク大学のP.Walton教授は、化学学部長であったときに男女平等へ向けた取組みを行いました。まず、無意識のジェンダーバイアスを見つけて改善するため、学部としてさまざまな会議などをチェックするための組織を立ち上げました。一例として、ある役職につける候補者を絞る選定会議の議論を、チェック組織が同席して状況確認を行ったのです。チェック組織メンバーは、選定委員の発言頻度が男性候補者と女性候補者で差がないかなどの客観的な観察を基に、選定委員の各人がバイアスを持っていないかを監視します。この制度を導入した当初は、バイアスが見られることも多かったものの、次第に改善に向かいました。また、研究者・教員の給与の平均や中央値、分布などを男女に分けて毎年公表しました。不自然あるいは不合理な格差がないか、当事者の全員が見て考えることができるようにしたのです。組織の長が、男女の公正な処遇に向けて指導力を大いに発揮した事例です。

ジェンダー格差、不公正は厳然として存在し、多くの改善努力が進められてきたにもかかわらず、根深いものがあります。今後とも多面的な取組みが必要です。ジェンダー格差を生む大きな原因となっている「男性社会」を作っている男性が、積極的に改善に取り組むことが大変重要でしょう。上に挙げた事例が、改善への一歩を踏み出すためのヒントになれば喜ばしいことです。


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論文レイサマリー(要約)の書き方のポイント

毎年、何百万本もの学術論文が発表されており、毎日のように飛躍的な発見も生まれています。科学研究が現代の生活にすっかり溶け込んでいるにもかかわらず、一般の人にとって研究内容を理解することは容易でなく、まして最新の研究動向を把握するのはことさら難しいことです。たいていの場合、科学的な論文には専門用語が多く、一般的には分かりにくい書き方となっていることも一因です。しかし、研究者にとっては研究資金提供者やメディアの関心を集めると同時に、多くの人に成果を知ってもらうことが重要です。そのためにできることのひとつは、一般の人にも分かりやすい要約「レイサマリー(lay summary)」を書くことです。ここでは、レイサマリーの書き方と注意すべきポイントをみていきましょう。

レイサマリー(要約)とは

「レイサマリー」とは、誰でも理解できる簡易な言葉で研究の内容を説明するものです。研究論文の冒頭の「要旨(アブストラクト)」が研究者などを対象として研究概要を書くものであるのに対し、レイサマリーは専門知識を持たない人でも研究の内容を理解できるように書くものです。多くの学術雑誌(ジャーナル)がレイサマリーをウェブサイトのトップページに掲載することで、たくさんの人が科学論文に接することができるように配慮しています。例えば、Elsevierの学術ジャーナル「Epilepsy and Behavior Case Report」や「Journal of Hepatology」がレイサマリーを掲載しています。また、欧州連合における臨床試験制度であるEuropean Union Clinical Trials Regulationのように、レイサマリーの提出を求めている機関もあります。レイサマリーは、一般の人だけでなく、ジャーナリストや研究資金提供者など、該当分野の専門家ではない人にも研究内容を理解してもらうのに役立ちます。研究成果を一般にも広く知らしめ注目されることは、研究者としての影響力を高め、研究資金を確保することにもつながるので、非常に重要なことです。レイサマリーは、これらを可能にする手段のひとつと言えるでしょう。

レイサマリーの書き方のポイント

研究者にとってレイサマリーを上手に書くことは難しいものです。どのような情報を入れるべきなのか、どうすれば誰にでも分かる簡易な文章を書くことができるのか―ポイントを見てみましょう。

書くべき内容

レイサマリーは一段落程度の長さに収めましょう。論文の主要なポイントを要約して記述します。必要な情報を簡潔に網羅するためには、英語の6つの基本的な疑問詞への回答を書く方法と5つの項目についてまとめる方法があります。

●5W1Hに答える

英語の5W1H(When, Where, Who, What, Why+How)、つまり「いつ」「どこで」「だれが」「なにを」「なぜ」「どのように」に従って記述します。

●5項目についてまとめる
①「問題提起」解決に取り組んだ問題は何か
②「必要性」なぜその問題が重要なのか、なぜ取り組む必要があったのか
③「方法」どのようにして解決を図ったか
④「結論」どのような結果が得られたか
⑤「便益」成果が誰に/どのように役立つのか
についてまとめます。

