論文執筆を終わらせる方法(そして人生を続ける方法)

オーストラリア国立大学のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)准教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。論文執筆に想定以上に時間がかかりお悩みではないですか。今回はミューバーン准教授が建築学在籍時に習得したプロジェクト管理術をどう論文執筆に生かせるか解説してくださいます。


最近、「論文執筆を終わらせる方法(そして人生を続ける方法)=How to finish that big writing project (and get on with your life)」と題したワークショップの開催依頼をよく受けます。博士号取得を間近に控え、早くそれを終わらせたいと望む学生が非常に多いことを示していると思います。

皆さんの切実さが伝わってきます。

なぜかはわかりませんが、博士課程の学生の大半は、プロジェクトを計画し、スケジュールをやり繰りして様々な作業をこなす方法を明確な形では教えられていません。そのため博士課程の学生のうち最短期日で修了ができるのはわずか20%程度に過ぎません。ほとんど学生が研究を始めてから4年から5年をかけて博士課程を修了するのです。

私は建築家として訓練を受けたため、建築を進めるための高度なプロジェクト管理術を学びました。その方法は、論文執筆の進行管理にも有効です。この記事では、論文執筆を含め、規模の大きい執筆プロジェクトを私がどのように計画するかをご紹介します。スケジュール帳と使いやすいツールがあれば事足りる方法です。

頭の中身をページに

執筆の間も、生活は続きます。人付き合いや、犬の散歩、植物の水やり、食料品の補充、清潔なマスクの買い足しなど、日常は目に見えない雑多な作業に溢れています。それらに加え、慢性的な疾病や障害を抱える人もいるでしょう。定型発達の人のみを想定した世界に暮らす定型発達でない人にとって、状況はさらに複雑でしょう。

大規模な論文提出期限や執筆プロジェクトの締め切りは、ずっと先のことのように思えていたのに、突然そうではなくなります。経験豊富な書き手でも、書くべき、あるいは形にすべき文章が大量に溜まってしまうのです。

インターネット上には、時間に追われる書き手に向けた役に立たないアドバイスが溢れています。「家族より早く、朝4時に起きて書く時間を作れ」といったものです。確かに、一部の人にとっては有効かもしれません。しかし人は、高すぎる基準を自らに課してしまうと、やり遂げられなかったときにひどい思いをすることになります。それよりも、現実的な想定で、期限遵守の道筋を立て、必要なら時間を延ばす交渉をしたほうがよいでしょう。

締め切りに追われることは、金銭的な困窮に似ています。最初にすべきなのは、何に時間が掛かっているかの正確に把握することです。まず進行中のすべての項目と、執筆目標について、大きな「マスターリスト」を作成しましょう。カテゴリー分けはせず、スケジュール帳を参照し、思いついたことを何でも書いていきます。リストには、「第3章を書く」のような執筆作業に関する項目と、「歯医者を予約する」のような生活に関する項目が混在した状態になります。

次に、個々の項目を4分割する「アイゼンハワー・マトリクス」でマッピングします。このマトリクスでは、緊急度と重要度という2つの軸があり、それに対してタスクをランク付けします。

「緊急かつ重要」なタスクは、すぐにでも実行する必要があります。「緊急ではないが、重要」なタスクについては、スケジュールを立てる必要があります。そして「緊急だが、重要でない」タスク(家事や雑用など)を誰かに任せられるかを考えます。「緊急でもなく、重要でもない」カテゴリーのものは、締め切りが迫っている場合は、ただ消しゴムで消せばいいのです。

カレンダーには、すべての予定と執筆以外のタスクをタイムブロックで記入します。タスクを完了するために十分な時間を取ります。必要な時間を見積もる際は、楽観的に考えず、余裕をもったタイムブロックにします。

例えば、私の場合腰が痛くて、定期的に整骨院で施術を受けなければ執筆ができません。片道20分以上掛かり、施術自体も1時間掛かります。さらに、出発の準備と帰ってきてからデスク座って仕事に集中するための時間を20分追加します。というわけで、整骨院の所要時間は2時間となるのです。

スケジュール帳の残りの部分を、ライティングのための時間とします。さらに詳しい分析を行えば、その時間にどれだけの文章量を書けるかが分かります。

所要時間の現実的な分析

私を含め、ほとんどの人は、ブログ1記事であれ論文の1章であれ、執筆に掛かる時間を計算するのが本当に不得意です。それがうまくできるようになればと、人生のストレスはずっと減るでしょう。

未来の正確な予測のための、最善の方法は、過去の出来事を基にすることです。私は、「Timing」というアプリを使って、色々なタスクに費やした時間を測定しています。ノートに表を作り、列ごとに「タスクの種類」、「開始時間」、「終了時間」、「書いた文字数」を書いていっても同じことができます。

1ヶ月以上かけて自分の作業を記録し、さまざまなタイプの執筆のタスクの基本データを収集します。

例えば、論文の考察セクションの執筆には、結果のセクションの執筆よりずっと時間が掛かるでしょう。私の場合、書籍の1章を書く際は、文献を読み、調べ物をしながら書くため、ブログ記事の4倍程の時間が掛かります(ブログ記事の場合は、なぜだかほとんど完璧な形で言葉が湧いてきます!)。

下書きの書き方が雑であれば、推敲により多くの時間が掛かります。私は「散らかしてから片付ける」タイプの書き手のため、推敲には下書きの6倍の時間を費やします。こうした書き方には個人差があります。それぞれの書き方を改めて速く書く方法もありますが、現在の書き方で進めていくのがより現実的でしょう。

