不安は強い力を生み出す可能性を秘めている(後編)

オーストラリア国立大学(ANU)のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)准教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。2020年を振り返るとコロナの影響で不安を感じたことが多々ありました。前編は不安を学者らしく捉えようとする姿勢についてでした。後半は博士課程で起こり得る問題の想定と対処についてです。

前編はこちら


想像力・創造力こそ、人類が多くの危機を生き延びるのを助けてきました。創造性は、「想像できる未知の出来事」に備える大まかな計画を立てる上で役立つのです。博士課程の間に起こりうる問題には次のようなものが考えられるでしょう。

「想像できる既知の出来事」、つまり日々の問題は些細なことに見えますが、しっかりと解決に取り組むべきです。問題には、自分が進むべき道に関することもあれば、家族に関することもあるでしょうし、仕事に関することはほぼ全てに影響を及ぼすことでしょう。ここでは、文化的、技術的なありがちな問題の数々、「逆風」を取り上げたいと思います。

  • 役割の曖昧さ:どこまでが自分の責任か明確に分からないことにより博士課程の研究が困難になることがあります。博士課程では、学生自身が独立して研究することを求める一方で、指導教官は研究の質と進捗を監督する責任を有しており、そのために避けて通れない対立が生じることがあります。役割の曖昧さは、同じ研究に従事する博士課程の学生と有給の研究助手の間の基本的な立場の違いにおいても生じます。学生が研究者になることを目指している場合、誰が博士課程における研究の質と進捗の最終的な決定者なのか?良好な関係にある指導教官と学生でも、この問題では苦労するかもしれないし、既に苦労しているかもしれません。役割の曖昧さは、それだけで1つの記事が書けるほどの複雑な問題ですが、ここでは、それによるストレスが、精神衛生上、好ましくない結果をもたらす可能性があるとだけ述べておきましょう。
  • プロジェクトの不確実さと曖昧さ:これについては、While you scream inside your heart, please keep workingという記事に詳しく書いています。
  • 電子メール:私ほどたくさんのメールに悩まされる人は少ないかもしれませんが、問題は論文を書くよりメールを書く方が楽だということです。具体的で簡単に成果が得られるというメールは誘惑的なのですが、作業を中断してメールを書くことは生産性を下げることになります
  • 病みつきになるソーシャルテクノロジー:スマホからFacebookアプリを削除してみれば、私の言わんとすることがお分かりになるでしょう(スマホの「スクリーンタイム」によれば私は1週間で合計8時間もSNSに費やしていたので、この時間を別なことに使えるはず!)。IT企業は何百万ドルも投資してアプリを開発して利用者の興味をひくことで、売上を上げているのです。ソーシャルメディアに費やす時間を効率的に管理できるようになることは、ANUがソーシャルメディアに関する5週間のコース「#SoMe course」を開講したほど重要なスキルと言えます。
  • 年功序列上下関係: 大学は学生に締め切りを課すことができますが、学生は自分の指導教官に締め切りを自分事と捉えてもらうことは難しいでしょう。指導教官が草稿へのフィードバックをなかなか返してくれなくても早めてもらうことはできません。学部長や副学長でさえ、学生の草稿に早く対応するようにといった指示は出せません。自主性は学問の世界において、最も大切にされるべきもので、私たちはそれを用心深く守っているのです。自分たちではどうにもならない問題があるのは、それが正しいかどうかに関係なく、純然たる事実なのです。

では、自分ではどうにもならないことに備え、どう計画を立てれば良いでしょうか?「注意を怠らない心構えを身に付ける」にはどうすればよいのでしょう。

簡単な戦略は、具体的な問題を個別に想像し、それらが起きたらどうするかを自問自答してみることです。ここでは、例として投稿論文をまとめる際にありがちな問題をリストアップしてみます。

