PhD(博士課程)を無事終了させるための5ステップ

オーストラリア国立大学のインガー・ミューバーン(Inger Mewburn)准教授が、大学院で勉学に勤しむ学生さんにお役立ち情報をお届けするコラム「研究室の荒波にもまれて(THE THESIS WHISPERER)」。今回は、PhD(博士課程)学生のジレンマについてのお話です。何とか無事にPhDを終了させるには――


PhD学生向けのコラムを書いていることもあって、世界中からメールをもらいます。ローラ(Laura S)から届いたのは、典型的なPhD学生のジレンマを語ったメールでした。

「今までに『文章を仕上げること』について考えたことはありますか?私は、自分で言うのもなんですが文章を書くのも論文にまとめるのも結構上手です。ところが、『仕上げ』は別物です。私が、既成概念にとらわれない水平思考(ラテラルシンキング)をするタイプで、しかも完璧主義者だからかもしれませんが、とにかく仕上げることが苦痛なのです。先生ならこんな気分も分かっていただけますよね。そして最近、ADHD(注意欠如・多動症)の人は同じような傾向があるということを知りました。大人になってからですが自分に多動性や衝動性があるとわかったことで、自分の思考パターンや性向のいろいろな部分で納得することができました。なので、先生が興味を持ってくださり、他の人にも役立つとお考えでしたら、もっといろいろ調べるなどして準備ができたときに、この話題をブログのネタとして提供できればと思っています。」

私は専門家ではないので、ADHD(注意欠陥・多動性障害)についてお話することはできませんが、書くことについてアドバイスをすることはできます。オーストラリア国立大学(ANU)で開講している「論文ブートキャンプ(Thesis Bootcamp)」は、論文を完成させるための時間が足りなくて困っているPhD学生をサポートするプログラムです。このプログラムの参加希望は多いのですが、実施するには費用がかかり、100人もの応募が来ても26人しか受け入れることができないため、切羽詰まっている度合いが高い人から参加してもらうようにしています。対象は、考える段階は終わって、後は書くだけという人たちです。このプログラムの選出戦略から見えてくるのは、多くの論文ブートキャンプ参加者が、失敗経験、体調不良、アドバイザーとの対立などを含め、それまでに数々の問題に直面してきているということです。どのような問題を抱えていたとしても、多くの学生は座って書かなければなりません。残念なことに、ほとんどの学生は「行き詰った」と思って「ただ座って書く」ということができなくなってしまいます。執筆「便秘」とでも言いましょうか。出したくても出ない。書きたくても書けない…あまりきれいな例えではありませんが。

論文ブートキャンプでは、この「行き詰り感」からの脱出をサポートするためのさまざまな取り組みを行っています。参加者は週末のキャンプに参加して最低でも5000ワード、人によって5000ワード以上を書きあげます。素晴らしい!しかも、少なくとも数名はストレッチ目標(達成レベルより高めに設定した目標)である20000ワードに到達するという快挙を見せます。私は、400人を超えるプログラムの参加者を見てきたので、論文執筆を完成させるために何が必要なのかについて有用な考えを持っています。以下に示すのが、論文を完成させPhD研究に完全なけじめをつけるための5つのステップです。私のお墨付き、実際に試して効果を確認した策なので参考にしてみてください。

ステップ1:何が障害かを特定する

私の経験から、「終わらせられない」と考えている人は、さまざまな要因を抱えていますが、多くの人を捉えているのは不安感です。学生時代をのんびり過ごした人の中には、PhDを取得した後のこと、特に自分たちのスキルが役立つ求人市場が不確実なことを不安に思う人もいます。他には、自分の書いた論文が、実質的なあるいは他の理由により審査を通過できないと不安になる完璧主義者もいます。また、論文の内容をめぐって指導教官/指導員と対立することを恐れている人もいるようです。