ここに挙げた質問または項目の情報をすべて盛り込めれば、まずは合格です。とはいえ、端的に質問への回答を並べるだけでなく、読みやすくかつ論理的な順番で文章を作成するようにします。

分かりやすい表現を目指す

もうひとつレイサマリーを書くときに重要なことは、平易で日常的な表現で書くことです。学術的な文章に使われる表現は、日常的に使われるものと違います。慣れ親しんでいる学術的な表現を使わずに、一般の読者にも分かりやすい表現で書くことを目指しましょう。まず、学術文書を書くにあたって「客観性」を重視するように指導されてきたと思いますが、レイサマリーを書くときには客観的すぎるのは好ましくありません。文例を挙げてみるので比較してみてください。

学術論文スタイル:There is significant uncertainty in the literature surrounding this topic.[このテーマに関する文献には著しい不確実性がみられる。]
レイサマリー・スタイル:We still don’t know a lot about this topic. [このテーマに関してはまだ分かっていないことが多々あります。]

学術論文スタイル:Data was analyzed using SPSS and multilevel regression analysis.[SPSS(統計解析ソフトウェア)とマルチレベルの回帰分析を用いてデータの解析を行った。]
レイサマリー・スタイル:I analyzed data using quantitative methods. [データを計量的な手法で解析しました。]

これらの例文のように、受動態ではなく能動態で書かれていると分かりやすくなります。そして、専門用語をできるだけ避け、どうしても必要な場合には説明をつけるようにします。例えば、科学者であれば「タンパク質」が高分子化合物であることを把握していますが、一般の人にとっては肉やナッツ類に含まれる栄養素の一種と捉えるでしょう。他にも、科学的な表現を簡単に書き記すための解説などがあるので、参照してみてください。

やってはいけないこと

●大げさすぎる表題
注目を集めたいのは理解できますが、研究者は週刊誌記者ではありません。大げさすぎる表現は避けましょう。

●一般的あるいは具体性に欠ける表現
「気候変動は全人類にとっての脅威」や「膝痛は多くの人が抱える深刻な健康問題」と書くのではなく、話の内容をより限定し、具体的な問題に着目した書き方をすべきです。例えば前例はそれぞれ「オーストラリアにおける気候変動の影響に関する最近の研究によると―」や「膝痛は膝関節の負傷が原因で生じるものもあり、米国では四人に一人が痛みを訴えています。」などとすることができます。

●レイサマリーの確認方法
レイサマリーが、専門知識のない一般読者向けにも分かりやすく、適切に書かれているかを確認するのに最良の方法は、他の人に読んでもらうことです。友人や家族に読んでもらい、フィードバックを頼んでみてください。自分の研究を、まったく別の分野の人に説明してみることも一案です。話を聞いた相手から寄せられる質問で、どの部分を、もっと明確に説明すべきか、観客に伝わらなかった専門用語はどれかなどを把握することができるでしょう。

以上に述べたように、レイサマリーは、研究資金の提供者、ジャーナリスト、一般の人たちに研究成果を知ってもらいやすくするのに効果的です。専門家と非専門家の両方に研究成果を伝え、自分の研究成果の可視性を高め、価値を知らしめすことができます。そして、素晴らしいレイサマリーは、科学研究のパブリックエンゲージメントを高めるとともに、次の研究資金獲得につながり、研究者および資金提供者にとってメリットをもたらすことにもなるのです。

P値に関する問題-P値ハッキング

研究の世界では統計的な有意性が求められます。有意性の判定基準として通常は「P値(有意確率)」が使われており、調査・研究対象によって違いはありますが、一般的には0.05(= 5%)を有意水準として、P値が0.05以下の時に仮説が有意であるとされます。これはつまり、この事象が起こりえる確率は95%以上であるということを示しているわけで、P値が低ければ低いほど起こりえる確率が上昇することになり、その結果、有意性の度合いが高いと評価されます。

