学術ライティング教本3冊の紹介と書評

オーストラリア国立大学のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回は、学術ライティング(論文の書き方)を学ぶのための本がありすぎてどれを読もうか悩んでいる人に朗報です。ミューバーン教授とPhD学生が3冊を紹介してくれています。


論文の書き方についての書籍は、私が執筆したものも含め、とんでもない数あります。なかなか書けていなかった書籍の紹介を、やっと投稿することができました。この記事は、私とジャスミン・ジェンソン(Jasmine Jenson)による書評をまとめたものです。いまだに私の部屋には本が山積みですので、この中の1冊でも読んで書評を書きたいという方がいたら、是非メールで連絡してください!

書名:Writing a Watertight Thesis: A Guide to Successful Structure and Defence

著者:Mike Bottery and Nigel Wright

まず1冊目。マイク・ボッタリー(Mike Bottery)とナイジェル・ライト(Nigel Wright)の共著による『Writing a Watertight Thesis』。比較的薄い本で、論文が確実に「合格点」を獲得するという価値ある目標設定を掲げた本です。論文の審査プロセスにストレスを感じている人は多いだけに、間違いなく需要のある内容です。英国ハル大学の教育学者であるボッタリーらの人文科学のバックグラウンドを反映しつつ、幅広い分野に目を向けて書かれています。

タイトルに「Watertight(防水の、水を通さない)」という言葉が入っているのは、論文執筆を、船を造ることになぞらえて書かれているからです。著者らは、水を通さないしっかりした船を造ることと、スキのない論文を書くことには共通する基本的な性質があると言うのです。船と論文、どちらも特定の環境に応じて設計され、適した材料を使用して、しっかりと構造化/構築化されている必要があり、どちらも確実に良い結果を得るためには「沈まない」ように事前確認が不可欠だというのです。

この造船の例えは面白いと思います。1章と2章にこの例えが具体的に示されており、他の章に比べてよくまとまっていると思います。研究提案の作成について書かれている2章には、人文科学の“分厚い本”の一部になるような論文を書くための型(パターン)が、いくつかの役立つ演習とともに紹介されているので、最初の論文執筆の指標として、あるいはプレゼンテーションの確認書として人文科学系の研究者に役立つでしょう。この章に書かれている提案だけでも、お金を出して本書を購入する価値があると思います。

研究について大まかな形が見えてきたら、研究課題とそれらに準ずる課題に焦点を当てている後続の章に進みます。著者らは、このアプローチが他の分野でも通用すると述べていますが、この点には私は同感できません。研究課題に対してアプローチするやり方は、建築やデザインといった創造的かつ実践的な分野の研究ではうまく適用できないでしょう。研究成果を1冊の大著にまとめるよりも一連の論文にする科学系の研究者にはもちろん、歴史や哲学分野の研究者にこのアプローチが有効かも疑問です。

読み進めるうちに、本書が全分野に有効な内容でないと、ますます確信が持てました。研究論文の始まり、中間、終わり、それぞれの部分を構造化することについて書かれた章があるのは分かりやすいので、社会科学あるいは教育分野の助言としてであれば確かに役立つことでしょう。口頭試問についての章は非常に有用な要約となっていますが、学術出版に関する最後の章は短い上に形式的な内容なので、正直なところ、なぜ挿入されているのかわかりませんでした。とはいえ、学術雑誌(ジャーナル)に投稿する論文を書くことについてのアドバイスは健全なものでした。

本書の審査官の考えについての章は、指摘したいことがあります。審査官が論文を審査する方法については、多くの研究が行われているのに(特に審査については私もブログにも何度か書いています)、著者らがこの章で他の著書を参照することなく、参考文献一覧にも引用元が記されていないことには違和感があります。

実際、論文の書き方に関するあらゆる側面について書かれた文献が存在するのに、本書に記載された情報源が少なすぎることに疑問を感じます。この本は、他者の研究やアドバイスを引用することなく、読んだか読まなかったか分からない著者二人の経験のみに基づいて書かれています。本書のアドバイスと他のアドバイスには多くの類似点がありますが、それらの類似点についてはまったく触れられていません。私は、著者らを剽窃・盗用で責めているのではなく、他者の研究への関心が不足していることを指摘しているのです。著者のアドバイスが既存のアドバイスとどのように一致するか、あるいは異なっているかについて一層の注意を払うことで本書はもっと充実するでしょう。本自体は非常に短くまとめられているので、読者がさらなる知識の追求をするための足掛かりになると思います。