私の知る限り、このような不安感や恐怖心に向き合う最良の方法はプロのセラピストと話をして感情をさらけ出すことです。そのために、私たちは、少なくとも1名(時には2名)のセラピストに週末のブートキャンプに参加してもらいます。物事を終了させるための不安に対処するのにセラピストは驚くほど力強い助けとなります。過去には、セラピーを受けて助けてくれる専門家と自分の懸念を共有したことで、不安感を解消することができた参加者も数名いました。そして、不安と向き合うことは他の問題に向き合うことにも役立ったとセラピーを受けた参加者が後日話してくれました。中には、結婚生活の問題を解消した人もいれば、逆に離婚した人、キャリアや住む場所を変えた人もいました。さらに、PhDを辞める決断をした人すらいたのです。このプログラムは、PhD課程から脱落するのを防ぐことを意図したものですが、PhDを取得せずに人生を歩み始めるのを助けることが最良の結果となることもあると思っています。

ステップ2:すべきことに全力を傾ける

自分の論文(または研究全部)を何度も何度も繰り返しやり直す傾向のある人がいます。もう少し深く掘り下げて考え、結局は当初の案に立ち返るパターンが見えるまで、繰り返す度にそうすることの合理的な理由があると考えているのです。何度も何度もやり直しをするのは完璧主義者に見られる傾向です。もしあなたが自分の書いたものが不格好で整っていないと思ったら、不快だと思わせる部分に引きずられずに長い文章を書いてみてください。何度も不快な気分にならないようにする方法として「白紙の状態」で再び書き始めるというのも一案です。また、論文の構成を決めることが難しいと考える人もおり、このような人たちは実用的完璧主義者です。書いたものがよくなくても(bad writing)でも受け入れようとしますが研究全体の構成を完璧にすることで頭がいっぱいになってしまう傾向があります。完璧な構成なんてありえません。幻想です。論文とは、実際に行った研究について伝えるものであり、それがすべてです。10もの異なる話を作ることができるかもしれませんし、中にはよい物も悪いものもあるでしょう。しかし、PhDの研究論文として受領されるか却下されるかに話の良し悪しは関係ありません。完璧を求めることは作業を妨げかねないのです。構成を決めて、執筆論文の全体がつかめる長さまで書き進めてみてください。

もうひとつ避けるべきことは、研究以外の作業にエネルギーを費やすことです。(時に退屈する)大きな研究を終わらせる代わりに、学術雑誌(ジャーナル)の論文や記事、ブログ、ポッドキャストにはまり込んでいる人たちを見かけます。一見創作的に見える気晴らしはいくらでもあって、ついつい長期的に見て有益なやるべきことを忘れて楽な気分転換に走ってしまうのです。

だからと言って、このようなことにはまり込むことを恥ずかしいと思う必要はありません。私自身もやっていることです。誘惑に負けたと自分を責める必要もありません。ネガティブな気持ちに捕らわれすぎるのは物事を停滞させるだけです。自分が本当に論文作成作業を完了させたいと思うのであれば、集中することを学ぶことが重要です。まず、自分の行動に注意して、認識するところから始めてください。注意することが役に立たない行動パターンに対処することにつながります。書きたくなくて再度逃げの行動を取りそうだと思ったら、書くという作業から1日か2日離れて、その後改めて書き始めたらよいのです。改めて書き始めてみれば、思っていたほど苦痛ではなくなっていると保障します。また、独り言を言うのもいいでしょう。書くもの書くものすべてゴミだと思うような時には、「ああもう、完璧じゃないけどとりあえず今のとここんなもんだ」とか、「この部分は後回し、次に行くぞ」と口に出してみてください。独り言は自分の判断を保留して書き続けることを後押ししてくれるはずです。とにかく、書き続けることこそが執筆を終わらせる近道なのですから。