ここで、統計的有意性「P値」について簡単に説明しておきましょう。得られたデータ標本から計算した統計値を「統計量の実現値」と言います。「P値」は、帰無仮説(設定した仮説は成立しないという仮定)が正しいとした場合、そこで得られる統計量の実現値よりも極端な統計値が観測される確率のことです。統計量の実現値においてP値が0.05(5%)以下ということは、「帰無仮説が正であれば(つまり仮説が成立しない)、観測されたような事象が生じる確率は5%以下と極めて珍しい。従って帰無仮説は成り立ちにくく、仮説が正である可能性が高い」ということです。少々ややこしいですが、帰無仮説を用いた検定は、逆側からの立論となっているので辛抱してください。なお、「P値」の「P」は「Probability(蓋然性、確率)」のPです。さらに話をややこしくするのは、統計指標であるはずのP値に、誤用や誤解が付き物であるという実態です。このため、一部の研究者や学術雑誌(ジャーナル)はP値の使用を控える動きがあることも書き添えておきます。

さて、本題に入りましょう。太郎さんと花子さんという二人の研究員の会話の形で問題を解説します。

統計的有意性の追求

太郎:やり方を間違ったかな。有意な結果が出るはずなのに、P値は約0.08。どこが間違ったのかわからないよ。

花子:手順を再確認してみた?

太郎:やったよ。手順には問題がなさそうなんだ。指導教官は高インパクトなジャーナルにこの研究成果を発表して、次の研究プロジェクトの資金を獲得したいと思っているのに、今のところ得られている実験結果は、統計的に有意とは言えないよ。やり方を変えてみようかな。

花子:どう変えるつもり?

太郎:もっとデータを集めてみようかと思ってる。一部の異常値を除外することも考えてるし――間違ったデータなのは確実なんだ。それと別のデータ解析方法を試してみるべきかな。

P値ハッキングの問題

花子:でも、それをやったらP値ハッキングになっちゃうと思うけど?

太郎:P値ハッキング?

花子:研究者が意識的にせよ、無意識的にせよ取得後のデータを取捨選択して、有意な結果を導こうとすることはP値ハッキングになるの。取捨選択の他に、今言ったような異常値を除外するとか、解析方法を変えるといったデータの微調整もP値ハッキングに該当するわよ。

太郎:P値ハッキングなんて初めて聞いたよ。

花子:P値を下げたい気持ちはわかるし、統計的な有意性が高い成果の方がジャーナルで発表される可能性が高いことも分かってる。ジャーナルに発表できるかどうかは獲得できる研究資金や今後の経歴に直接的に影響するしね。だからP値を低くするために不適切な行為に手を染めちゃう研究者がいるのよ。

P値ハッキングの種類

太郎:P値ハッキングをしないためには、ちゃんと知っておくべきだね。もっと詳しく教えてよ。

花子:P値ハッキングをすると、P値が0.05か以下になるケースが多くなるけど、それは研究者が有意な結果が得られたと考えるあたりでデータの微調整を止めるからなの。P値が0.05近辺に集まっていると、P値ハッキングが疑われるわ。でも、もっとわかりにくいのもあるみたい。

太郎:例えば?

花子:ひとつは研究者が低いP値を出そうと調整し続けた場合に起こる「overhacking」。P値を低くして、結果により説得力を持たせようと、0.05以下になってもデータの操作を止めずに微調整を続けちゃうことね。

太郎:他には?

花子:収集したデータを何種類かの方法で解析したり、違う変数を分析したりして異なるP値が得られた場合、一番低い値を選択的に発表するという「selection bias」というのもあるわ。いくつか解析を行った結果、0.05以下のP値が複数得られたような場合に研究者は一番低いP値だけを発表する傾向があるというものだけど、これではデータの正しい状態を示すことにならないでしょ。もうひとつは「selective debugging」。コンピュータプログラムのバグを見つけ出して修正する作業である「デバック」に由来する名前なんだけど、選択的(selective)と付いているところが問題なの。統計的な検定の方法が不適切であったり、データ処理のプログラムに問題があったりした場合、そうしたバグを見つけて修正することはよくても、より有意な結果が出るようにバグを選んで修正して、有意性が求める水準に達したところでバグ探しを終了するというのはハッキングと見なされるわね。

太郎:良い結果につながるバクだけを選んで補正し、偽りの好結果を出すってことか。

花子:その通り。

P値ハッキングの防止

太郎:P値ハッキングが問題だということがよく分かったよ。でも、P値ハッキングを防ぐにはどうすればいいのかな?