では、この本を買うべきか?あなたが、教育や社会科学分野に属しており、特に指導教員が多様な方向性を示唆してくれないような場合には、本書は分かりやすくて安心感の得らえるものでしょう。「標準的な」論文執筆スタイルを奨励するものですので、無難な形に収めるには有用です。この本に従って書けば、少なくとも教育/社会科学分野では文句なしの論文として仕上げることができるでしょう。終わりよければすべて良しではありませんが、結局のところ審査で「合格」となる論文がよい論文なのです。完璧を求めすぎるとキリがないです。あなたが出版関係やクリエイティブ系分野のPhD学生であれば、この本は役に立たないでしょうし、科学分野の学生であればもっと別の適切な助言を求めた方がいいでしょう。

といったところで次の本に移ります。

書名:Mastering writing in the sciences: A step by step guide

著者:Marialuisa Aliotta

論文執筆に関する本の多くは、私のような教育学者によって書かれているので、現役の科学者が書いた本に出会えるのは新鮮です。著者アリオッタ(Aliotta)は物理学者で、本書は科学者向けに書かれたものです。皮肉なことに、アリオッタは研究を行っている科学者に重点を置いたことにより、前述のボッタリーとライトの著書とは反対に分野を超える内容となりました。アリオッタは出典を認識し、アドバイスをするにあたって彼女の研究の状況を説明するブログを含め、他者の業績へのリンクを提供しています。彼女は他者のアドバイスを取り込み、確実に自分のものとして付加価値を付け、読者が望む場合にさらに探求するための他の方法も提示しているのです。

本書は、執筆における5つの段階(執筆準備、ドラフト作成、修正/訂正、編集、校正/プルーフリーディング)に準じて書かれています。ノート術について書かれた章には、文献レビューのまとめ方やコーネル式ノート術(訳者注:コーネル大学の学生のために同校のWalter Paukが開発した情報を整理しながらメモをとるノート術)の改訂版などの便利なワザが示されています。ただ一点、長いメモを取るとのアドバイスには異を唱えたいところです。長いメモは情報を「留める」のに役立つということには同意しますが、内容を処理して長い文章を書くのに手間がかかり、筆記スピードが落ちてしまいます。一方、ドラフト作成についての短い章には、論文執筆の教本では初めて見かけたマインド・マッピングについての解説があり、斬新で素晴らしく、ノート術についての章の最後にある演習も、アドバイスを実践するのにとても役立つと思います。

修正/訂正、編集についての章には、執筆初心者がこの困難な作業を遂行するための数々の役立つヒントや策が満載です。素晴らしい編集者になるほどには至りませんが、あなた自身の書いたものを編集する分には十分な助けとなるでしょう。そして7章は、科学研究を発表する手法の素晴らしい要約で、一般的な疑問のほとんどについて回答しています。この章は、共著者や学術ジャーナルの編集委員を唸らせる「映える」原稿を作成するのに役立ちます。8章に挙げられた例も素晴らしいもので、初めてのドラフト作成に共通する修正例を示し、この作業での問題を明確に解説しています。おそらく科学者は、巻末に収録されているテンプレートを気に入ることでしょう。これは、科学分野の学術ジャーナルに投稿する論文の構成の骨組みとなるものですが、その目的以外にはあまり用途のないものです。

まとめると、私はこれがいい本だと思いますし、自分の本棚に加える価値は十分にあると思っています。みなさんが買うべきかは――あなたが科学者であれば、とてもオススメです。他の分野の研究者であれば、本書のお役立ち度が目減りするのは否めません。不満のひとつは、約50ドルという価格です。正直に言うと、本書(ペーパーバック)が送られてきたとき、本の品質が良くなかったのでその価格に驚きました。まるでオン・デマンド印刷の本(注文本)のように印刷の質が低く、読みづらいです。私はあまり視力が良くないので、この本を長時間読むのはツライです。夫は、この本は組版システム著者が科学者であることを考えれば、この推理は妥当だと思います。出版社が印刷形式を変えるのは簡単でしょうから、この価格から言って本来なら出版前にそうしておくべきだったとは思いますが、学術出版でマージン(利益)を確保することは難しいことから出版社は品質向上の機会を見送ったのかもしれません。図書館で借りて、よっぽど気に入れば電子ブックを購入してもいいでしょう。