  • 語数制限を超えた論文からどうやって2万語も削除する?この問題を考えることで、研究の範囲をより慎重に定義することができ、無駄な言葉を減らせるかもしれません。しかし、私には「長く書く」ことに拘る友人もいます。彼らは、語数制限を創造性の敵と見なしており、すべてのアイデアを書き表すべきで、そのためには文章が長くなるのもやむを得ないと主張しています。正直、私はこれを批判できる立場にはいません。執筆作業のプロセスは説明しがたいもので、非常に個人的なものでもあります。 しかし、たとえ「長い文章を書く」のが好きだとしても、大学が決めた単語数の範囲内で論文を完成させるために頭を掻きむしらないで済むようにするために、少なくともいくつかの文章校正の戦略を学ぶことも必要です。
  • 指導教官から有益な、あるいはタイムリーなフィードバックが得られないときはどうすればいい?前にも指導教官が原稿にフィードバックするのに時間を要したことがあるとすれば、その指導教官は同じぐらい時間がかかることでしょう。人はそんなに変わりません。休暇やサバティカルリーブ(研究・研修のための長期休暇)を取っている場合はなおさらです。それでも、この問題については建設的な解決策があります。他の読み手を探すことも一案です。とはいえ、締め切り間近になって適任者を探したり、原稿を見てもらうようにお願いするのはお勧めしません。候補となるような人との関係をあらかじめ築いておく必要があることも忘れずに。そのための計画を考えておきましょう。
  • 万が一すべての章を書き直さなければならなくなったときに備えて、そのための十分な時間を想定すべき?誰だったか定かではありませんが、「There is no such thing as good writing, only good rewriting.(仮訳:良い書き方というものはなく、よい書き直しがあるのみ)」との言があります。これはつまり、草稿から原稿の完成に至るまでには、思っているよりもずっと長い時間がかかるということです。なので、私は学生たちに、提出の丸1年前にはラフな下書きを書き上げるよう強く勧めています。【追記:この部分がちゃんと伝わるか不安になってきたので、補足しておきます。私が言う「ラフな下書き」とは、研究全体の形がだいたい分かるようなものという意味です。何がどこに書かれるのかという各章のアウトライン、後で編集するであろう各章に記される用語、そして明らかとなった研究におけるギャップ(欠落している部分のことであって埋められない穴ではない)などです。遅くとも提出の6ヶ月前には下書きができているように進めることをお勧めします。
  • ファイルサイズが大きすぎて編集の際にデータが破損してしまったらどうすればいいのか?。ほとんどの人は、10万語におよぶテキストと参考文献を扱う際の技術的な難しさを過小評価しています。私は論文原稿を提出する直前にEndNoteを使った時の失敗談を記事にしています。私と同じ轍を踏まないように、あらかじめ何度もテストを行いましょう。
  • 文章校正を頼める人が見つからないときはどうすればいい?原稿の校正依頼をギリギリまで後回しにすると、よい人はどんどん他の依頼を受けてしまって、お願いできる人は残っていないという状況になりかねません。もちろん校正ツールGrammarlyを使うこともできますが、何時間もの余分な作業が必要になります。
  • 画像の使用許可が得られない場合はどうすれば?オーストラリアやイギリスでは、学位論文はもはや「フェアユース(fair use/公正利用)」とはみなされないため、自分が著作権を持っていない画像を使用する際には許諾を得る必要があります。もちろん、コピー/ダウンロードまたは改変した画像や図についても同様に著作権者の承認が必要ですので、きちんと使用許可をとらなければなりません。
  • 媒体で発表した論文は学位論文としては出版できない?学術雑誌(ジャーナル)で出版した際に、著作権契約を結んでいるはずです。その時点で、ジャーナル出版社があなたの研究内容についての著作権を持っていることになるのです。ですから、原則的にいえばジャーナルに発表したテキストを学位論文に含めることはできません。とはいえ、ほとんどの場合、契約条項に学位論文についての規定が含まれているので、それを確認するのがよいでしょう。

といった諸々の問題をいつも考えているのが私です。眠れないのも無理ないですよね。

繰り返しになりますが、この記事はあくまで私個人の経験に基づくものです。人によって何が有効かは異なるでしょう。これをお読みいただいた方の中に、こうした最悪の状況を想定した自問自答を計画策定に役立てられる人がいることを願っています。ここまでに記した方法で自分の不安を上手く力に変えることができると感じたら、データ収集方法など、あなたの論文の他の側面に関する20以上の問題を書き出してみてください。そのリストが不測の事態に応じた計画を立てる、もしくは初めから不測の事態を回避する方法を考える上で役立つでしょう。

最後にもう一度。冷静でいることは、コントロールすることだと覚えておいてください。自分の座席から非常口までの席数を数えておくこと。

少しはマシな2021年となりますように。

Inger

インガー

原文を読む:https://thesiswhisperer.com/2021/01/06/anxiety-is-a-super-power/

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