ステップ3:先に結論を書いてしまう

私が主催するワークショップ「What do examiners really want?」では、論文を書くとき6ヶ月程度かけて結論の草案を作るようにアドバイスしています。この提案はいつも不思議がられますが、ちゃんとした方法を考えてのものです。結論を書くことは、自分の伝えたいことを証明するためには、どんな実験をしてどんなデータを集めればよいのか―といった方法論を考える助けとなります。また、データ処理の際に考えておくべき仮定やバイアスについて確認しておくのにも役立ちます。よく、先に結論を書くことは「不正」に当たらないかと聞かれますが、最初に「証明」したいことを思い描き、研究全体を構築するだけなので、結論の草案に書いたことが研究になるわけではなりません。草案が以下のような位置づけとされる場合には早めに書くことが許容されると考えます。

  1. 考えをまとめるために結論の草案を書く
  2. 結論の草案を、研究を進めるため、および方法を確立するために利用する
  3. バイアスを調べ、批評するための機会とする

もちろん、論文執筆の終盤に結論を書くこともできます。他の部分をほとんど書き終わっていれば、結論で書き残したことに焦点を絞ることもできるでしょう。結論は研究の終着点であり、仕上げ部分です。的に向かって矢を指すようなものです。草案を先に書いてしまうこの方法も試してみてください。

ステップ4:リスト化しておく

結論(の草案)を書き終えたら、執筆作業の中で達成したいことをリスト化しておき、都度チェックしていくようにします。リスト化することで、結論に至る経路を明確にしつつ、「完了」の意味を定義しておきます。例えば、私は今、求人広告をデータとして学術界以外の雇用主が何を望んでいるかについてのジャーナル記事を書いています。この記事を仕上げるための作業リストは次のようになります。

  • 学術界以外の雇用主の望んでいることを知ることはなぜ重要なのか
  • 求人広告を使うことがよいアプローチだと考える理由と、それらのデータをどう処理したかを読者に伝える
  • 主な調査結果、特に予想していなかった結果について説明する
  • 新しいカリキュラムと、それが研究教育と方針決定においてどのように機能するかを説明する

このリストは、文書のアウトラインではありません。私は、自分がやりたい順番で上に上げた点に取り組むことができます。記事は、これらのリストの項目をすべてカバーし、自分自身が納得できるものが書けたところで完成となるので、リストはできるだけ少ない方が良いでしょう。最初にブレインストーミングを行った後は、数日置いておき、それから見直してみて(あるいは共同執筆者たちと話してみて)、それから「マスターリスト」を完成させます。このマスタ―リストは変更不可なものであると考えておけば、これを基に実行(執筆)に移れます。自分の経験から言えば、このような心理戦(マインドゲーム)は非常に効果的ですが、短い文書の場合に限られます。なので、この方法を論文執筆に採用しようとするのであれば、章ごとに目標のリストを作成しておくようにするとよいでしょう。

ステップ5:論文のない人生を想像する

論文ブートキャンプでは、参加者に論文を書くために保留している(やり残している)楽しいことについてポストイット1枚に書き出してもらっています。書き込まれる内容は「好きなだけ寝る」、「赤ちゃんを産む」、「シチリア島をバイクで一周」というものまでさまざまです。そして次に、書いてもらったことをやっているところを想像してもらうのです。参加者は、それぞれ赤ちゃんやバイク、満足いくまでの睡眠……(すべて一度に想像するのは無理ですし、書き込まれた事柄が実現できるとは思っていませんけれど)を想像して夢見心地の表情です。そのポストイットを退屈したときに作業を優先して終わらせるための「激励」としてすぐ見返せるように取っておくように勧めています。そして、何人かは、キャンプの後何年もの間この「激励」の紙を持ち続けていると話してくれました。

結局、自分で「終わらせる」と決意すれば終わらせられるはずです。そして私がPhDとの戦いを終わらせる(博士号を取る)ということに対して言えるのも、同じことです。今すぐ立ち上がってやっつけちゃいませんか?

原文を読む: https://thesiswhisperer.com/2019/07/17/a-5-step-program-for-finishing-your-phd-finally/

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