花子:一番良い方法は、データを収集した後にデータや解析方法を変えないこと。いじりたい気持ちを抑えるのは大変だから、事前に研究計画を登録しておくというのもひとつの策ね。統計解析の方法を含めた詳細な研究計画を立てたら、それを「Open Science Framework」のような研究プロジェクト管理のためのプラットフォームに登録しておくの。そうすれば、研究成果が発表された時に他の誰もが当初の計画と実際に行われた方法を比べることができるから、P値ハッキングをやりづらくなるでしょう。

太郎:良い策だね。他にできることは?

花子:事前に計画を立ててそれを遵守することに尽きるわね。何かを変えるのは、純粋なエラーをした時だけ。そうすれば自分の実験を再現することもできるでしょ。

太郎:もしP値ハッキングが見つかったらどうなるんだ?

花子:そりゃ、研究成果の価値はガタ落ちだし、投稿したジャーナルへの掲載がリジェクトされることも考えられるし、最悪は研究費を受けられなくなることだって……自分の研究に費やした時間と資金を無駄にすることはもちろん、科学研究への信頼性を損なうことにつながるようなP値ハッキングは絶対にすべきじゃないわね。

太郎:有意な結果を得たいがためにP値ハッキングに手を出しちゃ駄目ってことは良く分かったよ。でも、P値ハッキングはどの程度認知されているんだ?

花子: P値ハッキングが増えているとの報告もあって、深刻にとらえられているようよ。特にメタ解析でP値ハッキングをやられると影響は大きいし、その結果を引用した他の研究結果にも響いてしまうでしょ。こんな状況を踏まえてジャーナルは有意性の偏重を見直し始めているみたい。研究計画の事前登録の仕組みも進むんじゃないかしら。研究者としても統計解析について別の方法を検討していくことや、研究計画とデータ収集の質を高めることに注力することはできるわよね。

太郎:色々教えてもらって助かったよ。

P値に関するアメリカ統計協会の声明

科学的結論の土台となっているP値は有用な統計指標ではあるものの、誤用と誤解がまかり通っているという背景を踏まえ、アメリカ統計協会(American Statistical Association, ASA)は、P値の適正な使用と解釈の基礎にある広く合意された原則を明らかにするため、2016年3月に「The ASA Statement of Statistical Significance and P-Values」を発表しました。この声明は日本でも注目され、日本計量生物学会が公式な許可を得て翻訳した文書「統計的優位性とP値に関する声明」を同学会のウェブサイトに掲載しています。
この声明の中で、P値につき次のような原則が挙げられています。

  1. P値はデータと特定の統計モデル(仮説もこの統計モデルに含まれる)が矛盾する程度を示す指標のひとつである。
  2. 科学的な結論や、ビジネス、政策における決定は、P値がある値(有意水準)を超えたかどうかにのみ基づくべきではない。
  3. 適正な推測のためには、すべてを報告する透明性が必要である。
    *日本計量生物学会「統計的有意性と P 値に関する ASA 声明(2017年4月公開)」より抜粋

また、この声明では以下のようにP値ハッキングを戒めています。

  • P値と関連した解析は選択して報告すべきではない。複数のデータ解析を実施して、そのうち特定のP値のみ(たいていは有意水準を下回った)を報告することは、報告されたP値を根本的に解釈不能としてしまう。
  • 見込みのありそうな結果をいいとこ取り――データのどぶさらい、有意症、有意クエスト、選択的推論、P値ハッキングとも呼ばれる――すると、出版された論文に統計的に有意な結果が誤って過剰に報告されるため、厳に避けなければならない。
    *同上の声明より抜粋

P値ハッキングを意図的に行うことは論外ですが、意図せず実施してしまうことも起こりえます。しかし、P値が提供する情報は限られており、研究詳細に関するさまざまな情報、論拠(エビデンス)などの提供も不可欠です。ASAの声明ではP値以外のアプローチについても示唆しています。少なくとも研究者はP値ハッキングの問題の危険性を明確に意識しながら、さまざまなアプローチも検討しつつ研究に取り組んでいくことが必要ではないでしょうか。


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