では、次の本です。

書名:Finish Your Thesis or Dissertation! Tip & Hacks for Success

著者:Kevin Morrell

この書評はジャスミン・ジェンセン(Jasmine Jensen)によって書かれたものです。ジャスミンは、クイーンズランド工科大学で化学、物理学、機械工学のPhD取得を目指している学生です。超コンデンサ(またはスーパーキャパシタ、電気二重層コンデンサ)に粘土材料を利用する可能性について研究しています。他にも、化学教育、科学支援活動、バイオリン演奏まで幅広い興味を持っています。彼女のTwitterは@jasminerjensenで見つかります。

ミューバーン教授から書評を書かないかとお声がけいただいた時、ちょうど自分の論文を書こうとしていた(ツイッターを見ながら先延ばしにしていた)ところでした。書き始める前に執筆に関する何冊かの本(普段このブログで紹介されているようなもの)を読んでいましたので、本書も読んでみるチャンスに飛びついたのです。

著者ケビン・モレル(Kevin Morrell)も、文中でこの本が学部生、修士課程の学生に向けた内容であることを示唆していますが、同感です。私は既に修士論文を書き終えていたので、本書の多くの情報や執筆のためのヒントに目新しいものはありませんでした。それでも、文章を書いたり、論文の執筆をしたりしたことがない人にとっては、何を予期しておくべきかの全体像をつかむのによい内容だと思います。本書に示されている例文の多くは、ビジネスと経営に関する研究を背景に作成されたものですが、他の分野の研究にも活かせる内容です。

私は電子ブック版で読みました(Kindle版は約5AUドルでした)。190ページ程度の本ですが、会話調で書かれた文章だったのであまり時間をかけずにどんどん読み進むことができ、今まで見落としていたことに気付くことができました。対象読者の多くは忙しくて、本を読む時間を十分に取れないことがあると思うので、本書のスタイルはとてもいいと思います。短時間で読めて、内容がつかめるのはとても助かります。きっとあなたも気に入るでしょう。

内容は、研究課題を考えるところから始まり、目標と一連の作業を設定する方法、要旨(アブストラクト)の書き方、学術ジャーナルとは何かの説明、役立つ論文の見つけ方、論文の基本書式、校正(プルーフリーディング)まで多岐に及びます。特に良かったのは、問題が生じた場合の対応に関する記述です。本書に示された例は、化学分野の私の研究には当てはまりませんが、方法や研究課題の見直しについての助言の背後にある気持ちに共感しました。特に著者のパニックにならずに問題を解決することに集中する姿勢に好感が持てます。

辛口な意見を述べるとすれば、終わり方がかなり唐突に感じられたことです。校正を終え、いよいよ論文を提出する段階となり、指導教員らから指導をもらったところで、いきなり最終章で「おしまい!」となってしまうのです。長く書こうとすると繰り返しになってしまうこともありますが、本書の他の部分が会話調で盛り上がっていた後なだけに、残念な印象でした。

他にも論文執筆の中の特定の部分に焦点を当てた本があります。例えば、著者について特化したものや、文法の完成度を高めるためのもの、または論文レビューの書き方に関するものなどです。このモレルの本は、論文執筆の全工程を網羅した一般的なガイドを求めている人にはいい本です(文中で紹介されている他の書籍や動画からさらに詳しい情報を得ることもできます)。総括的に言えば、学生が初めて研究を行う際の有用なガイド本だと思います。成功例として挙げられる研究がビジネス中心だったので、斜め読みした部分もありましたが、隅から隅まで読まなくても、この本から学ぶことはあると思います。

ジャスミンありがとう!

今後ももっとたくさんの書評を掲載していこうと思っているので、お楽しみに。そして、もしあなたが研究を進めるにあたって助けとなる書籍の購入を考えているのであれば、私のお勧め本リストを参考にしてみてください。ANUでは、学内の書店がこのリストを基に在庫の補充をしています。

原文を読む:https://thesiswhisperer.com/2019/07/03/a-bumper-post-of-book-reviews/

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