研究者にとってのバックトランスレーション(逆翻訳)の目的とメリット

日本語で「逆翻訳」とも呼ばれるバックトランスレーションとは、一度翻訳した文章を、当該文書に関する事前知識を持っていない別の翻訳者が元文を参照することなく、元の言語に翻訳し直す作業です。バックトランスレーションが良く使われる分野は医学、心理学、社会学、看護学などですが、なぜこんな面倒な二度手間をするのでしょうか?それだけのメリットとは?研究者にとってのバックトランスレーションの目的とメリットを紹介します。

バックトランスレーションが有効なケース

例えば、アンケートや研究調査を複数の地域や国、言語で実施したい場合、翻訳されたアンケートの設問が言語によって不整合であれば、当然結果の正確性が損なわれ、その結果を基に行う分析や比較の信頼性にも影響を及ぼしかねません。また、アンケートの質問だけでなく回答も翻訳することになりますが、回答者、つまり研究対象者の意見や趣向を読み違えてしまうと結果として研究の目的に合致した調査結果を得ることができなくなってしまいます。元のテキストの内容を忠実に翻訳することはできても、文化や状況を踏まえつつ必要な情報を引き出すための翻訳ができるかは難しいこともあります。そのような時に、原文と逆翻訳テキストを比較することで翻訳テキストの精度を客観的に検証するバックトランスレーションを行うことで、複数言語調査の品質と均一性をより高めることが可能です。

また、翻訳会社を選ぶ顧客目線でバックトランスレーションを見たとき、翻訳会社の品質管理レベルの目安とすることも可能です。複雑なプロジェクト管理を要するバックトランスレーションへの対応が可能であれば、質の高い翻訳サービスを提供できる体制が整っていると言えるからです。
とはいえ、バックトランスレーションは費用も時間もかかるので、あらゆる文章に同じように有効とは言えません。即時に情報を公開・更新していくことが主目的で後から修正が許されるWeb サイトの記事等をバックトランスレーションするのは無駄でしょう。専門性の高い文章や、医薬関連文書のように正確性と信頼性が必須な書類、情報収集を目的とした市場調査やアンケート、特許書類のように言葉の意味の伝達における正確性が極端に高い文章であればバックトランスレーションを行うメリットが高まります。つまり、バックトランスレーションを行うことで効果が得られるものと得られないものがあるとの認識の上での判断が必要なのです。

バックトランスレーションで行うこと

一般的な翻訳が、原文と翻訳済のテキストを比較するのに対し、バックトランスレーションでは、原文と逆翻訳されたテキストを比較します。この作業によって訳文の正確性を高め、意思疎通におけるミスを回避することができます。バックトランスレーションの流れは以下のようになります。

  • 翻訳されたテキストを元に、再翻訳する(元の言語に翻訳し直す)
  • 逆翻訳されたテキストと元テキストを比較する
  • 翻訳品質に関わる部分、双方の差などを摘出・検証し、逆翻訳との比較から翻訳テキストで修正が必要な場合にはそれを報告する

最終的に翻訳テキストの正確性や修正の必要性について判断するのは、バックトランスレーションを発注した側である顧客の役目になります。バックトランスレーションは、翻訳テキストと逆翻訳テキストの違いを確認し、その違いが、本来テキストが伝えたい概念、機能、効果において重要かどうかを判断する材料を提供するものです。必要に応じて翻訳テキストの修正を推奨することがあるとしても、判断は顧客によって行われるべきです。バックトランスレーションは、あくまでも翻訳の正確性を確認し、品質を判断するのに役立つ手法のひとつなのです。

バックトランスレーションは万能?

バックトランスレーションは、訳文全体の品質を確認し、元のテキストと訳文に意味やニュアンスに違いがないか、欠落している部分はないかなどを特定することが目的です。通常の翻訳工程でもダブルチェックやネイティブチェックが含まれることがありますが、バックトランスレーションは、元テキストではなく翻訳されたテキストそのものから作業が始まる点で異なります。元テキストを見ていない翻訳者が、訳文のコンテキスト(文脈)に集中して翻訳を行うことで、翻訳テキストの妥当性、恣意的な訳になっていないかなどを見極めることができます。「訳文として適切か」と合わせて、「対象言語の読者に違和感がなく伝わるか」との見極めにも役立つのです。

また、顧客側でターゲット言語が理解できない場合のチェックやレビューのためにバックトランスレーションを行うこともあります。例えば、教科書を翻訳したい場合、読み手に正しい情報を伝えるための翻訳が必要になりますが、発注した出版社や著者が翻訳テキストのチェックを社内・学内で行うことができない場合、元の言語にバックトランスレーションをして逆翻訳を見ることによって、内容がきちんと翻訳されているかの確認を行うことが可能となります。

一方で、先述のようにバックトランスレーションに不向きなものもあります。単語や文脈全体の正確性が極めて重要な文章においては、バックトランスレーションは非常に意味のあるものとなりますが、文書の読みやすさや言い回し、表現力を重視する文章にバックトランスレーションを行っても意味のある比較はできません。

確かにバックトランスレーションを適切に行えば、品質を向上させることができます。翻訳された言語においても元の言語と同じ情報を提供し、最良の成果が得られるでしょう。しかし、どんな文章にもバックトランスレーションを行えば品質が良くなるというものでもありません。実際に使用されるのはターゲット言語で記される翻訳テキストですから、その言語として文章がきちんと意味が伝わるように書かれているか、読み手に受け入れられるものかとの視点から翻訳テキストを評価すべきです。近年では、機械翻訳の性能向上のためにバックトランスレーションをする試みも登場しており、これは翻訳も逆翻訳も機械によるものですが、品質向上につながるという意味では、バックトランスレーションの有効性を示すものと言えそうで、新たな使い方が進みそうです。

バックトランスレーションにご興味を持たれた方は、こちらをご覧ください。

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