過去の実績を元に時間あたりに執筆できる単語数は分かるかもしれませんが、人間ですから、良い日もあれば悪い日もあるはずです。このばらつきに対応するには、PERT(Program evaluation and review technique)と呼ばれる、より高度な手法が活用できます。

PERTは、数字を入力する式です。まず、3通りの時間の見積もりから始めます。

標準的見積:最も記録の多い時間 (Tm)

楽観的見積:記録されたベストタイム(To)

悲観的見積:記録されたワーストタイム (Tp)

ばらつきを考慮した試算をするには、以下の式にこれらの数値を当てはめます。

(To + 4Tm + Tp)÷6 =PERT期待時間

もう一歩踏み込んで、上の数値を以下の式に代入すると、標準偏差を算出できます。

(Tp – To)÷6 = PERT標準偏差

スケジュール帳の時間をタスクごとに算出することもできますが、私は、全部まとめてプロジェクトの総時間を見積もるのが一番効果的だと思います。スケジュール帳のスケジュールを2時間か3時間ごとのブロックに分け、残りの日記帳のスペースに、この時間ブロックを当てはめてください。昼食の時間も残しておきましょう。

そこで、全部を入れられるかどうかをチェックします。

博士課程だけに専念している人であれば、週に35~40時間(博士課程以外にも何かやっている人であればその半分)のみ論文執筆に費やすのが理想的です。もし、何ヶ月にも渡って週7日間執筆を行わなければ締め切りまでに論文を完成できないとすれば、時間が足りないということです。締め切りを見直すか、他の作業をいったんやめにする必要があります。

しかし、その前に、ひとつだけやっておくべきことがあります。共同作業にかかわる時間の無駄を解決することです。

周囲次第の時間を組み入れる

書いたものを出版・公開する前には、必ず誰かに目を通してもらいます。書籍の場合、出版社側の査読者や編集者がチェックを行い、学位論文であれば、少なくとも2人の指導教官と、批評的に読んでくれる信頼のおける知人に目を通してもらいます。

チェックしてもらうための時間を適切に予定に組み入れるためには、2つの情報が必要です。

目を通すまでの時間:相手が自分の書いたものに目を通すまでにどれくらいの時間が必要なのか。休暇中の人に書き上げた章を送っても意味がありません。その場合、さらに時間を費やした上で、相手が休暇から戻ってきたときに送る方がよいでしょう。

返答までの時間:相手が自分の書いた内容を確認するのに必要な時間はどれくらいか。理想は、チェック済みの原稿の返却日についての確約を取ることです。

ほとんど場合は書き手とレビュアーの間で十分なコミュニケーションがなされないため、執筆スケジュールにはズレが生じてしまいます。私の経験では、博士課程の学生にとって最も厄介なのは、この返信をもらえるまでの時間です。研究者は、計画的に校閲を行うのが絶望的に下手なようで、自宅での時間や移動の時間にそれを詰め込もうとするのです。唯一できることは、ただ待っているのではなく、それと並行して別の執筆作業を行っていくことです。

一応、大学でもこうしたテクニックなどを教えていますが、対面での講義は毎年ごく限られた数しかできません。このスライドをクリエイティブ・コモンズ・ライセンスで公開しているので、ご自由にお使いください。

皆さんの幸運を祈ります。

そのほかのニュース

キャンベラのDripping Agencyに依頼して、研究室の荒波にもまれての英語版をリニューアルし、モバイルデバイス用にも最適化しました。2010年代風のサイトを、2020年代風にアップグレードしてくれたWillとHeathに感謝します。

Image

本を買ってくれた皆さん、そして、もちろん月額1ドルの支援者の皆さんにも感謝します。皆さんのおかげで、サイト改修の資金を得られました。本当にありがとうございます。

今回のサイト改修の一環として、ニュースレターを組み込みました。私が普段ソーシャルメディアのフィードに載せているものを希望した人にだけ共有することが目的です。

月に一度のニュースレターの受信を希望される方は、こちらからメールアドレスを登録してください。

ブラウザでご覧の方はページの左側にサインアップボックスがありますし、モバイルの方はページの一番最後までスクロールしてください。(スパムメールはありません。)

最後に、これを書いている現在もキャンベラはロックダウンされたままです。そこで、私は楽しい週末を過ごすために、ポッドキャスティングを大量にやっています。

Academics talk about the Chair」は、Netflixの「ザ・チェア 〜私は学科長〜」シリーズをネタに私たちが話をしています。全6回分をアップしました。

On the regも続いています。ジェイソンが#epictrip2021で不在の間、友人を招いて代役を務めてもらいましたが、次回のエピソードで戻ってきます。こちらからお聴きください。

妹とその友人のジェイソン(別のジェイソン!)と組んで、タイポグラフィについての番組Type Podも制作しています。文字というものの面白さをお伝えします。Futura書体についての最初のエピソードはこちらからお聴きください。

原文を読む: https://thesiswhisperer.com/2021/10/06/a-few-organisation-tips/

X

今すぐメールニュースに登録して無制限のアクセスを

ユレイタス学術英語アカデミーのコンテンツに無制限でアクセスできます。

* ご入力いただくメールアドレスは個人情報保護方針に則り厳重に取り扱い、お客様の同意がない限り第三者に開示いたしません。